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ただいまだよ、少年

 こうして僕は行き倒れていた神獣を救い、彼女にご飯をおごり、彼女の試練を乗り越え、Aランクギルドへ誘ってもらった。


「人間、万事塞翁が馬だね」


 と漏らすと、聖剣のエクスが「ほえ?」と尋ねてくる。


「エクスは勉強が苦手なんだね。人間、万事塞翁が馬、訳すと人生、悪いことが起こってもそれが災い転じて福となすこともある、という意味の言葉だよ」


「ならそんな難しい言葉使わないで、最初からそう言ってよね」


 と、エクスさんはおかんむりだ。ただ、それでも僕の就職を喜んでいてくれるようで、こんな台詞をくれた。


「これでやっと冒険者の仲間入りだね。勇者クロムと伝説の聖剣の英雄譚の幕開けだ」


「迷宮都市のギルドに落ちまくって、買った宝くじがたまたま当たって、たまたま武具屋で見つけた聖剣を持って迷宮にもぐる。……なんかかっこわるいね」


「その辺は気にしないの。英雄になっちゃえばいくらでも改変がきくよ。その辺のかっこわるいエピソードは抜いて、クロムが伝説の岩に突き刺さっていたボクを引き抜いた、という話にすればいい。うん、いい演出だ。今日からボクたちの出逢いはそれで通そう」


 と、彼女は鼻息を荒くするが、将来の伝説を彩るエピソードは、将来考えればいい。


 僕はまだ英雄でもなければ、冒険者でもない。

 冒険者になるには、冒険者として登録されなければならない。


 そのためには一刻も早く、このダンジョンを立ち去り、リルのギルドまで向かうべきだった。


 僕たちは意気揚々とダンジョンから引き上げた。

 




 意気揚々とダンジョンを出た僕は、意気消沈と冒険者ギルドの前でたたずんでいた。


 先ほどの喜びようが嘘に見えるくらいがっくりと肩を落とす。

 その姿を見かけた神獣のリルさんが話しかけてきた。


「少年、どうしてそんな顔をしているんだ? 念願の冒険者ギルドに入れるのだぞ? もっと嬉しい顔をしたらどうだ?」


 リルさんにはなんの悪気もないのだろうが、それでも抗議せざるをえない。

 軽く深呼吸すると、できるだけ冷静な口調で言った。


「あの、リルさん、リルさんは僕をギルドに入れてくれるといいましたね」


「言った。女に二言はない」


「そのギルドはもしかして僕の目の前にあるこの建物のことですか?」


「ああ、そうだよ、そう。ちょっと古めかしいが、アンティークな感じがしていいだろう」


「それはそうかもしれませんね。ですが、僕が問題にしているのはそこではありません」


「では、どこが問題なのかね?」


「その問題はあなたが嘘をついていたということです」


「この私が嘘を? なにを根拠に」


「根拠ならばありますよ。リルさんは僕にAランクギルドに入らないかと誘った。なのにこのギルドはAランクではなく、Fランクギルドじゃないですか!」


 ずばり、指摘すると、リルはなぜそれを!? 的な顔をした。


「君は予言者かなにかか」


「そんなたいそうなもんじゃないですよ。さっき、偶然、このギルドを訪問して、そのときにここに立てかけられていた看板の正体を知っただけです」


 小さく『元』Aランクギルドと書かれていましたね、と指摘する。


「むむぅ、そのからくりに気がつくとは君はなにものだ?」


「ただの冒険者候補ですよ。そのからくりを教えてくれたのは、カレンさんというメイドさんです」


「カレンめ、また余計なことをしおって。Aランクと書いておけば間抜け冒険者がやってくるかもしれないものを」


「…………」


 間抜けにもAランクの看板に釣られてしまったのでなにも言い返せないが、それでも文句を言わざるを得ない。


「リルさん、僕は一瞬、本当にAランクギルドには入れると思って大喜びしてしまったんですよ。それなのにこんなたちの悪い嘘をついて」


「嘘じゃないさ。ここは元々Aランクギルドだった。今はさる事情でFランクに甘んじているが、それでも近いうちに必ずAランクに復帰する」


「どうしてそんな無責任なことがいえるんですか」


「無責任じゃないさ。私はクロム・メルビルという英雄の資質を持った冒険者の卵を手に入れた。そんな逸材を手にしてしまったら、それくらいの夢は見る」


「……僕が逸材?」


「逸材も逸材さ、見てみなさい」


 と、僕のステータスを開示する。

 

