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サティロスの帰還

 鍛冶屋ギルドの雄、サティロス・ギルドは想像していたよりはこじんまりとしていた。


 我がフェンリル・ギルドと同じくらいの大きさだろうか。


 Bランクギルドと聞いていたから、もっと大所帯を想像していたが、規模的にはそれほどでもなかった。


 その理由はミリシャが説明してくれる。


「元々、サティロス・ギルドは組合というより互助会に近いからね。鍛冶屋の中でも一匹狼に近い連中が集まっているんだ」


 その言葉を聞いて反論するのはリルさん。


「一匹狼を格好良く美化するのではない。一匹狼とは群れを追い出された弱者を指す。本来、そのような格好いいものではない」


 反論する箇所はそこなのか。

 ミリシャもそんな顔をしたが、軽く訂正する。


「まあ、要は業界の変わりもの、偏屈者を集めたギルドさ。自分の仕事に没頭ばかりしているから、あまりギルドに顔を出さない。だからこれくらいの規模で丁度いいのさ」


「それでもBランクになれるのはすごいですよ」


 と褒めておく。

 実際、そのように思ったし、目の前にはこのギルドのメイドさんがいるからだ。

 僕はそのメイドさんに話しかける。


「失礼ですが、あなたがカレンやエリカの親戚の方ですか」


 彼女はにっこりと微笑むと、

「はい、そうですわ」

 と言い切った。


「よく分かりましたね?」


 と不思議そうな顔をしているが、見間違える方が難しいだろう。

 最初に見た印象通り、彼女はカレンとエリカにそっくりだった。

 エリカがカレンの縮小版ならば、目の前のメイドさんはエリカの拡大版だった。

 カレンとエリカと中間くらいの姿形をしていた。

 名をマリカというらしい。


 ジュノシー家のメイドさんは皆、そっくりな顔だちをしているのだろうか。気になるが、今はそれを尋ねるべきときではないだろう。


 僕はマリカに礼を言う。


「マリカさん、今回はありがとうございます。あなたに頂いた紹介状でミリシャさんに立派な鎧を作って貰いました」


 彼女はあらあらまあまあ、と口を押さえる。


「今、身にまとっておられるのが件の鎧なのですか?」


「そうです」


「さすがはミリシャ様の手がける鎧。非の打ち所がない出来ですね」


「僕もそう思います」


「やめておくれ、ふたりして褒めてもなにもでないよ」


 僕たちの言葉に照れるミリシャはとても可愛らしかった。

 彼女は恥ずかしさを誤魔化すため、話題を転じさせる。


「ところでマリカ、今日はサティロス様はいないのかい?」


「はい。本日もおられません。ここ数ヶ月、ずっと旅に出ていて」


「まったく、無責任な神獣様だね。自分のギルドをほったらかしにして」


「ですが、それでもギルドは回っていますし」


「そうだね。上が無責任な分、その下が優秀だからね。マリカもよくやっているよ」

 彼女は「いえいえ」と両手を振り否定する。


「謙遜は不要だよ。ところでその有能なマリカにお願いがあるのだけど」


「お願い、ですか? わたしにできることならばなんでもお手伝いしますが」


「実は少年に作ってやった防具のテストをしたい。試作闘技場を借りてもいいかい?」


「ああ、そんなことですか」


 彼女はにこりと微笑むと、ギルドカウンターに向かう。


 両手でメイド服のスカートの裾を持ち上げ、いそいそと奥に消える。どうやら奥で帳簿を調べ、予約が入っていないか確認しているようだ。


 数十秒後、彼女は再び、いそいそと戻ってくる。


「本日は予約が一件も入っていません。ですのでお貸し可能です」


「そいつはありがたい」


 ミリシャがそう言って試作闘技場に行こうとしたが、その前に、とマリカは僕たちを客間に案内してくれた。


「お客人がきたというのにお茶のひとつも出さないだなんて、ジュノシー家のメイドの恥になります」


 とのことだった。

 やはり彼女は姿形だけでなく、その心にもメイド魂を宿しているようだ。

 僕たちはギルドの応接間に向かうとそこでマリカのお茶を待った。





 立派な樫の木の大テーブルに着席する。

 この応接間は十数人単位の客がきてももてなせるようになっているらしい。

 大柄な亜人族がきても座れるくらい立派な作りをしていた。

 さすがはこの辺はクラフトマンが集うギルドの面目躍如といったところか。


 それぞれが立派な椅子に腰掛けると、マリカが銀のワゴンでお茶を運んできてくれた。


 陶磁器に注がれる紅茶。

 香しい茶葉の香りと、湯気が立ち上る。

 それだけで緊張から解き放たれる。


 目の前に置かれたカップに指を添える。案の定、カップのハンドル部分までほのかに温かい。事前にカップを温めていた証拠だ。


 このような気配りができる人物のお茶が不味いわけもなく、マリカのいれてくれたお茶は天下一品であった。


 リルさんなどは、

「茶葉が良い分、カレンのいれてくれたものよりも旨い」

 と絶賛している。


 なあ、少年、と僕の肩を叩き同意を求めてくるが、僕は、

「愛情という隠し味がある分、同じくらい美味しいですよ」

 と回答した。


「ふん、この優等生め」


 と、リルさんは言うと、フォークとナイフを握りしめた。

 お茶に続いてケーキが出されたからだ。


 【火神の槌】名物モンブラン。このギルドにやってきたらこれを食べなければモグリだ、と言うリルさん。それほど有名なのだろうか。というか、彼女はこのギルドにきたことがあるのだろうか。尋ねてみる。


