リルさんのご褒美
僕たちは無事、洞窟から帰還する。
ミリシャの工房にまっすぐ向かうと、そこで開口一番にリルさんが言った。
「約束通り動く鎧を討伐したぞ、少年に鎧を作ってくれ」
「分かっているさ。このミリシャ、恩義は忘れないよ」
「ちなみに追加クエストで弟を救出したことを忘れないように」
リルさんはがめつく指摘する。
「もちろん忘れないさ。最高の防具を作るよ」
その言葉を聞いたリルさんはにやりと笑う。
もしもリルさんの性格を知らなければ、マイト誘拐事件の裏側に彼女が暗躍していたと誤解しそうな笑顔であった。
「さて、さっさと防具を作ろうかね。恩人に恩を返したいのもあるが、今、とても創作意欲に燃えていてね」
「なにかいいことがあったんですか?」
「目の前で悪漢どもを倒す少年の勇気、それにその剣技に惚れ込んだんだよ。良い冒険者がいたら良い防具を作りたくなる。それが鍛冶屋ってもんさね」
「少年は最高の冒険者だからな。最高の冒険者には最高の防具が必要だ」
にんまりと笑う神獣さま。
ミリシャも首肯する。
「そうだね。このミリシャに任せておきな。最高の防具を用意する」
ミリシャはそう言うと、僕の頭頂から爪先までを観察する。
己のあごに手を添え、「ふうむ」とうなる。
彼女は僕の二の腕を触ったり、胸板に触れたりする。
ちょっと恥ずかしいが、彼女の真剣な表情を見ると、気恥ずかしがるのも悪いような気がした。されるがまま身体を許す。
「……やはりクロムは細身だね。女装が似合うだけはある」
「すみません。華奢で」
「いや、華奢ではないよ。とてもしなやかな筋肉をしている。そうだね、例えるなら猫科の肉食獣、豹のような身体付きだ」
ミリシャは、このしなやかな筋肉が強力な一撃を生み出すんだね、と続ける。
「クロムのようなタイプは重い鎧ではなく、服に魔力を付与した装備がいいかもね。そのスピードを活かせる」
「ミリシャの工房は衣服タイプの防具も扱っているのですか?」
「まさか。でも、取り寄せることはできる。なので今着ている旅人の服に各種耐性を付与したものを注文しようと思う」
その提案に割って入ってくるのはリルさんだった。
「おいおい、ミリシャよ、それでは話が違う。我々は鎧を求めてやってきたのだぞ。旅人の服ならば自分たちでなんとかできる」
「もちろん、分かっているさ。旅人の服をベースにその上から軽装の鎧をまとわせる。急所だけを守るんだ。その方が結果的に防御力も総合戦闘力も上がると思う」
「つまり、臓器や関節部分だけ金属の鎧をまとわせる、というわけか」
僕はニアの鎧を思い出した。彼女も動きやすいように急所にしか鎧をまとっていない。
なかなか良いアイデアだと思うが、リルさんが余計なことを言う。
「フルアーマーにすると材料費が高いから、ケチっているのではあるまいな」
ミリシャはそんな皮肉を言われても気にしない。
「たしかに材料費は安くなるが、その分、良い素材を使うさ。工房で余っているダマスカス鋼を使う」
「ダマスカス鋼ですか!?」
思わず大声を出してしまう。
ダマスカス鋼とは東洋にあるとある国の名産金属だ。とても堅く丈夫で、弾性にも飛んでいる。武具に使うには最適の材質とされている。
リルさんも驚いているようだが、もじもじしている。たぶんだけど、お値段が心配なのだろう。
それは僕も同じなので思わずミリシャの顔色をうかがってしまうが、彼女は剛胆な笑顔で言った。
「少年はあたいの恩人だ。材料費はロハ、工賃だけで請け負うよ」
その言葉を聞いてリルさんと僕は喜んだ。
工房に到着すると、そのまま正確な寸法を測る。
僕のために作る僕だけの防具。
クロム専用の防具ができあがるのかと思うと、嬉しくて仕方なかった。
採寸を終えると、ミリシャの弟マイトが発注を出す。
鎧はともかく、その下に着る新しい旅人の服は注文せねばならない。それに鎧に使う留め金や革細工の部分はこの工房では作られない。鍛冶屋街にある他の職人に注文しなければならない。
すべて集めるだけでも一週間、ミリシャがダマスカス鋼の鎧を作り終えるのにはもうちょっと掛かるだろう。
その間、手持ちぶさたとなる。
僕はリルさんにその間にウロボロス・ギルドの調査をしようと提案するが、彼女は首を横に振る。
「調査はカレンを通じて、盗賊ギルドの頭に頼んである」
「手が早いですね」
「神獣をなめるでない」
舐めてはいないが、少々、見くびっていたのはたしかかもしれない。
「その調査にも一週間は掛かる。まあ、その間、休養というやつだな。身体を休めるのも仕事だ」
「そうですね、ではいったん、フェンリルの館に戻って休みますか」
「そうしよう」
とリルさんは言うが、その前に、と僕の袖を掴む。
「今回、少年は八面六臂の大活躍をしたからな。ご褒美を上げねばならぬ」
「ご褒美ならばもう貰ってますけど」
今回の鎧の代金は、フェンリル・ギルドから支払われる。もちろん、出世払いで返却義務はあるが、それでも立て替えてくれただけで御の字であった。
初めて自分の鎧がもててとても嬉しい。これ以上、望むことなどなかった。
「少年は無欲だな。しかし、それではいけない。男子たるもの、もっと尽き果てぬ欲望を持たねば」
「はあ、欲望ですか」
覇気のない返事にリルさんはやれやれというポーズをする。
「そういうところが駄目なのだ。猫科の肉食獣? そんなものよりも犬科の獣になるのだ」
「と言いますと?」
「猫はがっつかないところが駄目だ。目の前に餌があっても腹が空いていなければぷいっと目を背ける。一方、犬は腹がぱんぱんでも食いつく」
たしかに言われてみればそうだ。犬科の神様であるリルさんが食いしん坊なのはその特性が色濃く出ているからなのかもしれない。
「つまり私がなにが言いたいのかというと、少年はもうちょっと色を知った方がいいな」
「色ですか?」
「つまり異性との付き合い方だな。少年のその消極性が戦いにも反映されているような気がする」
「まあ、気をつけてみます」
と生返事をすると、リルさんはにんまりとした笑みを浮かべた。
「気をつけると言ったな、ならば善は急げだ。少年はこれから、異性との付き合い方を学ぶ。具体的に言うとこの迷宮都市一番の美少女とデートだ」
真っ先にニアの顔が浮かんだが、たぶん、リルさんが言う美少女とは彼女のことではあるまい。
リルさんが言う美少女とは、見事な銀髪を持ち、立派な犬歯と耳、それに尻尾をもった少女のことだ。
つまり、リルさんは自分とデートしようと申し出ているのである。
自信満々にふんぞり返っているリルさんを見つめる。
彼女は神獣さまであるが、自慢するとおり、美少女に分類される容姿をたずさえている。
そんな彼女とデートできるのだから、僕は幸せものなのかもしれないが、ひとつだけ困ったことがある。
それは今、僕の財布は限りなく軽いということだ。
さて、僕の財布の中に残されたわずかな銀貨で、彼女の貪欲なまでの食欲を満たせるだろうか。
それだけが心配であった。




