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お嬢様の生存競争~彼女がバーサーカーになった理由  作者: 北十五条東一丁目
第一章 彼女がバーサーカーになった理由
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お嬢様と戦う手段 1

 朝になり、アルフェは目覚めた。一瞬ここがどこだかわからず、戸惑う。

 寝台の上だ。ここは、私の家か。そうだ、昨日はなんだかとても疲れたので、家に帰るなり、倒れるように眠ってしまったのだ。まだ床の上で眠ったのではなくてよかった。


 寝ぼけていた頭がだんだんと覚醒し、昨夜のことを思い出す。


(そうだ……泥棒…………)


 昨日家に帰ったら、盗人に家を荒らされていたのだ。昨日は踏んだり蹴ったりの一日だった。疲れたやら哀しいやらで、わけがわからなくなって、アルフェは現実から逃避した。とにかく眠ることを選んだのだ。

 自分の私室にも、盗人は侵入していた。床には服が散らばっている。お金以外にも、何か盗られたのだろうか。


(お金……)


 それを思うと、アルフェの顔は青ざめる。家にあったわずかな資金は、全て盗まれてしまったのだ。


 今となっては悔やまれる。なぜ、仕事を探そうなどと思ったのだろう。もっとよく考えればよかった。こんなことになるのなら、外に出ず、家の中に閉じこもっていればよかった。


 昨日と今日では状況が違う。妙に冷えた頭で考えると、クラウスが残してくれた資金は、やはり大金だった。あれがあると無いとでは大違いだ。稼ぐことの難しさを知った今では、余計にそう思う。


(銀貨が二枚と……銅貨が二十四枚……)


 皮袋に入れて持ち出したお金はそれで全部だった。それだけは無事だった。


(これで……これで何日生活できるの?)


 昨日は銀貨一枚と銅貨六枚を使った。昼の食事代と、薬草辞典の閲覧料だ。夕飯は結局食べていない。


 切り詰めれば食事代だけで一月は生活できるだろうか。余り真剣に想像したいくない。そうやってじっと待っていれば、クラウスが戻ってくるだろうか。

 それにしてもクラウスは、あの従士はどこに行ったのだろうか。私は守られるべきお姫様のはずだ。それを放っておいて、あの男は何をしているのだろうか。


(だいたい……本当にクラウスは帰ってくるの?)


 考えたくなかったが、そう思わざるを得ない。城から救い出されて以来、自分はクラウスに盲目的に従ってきた。あの男が助けてくれるのは当然と思っていたが――


(もう私はお嬢様じゃないのよ……? クラウスが守る意味なんて……)


 ひょっとしたら自分は見捨てられたのかもしれない。嫌な空想が頭をよぎる。しかし、他に行くところなどない。頭を振って、妄想を頭から追い払う。

 結局、今出来ることは昨日と変わらない。


(働かないと……!)


 その必要性と緊急性が増しただけだ。自活できるようにならなければならない。――ただし、可及的速やかに。

 しかし、この惨状の後始末をどうしようか?荒れ果てた室内を見渡す。盗人が出たら、町の衛兵に通報しなければならないはずだ。

 でもそう言えば、クラウスは衛兵を避けて行動していた。


(ひょっとしたら、私は、お尋ね者なの……?)


 難しいことはよくわからない。だが、逃亡した辺境伯の娘を捕らえるために、追っ手がかかっていないなどと言えるだろうか。

 だがこの二ヶ月、そんなものは影も形も見せなかったので、すっかり安心してしまっていた。


(衛兵のところには……)


 行かない方がいい。とりあえずはそう判断し、アルフェは室内を片付け始めた。


 一階に降りる。ともかくおなかがすいている。昨日の残り物のパンだけは、キッチンに残されていた。さすがに盗人もこれには手をつけなかったらしい。

 昨日よりもさらに硬くなったパンを飲み込み、どうにか空腹が満たされた。しかし、これで家にあった食料は尽きたことになる。


 さて、果たしてどうやって稼ごうか。少し前向きな思考が戻ってきた。


(昨日はあと少し……もう少しで上手くいったんです。あのゴブリンさえ出てこなければ……もしくは、私がゴブリンを倒せたら)


 根本的には懲りていない。少女はまだやる気のようだ。


(戦う方法を見つけないと……組合の人たちは、とても強そうでしたし、私も強くなれば……!)


 魔物から身を守りつつ、薬草を採取できる。

 とにかく、家に引きこもっているという選択肢は失われたのだ。飢えないためには、行動を起こさなくてはならない。


(もう本当に盗むものはありませんし……。泥棒がまたやってくるなんて、ないですよね?)


 そう考えると怖くなって、アルフェは足早に家を出た。





 冒険者組合の裏手から坂を上っていくと、鍛冶屋や道具屋のある並びがある。戦う手段を見つけなければ。

 そう考えたアルフェは、武具屋に並べられた刀剣類を物色していた。カウンターでは店主が口を開けて、武器を眺めている美少女に見入っている。


(高い……何故こんなに高いのでしょう。小剣ショートソードが金貨一枚?安いものでも金貨がいるのですね。パンが何本も買えてしまいます……)


 アルフェは細長いパンを小脇に抱えながら悩んでいる。武器調達よりも食料調達のほうが優先されたためだ。


 この店で扱っている武器防具は、組合の御用達だけあって、品質はいいが、それなりに値が張った。使える手持ちは銀貨二枚。とても買えるものではない。

 唯一手が届くのは、革製のスリング《投石機》だけ。しかし、アルフェにはそれの用途が分からない。値段を交渉する気にすらなれず、アルフェは武具屋を後にした。


 この通りには、いくつかの武具屋が並んでいる。中には中古品を扱う店もあったが、どれも今のアルフェの手が届くものではなかった。


(だいたい、剣を買ったからと言って、戦えるようになるわけではないですよね……。お姉様のように、私に剣の才能があるわけもないですし)


