迷宮都市のカレー
神獣リルさまとのデートは案の定、食い道楽となった。
迷宮都市中の食堂、レストラン、スタンドを巡ることになる。
最初に腹ごしらえとして、繁華街にあるホットドッグのスタンドに行く。
そのホッドドッグは迷宮都市でも有名で、王都で発行されている紀行記にも紹介されているほどだ。
なんでもこれを食べずして迷宮都市を語るなかれ、という逸品らしい。
「なんだ。少年は食べたことないのか」
田舎者を見るような目つきで僕を見るリルさん。
田舎者なので気にはしないが、言い訳はする。
「ここのホットドッグは高いですからね。着の身着のままでやってきた当時の僕には高級品なのです」
「だが、今ではちゃんと稼いでいるだろう」
「ですが、ギルドではカレンさんが美味しい料理を用意してくれているので外食する機会があまりなくて」
「ふむ、たしかにカレンの料理は美味いが。外食は別腹だ。料理人それぞれの個性を味わえる」
グルメ本の閉めのような言葉であるが、その通りだった。
豊かな人生は美味しい料理と共に、とはフェンリル・ギルドの食堂にかかげられた標語である。
僕は豊かな人生を過ごしたかったので、懐から財布を出す。
ちなみに銀貨や銅貨が一杯詰まっている。
出掛け際にカレンさんが持たせてくれたのだ。
飲食店で女に財布を出させるなど、殿方の恥に繋がりますから、
と、姉上のようなことを言われた。
その配慮は有り難いが、一応、けじめとしてこのお金は借りるという形を取っている。
なるべく多く冒険をこなし、早めに返したかった。
リルさんはそんな僕の懐事情を知ってか、いつものような犬食いはしない。
プレーンホットドッグをひとつ食べる。
プレーンといってもソーセージしか載っていないわけではない。
ここのスタンドのホットドッグは刻んだピクルスとタマネギをたっぷり掛けられており、それが味のアクセントとなっている。
ぱりっとした皮を突き破ると出てくるジューシーな肉汁、それらを引き立ててくる甘酸っぱいピクルスにスパイシーなタマネギ。
それらを同時に食すると、えもいわれぬ幸福感が口内を駆け巡る。
――らしいが、まだ食べたことがないのでわからない。
僕は自分の分のホットドッグを注文すると食してみた。
じーっとその光景を見つめるリルさん。
「もう一本注文しますか?」
気をきかせ尋ねる。
彼女は首を横に振る。
「馬鹿者、少年の食事を横取りするほど餓えていない」
「じゃあ、どうして僕を見つめるんですか?」
「そのホットドッグが少年の口に合うか心配なだけだ」
「合いますよ。だってグルメなリルさんのお墨付きなのでしょう?」
「そうだが、人間、合う合わないがある」
じっと僕の方を見つめるリルさん。どうやら本気で僕の好みに合うか心配しているようだ。
これは強引にでも舌の方を合わせるかしかないな、そう覚悟したが、その覚悟は無駄に終わった。
なぜならば一口口に入れたホットドッグがとても旨かったからである。
一口口に入れただけでジューシーな肉汁が口の中に広がる。
ケチャップもマスタードも付けるなとはリルさんのアドバイスであるが、なにも調味料を足さなくてもとても美味しかった。
僕はその感想をリルさんに伝える。
僕の喜ぶ表情を見たリルさんは同じように喜んでくれた。
「ふむ、もしも少年と味覚が合わなかったらと思うとどうしようかと思ったぞ」
と目を細めてくれた。
食事の好みくらいでどうにかなるような間柄ではないような気もしたが、それでもリルさんが喜んでくれて嬉しかった。
腹ごなしにホットドッグを食べ終えると、次はランチを食べに行く。
小食な僕は実はすでに満足していたが、神獣のリルさんを満足させるにはあと二軒はお付き合いしなければならないだろう。
なので二軒目は小盛りにしてもらおう、あらかじめそう決めていた。
さて、リルさんはどこに案内してくれるのだろうか。
楽しみに彼女のついていくと、とても香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
その香りは今までに嗅いだことがないスパイシーなものだった。
リルさんは怪しげなターバンを巻いた客引きがいる店に躊躇なく入る。
男は明らかにこの大陸の人間ではなかった。
浅黒く、背が低い。
見ようによっては怪しげな呪術師にも見える。
僕が注意深く観察していると、リルさんが説明してくれる。
「彼らはクシャーナ人だ」
「クシャーナ人?」
「この大陸の東にある大陸の人間だな。ダマスカス鋼の産出地の国のものだ」
「なるほど」
「ダマスカス鋼や東方のスパイスなどはかの国から買い付ける」
「ダマスカス鋼……」
思わぬ単語に驚く。
にやりと笑うリルさん。
「ちょうど今、ミリシャが良質なダマスカス鋼を求めて迷宮都市中を駆け巡ってくれているからな」
「それでリルさんは僕をここに?」
「いや、それはない」
あっさり言うリルさん。
「クシャーナはダマスカス鋼だけでなく、スパイスも名物だ。そしてそのスパイスをふんだんに使ったカレイがとても美味しい」
「カレイ? 魚かなにかですか?」
魚市場で売られている平べったい魚が頭に浮かんだ。
リルさんは、チッチと指を振ると、
「魚ではない。カレイとは黄色くて、香ばしくて、旨い液体だ」
「飲み物なんですか?」
「そんな名言を吐いた英雄が昔いたな。早死してしまったが」
だが違う、と続ける。
「カレイとはとろみがかかった液体。まあ、シチューのようなものだな。それにライスと呼ばれる豆にかけて食べる」
それはただのシチューとどこが違うのだろうか。悩んでいると客引きの男が話しかけてくる。
「チガウチガウ、オジョーサン、カレイじゃないね。カリーね」
カリーなのか、たしかに発音は似ている。
「カリーは我々クシャーナ人の日常食ね。365日、マイニチ食べる」
「なんだと、毎日食べるのか。さすがに飽きないのか?」
「アキナイアキナイ、商いと一緒よ。食べれば食べるほどオクブカイ」
「ほお、私はまだカリーの奥深さを知らない、というわけだな」
こくりとうなずく客引き。
「ならば今日はその奥深さの神髄を拝見させてもらおう。小僧、カリーライス大盛りをふたつだ」
ぶい! と指を二本突き立ってるリルさん。
あまりに神々しい笑顔で先ほどの誓いを忘れてしまった僕は、結局、大盛りのカリーライスを食す。
初めてのカリーライスはとても美味しかった。
いつか田舎の姉さんに食べさせてあげたい。そんな感想を抱くほどに。
結局、僕は大盛りを平らげてしまうのだが、地獄はこれからだった。
その後、食後のデザートを食べにとある洋菓子屋に連れていかれ、その後、夕食としてとてもでかいTボーンステーキを出す店に連れていかれた。
一応、その店で頼める最小のものを注文したが、連れていかれた店は腹ペコ神獣行きつけの店。キッズサイズのものを注文しても、それなりにボリュームがあった。
こうして僕の休日は終わる。
ギルドに帰るとカレンが笑顔で胃薬を用意していてくれた。
僕はそれを飲むと、胃もたれする胃をさすりながらベッドに向かった。
その夜、僕はうなされる。
夢の中でも山盛りの料理が出てきたのだ。
僕はしばし、リルさんとデートをするのは控えよう。そう誓った。




