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お嬢様の生存競争~彼女がバーサーカーになった理由  作者: 北十五条東一丁目
第一章 彼女がバーサーカーになった理由
5/50

お嬢様の受難 1

 名も無い開拓村を、オークの一団が襲撃した日から、遡ること一年と数ヶ月、ある町の片隅で、一人の少女が生活の危機に瀕していた。


 彼女――アルフェは由緒正しいお嬢様だ。いや、だったと言うべきか。二ヶ月前、隣国の王が突如として彼女の住む辺境伯領に侵攻した。侵攻にはそれなりの予兆というものがあったらしいが、城の中で蝶よ花よと育てられていた彼女には、そんなことは知る由もなかった。


 ともあれ、アルフェにとって没落の時は突然に訪れた。近年領土拡大政策を続けている隣国の精兵によって、錬度で劣る辺境伯家の軍は一日でほぼ壊滅し、彼女は一家離散の憂き目に会った。

 幸いにしてというべきか、不幸にしてというべきか、アルフェは近衛の従士の手によって、燃え落ちる城から救い出され、この町まで落ち延びた。辺境伯未亡人であった母や、長女である姉の消息は、今もって不明のままだ。


 彼について、彼女は余りよく知らなかったが、アルフェを助けた近衛のクラウスは、なかなか優秀な男だったらしい。彼は隠し通路を使って城下町を抜け出した後、追っ手の目をかいくぐり、ひとまずは隣国の影響力の及んでいない、この町まで彼女を連れてきたのだ。

 どうやってかは知らないが、クラウスは隠れ家として、この一軒家を手に入れてきた。だがしかし、そこで彼の資金は尽きたらしい。


 資金調達のため、また、消息不明の母や姉の情報を得て、お家再興の足がかりとするため。本人曰く「断腸の思いで」、彼はこの家に世間知らずのお嬢様を一人残し、情報収集に旅立っていった。


「だいたいクラウスは、いつ戻ってくるつもりなのかしら……」


 あの旅支度はとても一泊二泊程度には見えなかった。その間、自分にどうやって生活していけというのか。

 ここに落ち延びるまで、野宿なども一通り経験してきたアルフェだ。城での生活ほど、市井での生活が簡単ではないのは理解している。――つもりだ。


「まずは朝食を用意しないといけないわね」


 昨日の晩餐はクラウスが用意してくれたが、それから何も食べていない。日が昇ってからだいぶ経っている。もう朝食というよりは午餐といったほうがいい時間だ。

 キッチンには残り物の硬いパンがある……がこれだけではどうしようもない。野菜がほしい。お肉がほしい。





 城を出て一番最初に痛感したのは、食事の重要さだ。逃亡中、クラウスは人目を避けるためにできるだけ森の中を通ったため、まともな食事にはほとんどありつけなかった。


 「お嬢様、お食事です」


 クラウスが大きめの葉っぱに乗せた食事を差し出してくる。


「食欲がありません……」


 アルフェが遠まわしに不満を言うと、


「食欲がなくても食べていただきます。体力が尽きれば追っ手に捕まります。御身のためです。どうかご辛抱を」


と有無を言わさぬ圧力をかけてくる。


「だってそれ、どう見たってこう、あれじゃないですか……」

「芋虫です」

「言わなくていいです!言わないようにしてたのに!」


 城の中庭で見たものよりだいぶ大きい。長さが開いた手の平くらいある。


「火は通しました。中毒の心配はありません。栄養も豊富です。意外とおいしいんですよ」

「想像させないで! ほら! あれでいいじゃないですか。クラウスの携帯食料!」


 ここまで主に食べてきたのは、彼が用意した戦闘糧食だ。おなかに異常にたまるのだが、いかんせん味も素っ気もあったものではない。だがそれでも、今目の前にある物体に比べれば、なんぼかましだ。


「今朝お出しした物で最後です」

「うあぁ~~」


 よくわからない悲鳴を上げながら、アルフェは薄目で芋虫をにらむ。


「本日はこれを用意できただけでもましとお思いください。今後、場合によっては魔物なども調理していきます。オークなどがしとめられれば最高ですね。耳が珍味なんですよ、あれは」


 クラウスはアルフェの決意に水を差すようなことを言う。というか、目の前の男にとって魔物は食料なのか。

 オークは恐ろしい魔物だ。自分ならば、目にしただけで卒倒してしまう自信がある。そんなものを食べられる訳がない。


「できれば勘弁して頂戴……」

「生きるためです」

「せめて、人の形をした魔物はやめて……」


 精一杯の抵抗を口にしつつ、アルフェはそれまでの自分の食生活が、素晴らしく恵まれていたことに気づかされるのだった。


 ちなみに、結局芋虫は食べた。彼の言うとおり案外おいしかったのが、アルフェには妙に悔しかった。





 一月程ぶりに町に着き、アルフェは心の中で快哉を叫んだ。ようやく虫だの魔物だのを食べる生活から開放されるのだ。

 食卓にのぼった普通のパンに、滂沱のごとく涙があふれた。普通と言っても、アルフェが城で食べていたものに比べれば、硬く、黒っぽいものだが。それでもこれぞ文明という食事に、少女は改めて感動し、二度とあの地獄を経験することがないように願った。


 時は現在に戻る。手元にあるのは昨日のパン。その他に食材になりそうなものはない。であれば、外に出て買ってくるしかないのだろうか。

 そう思ってはたと気づく。


 「お金……」


 金が無い。いや、無い訳ではない。クラウスは当面の生活費を残していった。しかし、この金はどの程度の金額なのだろうか?