「かつて我がギルドはAランクだったのだぞ。忙しなく働くギルドメンバーたちに代わり、武具を買い付けにきたことが何度もある」


「リル様はとても羽振りが良かったのですよ」


 とはマリカ。


「うむ、儲かっているときは値切りだなんて考えたこともなかった。むしろ、釣りは受け取らなかったくらいだ」


「はい、そのようにうかがっています。そのときの恩もあるから、今回、ダマスカス鋼を買う際、我がギルドで少し補填してやれ、とサティロス様から指示がありました」


「ふむ、あの髭もじゃもなかなか寛容ではないか」


「リルさんのどんぶり勘定もたまには役に立つのですね」


 と笑う僕。

 リルさんは気をよくしたのか、胸をそらしてふんぞり返る。


「しかし、武器の試し切りならばどんなものか想像つきますが、防具のテストというのは想像がつきません」


 僕は話題を転じさせる。


 それについて答えてくれたのはミリシャだった。


「武器ならばなにかをぶった切れば済むからね。防具の場合はダメージ軽減効果だけでなく、動きやすさも指標となる。つまり実戦だね。それに勝るテストはない」

「なるほど……」


 以前、大梟ギルドで行なったゴーレム戦を思い出す。

 このギルドにもゴーレムが配備されているのだろうか。


「まさか、我々はゴーレムは作れるが、それに魂は吹き込めない」


 もっとも、普段はゴーレムなどの魔法生物を用意しているらしいが。


「今回は用意してくれないんですね」


「もっといい稽古相手がいるからね」


「稽古相手ですか? まさかミリシャさんとか」


「あたいはハンマー使いだからね。打撃属性の防御力を計るには丁度いいけど、斬撃や刺突は苦手でね」


 たしかに彼女に斬撃や突きは放てないだろう。

 となると――、

 僕はリルさんを見つめる。


「残念ながら私でもない。私は拳法タイプだ。拳やかぎ爪を使うことができるが、リーチが短い。テスト向きではない」


 ならばまさか、とマリカを見る。

 こんなに可愛らしい姿なのに実は武芸百般に通じているのだろうか。

 見た目はカレンさんよりも華奢に見えるのだが。

 しばしメイドさんを見つめていると、リルさんがからかってくる。

   

「ジュノシー家のメイドさんを全員手籠めにするつもりか。この節操なしめ」


「そんなんじゃありませんよ。僕の稽古相手が彼女なのかな、と思っただけです」


「そんなわけないだろう。少年の稽古つけてくれるのはもっと大物だよ」


「大物ですか」


「ああ、私と同じくらいのな」


「リルさんと同じ……?」

 

 しばし考え込むと僕ははっとした。


「まさか!?」


「そのまさかだよ」


「でもその方は今、旅に出ているんじゃ」


「正確には旅に出ていた、だな。手紙に面白い少年がいる、と書いたらのこのこと戻ってきおったわ」


 リルさんはそう言うとこう続ける。ちょっと悪戯気味に。


「戻ってきているどころか、すでにこの館に。いや、部屋にいるぞ」


 それはさすがに冗談だろう。そう解釈したが、とある音が冗談ではないと教えてくれる。


 カチャリ、とカップを受け皿に置く音が響き渡る。

 音の方向に振り返る。

 そこには立派な髭を蓄えた中年の男がいた。

 彼はいつの間にかその場所に座り、コーヒーまで飲み干していた。

 彼は僕の存在に気がついた振りをするとこう言った。


「この少年が噂のクロム君か」


 髭の間から漏れ出た声は、その見た目通り渋いものであった。


「我が名は神獣サティロス。この流れからも推測できるだろうが、君と手合わせし、その防具の性能をテストしてやろうと思い遠路はるばる戻ってきた」


 サティロス様は最後に付け加える。


「究極の真銀を探し求める旅を放棄してきたのだ。その代償に見合う楽しみを与えてくれるのだろうな」


 ぎろり、と僕を睨み付けてくるサティロス様。

 その威圧感は半端なく、まさに神様だと思った。

 蛇に睨まれた蛙である。

 なにも言い返せないでいると、代わりにリルさんが口を開いた。


「サティロスよ、うちの秘蔵っ子である少年を甘く見るでないぞ。この少年はやがて英雄に、いや、大英雄になる少年だ」


「ほお、それは大きく出たな」


「これでも謙遜しているつもりだがね」


「ならばそれが正しいか、闘技場でたしかめるか」


 サティロス様はわずかに残っていたコーヒーを嚥下すると立ち上がった。

 マリカとミリシャも無言でそれにならう。

 こうして僕と神獣様との対決が行なわれることになった。

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