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神獣との鍛錬

 サティロス・ギルドにある闘技場は、大梟ギルドにある工房よりも立派だった。

 さすがは鍛冶屋の組合、武具の試作でよく使うのだろう。

 僕はその立派な闘技場の中央に立つ。

 すると右側から順にかがり火が焚かれる。全自動だ。

 次々と灯るかがり火、薄暗かった闘技場が一気に明るくなった。

 10メートルほど先にいたサティロス様の存在がはっきりと見えるようになる。

 サティロスとは上半身が人間、下半身が山羊の半獣神である。

 立派な髭に立派な角も持っている。

 それだけでなく、立派な体躯も。

 シャツの上からでも隆起する筋肉が見える。

 首筋の筋肉が人のそれではない。獣特有のしなやかで強靱なものであった。

 僕がまじまじと見つめていると、サティロス様は口元を緩める。


「少年に芸を見せようか」


 サティロス様はそう言うと、「ふんっ!」とうなった。するとシャツの下の筋肉がさらに躍動を始める。


 筋肉がさらに膨れあがると、身にまとっていたシャツを破壊する。

 ぶちぶちとボタンを飛ばし、衣服を食い破る。

 その光景に唖然とする僕。


 こんな化け物と戦わないといけないのか、戦慄を覚えるが、マリカは冷静に箒とちりとりを持ってくると破れた衣服を掃除していた。


「ああ、また出費がかさみます。次から【筋力強化】される場合はあらかじめ言ってくださいまし。古着を用意しますので」


 怒るマリカ。サティロス様は「すまんすまん」と笑う。それで多少、緊張感が薄れたが、それでも僕はエクスのつかに汗を滲ませる。


「緊張しているの? クロム」


 エクスが心配げに尋ねてくる。


 びびっているの? といつもの調子で言わないのは僕に気を遣ってくれているのかもしれない。


 僕は、

「武者震いだよ」

 と笑って誤魔化した。


 肌を密着させている聖剣に通じる嘘ではないが、彼女は気を遣ってか合わせてくれる。


「それでこそクロム。大丈夫、これはあくまで稽古なんだから。命までは奪われないよ」


「そうだね。でも、できる限り長く意識を保っていたいよ」


 サティロス様が本気を出せば僕など一撃で気絶させられるだろう。


 だが、今回は稽古ということになっている。そしてサティロス様は僕の可能性を見たいという。リルさんが目を掛けてくれるほどの才能を知りたいのだという。ならば一撃で意識を絶つような無茶な戦いはしまい。


 そう思った。

 ――そう思ったが、それは都合の良すぎる考え方だろうか。


 上半身をさらけ出したサティロス様は、闘技場の壁にかかげられている大剣を握る。


 僕の身の丈よりも大きい大剣をぶんぶん振り回し、空を切り裂いている。

 それも片手で。


(あの大剣は最低でも筋力A必要なクレイモア。それをああも易々と片手で……)


 今まで色んな魔物、人間と戦ってきたが、やはり神獣と呼ばれる人は別格なのかもしれない。


 

