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男らしい趣味

 見事、動く鎧を全滅させる。

 出没した動く鎧は最終的に10体を超えたが、僕とミリシャの敵ではなかった。

 ほとんどがスクラップとなる。

 残骸となった鎧を見つめるミリシャ。


「……おかしいね」


 と首をひねる。


「なにがおかしいんですか?」


 とは女装を解いた僕の言葉である。


 ミリシャはこちらの方を見ると頬を赤らめながら言った。彼女はどこまでも男に免疫がないようだ。


「……いやね。情報屋の話によれば、この洞窟に出没する動く鎧のほとんどはうちの工房のものと聞いていたんだ」


「違ったんですか?」


「違わない。8割はうちのだよ。しかし、そのほとんどが捨てたものじゃないんだ」


「と言いますと?」


「普通に市場に売ったものなんだよ。できそこないは一個もない」


「となると産業廃棄物を利用したのではなく、売り物を動く鎧にしたということになりますね」


「そうなるね」


「理由はなんでしょうか」


「おそらくだが」


 そんな注釈を添えてミリシャは説明してくれた。


「たぶん、この動く鎧はちゃんとした兵器にするつもりなんだよ。だから出来のいい市場品を使っているんだ」


「たしかにかなり手強かったですね」


 レベル10以上の冒険者がふたりがかりだからなんとかなったが、低級の冒険者ならば全滅していた可能性もある。


「手強いよ。さらに言えば市販品でもこれはBクラスのものだ。もっと出来のいいものを動く鎧にすればさらに手強くなるだろうね」


 リルさんは補足する。


「それに動く鎧を作る魔術師の練度が上がればさらにな」


 残骸を調べるリルさん。魔力の残滓から魔術師のおおよその実力は把握しているようだ。


「しかし、変だな。情報では産廃品を動く鎧にしたと聞いていたのだろう。その情報は間違っていたのだろうか。奥に行ってみるか? まだ鎧があるかもしれない」


「そうだね、その方が――」


 ミリシャの言葉が途中でとまる。

 なにかに気がついたようだ。


「そう言えばさっきから弟の姿を見かけないが、誰か知らないかい?」


 周囲を見渡すが、たしかにマイトの姿は見えなかった。


 意地の悪いリルさんは「失恋して引きこもってしまったのかな」と言うが、その冗談は笑えなかった。


 なぜならば僕は口を押さえられ、連行されるマイトの姿を見てしまったからである。


「マイト!」


 僕が叫ぶと、皆の視線が洞窟の奥に注がれる。

 見るからに悪漢と思わしき男は、マイトを連れ去ろうとしていた。

 その姿を見てリルさんは言う。


「なるほどね、こういうことか」


「こういうこと?」


 ミリシャは駆け出しながら尋ねた。


「情報屋にはめられたんだよ、お前は」


「なんだって!?」


「たぶんだが、情報屋はわざと偽情報を流し、お前さんと弟をおびき出した。そして見事に捕まった」


「待ってくれ、なんで弟が誘拐されなくちゃならない。うちはそんなに裕福じゃないよ」


「その代わり鍛冶屋としての腕前があるだろう。多分だが、やつらはお前さんの弟を誘拐し、お前さんが持っているものと交換する気なのだろう」


「あたいが持っているのも?」


「その腕だよ。恐らくだが、動く鎧用の鎧を量産させられる」


「なんだって!?」


「なにに使うかは知らないが、術者の意志通りに動く鎧は便利だからな。悪巧みにでも使うのだろう」


「っく、そんなことのために弟を誘拐するだなんて!」


 許せない! とハンマーを持つ手に力を込める。

 僕は彼女に呼応する。


「それには同意です。しかし、憤っている暇はない。僕らがしなければいけないのはマイトの救出です」


 そう宣言すると、僕はリルさんから聖剣を返して貰った。


 大業物であるサムライブレードは素晴らしい武器であるが、やはり僕の相棒はエクスしかいない。


「クロム、遠慮しなくてもいいんだよ。あんたの腕はしかと見せて貰った。その刀をあんたに上げたっていい」


「それは僕が成長したあかつきに」


「謙虚だねえ」


「そうじゃありませんよ。その【なんでも装備可能】のおかげで装備だけはできますが、その刀のポテンシャルを引き出すには敏捷性と筋力のステータスがB以上必要です。もっと鍛錬しないと」


 それに、と僕は続ける。


「この聖剣は焼き餅焼きなんです。二刀流は僕にはまだ早い」


「なるほどね。じゃあ、そのときがくるまであたいが預かっておくよ」


 彼女はにこりと笑った。

 そのやりとりを聞いていたエクスが僕に声をかけてくる。


「さすがはクロムだね。浮気はしても最終的にボクのもとへ戻ってくる」


「剣を握り替えただけで浮気扱いされたら堪ったものじゃないけど、今の僕には君が必要なんだ」


「ひゅー、しかも女の子の心をときめかせるようなこともさらっというようになったね。エクスは迷宮都市のドノヴァンだ」


 ドノヴァンとは、この国の有名な女たらしで、生涯で数千人の女性とベッドを共にしたという放蕩児(プレイボーイ)だ。


 最後はとある貴族の奥方とベッドインしているところを怒り狂った旦那に殺された。

 修道院に忍び込んだところを目撃され、火あぶりになった。

 盲目のエルフと森で心中をした。


 などという複数の伝承が世界各地に伝わっているが、彼の最後はその出自とともに不明だ。


 実在すら怪しむ人もいるが、ともかく、ドノヴァンはある意味、男の敵であり、憧れでもあった。


 そんな人物に例えられるのは妙な気分であるが、ボクが持っているスキル、【なんでも装備可能】があれば今後もこのような機会はあるであろう。


 そのたびにエクスに嫉妬されたらかなわないので、ここはお世辞を言っておく。


「それにしてもサムライブレードは見事な切れ味だった。でも、やっぱり僕にはエクスカリバーの方が合ってるかな」


「ほんと?」


 刀身を輝かせるエクス。


「うん、刀は強力な武器だけど、冒険向きではないよね。常に研がないといけないし」


「うんうん、やっぱり冒険にはボクのような剣だよね。メンテナンスフリーだし」


「そうだね。肝心なところで切れ味が鈍ったら困る」


 だから、今後もよろしくね、エクス。

 僕がそう言うとエクスは満面の笑みで喜んだ。

 剣なので実際に笑うわけではないが、僕には分かる。

 彼女との付き合いは長いのだ。その性格はおおむね把握していた。

 たぶん、彼女は最後にこう言うだろう。

 僕は彼女のセクハラに耐えることにした。


「ところで『クロア』、女装がとても似合ってたけど、なんでやめちゃったの? もったいないよ」


 予期された質問だったので、即座に返答する。


「姉さんに男らしく生きなさいって育てられたからだよ。家訓を守っているだけさ」


「そうなんだ。でも、女装って男らしい趣味だと思うよ」


「どこがさ」


「だって、女装は『男』しかできないじゃん。だから男らしいと思うんだ」


「…………」


 なるほど、言われてみればその通りだったのでぐうの音も出ないが、その言葉で感化されて再びスカートをはくようなことはなかった。


 化粧をとき、カツラを取り、ズボンをはき、男に戻る。

 僕はクロムとして聖剣を握りしめ、洞窟の奥へ向かった。

 ミリシャの弟、マイトを助けるために。

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