カレンの従姉妹
僕とリルさんがつかの間の休息を享受しているころ、ミリシャの工房は連日、槌の音が響き渡っていた。
良質なダマスカス鋼を手に入れたミリシャはそれを鎧に加工する。
通常、ダマスカス鋼はあまり防具には用いられない。
とても硬くて丈夫なのだが、その分、加工がしにくく防具製作には向いていない、とされているのだ。
しかし、『製作』に向いていないだけで、防具に向いていないわけではない。
その強固さと粘度は防具として優秀で、加工が大変、材料費が高い、という二点に目をつぶれば最高の素材のひとつであった。
ミリシャは全身全霊を込め、その技術力を惜しみなく投入してくれた。
こうしてミリシャと別れてから二週間後、そのときが訪れる。
クロム専用の防具。
ダマスカス鋼の鎧が出来上がる。
要所のみをガードし、敏捷性を損なわない設計思想。
当代の名工といっても差支えがない女性が丹精を込めて鍛え上げた鎧は最高の一品だった。
ミリシャいわく、
「もしもこれが市場に出回るとしたら、その値段は最低でも金貨900枚だろうね」
とのこと。
たしかにそれくらい立派で実用性を備えた作りだった。
僕は白銀の輝くダマスカスの鎧を見つめる。
「……これが僕専用の鎧」
僕の体形に合わせ、僕のためだけに鍛え上げられた最強の鎧が目の前にあった。
冒険者として武具全般に興味はあったが、まさかここまで見事な防具を身にまとう日がくるなんて夢にも思っていなかった。
「…………」
しばし言葉を失ってしまう。
僕が我を取り戻したのは、腰の聖剣がぶるっと震えたからだ。
エクスは不機嫌さを隠さない。
「なんだよ、クロムってばデレ~っとしちゃってさ、ふん」
明らかに焼餅を焼いているのでフォローを入れる。
「いや、ちょっと見つめていただけだよ」
「ちょっと? ぼけ~っと口を開けて、5分間凝視するのがちょっとなら、辞書の項目を書き換えるべきだね」
「金属の防具をまとうのは初めてだから珍しいだけさ」
愛しているのはエクスだけだよ、と嘘でも言えればその場をとりつくろえるのだけど、僕にそんなスキルはない。どこまでも不器用だった。
「まあ、いいけどね。そいつ、僕よりも安いし」
「そうだね、エクスの方がずっと高級だ」
実際は金貨100枚しか変わらないが、それでもたしかにエクスの方が高級だった。彼女は金貨1000枚もしたのだ。
最後の拠り所としてそこだけは強調しておく。
「金貨100枚あれば中古の馬車が買えるもんね。まあ、そもそも伝説の聖剣であるボクに値段をつけるのもどうかと思うけど」
「そうだよ、そう。エクスはお金では手に入らない最高の聖剣さ」
そうおだててると、僕は意識を鎧に移す。
ミリシャの方を見つめると、彼女は腕を組み、うなずいてくれる。
試着してもいい、ということだろう。
僕は今着ている「旅人の服」の上から鎧を装着する。
「新しい旅人の服は試さないの?」
「それはあとで」
理由は一刻も早く金属の鎧とはどんなものか試したかったからだが、そのことは彼女に伝える必要はないだろう。
僕は新しい玩具を試す子供のようにせわしなく鎧に手をかける。
ミリシャに懇切丁寧に説明を受けながら、鎧を装着していく。
注意深く彼女の説明に耳を傾ける。
今、この場所では彼女の手助けを借りることができるが、今後はできない。
迷宮などでは自分で装着し、手入れもしなければならない。
僕は彼女の説明を脳に刻み込みながら、鎧をすべて装着した。
掛った時間は5分ほど。なれれば1分もあれば装着できるだろう。それくらい簡単であったが、それもこれもミリシャが僕用にカスタマイズしてくれたからだ。
彼女の配慮と腕前に感謝する。
「騎士が戦で使うような鎧と冒険者が冒険で使う鎧は明らかに違う。騎士の鎧の方が防御力が高いが、冒険に持っていくには重すぎるからね」
ミリシャはそこで一呼吸置く。
リルさんが付け加える。
「それに少年の特性もある。少年は明らかに技巧派、スピードタイプの戦士だからな。少年に重装をさせるのは、鳥から翼を奪うようなものだ」
「だね。クロムはペンギンではなく、燕のようになってもらいたい」
ミリシャとリルさんはそう語るが、僕は燕になれるだろうか。
試してみたい衝動に駆られる。
「あの、リルさんかミリシャさん、どちらか僕の稽古に付き合ってくれませんか」
「それはかまわないけど、まずステータスを見ないのかい?」
「それは稽古のあとで。まずは自分の感覚のみで強くなったか計りたいです」
「いい心がけだ。新米冒険者はステータスに拘泥するが、最後にものをいうのはそのものの資質だからな。勇気と機転というパラメーターはステータスに表示されない」
「できるものなら、それらを伸ばしたいですね」
昔、祖父が言っていた。
冒険者の最後の拠り所になるのが、知恵だと。
最後まで考えることをやめなかった勇者に勝利が転がり込んでくるのだと。
僕はまだ祖父のような境地に達していないし、実績も足元にも及ばないが、それでも少しでも偉大な祖父に近づきたかった。
リルさんの自慢の種になるような冒険者になりたかった。
そのためにはもっと精進しないと。
そう思いながら僕たちはサティロス・ギルドに向かった。
サティロス・ギルドには大きな庭があり、武具の試し場がある。それにエリカから受け取った紹介状のお礼もせねばならない。(鍛冶屋ギルドに加盟するものは、正当な理由なしに大幅な値引きをしてはいけないという決まりがあるらしい)
僕たちはその正当な理由を書き添え、サティロス・ギルドのギルド嬢に口添えしてもらう。
【火神の槌】と呼ばれるサティロス・ギルドの館は、ミリシャの工房から歩いてすぐのところにあった。
そしてそこにはカレンとエリカのそっくりさんのようなメイドさんがいた。