 アルフェの姉は、女だてらに剣を振り回すのが趣味だった。かつては城の練兵場で、男ばかりの兵を訓練で打ちのめす姿を見たことがある。


 では、魔術ならばどうだろうか。

 アルフェは魔術が使える。いや、そもそもこの世界において、全く魔術の使えない者は存在しない。生物が生物たる証が魔力だ。


 しかし、こと戦闘に魔術を用いるとなれば話は別だ。アルフェが使えるのは生活に必要な魔術と、簡単な治癒の魔術だけだ。戦いに使用するような魔術は使えない。アルフェが男子であれば、家庭教師から戦いの魔術を教わったかもしれないが、戦うのは殿方の仕事だ。それは淑女の役目ではない。


 だが、それももう過去の話だ。


(本当なら来年から学園に通うはずだったんですけれど……そこでなら、私も攻撃魔法の一つでも教わることができたのでしょうか……)


 城下町には学園と呼ばれる教育機関が設置されていた。辺境伯領では、高い魔術の素養のある子どもたちが学園に集められ、教育を受けることになっていた。しかし、学園に入学する十五になる前に、アルフェは世間に放り出されてしまった。


(今から魔術を身につけて、間に合う訳がないですし……)


 魔術は高度な学問体系だ。自分が家庭教師から学んだのは基礎知識だけ。今から魔術を学ぶなど、今のアルフェには、そんな悠長なことを言っていられる時間も、資金もない。

 そんなことを考えながら通りを歩くと、なにやらわめき声がきこえてきた。男の人たちの叫び声だ。


(……練兵場?)


 見れば武具屋の通りから少し離れ、道幅が広くなった所に、何やら建物が並んでいた。柵の向こうに見えるのは、ならされた地面の上で、剣を構え、わめきをあげて打ち合う若者たちだ。

 ここは剣の道場だ。町には兵や冒険者を志す若者たちのために、戦闘技術を教えるこうした私塾が、いくつか存在していた。


 アルフェはしばらく、そんな若者たちの訓練風景を、柵の向こうから除いていた。周囲にはアルフェの他にも何人かの少女がいて、見目の良い若者の一挙手一投足に、黄色い声を上げている。


(このような練兵場に通えば、私も戦えるようになるでしょうか?)


 この若者たちがどの程度戦えるのかは分からないが、少なくとも、ゴブリンを相手に遅れをとることはなさそうだ。

 気が付くと、何人かの若者がこちらを見ている。打ち合いの手が止まっているが、こちらと目が合うと、真っ赤になって訓練を再開した。さっきまでよりも遙かにすさまじい熱の入れようだ。


 何となく妙な空気になったので、アルフェはその場を後にした。さらに通りを奥に進む。ここまで来ると、風景は小高い丘の上のようになってきた。建物が途切れた所から、少し遠くの景色が見える。あそこに見える建物は、昨日訪れた商会所だろうか。


 町を眺めている間に、道の突き当たりにまで来てしまった。奥には一軒、みすぼらしい建物が建っている。先ほど見たような道場と似たような造りをしているが、中に人の活気はない。


 ここも何かの私塾だろうか。見ると玄関の横に、大きな立て看板が置かれている。


「オーガを素手でぶちのめしてみないか? 君も十日で強くなれる。見学者歓迎、体験無料……。無料?」


 アルフェはそこに書かれた宣伝文句を読み上げた。

顔を上げると、玄関の上には『武神流道場』と書かれた看板が掛かっている。看板の角には、髭の男が魔物を拳で打ち倒している絵が描かれている。男の笑顔がやけにキラキラしていて、なんだか気色が悪い。


(拳闘術? を教える道場でしょうか……)


 拳闘術は、いざと言うときの護身術や、競技として行われることがあるらしい。実際に見たことはないが、帝都では毎年、拳闘大会なるものも開かれていると聞く。

 だがこの看板を見ると、どうやらここでは、素手でモンスターと戦う術を教えているようだ。


(十日で強くなれる? 拳闘術なら武器を買う必要も無いし……何よりも、無料というのがいいですね)


 あからさまな過剰広告を素直に信じ、お嬢様は道場の扉をくぐった。



 扉をくぐると、外と雰囲気が一変した。この建物の外観は、他と同じくレンガと漆喰造りだったが、中は壁にも床にも木の板が貼られている。エントランスは土間になっているが、それはわずかな空間だけで、二段ほどの階段を上ると、すぐに板張りの床に変わる。


 おとないを告げるが、応対するものは誰もいない。いや、広間の奥に誰か立っている。やけに大きな男性だ。アルフェが玄関から声をかけても微動だにしない。


 しかたがないので、アルフェは男性の側まで歩み寄り、しげしげと観察する。


 大きい。見上げるような長身に、白い奇妙な服の上からでも、巌のような筋肉が盛り上がっているのが分かる。

 そして顔だ。目を閉じてはいるが、顔が怖い。眉間にしわが寄っている。短髪で、浅黒い肌をしている。図鑑で見た、熊か虎を連想させる。


 近くまで寄り、アルフェはもう一度男性に声をかけた。


「あの、」


 突如として男が目を見開き、大声を上げた。


「神聖な道場に!! 土足で踏み入るとは何事かぁぁ!!!!」

「すみませんんん!!」


 アルフェは思わず誤ってしまった。

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