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お嬢様の生存競争~彼女がバーサーカーになった理由  作者: 北十五条東一丁目
第一章 彼女がバーサーカーになった理由
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お嬢様の受難 2

 道の途中にあるベンチに腰掛け、購入した食事を頬張る。少々はしたない気がしたが、ほかにもそうしている平民がいるので気にしないことにした。大通りを北に向かって歩くと、屋台の青年が言っていた商会所の建物が見えてきた。


 五階くらいまであるのだろうか。確かに大きく立派な建物だが、それよりさらに巨大な、帝国でも有数の建造物に住んでいた身としては、さしたる感動は無い。


 入り口には警備が立っていたが、アルフェが入ろうとしても特に制止は受けなかった。出入りは自由のようだ。

 中にはいくつかのカウンターがあり、従業員がせわしなく行きかっている。中央にある階段は吹き抜けで上の階まで繋がっており、そこにも警備の者がいる。


 アルフェは周囲を見回し、カウンターの前の案内板を読み取った。その内、「求人・各種相談」と書かれたカウンターに向かう。カウンターの向こうでは、余り似合わない派手なローブを着た男性が応対していた。この商会所のお仕着せだろうか。頭頂部は禿げ上がっており、小さな眼鏡をかけている。


 ちょうど応対する客がいなくなり、アルフェはカウンターの前に立つ。


「あの、すみません。私、この町でお仕事を探しているのですが……」

「はぁ、なるほど。失業ですか? しかし、最近はどこも景気が悪い。余り良い条件の仕事は紹介できませんよ?」


 男は手元の書類に目を落としたまま、こちらを見ようともせずに答える。


「先日こちらに越してきたばかりなのです。それで、生活の道を探しているところなんです」


「お嬢さん一人で?これまではどうやって生活していたのですか?」


 男がようやく顔を上げた。今度は打って変わって、こちらの顔を舐め回すように見てくる。


「兄がおりまして……。ですが、ちょっと旅に出てしまったものですから……」


 アルフェは言葉を濁す。


「旅……ですか? ふむ。……あんたさんのような若い人なら、給仕かどこかのお屋敷のメイドといったところでしょうか。今までに経験は?」

「いえ、経験はありません。あの、と言うよりも、私、一度も働いたことが無いのです」

「経験が無いのは無理ですな。紹介できません」


 男がすげなく言う。


「では、何か特技はありますかね?料理ができるとか、仕立てができるだとか」

「刺繍は一通り習いましたが、料理をしたことはありません。」


「ふ~む、それだと難しそうですな……。特に技能が無いということでしたら……あとは体を張るしかありませんな。なに、お嬢さんなら、援助したいという者には不自由しないでしょうよ」


 にやつく男の視線が、自分の顔から、胸や腰の辺りに落ちている気がする。『援助』というのが何を意味するのかはわからないが。あまり良くない空気を感じる。


「別に難しいことはありません。少し男性のお相手をして、『お小遣い』をもらうだけです。なんなら、私が援助してあげてもいい……」


 妙な猫なで声で男が語りかけてくる。男の手がカウンターに載せたアルフェの手に伸びる。

 要するに、愛人・売春の斡旋だが、アルフェの乏しい知識ではそれはわからない。だが、これが乗ってはいけない誘いだということは、女性の本能として感じる。


「あの、け、結構です! 私、出直してまいります!」


 そう言って、アルフェは逃げるように商会所を後にした。





 少女は大通りを足早に歩いている。

 なるほど、仕事というものは簡単には見つからないものだ。自分のような世間知らずにとっては、なお更だろう。それにしても、さっきの男性と話していると、妙に悪寒がしたのはなぜだろう。まだ鳥肌が引かない。


 ほかに仕事のあてはないものだろうか。そういえば、屋台の青年は、商会所のほかにもう一つ何か口にしていた。


「冒険者組合……だったかしら?」


 冒険者とはなにやら胸踊る言葉だ。乳母が読み聞かせてくれた英雄嘆の中でも、そのような人々が登場していた。彼らは剣や魔法を武器に、悪いドラゴンや魔法使いを打ち倒すのだ。

 次はそこに行って見るとしようか。


 ベンチに腰掛ける老人に場所を尋ねると、場所はすぐに分かった。案外家のすぐ近くだ。来た道を引き返し、家のある地区を通り過ぎて、市門の近くまでやってきた。


 冒険者組合の建物は、商会所よりは小さいが、それでもなかなかに立派だった。入り口には、おそらくは冒険者組合の紋章らしきものがかかっている。

 中からは喧騒が響いてくる。どうやら一階は集会所になっているようだ。


 アルフェが入ると、建物内の空気が止まったかのようになった。誰も彼もがこちらを見ている。座って酒を飲んでいたらしい冒険者などは、口をあんぐりあけたまま、ジョッキを取り落とした。陶器のジョッキが床に落ちて砕け散るが、咎めだてようとする者はいない。


(やっぱりこんな小娘が来るには、場違いなところだったのかしら……)


 居るのは屈強な男性ばかりだ。女性もいないわけではないが、ほとんどはお仕着せを着た、ギルドの職員らしき人たちだ。わずかにいる女性冒険者も、素人目から見ても隙のなさそうな物腰をしている。


