クロム、正体がばれる
洞窟の奥に進む。
この洞窟は迷宮都市イスガルドの郊外にある天然のものだ。
ダンジョンというよりは洞窟、あるいは鍾乳洞と称した方がいいかもしれない。
それほど大きくなく、深くもない。
三人が横に並べばそれでぎゅうぎゅうになってしまう。
構造も複雑ではなく、まっすぐに地下に向かっていた。
なんでも最深部には美しい湖があるらしいが、その途中にも大きな空間があり、そこに動く鎧はいるらしい。
「ミリシャさんが捨てた鎧が動く鎧になっているんですよね」
「そうだよ」
「なんでそんなところに捨てたんですか?」
「あたいが捨てたわけじゃないよ。産廃業者に頼んだら、適当に処理されちまったのさ。あたいの鎧だけでなく、他の工房の鎧もね」
「なるほど」
どこの世界にも悪い人間はいるものだ。
しかし、今回の事件にはさらに悪いやつもいる。
「ミリシャさんはその鎧に呪いをかけた連中がいる、と言ってましたが、そいつらはどんなやつなんでしょうか? まだこの洞窟に潜んでいるんでしょうか?」
「どんなやつかは分からない。邪教徒かもしれないし、呪術師かもね。そいつらを捕縛すれば評議会から金一封が出るかもしれない」
「そいつはありがたい。ギルドの財政が潤う」
とはリルさんの言葉だった。
「邪教徒かあ。それに呪術師……、勝てるかな、僕たち」
「少女よ、なにを弱気になっている。お前はドラゴンスレイヤーだろう」
「ステータスには表記されてませんよ」
「それでも竜殺しは竜殺しだ。もっと自信を持て」
「はい……」
と言っても僕は人間との戦闘経験がほとんどない。
ガチの闘い。
つまり命のやりとりをしたとき、どれくらい実力を発揮できるかは未知数だった。
「まあ、今回はリルさんもいるし大丈夫か」
リルさんの総合戦闘力は20000超え。
彼女を倒せる人間など存在しない。
そう思えば気楽であるが、彼女はこんなことを言う。
「ピンチになったら助けに入るが、今回も基本、傍観だぞ、私は」
「…………」
「理由は少女の活躍が見たいのと経験値のためだ。励めよ、少女」
と言うとリルさんは懐からビーフジャーキーと小瓶を取り出す。
それで一杯やるつもりのようだ。
まったく、のんきな神獣だ、そう思ったが、口には出さず、僕はリルさんにエクスを渡す。
開けた場所に出たからだ。
どうやらここがミリシャの言っていた途中にある大きな空間らしい。
この上が丘になっており、そこにある穴から産廃業者がゴミを投棄しているとのこと。
しかしその割には周りにはなにもない。
動く鎧でひしめいているかと思ったが、そうでもなかった。
それでもいつでも戦闘態勢に入れるようにするが。
「……妙だね。ここに動く鎧がひしめているという話だったんだが」
ミリシャが神妙な面持ちで言う。
「撤退したあとかな。我々が情報を掴んでいるということは迷宮都市の護民官も情報を掴んでいるはず。邪教徒か呪術師かは知らないが、多少でも知恵が回るならば場所を変えるだろう」
「かもしれないね。やれやれ、これは無駄足だったかな」
ミリシャが徒労のポーズを取るが、そのポーズは途中で終わる。
僕たちはただななぬ雰囲気を感じた。
殺気を感じた。
僕たちはそちらに振り向く。
見れば洞窟の奥から、カチャカチャという音が聞こえてくる。
鎧を着た人間、いや、鎧だけが宙に浮き、兜の間から怪しげな光を発している。
「動く鎧」
初めて見る魔物であったが、説明されるまでもなく、それが動く鎧だと分かった。
鎧の中は空洞、暗黒物質のような黒い霧が中にあるだけであった。
不気味であるが、リルさんは楽しそうに言う。
「どうやら無駄足ではなかったようだぞ。少なくとも動く鎧退治はできそうだ」
少女よ、見事動く鎧を切り裂き、【斬鉄】のスキルを習得するのだ。
と、鎧を指さす。
簡単に言ってくれるが、この期に及んで戦闘を回避する理由はない。
この洞窟に迷い込む間抜けな冒険者はいないと思うが、これ以上、動く鎧が増えればいつか無関係な市民が被害を受けるかもしれない。
それは僕の望むところではない。
刀に手を伸ばすとそれを抜く。
抜刀術を使わなかったのは、抜刀術に自身がなかったからだ。
岩は動かないが、魔物は動く。
動く物体に抜刀術を決められるほどのスキルはない。
僕は真上からサムライブレードを振り下ろした。
容赦や仮借のない一撃。
魔法生命体である鉄の塊に慈悲を掛けるほど僕は優しくなかった。
動く鎧は文字通り真っ二つになり、活動を停止させる。
「す、すごい、うちの鎧を一撃で切り裂くなんて!」
とはマイトの声であった。
その声に応えるのはリルさん。
「ふふん、少女に掛かればあのようなことは造作もない。うちのエースだからな」
ふたりしかギルドメンバーはいませんけどね。
と心の中で叫ぶと二匹目を切り裂く。
今度は胴を真っ二つにした。
「へえ、やるじゃないか、お嬢ちゃん。荒っぽいが洗練もされている」
と、ミリシャは言うと、彼女は自慢のハンマーを振り下ろしていた。
ぐしゃり!