クロム・メルビル レベル5 無職冒険者


筋力 D+

体力 D

生命力 C

敏捷性 D+

魔力 D

魔防 D

知力 D

信仰心 D

総合戦闘力 953


武器 聖剣エクスカリバー

防具 旅人の服


固有スキル なんでも装備可能

戦闘関連スキル 剣術D+ 火魔法F

武器スキル 【自動回復 小】


「あ、レベルが上がってる。それにステータスやスキルも」

  

「これが君の才能。レベル1のときはなかなかレベルが上がらなくて難儀していたのはたぶん、このスキルのせいだろう」


 リルさんはそう言うと、僕のステータス表示をなぞる。

 固有スキルと戦闘関連スキルの間に文字が浮かび上がる。

 そこに浮かび上がったのは、『隠しスキル』という項目だった。


「隠しスキル?」


「普通の人はもちろん、本人も見ることができないステータスのこと。ちなみになぜ、私が見れるかというと私は神様だから」


 と、また胸をそらす。

 ただ、彼女の平坦な胸よりも隠しステータスという項目が気になる。

 僕は目を細め、該当箇所をのぞき込む。

 そこにはこんな文字が書かれていた。



【英雄の証】



「英雄の証? 聞いたこともないようなスキルだ」


 僕はその文字に触れて詳細を調べようとしたが、触れることができなかった。

 代わりにそのスキルの詳細を教えてくれたのは、リルさんだった。

 彼女は言う。


「英雄の証、それは英雄になるものが持つとされる伝説のスキル。ただし、そのスキルは良いことばかりじゃなくて、所有者の成長がとても遅くなる。とても遅々とした成長になる」


「それで僕は万年レベル1だったのか」


 待てよ? ならばどうして最近、こうも簡単にレベルが上がるんだろうか?

 不思議に思っているとそれに答えてくれたのはエクスだった。

 彼女も自慢げに言う。


「えっへん、それは僕のおかげかな。クロム、武器スキルの項目をよく見て」


「武器スキル?」


 武器スキルの画面を覗くと、そこにはこう書かれていた。


【成長倍加】


 効果は読んで字のごとくだ。


「なるほど、僕がエクスカリバーを装備したことにより、英雄の証の成長鈍化効果が帳消しになったのか」


「そういうことだ。君はこれからめきめきと成長し、頭角をあらわすだろう」


 リルさんはそこで言葉を句切るとこう続けた。


「だが、君を導く存在が必要だ。古来、英雄の証を持つものは英雄になる宿命を持っているが、大半の英雄は悲劇的な最期を迎えている。それは色々な英雄譚を読んで知っているだろう」


「…………」


 無言になる。事実だったからだ。



 大昔から英雄は、竜を退治したり、魔王を討伐してきたが、そのほとんどが悲劇的な最期を迎える。


 竜を殺し、その血を浴びて不老長寿になったものの、家族に先立たれ、寂しい晩年を送ったもの。


 魔王を殺したはいいが、国王に疎まれ、そのまま処刑台に送られたもの。


 邪神を倒してそのまま二代目の邪神になったものもいる。



 リルさんは、僕にそんな轍を踏ませまい、と断言する。


「我がギルド、フェンリルの咆哮に入団してくれれば、君を立派な冒険者にすると約束する。英雄に育て上げると約束する。だから、少年、どうか我がギルドに入ってはくれまいか?」


 リルさんは最後にそうまとめると、真摯な瞳で僕の瞳をのぞき込んできた。

 神様に、いや、神獣様にそんな目をされて断れる人間はそういない。

 彼女は本気で僕の未来を切りひらこうとしてくれていた。


 そんな神獣の下で働けるのならば、もしかしたらAランクのギルドで働くよりも多くのものを得られるのかもしれない。


 そう思った僕は決意した。

 深々と頭を下げながらこう言った。


「そこまで僕を必要としてくれるのならば、僕はこのギルドに入らせていただきます。リルさん、いえ、リル様、どうかよろしくお願いします」


 その姿を見たリルさんは軽く安堵の表情を浮かべると言った。


「これで名門フェンリルの咆哮ギルドの復活の狼煙は上がった。さて、祝杯をあげるぞ!」


 彼女はそう言うと満面の笑みでギルドの中に入っていった。

 僕もそれに続く。


 ギルドの中に入るとき、僕は小声で、


「お邪魔します」


 と言った。


 しかし、リルさんはわざわざこちらを振り向いて訂正する。


「こらこら、少年は今日からここの家族になるんだ。家族はそんな言葉使わないぞ」


 ならばどんな言葉を使えばいいのだろうか。 

 迷っているとリルさんは会心の笑みでこう言った。


「ただいまだよ、少年――」


 僕はその笑みと言葉を、生涯忘れることはできなかった。

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