神獣さまとデート
僕とリルさんは迷宮都市イスガルドの中心部に向かう。
デートをするならば繁華街!
というのが神獣さまのポリシーのようだ。
フェンリル・ギルドはイスガルドの中心近くにあるのだから、逆に郊外の方がいいような気がするのだが、どうしてだろうか。
その問いにはカレンが答えてくれる。
「神獣たちが住まう神獣界、リルさまはそこからいらしたのですが、リルさまは神獣界でも辺鄙なところ出身らしく、都会に憧れを持ってるのです」
と、一度立ち寄ったフェンリルの館でカレンは説明してくれた。
なるほど、納得した。
たしかにリルさんは流行に敏感なところがある。
迷宮都市の情報誌にはすべて目を通しているし、楽団や劇団の公演があればチケットを買っている。
それに意外とおしゃれだ。付けている装飾品は流行のものが多い。
一言でいえばミーハーなのだが、リルさんらしいと片づけることもできる。
ちなみに今、迷宮都市の繁華街に向かっているが、僕ひとりである。
なんでもデートとは「待ち合わせ」をするのが基本らしい。
可愛いあの子はどんな服を着てやってくるのかな。
待ち合わせ時間に遅れないかな、早すぎないかな。
待ち合わせ場所を間違えてないかな。
そうやってドキドキしながら待ち合わせをするのがデートの前菜となるらしい。
面倒くさい神獣であるが、その理論は間違っていない。
家族のようなリルさんと待ち合わせであるが、ちょっとドキドキしているのは事実だったからである。
というか、僕に取ってこのデートは初デートとなる。
気分が高揚して当然だった。
腰の聖剣が尋ねてくる。
「あれ、クロムってデートしたことないんだ」
「残念ながらね」
「田舎にいるとき、女の子にもてなかったの?」
「ちっとも」
「えー、うそくさー。そんな天然ハーレム体質なのに?」
「ハーレム以前に同世代の女の子があまりいなかった。隣の家まで数キロあったからね」
「まじで! どんな田舎なのそれ!?」
「今、エクスが想像した10倍は田舎だと思ってくれていいよ」
無駄に広大だった実家を思い出す。
貧乏貴族の領地であるが、辺境ゆえ、その敷地は広大であった。
庭はフェンリルの館数十個分はあったし、畑も家族では耕しきれないほどあった。
人口希薄地帯の領主そのものの生活をしていた。女の子とデートなどする場所がない。
一応、幼なじみの女の子がいたが、彼女との遊びも森で香草を摘んだり、川で水遊びをしたり、草原を駆け回ったりとアウトドアが中心だった。
そういった意味では僕もリルさんのように都会に憧憬のようなものが芽生えてもいいものだが……。そんな考察をしていると、広場に設置された大時計が12時を指す。
リーンゴーン!
と軽やかな鐘の音が響く。
この付近に住んでいるものはその鐘の音を頼りに生活のサイクルを決めている。
12時になると仕事の手を休め、昼食をとる。
観光客も観光をやめ、目星を付けていたレストランに足を運ぶ。
フェンリル館の人間もその鐘を目安に昼食をとっていた。
つまりこの鐘は聞き慣れたものであるのだが、今日はなんだか違った音色に聞こえた。
12時にリルさんと落ち合う約束をしていたためだろうか。
ちょっとだけ心臓の鼓動が早まった。
僕は心臓の鼓動を通常に戻すため、意識して深呼吸する。
しかし、鐘が鳴ってから5分はその行動を続けたが、一向にリルさんは現れなかった。
これはまた迷子になったか行き倒れたかな、そんな結論に至った僕は捜索にでようとするが、それはとある少女にとめられる。
彼女は僕の服の袖を掴むと軽く引っ張る。
彼女の方に振り返る。
そこには可愛らしい少女がいた。
白銀のような銀髪、それに新雪のような白い肌。
宝玉のような赤い瞳はとても澄んでおり、綺麗だった。
一瞬、その娘が誰か分からなかったのは、彼女に犬耳がなかったからだ。尻尾もなかったからだ。
また髪を軽く結っていた。ほんのりと化粧もしていた。
しばし注視してやっと彼女がリルさんだと気がつく。
「……まったく気がつきませんでした」
と言うと彼女はへそを曲げる。
「気がつくまで軽く1分、それに気がついたあとの対応も最悪だな。女がめかし込んできたのだから、まず褒めるべきだろう」
たしかにその通りなので、彼女の指示に従う。
「……ええと、今日は犬耳は?」
「それは褒めているのか?」
と、リルさんは落胆するが、ため息とともに説明してくれた。
「今日は少年とデートだからな。周りの目を気にしないで済むように変装してきた」
と、犬耳を懐から取り出す。
「それって脱着可能だったんですか!?」
「ぷ、ははは、まさか」
騙されおって、と、彼女は頭部に寝かせていた犬耳をぴょこりと立てる。
ひくひくと動くそれを見て安堵する僕。
「まあ、このように寝かして、付け毛を付ければごまかせる。なにせ私は神獣であるからな。普通に歩いていては目立つのだ」
「たしかに」
「もっとも、変装してもこの美しさ。街ゆく俗人どもの視線はまぬがれないが」
それもたしかだった。道行く人は時折、足をとめ、彼女の容姿に見とれている。
中年の男性は鼻の下を伸ばし、
恋人を連れた男は足をとめ、恋人に小突かれ、
老人でさえも色めき立っている。
たしかに自分で言うだけはあり、リルさんは美しかった。
特に今日はいつもの服ではなく、綺麗なドレスを着ており、どこぞの貴族の令嬢でも通用するような気品もたずさえていた。
腰の聖剣がアドバイスをくれる。
「クロム、こういうときは洋服を褒めるんだよ」
なるほど、それは名案だ。
改めてリルさんの衣服を観察する。
今日のリルさんは貴族のご令嬢が着るような煌びやかな服をまとっていた。貴族がパーティーできるような服ではなく、普段着ているようなやつだ。
元々、気品ある顔だちゆえ、とても良く似合っていた。
僕は彼女を褒め称える。
「リルさん、その服、よく似合っています。とても中古とは思えない」
その言葉を聞いたリルさんは明らかに厭な顔をした。
腰の聖剣は、「ぷーくすくす」と笑う。
「やっぱりクロムは女心が分からないね。それ褒め言葉どころか、侮辱だよ、侮辱」
買い物上手なところを褒めたつもりなのだけど、どうやら僕はどこか抜けているようだ。
もっと精進し、女性心理を学ばないといけないのかもしれない。
そう心に誓ったが、取りあえず昔、姉に習った作法を実践する。
僕は貴族の従卒のようにかしづくとリルさんの手を取る。
「あなたのように美しい女性と街を散策できるとは光栄です」
その言葉でやっとリルさんの機嫌は直る。
「うむ!」
と、偉そうに胸を張ると、僕の手を取り、街の雑踏の中に連れ込んだ。
尻尾は見えないが、きっと、彼女のスカートの中にしまってある尻尾は上機嫌に揺れ動いているのだろう、そう推察できた。




