クロムの奇策
洞窟の奥へ進む。
なかなか悪漢に追いつかない。
子供を一人抱えているのだから、速度的にはこちらが有利なはずなのだが。
僕はリルさんの方を向く。
頭の回転が速い彼女、それだけでクンクンと鼻を鳴らすと匂いをかぎ始めた。
「いや、まかれたわけではなさそうだ。近くにいる」
次いでリルさんは小石を投げると、その反響音を聞いた。
目をつむり犬耳に手を当てる彼女。
すぐに洞窟の構造を口にする。
「ここから30メートルほど先に大きな空間がある。水たまり……、いや、これは地底湖か。鎧の音もするからそこで敵が待ち構えているのだろうな」
「なるほどね、なら急いでボコボコにしないと」
ハンマーに力を込めるミリシャ。
今の彼女ならば数十体の鎧も一瞬でぺちゃんこにしそうだ。
しかし、僕ははやるミリシャをいさめる。
「待ってください。ミリシャさん、悪漢どもはマイトくんを人質に取ってるんですよ。正面から行ったら敵の思うつぼです」
「ならばどうすればいいんだい? 座して待つしかないのかい?」
「いえ、それも駄目です。洞窟の外ではなく、内部に逃げたということはおそらく僕たちを待っているのでしょう。それにここで逃げてもいつかやつらは接触してきます」
「ならばなにか策を考えねばな」
とリルさんは偉そうに言うと、どすん、と地面に座る。
懐から再びビーフジャーキーを取り出す。
のんきなものだ、というクレームを入れようとするミリシャに言う。
「私は神獣だ。人間界の争いには介入できない。無論、敵に危害を与えられそうになれば応戦するが、こちらから仕掛けられない」
というわけで、あまり『表だって』支援できないからな、そのつもりで。
とむしゃむしゃとビーフジャーキーを食べる。
この土壇場で悠々と食べる胆力はさすがと言えばいいのだろうか。あるいはたくましいと言えばいいのだろうか。
どちらにしろ作戦を考える上で彼女が役立つことはあるまい。
なので僕はミリシャと相談することにした。
「地底湖へと続く道は一本道なのでしょうか」
「おそらくはね、ただ……」
「ただ?」
「地底湖は迷宮都市イスガルドの港へ流れる川に繋がっているという噂ならある。もっとも、誰かが潜って確認したわけじゃないが」
「なるほど。ならば奇襲は難しいかな」
僕は「うーん」と、うなる。
「そうだね。いったい、どうすりゃいいんだい……」
落ち込むミリシャ。なんとか力になりたい。
弟が人質に取られて相当参っているようだ。姉と弟という兄弟構成は僕も同じ。身につまされるものがある。
知恵を振り絞る。
(……活路があるとすれば敵が僕たちのことをよく知らないことかな)
悪漢どもは僕らをただの冒険者だと思っているはず。
僕らの素性を知らないのだ。
さらに付け加えれば悪漢どもはこの場にいる人物が全員、女だと思っているはず。
僕は先ほどまで女装していたのだ。今は元の姿に戻っているが、そこになにか活路があるような気がした。
(………………)
思考を巡らせると結論にたどり着く。
その結論を皆に話す。
「作戦は決まりました。堂々と正面から乗り込みましょう」
「正面から? それは駄目だってさっき」
「もちろん、奇策は弄しますよ」
と、僕はミリシャさんの耳にごにょごにょと話す。
リルさんは私には内緒か、と憤慨するが、この作戦の成否には彼女の協力が欠かせない。
リルさんにも話す。
「ふむふむ」
作戦内容を聞いたリルさんは感心したようにうなずく。
「さすがは少年だ。小賢しいことを考えさせたら天下一品だな」
「褒め言葉として受け取ります」
「無論、褒めているのだ。うむ、あい分かった。タイミングを見計らって出て行けばいいのだな」
リルさんはそう締めくくると、心配そうに僕たちのやりとりを見ているミリシャに向かって言った。
「ミリシャよ、安心せい、少年はこの迷宮都市最強の神獣を味方に付ける策略を練ったのだ。我を使って作戦が失敗するなど絶対に有り得ん」
その言葉が効いたのだろうか、ミリシャは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
道なりに洞窟を進むと、広い空間に出る。
そこは先ほどの広場よりも広く、すがすがしい空気に満ちていた。
広場の奥には湖が広がっており、蒼白い結晶が輝いている。
どうやらここではたいまつは不要のようだ。
そう思った僕はたいまつを消した。
すると同時に広場にいた悪漢が叫ぶ。
「小僧! こんなところでなにをしている」
先ほどマイトをさらった男だった。彼の横にはもうマイトはいない。
マイトは男たちの後ろで猿ぐつわをされ、縄で縛られていた。
痛ましい。
即座に救いたいが、我慢するとこう言った。
「僕は旅の冒険者です。とある学者ギルドに依頼され、地底湖の湖水を取りにきました」
「とある学者ギルド?」
「大梟ギルドです」
「……なるほど。ならば湖水を渡せば帰るのだな」
「はい、僕にはその少年の行く末などどうでもいいことです」
あえて冷たい口調で言ったが、その演技は悪漢どもに有効だったろうか。
注視したが、悪漢どもはなにやら相談を始めると、
「湖水を採取してもいい」
と大仰に許可してくれた。
「それは有り難いです」
にやり、と心の中で笑う。
やはり先ほどの悪漢は僕の姿に気がついていないようだ。
先ほどまでスカートをまとっていた少女と僕が同一人物だと気がついていない。
そのことを腰の聖剣が茶化す。
「クロムは可愛いけど、やっぱり助平な男は真っ先に足に目をやるからね。スカートをはいているのといないのじゃ大違いだ」
「それだけじゃなく、リルさんの化粧の腕前もあると思うよ」
さすがは数百年生きている神獣、その化粧の腕前も一級品であった。
本人は化粧など不要なもちもちな肌をしているが、どこでその技術を覚えたのだろうか。
無事、帰ったら聞くことにする。
「またクロアになる機会もあるかもしれないしね」
くすくすと笑う聖剣を無視すると、僕は悪漢どもの横を通る。
敵意がないことを示すため、聖剣には触れずに。
しかし、ただで通り過ぎるつもりはなかった。
僕はここで先ほど身につけたスキルを使う。
【居合い抜きD】
のスキルだ。
突如、腰の剣に手を添えると聖剣を刀のように抜き放つ。
流れるような動作だった。
悪漢どもはそれが攻撃であると気がつかなかったかもしれない。
それほど洗練された動作であった。
自画自賛したいところだが、僕には見届けなくてはならないことがある。
それは居合抜きとともに放った剣閃のゆくえ。
僕の剣技に狂いがなければ、それはマイトの方へ向かい、彼を縄から解き放つだろう。
その瞬間、彼が機転を利かせ、走り出してくれればこの作戦はなかば成功である。
結果は――
成功だ。
マイトは勇気を振り絞り、駆けだした。
僕たちの横を脱兎の如くすり抜ける。
無論、悪漢どももそれを黙って見過ごすほど無能ではない。
腰の剣に手を伸ばすが、それの対処は僕がする。
聖剣で斬りかかり、つばぜり合い。
横から攻撃しようとする相手にはトリネコの盾で防御。
僕は大声を上げ、マイトを応援する。
「マイトくん、今だ!」
彼は完璧にタイミングをはかり、逃亡に成功する。
その様を見ていた悪漢どもは悔しそうな表情を見せた。
ついで僕に視線を向ける。
その視線は殺意に満ちていた。




