レイクシャーク
神獣リルさんと戦斧使いのバデンの戦いは一方的なものだった。
あれほどの膂力を誇るバデンをリルさんは子供扱いする。
渾身の一撃、殺意を込めた一撃を右手で受けとめると、自慢の斧を右手で握りつぶす。
あの分厚い鉄の塊をまるで飴細工のように握りつぶす様は圧巻であった。
斧使いが斧を無効化されたらば戦いようがないが、それでもバデンはしぶとかった。
使い物にならなくなった斧を投げ捨てると、部下からショートソードを奪いそれで襲いかかる。
今度は受けとめられないように刺突攻撃に切り替えていた。
どうやらバデンはあきらめが悪いだけでなけでなく、それなりに知恵もあるようだ。しかし、リルさんの実力はその上を行く。
「にわか仕込みの剣など効かぬわ」
その宣言通り、指二本で剣をさえぎると、それをポキリと折って見せた。
その後、攻撃に移る。
「バデンとやら、このままぶん殴って気絶してもらうが、もしも機会があれば覚えておくがよかろう」
なんだ、とはバデンは尋ねなかった。
口を開くより攻撃を加える姿は老獪である。
武器での攻撃を諦めたバデンは拳を振り上げ、それを小柄なリルさんに打ち下ろす。
端から見れば酷な光景だが、残酷なのはある意味、銀髪の狼の方かもしれない。
彼女は拳によって拳に応える。
バデンの打ち下ろした右ストレートに合わせるかのように己の拳をぶつけた。
バデンの岩のような拳とリルさんの宝玉のような拳がぶつかり合う。
メミメキ!
と骨が砕ける音が響き渡る。
当然、壊れたのはバデンの方であった。
彼は右手を押さえながらその場でのたうち回った。
リルさんはその隙を見逃さない。
残像を残しながらバデンの側に近づくと、足を上げる。
そのまま腹部めがけ振り下ろす、バデンの意識を絶つために。
なんの躊躇もなく足が踏み下ろされると、リルさんのスカートが舞う。
下着が見えそうで見えないのはリルさんなりの品位なのだろう。
ふわりと舞うスカートを両手で押さえつけると、くるりとこちらの方に向かい言う。
「あとは雑魚の掃討だが、それは私に任せてくれ。少年はあの魔術師をやってくれ」
見ればリルさんに《水竜の一撃》を放った魔術師は、杖を口にくわえて地底湖に飛び込もうとしていた。
「あいにくと私は濡れるのが苦手でな、少年、頼む」
泳ぎは得意な方だが、魔術師相手に潜水勝負を挑むほどではない。
ただ、リルさんも悪魔ではない。
餞別代わりに魔法をかけてくれた。
《水中歩行》の魔法である。この魔法を受けたものは浮力を失い水中を歩行できる。
それに長時間、呼吸も可能となる。
これで敵魔術師と同等となった。
僕は聖剣に尋ねる。
「これから地底湖に飛び込むけど、エクスは泳ぎは得意かい?」
「まさか、ボクは金属の塊だよ」
「そうか。ならばミリシャにサムライブレードを借りてもいいけど」
「ご冗談でしょ。ボクも行くよ。濡れるのは苦手だけど、主を刀ごときに寝取られるのも口惜しい」
「そう言ってくれると思った。なるべく早く決着をつけるよ」
エクスに約束すると、僕は鞘をその場に置いて湖に飛び込んだ。
泳ぎが得意、との言葉に嘘偽りはない。
自然が豊富だった実家周辺、というかなかば秘境だった僕の故郷リュスホールには大小様々な川があり、水辺は子供たちの遊び場だった。
幼かった僕はよく水遊びをしたものだ。
おかげで水泳は得意となったが、まさかこのような形で役に立つとは思っていなかった。
「芸は身を助けるだね」
と、ささやく聖剣にうなずくと僕は水中に入った。
水中では呼吸も歩行もできるが、敵に追いつくため、無酸素運動、要は全速力で泳いだ。
あっという間に魔術師に接敵する。