 アルフェが城を出て二番目に知ったのは、お金の大切さだった。

 着の身着のままで城を斬り抜けてきた自分たちには、先立つものがほとんど無かった。しかし、町では何をするにしてもお金を要求される。


 自慢ではないが、アルフェは買い物をしたことが無かった。その必要は無かったのだ。欲しい物は欲しいと思う前に周りに用意されていた。自分の身に着けているドレスに宝石、部屋の中の調度品がどれくらいの値段かなど、考えたことも無かった。それどころか、金貨以外の貨幣は初めて見たくらいだ。


 手元にあった僅かな金は、逃亡生活の中でどんどん目減りしていった。自分には、臣下が手元に残してくれた資金がどの程度の価値を持つのか分からない。それだけに不安だった。


「私もお金を稼がないといけないですよね……」


 手元にあるのは金貨と銀貨が合わせて何十枚か。――実のところ、庶民が上手くやりくりすれば、優に二年は暮らせる金額があった。だが、家計というものがわからないアルフェは、思いもかけない行動を選択した。


 黙って家で待っていれば、クラウスが稼いで来てくれるかもしれない。まさかこのまま自分放って置くということは無いだろう。だがしかし、いつまでもあの男に頼りきりでは情けないではないか。

 彼はお家の復興を諦めていないようだが、我が家はもう没落してしまったのだ。いつまでもお嬢様気分ではいけないのではないだろうか。


「私だって……やればできるというところを見せてあげないと!」


 妙なやる気を見せた箱入り娘は、腹ごしらえを兼ねて、生活の道を探しに町へと繰り出すのだった。





「すごい数の人……」


 昼までにはまだ時間があったが、それでも市場には人があふれ、食べ物を売る屋台などもたくさん出ているようだった。とりあえず、昆虫や魔獣が材料でなければ何でもいい。アルフェは近くの屋台の前に立ち、様子をうかがった。


 どうやらパンに何かの肉を挟んだ料理らしい。少なくともモンスターの肉ではなさそうだ。店番をしている青年に尋ねる。


「このお料理はおいくらですか?」

「え……あ! 銅貨六枚です!」


 アルフェの問いかけに振り向いた青年は、数瞬固まったあと、やけに大声で答える。


「そう、ではおひとついただけますか?」

「あ、はい! 少々お待ちを!」


 そう言いつつ青年は器用に料理を作っていく。肉以外にも何かの葉野菜がそえられている。かかっている濃いソースがおいしそうだ。


「お待たせしました!」

「有難う、いただきます」


 少女が皮袋から代金を取り出していると、青年から声がかかった。


「あの、お嬢さん、この辺じゃ見ない人だね。この町の子?」

「いえ、最近兄と移ってきたのです」


 クラウスから言い含められている通りに口にする。


「へぇ~、そうなんだ。良かったら案内しようか? この町じゃ結構顔が広いんだ、俺」

「?、いえ、結構です。貴方様もお店番があるのでしょう?」


 やけに親切な青年だ。しかし彼にも仕事がある。有難いが丁寧に断りを入れる。


「いや、でもほら、何ならどこかでお茶だけでも……。あ、そうだ!名前!君の名前教えてくれない? 俺、ライールって言うんだ。君は?」


 勢い込んで青年が尋ねる。


「……? アルフェです」

「アルフェさん! いい名前だね。俺はたいていココで屋台開いてるからさ、何かあったら声かけてよ!」

「ご親切に有難うございます。……そういえば、私はお仕事を探しているのですが、ライールさんには何か心当たりはありませんか?」

「え、仕事? 君が?」

「はい、そうです。少しでも兄の助けになれればと」

「う~ん。俺の屋台で雇ってあげられたらいいんだけど、そんな余裕無いしなぁ。この町で何か仕事を探すなら、冒険者組合か商会所だけど……まさかアルフェさんが冒険者になるわけないし……やっぱり商会所に行ってみるといいと思うよ」


「商会所?」


 初めて聞く言葉だ。


「うん、商会所。この町で商売するなら必ず登録するところで、町内の求人も取りまとめてたはずさ。行ってみれば何か出てるかもしれない」


 なるほど、便利なところがあるものだ。自分で考えても何も思い浮かばないし、とりあえずはそこに行ってみようか。


「商会所は大通りをこのまま北に行けばあるから。大きな建物だよ。すぐにわかると思う」

「重ね重ね有難うございます。では、そちらを訪ねてみることにします」


 ライールに別れを告げて、アルフェは歩き出した。





 アルフェが去った後、彼らのやり取りを見ていた隣の屋台の男が、ライールに話しかけてきた。


「お前にしちゃあ露骨だったな。あんな誘いじゃあ若い娘は釣れねぇな」


 憮然とした表情でライールは答える。


「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「えらい別嬪だったな。十三、四くらいか? ちょっと若すぎるが、あんなかわいい娘はそういねぇ。聖都あたりの都会から来たと見たね。田舎くささってものが無かったよ」


 確かにあの娘は美しかった。そうはいないどころではない。あんなかわいい娘は初めて見た。柔らかな色の金髪に、零れ落ちそうなサファイアの瞳。整った顔立ちに、歩く姿すら美しかったように思う。

 服装は平民のものだったが、立ち居振る舞いはとてもそうは思えない。できることならもう一度会いたい。あわよくばお近づきになりたいななどと思いつつ、ライールは次の客の応対を始めた。

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