蛇の入れ墨
こうしてマイト誘拐事件は解決した、かに思われたが、まだ全容が解明したわけではなかった。
マイトを誘拐し、ミリシャを脅迫して動く鎧を量産させようとしたことは分かっているが、誰が、どのような目的でそのような真似をしようとしたのか、それを判明させなければならない。
そのためには尋問が有効であった。
事情を知らされているのはおそらく、バデンと呼ばれる斧使いの男と、魔術師の男だけだろう。
「このようなとき、雑魚は情報を知らされていないものだ」
と、リルさんは断言する。
その考えには賛同であったが、その後の台詞には納得いかない。
「さて、少年、これから『尋問』を始めるが、どっちから始めた方がいいと思う」
「……尋問はいいのですが、リルさんがやろうとしているのは問題があるんじゃ……」
見ればリルさんは薪に火をくべると、それにショートソードをかざす。
絵の部分には断熱材代わりの布を何重にも巻いている。つまり、ショートソードを焼きごての代わりにするようだ。
「ああ、そうか、焼きごてだけでは不十分だな」
と、リルさんは懐から竹串を取り出す。
「人間の痛覚は指の先に集中しているのだ。ふふふ……」
と、不気味な笑いを漏らす。
どうやらあの串を爪の間に差し込む気らしい。
「僕が言いたいのはそういうことではなく、『拷問』は法律で禁止されているということです」
「ならば誘拐は法律で禁止されていないのか?」
「それは……」
「悪党に仮借することなかれ。それが我がギルドの方針だ。ちょっぴり過激な尋問はお手の物だぞ」
リルさんの脅しが聞いたのだろうか、それとも元から忠誠心がないのだろうか、大男のバデンが口を開いた。
「分かった、分かった。俺たちの負けだ。洗いざらいしゃべるから、拷問はよしてくれ」
「ほらみろ、やはり私のやり方は正しい」
リルさんはにやりと笑うが、この人はとめなければ本当に拷問をしたのだろうか。そこが気になる。
気になったが、それよりも今はバデンだった。彼の言葉を待つ。
「俺たちを雇ったのは黒衣をきた男だ。そいつに金を渡されてそこの小僧を誘拐しろと言われた」
マイトをあごで指しながらバデンは言う。
「黒衣の男だけじゃ分からぬな。名を言え」
「名は聞かなかった。金は前金だったしな、こういうのは聞かないのも礼儀だ」
「律儀な悪党だな」
「そいつはどうも」
悪びれずに言う。先ほど激闘を繰り広げた相手であるが、こうも堂々とされると逆に憎めない。
それはリルさんも感じたようで、やれやれ、と口元を緩めていた。
「他になにか知っている情報はないのか?」
「あるにはあるが」
「言え、後金を貰えないのだ。もう義理立ては不要だろう」
リルさんはそう説得すると、バデンは横にいる魔術師の名を呼んだ。
「横にいるその魔術師、ウルヘイスというのだが、こいつは俺たちの仲間じゃない。雇い主が寄越した監視役だ。こいつならなにか知っていると思う」
バデンがそう言うと、ウルヘイスはきっとバデンを睨み付ける。
しかし縄で縛られた魔術師になにができるわけでもなかった。
全員の視線がウルヘイスに集まる。
「さて、こいつを拷問すれば黒幕に繋がりそうだな」
不敵な笑いを漏らすリルさん。
ミリシャも容赦はない。
「今、鉄串を熱しているんだけど、使うかい? リル様」
「助かる」
以心伝心のようである。ミリシャも弟を誘拐されて頭にきているのだろう。
ここは僕がストッパーになるべきなのだろうか。
悩んでいると、リルさんはウルヘイスを持ち上げる。
ついでウルヘイスを湖の側に投げる。
そこには先ほど、ウルヘイス自身が召喚したサメがいた。
サメは陸上には上がってこない。
だが、湖が満ちればやがてウルヘイスのいる場所は水に浸かるだろう。
そうでなくてもサメは浜辺の生き物を食べるため、身を乗り出してくることもあるのだ。
ウルヘイスは生きた心地がしないはずであった。
彼は大声で避けびながらリルさんを非難する。
「ま、待て! これは拷問だ! 法で罰されるぞ!?」
「はて、なんのことかな。私は単に貴様に水浴びをしてもらいたいだけだが」
それに、と、リルさんは続ける。
「あの化け物を召喚したのは貴様自身ではないか、もしもあの化け物に食われて貴様が死んでもそれは因果応報だ」
「……っく」
「ともかく、助かりたければすべてを話せ。そうすれば寛大な処置をしてやる」
「…………分かった。しかし、俺の雇い主は陰険で残酷なのだ。俺が口を割ったと知れば必ず殺される」
「分かっている。命の保証はする」
リルさんがそう言って手を差し伸べた瞬間、ウルヘイスの宣言通り、彼の雇い主は残酷な牙を剥いた。
ウルヘイスは急に悶え苦しみ始める。
彼は己の胸を押さえ始めると嘔吐を始めた。
なにごとか?
と思うよりも先に僕は駆け寄り、彼に回復魔法を掛ける。
カチュアに教えてもらったばかりの低級なものだが、それでもなにもしないよりは効果があると思ったのだ。
しかし、僕のささやかな行為はまったく役に立たなかった。
ウルヘイスの苦しみは増し、顔面が蒼白、いや、紫色になる。
リルさんも駆け寄り回復に努めるが、すべてが無駄だった。
30秒後、ウルヘイスは口から吐血し、死亡する。
毒殺であった。
恐らくであるが、体内に毒でも埋め込まれていたのだろう。雇い主はウルヘイスが裏切った瞬間、それを解き放ったのだ。
「……むごいことを。いったい、誰がこんなことを」
僕は吐き捨てるようにいうが、リルさんは眉ひとつ動かさずに答えた。
「おそらくだが、やつの仕業だろう」
「心当たりがあるんですか?」
「ある」
と一言、きっぱりと言う。
「というか、少年も出会ったことがあるやつさ」
「僕も?」
誰だろう? 記憶をたどっていると、リルさんは行動で思い出させてくれる。
ウルヘイスのローブをはぎ取ると胸部をさらけ出す。
そこには蛇の入れ墨があった。
それを見た瞬間、僕はとある神獣の顔を思い出す。
蛇のような目をした陰険な顔――。
僕とリルさんが出会ったとき、フェンリル・ギルドの館を奪おうとした狡猾な男。
たしかこの蛇の入れ墨はあの男のギルドの紋章と同じだった。
ウロボロス・ギルドの紋章。
Cランクギルド【ウロボロスの鱗】。
そのギルドマスターが今回の事件の黒幕なのだろうか。
だとしたらウロボロスはなにを企んでいるのだろうか。
僕は無事、事件が解決し、マイトを抱きしめているミリシャを見つめながら、今後のことを考えた。
もしもこの事件が本当にウロボロスの仕業ならば事件はこれだけで終わらない。第二幕、三幕があるだろう、そう思ったのだ。
それはリルさんも同じらしく、珍しく神妙な面持ちをしていた。
耳と尻尾をぴんと伸ばし、なにか思案を巡らせていた。




