ミリシャのとまどい †
見事、岩を切り裂くクロア。
ひらひらのスカートをまといどこかなよなよしている印象を持っていた少女であったが、刀をかまえた瞬間、クロアは剣士の顔となった。
刀を解き放った瞬間、性別などどこかに消え去ってしまった。
一廉の戦士がそこにいた。
思わず見とれてしまうほどである。
もしも男ならば惚れていたかもしれない。
それほどの少女だった。
ちなみにミリシャは男嫌いなわけではない。
男を遠ざけているのは、この世界にまことの男子がいないからである。
先ほどやってきた貴族の従者もそうだ。
女の腐ったような性格と態度をしていた。そのような人物と交友を持ちたくないから、男を遠ざけているのかもしれない。
そんなことを思いながら、ミリシャは転がっている岩の破片を手に取った。
思わずため息をつく。
「……やれやれ、あたいは岩を割れと言ったんだがね」
見れば岩は割れていなかった。
岩は『切れていた』のである。
衝撃によって割れた物体と刀によって切られた物体は明らかに違う。
前者は物体の層に沿って裂かれるのに対し、後者はまっすぐ綺麗な線を見せる。
それに切り口が美しいのも後者の特徴であった。
「こんな巨大な岩を切り裂くなんて、普通の少女には不可能だ」
いったい、あの少女はなにものなのだ?
そんな疑念が湧く。
少女を注視する。
色素の薄い髪が肩まで伸びている。
顔だちは可愛らしい。女性的というよりも女の子的であった。
手足もすらりと伸びているが、不格好さは一切ない。
性格も優しげである。
そしてなによりも特徴的なのはその目だろうか。
澄んだ泉のような瞳。その色は宝石のように碧かったが、情熱的な色彩を帯びている。
緑色の灼熱石を溶かして丸めたような瞳を持っている。
その瞳は遙か未来を見つめているような気がした。
いったい、少女の見つける先にはなにがあるのだろうか?
それは本人にしか分からない。
いや、本人にも分からないのかもしれない。
少女は未来の航路を定めるには若すぎた。きっと自身も大いに悩んでいるに違いない。
ミリシャは自身が16歳だった頃を頃を思い出し、少女に共感した。
(……動く鎧を退治したら防具を作ってやるという約束だったけど)
もしも失敗しても約束は果たしてやるか。
そう思った。
それくらいミリシャは少女のことを気に入ってしまったのである。
「もしもクロアが男だったらねえ。あたいが嫁いでもいいんだけど」
そんな詮無いことを呟いてしまう。
「まあ、それはないか。ダンジョンで呪いでも掛けられない限り」
くだらない妄想は抱かないことにする。これでもミリシャは大人の女なのだ。
「それに将来、あたいの妹になるかもしれない娘だしね」
弟のマイトとクロアを交互に見つめる。
ミリシャの弟マイトは12歳、クロアという女冒険者16歳。
姉さん女房になるが、案外、お似合いのカップルのような気がする。
マイトはクロアに惚れているようだし、後見人であるミリシャはクロアを気に入っていた。
結婚の障害となるものはないであろう。
そんなことを考えながら、ミリシャは洞窟の奥に向かうクロアの後ろ姿を見た。
彼女は《照明》の魔法を使い、周囲を昼のように明るくしてくれていた。
もしも彼女がミリシャの工房に嫁入りしてくれれば、工房もまた明るくなるだろう。
マイトと一緒に明るい家庭を築いてくれるだろう。
さて、弟夫婦の間にできる子供はなんという名前にするか。今から頭を悩ませるミリシャであった。