 ごくり。



 思わず生唾を飲んでしまう。

 その音を聞かれたのだろうか、サティロス様は笑いながら言った。 


「安心しろ、少年、さすがに神威は使わない」


「……助かります」


 と返信するしかない。

 ちなみに神威とは神獣だけが使える魔法のようなものだ。


 神々から授けられた驚天動地の力で、その力を解放すれば、ひとつの騎士団が。いや、ひとつの都市が壊滅するほどの被害を与えられるともっぱらの評判だった。


「おいそれと神威を使うと人間界から追い出されてしまうからな。我々神獣は神々より使わされた代理人。簡単に人間界に干渉してはならぬのだ」


「それはリルさんから聞いています」


 この前、悪漢どもに襲われたときもリルさんは積極的に介入できなかった。神獣が人間界に干渉できるのは自分が襲われたときと巨悪に立ち向かうときだけなのだ。


「だが、神威に頼らなくてもオレのステータスは人間を遙かにしのぐ。本気を出せば少年では相手にならない。なのでハンデを課す」


 サティロス様はそう言うと自身に《弱体化(デフ)》の魔法を掛ける。

 サティロス様の身体が蒼いオーラに包まれる。


「これで戦闘力がだいぶ下がった」


 そう言うサティロス様だが、それでもまだまだ余裕のようだ。いくら下げても僕ごときが及ぶわけがないという余裕を感じる。


 しかし、元より神獣を凌駕できるなどとは思っていない。

 ここは胸を借りるつもり、経験を積ませて貰うつもりで挑むことにした。


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるとエクスを鞘から抜き構える。

 中段の構えだ。

 この構えはオーソドックスなもので正眼とも呼ばれる。

 あらゆる動きに対応できる剣の基礎中の基礎であった。

 サティロス様はそれを褒めてくれる。


「良い構えだ。よどみがない」


「……ありがとうございまず」


 一方、サティロス様の構えは上段、いや、大上段であった。


 腹ががら空きになるし、初動が遅れる構えで、よほどのことがない限り使用しない構えである。


「……舐めてるね、クロムのこと」


「舐めてるんじゃないよ。それだけ実力が離れているということだよ」


 それを証拠に腹部に剣を打ち込もうと隙をうかがうもまったくその機会が訪れない。目の前の神獣から一本取る未来図が一切見えない。


 もしも僕が横薙ぎに剣を払えば剣を振り切るよりも先に彼の大剣が振り下ろされ、真っ二つにされるだろう。そんな未来しか見えない。


「……まったく、これじゃテストじゃなくて実戦だよ」


 思わずこぼしてしまうが、嫌な気持ちはしない。これくらいの気合いがなければ僕のレベルは上がらないだろう。そう思った。


 そしてこのままびびっていても前進はない。

 そう結論に至った僕は剣のつかを握りしめる。


「いくよ」


 とエクスに意思を送った。


 エクスは、

「合点!」

 と言うと刀身に魔力を帯びさせる。


 僕はその光景を見て安堵する。


 もしも僕にわずかでもアドバンテージがあるのだとすればそれは握りしめている聖剣だ。この剣はドラゴンの皮膚を裂き、デーモンの骨を砕いた最強の剣だ。


 未熟な僕の力を何倍にも増幅してくれる。

 それと――

 視線を身体に移す。

 昨日までの僕にはないものがそこにあった。

 ミリシャという名工が鍛えてくれたダマスカス鋼の鎧。

 これも僕の力を増幅してくれているはず。

 だから神獣とはいえ、今の僕を容易に倒せるはずがなかった。 

僕は長年連れ添った相棒のエクス。


 それとミリシャの作ってくれたダマスカス鋼の鎧を信じながら、サティロス様に斬りかかった。



「うぉぉぉお!!」

  


 雄叫びを上げながら斬りかかった僕。

 平然とそれを受けとめるサティロス様。

 聖剣と大剣の斬り合いは10合以上に及んだ。

 11合めで大剣の一撃を食らった僕だが、がっかりはしなかった。


 彼いわく、

「俺と10合剣を交わせる戦士はこの迷宮都市でもそうはいない」

 と褒めてくれたし、それに僕の身体は無傷だった。


 彼の鋭い一撃を食らったはずの箇所を眺める。

 銀色に輝くダマスカス鋼の肩当てはわずかばかりも傷ついていなかった。

 僕は勝負に勝つことはできなかったが、それでも多くのものを得た。

 神獣と斬り合える剣技と勇気、それに神獣の一撃も受けとめる最高の鎧。

 そのみっつが僕の手の内にあると分かっただけでも収穫だった。

 それはミリシャやリルさんも同じらしい。

 彼女たちは僕の善戦を我がことのように喜んでくれていた。  

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