という音とともに鎧がひしゃげる。
いや、スクラップにされる。
彼女のハンマーは荒っぽいという範疇を超えている。
その一撃は野獣そのものだった。
ただ、不思議と野蛮という感じはしない。
赤毛の美しい獣が鹿を狩るような優雅さも持ち合わせていた。
僕はその光景を横目で見ながら彼女と連携を取る。
刀でも切り裂けそうな装甲の鎧は僕担当。
ハンマーしか効かなそうなやつは彼女担当。
暗黙の了解。示し合わせたわけではないが、ふたりは長年の仲間のように見事に連携する。
そのコンビネーションは、辛口のリルさんをうならせるほどだった。
「やるではないか、ミリシャ。ここまで戦えるなら我がギルドにスカウトしたいな」
それに対してミリシャは冷静に答える。
「あいにくと冒険者になるほど落ちぶれてはいないよ。鍛冶屋で十分稼げるからね」
「だろうな。しかし、気が変ったら連絡をくれ」
リルさんはそう言うと二切れ目のビーフジャーキーを取り出す。
そんなに間食したらカレンの用意する夕飯が食べれなくなる、と注意する必要はないだろう。
彼女の胃袋は神様級だ。
しかし、ビーフジャーキーとてただではない。
悠長にしていればこの狼はいくらでも食べるだろう。僕はリルさんがこれ以上食べる隙を与えないよう、豪快に活躍することにした。
僕が八面六臂の活躍をすればそれに見とれて手がとまる、という計算だ。
その計算はぴしゃりと当たる。
僕が動く鎧を破壊する速度を早めると、リルさんは食事をやめてこちらに見入ってくれた。
このまま活躍し続ければなんとか3枚以内にビーフジャーキーを押さえることができるだろう。
ほっとため息を漏らすが、それがいけなかったのだろうか。
初めて動く鎧の一撃を食らう。
もっとも服をかすめただけで、ダメージをもらうことはなかったが。
斬りかかってきた動く鎧を一刀のもとに倒す。
後ろから、がしゃんという音が聞こえる。
辺りを見回せばもう鎧はいなくなっていた。
どうやら今、僕が倒したのが最後の鎧らしい。
「ふう……」
と、ため息を漏らす。
額に汗が滲んでいることに気がつく。
僕は服の袖で汗をぬぐおうとしたが、そのとき、とんでもないことに気がついた。
服が破れ、胸部が露出してしまったのだ。
無論、女性用の下着など着けていない。
着けていないからこそ、平坦な胸が丸見えだった。
思わずリルさんの方を見てしまうが、彼女は呆れてものが言えない、という顔をしていた。
「だから女物の下着をつけろと言ったのに」
という顔をしていた。
今さらそんなことを言われても過去には戻れない。
戻ったとしても僕のプライドがそれを許さなかっただろう。
そんな視線を送ったが、それよりも問題なのは、今、一緒に戦った女性である。
彼女は男の冒険者が大嫌いで、男に防具は作らないと公言している。
そんな彼女にばれてしまったのだ。さぞ怒っていることであろう。
いや、怒り狂っているかもしれない。竹を割ったような彼女のこと。僕たちの小細工は癪に障ることこの上ないだろう。
そんなことを思いながら、ミリシャの方を見る。
おそるおそる、ゆっくりと。
しかし、意外なことに彼女は怒っていなかった。
頬は赤らめているが、怒気は感じない。
もじもじとこちらを見つめていた。
彼女は視線を外しながらタオルをくれる。それで胸を隠せということなのだろう。
素直に彼女の好意を受け取ると、僕は尋ねた。
「あの、怒らないのですか?」
ミリシャは言う。
「べ、別に怒るようなことじゃないだろ」
「ですが、僕は性別を偽ってミリシャさんを騙そうとしたんですよ」
「……あたいは頭でっかちで意固地だからね。クロアの立場ならそうするさ」
彼女はそう言い切ると「もう振り返ってもいいかい?」と尋ねてきた。
「かまいません」
破れた箇所はタオルを縛り補修しておいた。
彼女は改まってこちらを見つめるとこう言った。
「……それにしてもどこからどうみてもいいとこのお嬢ちゃんにしか見えないけど、実は男だったんだね。まあいい。あたいが嫌いなのは男なのに玉がないような軟弱なやつだからね。女装していてもタマがあるならば話は別さ」
彼女は改めまして、と言わんばかりに右手を差し出す。
僕はそれを握り返す。
「いいよ、あんたの防具を作ってやる」
その代わり――、
と続けると、彼女はこう続けた。
「その代わり、あんたの本名を教えてくれ」
「クロムです」
と、即答すると、握っていた右手に力を込めた。
彼女の手は思ったよりもごつごつしておらず、柔らかかった。
女性的なしなやかさもあった。
それにその表情も――。
なんでも彼女は男と握手をするのは初めてらしい、と彼女の弟が教えてくれた。
マイトもショックを受けているようだが、彼はこうささやく。
「姉さんがこんなに照れているなんて珍しいな。昔、流れ者の冒険者に恋をして以来かも」
その言葉を聞いたリルさんは、肘を突き茶化してくる。
「このハーレムスキルSの保持者め。いったい、何人妾を作るつもりなんだ」
と。
その言葉を聞いた僕とミリシャは同時に同じ台詞を発する。
「そんなんじゃない」
「そんなんじゃないですよ」
ほぼ同時に発せられた言葉。その姿は端から見ると少し滑稽だった。