(視線が痛い……。でも、お仕事を見つけるには、尻込みなんかしている場合じゃないですよね)


 恐る恐るカウンターの前に進み出る。その向こうには、やはりはげ頭の男性が座っていた。こちらは商会所の男とは違い、完全に頭髪が無い。


「いらっしゃい……」


 男は明らかに警戒した様子でそう言った。


「何か依頼ですかい? お嬢ちゃんみたいな若い娘はめったに来ないが……別に年齢制限があるわけじゃない。依頼料さえ払えるなら、誰でもお客さんだよ」


「いえ、あの、私はこちらにお仕事を探しに参ったのですが」

「?、仕事を探して欲しいって依頼かい? そんな依頼は聞いたことがないな……」


 男は明らかに困惑している。


「いえ、私が仕事を請けたいのです」

「……は?本気か?お嬢ちゃん、年は?いくつだい?」

「先月十四になりました。あの、先ほど年齢制限はないと仰いましたが…」

「それは依頼を出す側の話だよ…だいたいお嬢ちゃん、ここがどこだかわかってんのかい?冒険者組合だぜ?菓子屋とかじゃあないんだよ?」


 男の声が大きくなる。周囲の視線が二人に集まる。


「承知しております。私、どうしても自分でお仕事がしたいのです。商会所では、できる仕事がないと言われたので、こちらに……」

「……まあ一応わかったが、それでもあんたみたいなお嬢ちゃんが? こっちだって、そんな簡単な仕事はないんだが…」


 半ば愚痴るように答える男に、少女が懇願した。


「お願いします。できることなら何でもやります。どうかお仕事を紹介していただけないでしょうか?」

「……来る者拒まずがうちの信条だが、それでもなぁ。まぁ、登録だけなら誰でもできるし、やっていくかい」


「はい!有難うございます!感謝いたします!」


 アルフェは満面の笑みで礼を言った。


「いたしますってあんた……まぁいいか。とりあえず登録手続きをするから、ここに必要事項を記入してくれ」


 そう言って男は一枚の紙を差し出す。男の指示に従って、アルフェは名前や住所などを書いていく。


「これで一応登録は済んだ。これであんたはこの町で依頼を受けることができる……。俺はこの組合で依頼の管理を行っているタルボットだ」


 アルフェは男に向かって一礼する。


「どの依頼を受けるかはあんたの自由だが、難度や報酬によって掛け金を徴収することがある。依頼を放棄、失敗した場合、この掛け金を違約金としていただくし、もちろんあんたの信用に関わる。悪質な場合には、組合から何らかの制裁も科される。さらに高難度の依頼を紹介するかは、あんたの実力と人となりを見て――というのが一応の説明なんだが、そもそもあんたにできる依頼なんかあるかねぇ……」


 登録は意外と簡単に終わったようだ。一息でそう説明した後、男は依頼書の束を差し出した。


「これは壁の掲示板に張られているのとおんなじ依頼だ。こいつらは、誰でも受けることができる。そう難しいものはないはずだが……あんたにはどうかな」


 アルフェは食い入るようにして、夢中で紙の束を繰った。商家の用心棒や隊商の護衛――これは無理だ。モンスターや野盗の退治――できるわけがない。

 そんな中にあって、アルフェの目を引く依頼があった。


「この、薬草の採集というのは、薬草を摘んでくればよろしいのですか?」

「……ああ、その辺は常設の依頼だ。薬草なんかは常に必要だからな。採ってくればいつでも買い取っている。だが、どれも道端に生えているようなもんじゃない。あんたがピクニックに行って採ってこれるほど、簡単なもんはないよ」

「そうなのですか? でも、あの、このシムの花というのはどのようなお花なのでしょうか?」


 依頼の紙を指差して、少女が尋ねる。


「……それは有料の情報になる。薬草の情報は二階の素材課だ。薬草辞典の閲覧が十分で銀貨一枚。写本が欲しいなら金貨で五枚だ。」

「お金を取るのですか?」


 町では本を読むにもお金が必要なのか。


「有益な情報には価値がある。この業界じゃあ特にな。あんたのほうに情報があるなら買い取るぜ? 新種の薬草、モンスターの情報、賞金首の居場所、有名人の私生活、なんでもござれだ」


 タルボットはおどける。どうやら目の前の少女の言うことを、真に受けてはいないようだ。


「……わかりました、本を閲覧させていただきます。こちらでお支払いすればよろしいのですか?」

「……二階の素材課にも受付がある。そこで払いな」


 アルフェは頷いて、階段をのぼっていった。

 アルフェが二階に消えた後、ようやく室内に喧騒が戻ってきた。あの儚げな美少女はいったい誰だ。いったいここに何をしに来たのか。何人かがタルボットに詰め寄って聞きだそうとする。


 タルボットがそれをあしらっていると、アルフェが二階から降りてきた。再び静寂が場を支配する。見れば少女は一つの籠を抱えている。素材課で貸し出している薬草籠だ。


「お世話になりました」


 そう言って、ぺこりと一礼すると、アルフェは組合を出て行った。


「本気かよ……」


 残されたタルボットは、誰に言うでもなく呟くのだった。

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