彼も《水中歩行》の魔法をかけていたようだが、マイトをかついでいる分、移動が遅かった。
ただ、それは想定していたようで、彼は悠然と振り返ると呪文を詠唱した。
水中に現れる魔法陣、そこからは奇妙な生物が出てくる。
「召喚魔法か」
魔術師が召喚したのはこの場に最も相応しい生物だった。
巨大な背びれと牙を持つ魚、サメと呼ばれる生き物がそこにいた。
エクスはその姿を見た瞬間、びびっている。
「ク、クロム、さ、サメだよ!? シャークだよ!? やばくない」
「やばいね。それもただのサメじゃない」
目の前にいる生き物は海にいるサメではなく、湖に生息する湖水鮫、レイク・シャークと呼ばれる生き物だった。
エイブラムさんの書いた魔物事典によれば、その性格は凶暴にしてどう猛、食性は肉食だった。
毎年のように猟師が被害に遭っている。
しかもここはやつの狩り場で水中、こちらの方が圧倒的に不利であるが、僕はそれでも臆さなかった。
剣を握りしめると必殺技を放つ。
「いきなり?」
エクスが尋ねてくる。
「やつはまだ魔法陣から出ていない。攻撃するなら今がチャンスだ」
「なんか正義の味方っぽくないね」
「お行儀いいのは他のヒーローに任せるよ」
僕は聖剣に魔力を込める。
僕の必殺技にファイアブレードというものがある。聖剣に炎の魔力を込め、それを剣閃にして放つ技だがさすがに水の中で使うことはできない。
しかし、剣に炎の魔力を込められるならば、雷の魔力だって込められるはず。
水棲生物に雷とは安直だが、安直ゆえに効果は絶大なはずだった。
魔法陣から解き放たれようとしているサメに剣を突き立てる。
案の定、巨体を持つサメを一撃で倒すことはできなかったが、それでも肉薄することはできた。
剣から雷の魔法を放つことができるようになった。
僕はその好機を見逃すことなく、全身の魔力を雷に変換する。
元々魔法の才がない僕。
あとの戦闘のために魔力を温存しようという考えは一切なかった。
ここですべて出し切る!
そんな気持ちで雷の一撃、サンダー・ブレードを放った。
――僕の放った必殺技は。
効果絶大であった。牛を一飲みできそうな巨体を持つサメを一撃で気絶させた。
倒すことができなかったのは残念であるが、倒す必要があるのはサメではなく、それを召喚した魔術師だった。
僕は剣をサメから抜き放つと、魔術師の懐に飛び込んだ。
まさか虎の子のサメが一撃でやられるとは思っていなかった魔術師。
彼は僕の接近を容易に許した。
もっとも彼は召喚魔術や付与魔術が得意なだけで、戦闘は元から苦手だったのかもしれない。
それを証拠に僕が懐に飛び込んでも慌てふためくだけで、応戦らしい応戦はなかった。
しかし、それでも魔術師はなにをしてくるか分からない。
僕は聖剣をカチャリと持ち替える。
聖剣の腹で峰打ちをするのだ。
容赦なく聖剣を彼の頭部に打ち下ろすと、彼の意識を奪った。
その瞬間、魔術師に掛けられていた《水中歩行》の魔法は解ける。
僕は魔術師を抱え、彼らを地上に連れて行った。
岸辺に着くと心配顔のミリシャが駆け寄ってきた。
雑魚たちの掃討を終えたリルさんもやってくる。
ふたりを代表して、リルさんが手を差し出してきた。
「少年、ご苦労様だ。相変わらず敵にも情けを掛けるところが気になるが、まあ、それが少年の長所だしな」
サメの餌にでもしてやればいいのに、と不穏当なことを言うリルさん。
僕は魔術師をリルさんに引き渡した。
――無論、リルさんは口だけで、魔術師を丁重に縛っていた。サメの餌にする気はないようだ。
僕は口は悪いが、なんだかんだで優しい神獣さまが好きだった。




