お嬢様、オークをボコる 3
けたたましい音を立てて門が破られた。オークが侵入するには十分な空間が開き、そこから様子をうかがうように、緑色の顔が覗いた。それは一瞬のことで、すぐにその空間からオークたちが入り込んできた。一番槍を争うように他の固体を押しのけて、群れの中で最も体格の良いオークが先頭に立つ。
「撤退だ!役場に後退しろ!」
門が破られた音に少し遅れて、班長が指示を出した。壁の内側に侵入された場合は、役場の中に立てこもる。これは最初の打ち合わせ通りだ。――しかし、それによって前線で敵の主力を食い止めている者たちが、どうなるかは分からないが。
「待ってください!あの子が!」
アルフェがまだ門の前に残っている。先頭のオークとの距離は数十歩もあるまい。
「諦めろ!助からん!」
乱暴な言葉遣いで、班長は少女を見捨てる決断を下した。
ステラは血の気の失せた顔でアルフェの方を見やり、せめて時間稼ぎをと、自身が使える最高の呪文を唱えだした。しかしもう、魔術が発動する前に、少女はオークに引き裂かれてしまうだろう。気が焦って、魔力を集中させることができない。
どうか逃げてと心の中で叫んだとき、ステラには理解しがたい出来事が起こった。
何が起こったのか、正確なことはステラの目と常識では捕えきれなかった。
先頭の体格の良いオークは、門の内側に入って最初に見つけた獲物が小さな人間であることをみとめて、舌なめずりをした。笑顔さえ見せたように思う。そして斧を振り上げると、少女に向かって振り下ろした。
いや、振り下ろそうとしたのだ。しかしその瞬間、門が破られた時よりも、もっと大きな音と振動が響いた気がした。
アルフェはいつの間にか、斧を振り上げたオークの懐に入っていた。その直前には、オークと少女の間には、およそ十歩の距離があったが、ステラにはアルフェがどうやって移動したのか分からなかった。ただ彼女の長い髪が、一筋の金色の線を描いた様に見えただけだ。
何がどうなったのか、大きなのか音がして、オークの巨体が後方に飛んだ。その体は軽い弧を描いて群れの頭上を飛び越え、門の外にまで吹き飛ばされた。飛んで行ったオークがどうなったのか、ステラのいる角度からは見えない。
他のオークたちが惚けている。オークだけでは無い、役場に避難しようとしていた村人たちも、口を開けて静止していた。
少女は再び両腕を下げた姿勢に戻った。その目はじっとオークに注がれている。侮られていると受け取ったのかもしれない。唸り声を上げ、激昂したオークが三匹同時にアルフェに斬りかかった。先ほどの個体よりは一回り小さいとは言え、一般的な体格のオークが少女と並ぶと、まさに大人と子どものように見える。
しかし斧のによる攻撃をかいくぐり、アルフェがその鳩尾の辺りに軽い突きを打ち込むと、しばしの間を置いて、オークたちは口からおびただしい血を吐き出した。地響きを立てて倒れる。
ここまで来て、残りのオークも目の前の小動物が見かけ通りの存在では無いと気がついたようだ。初めて躊躇する様子を見せた。しかし人間の娘一匹相手に退くのは、魔物の誇りが許さなかったのだろう。身の毛のよだつような叫びを上げ、次々とアルフェに斬りかかって行った。
そこからはもう一方的だった。オークたちの緑色の身体に埋もれるようになりながら、アルフェはその手足を振るう。少女が身体を動かすたび、オークの悲鳴が上がり、血が飛んだ。
ある者は少女の手刀に腹を割かれ、ある者はその蹴りを受けて首の骨を折られた。四十体近く残っていた魔物は、次から次へとアルフェの手にかかり、群れはいつの間にか門の外にまで押し戻されていた。
「ッ!援護!!援護するんだ!!」
「後ろの奴を狙え!あの子に当てるな!」
我に返った村人が叫ぶ。群れの後方のオーク目掛けて、再び矢が射られ始める。ステラもその声に引き戻されて、魔術での支援を再開した。
「なんだ!?なんだあの子は!?」
「わからねぇよ!黙って手を動かせ!」
村人たちは矢を放ちながらも混乱している。しかしオークの動揺は更に激しい。生き残った者たちが、ついに背中を見せて逃げ始めた。
「逃げるぞ!撃て!数を減らすんだ!!」
村人は矢を放ち続けるが、アルフェは逃げるオークを追おうとはしていない。その背中を黙って見送ろうとしている。だがその時、逃げていたはずのオークの一体が、振り向いて斧を振りかぶった。
「危ない!!」
ステラが大声で叫ぶ。その声と同時に、オークがアルフェ目掛けて斧を投げた。
金属同士がぶつかり合う音がした。アルフェが右脚を高く上げている。上空を見ると、高く高く蹴り飛ばされた斧が、回転しながら太陽の光を反射していた。
脚を下ろした少女は、右手を腰の辺りに持っていった。腰のナイフを引き抜くつもりだろうか。しかしその手は何も掴んでいない。何をする気かと思った時、アルフェが貫き手の形にした右手を、前方に向かって振りぬいた。
何かを投げたのではない。しかし少女の手から確実に見えない何かが飛んで、次の瞬間には斧を投擲したオークの首が刎ね飛んだ。
上空を回転していた斧と、オークの首が地面に落ちたのは、同時だったかもしれない。
オークたちが完全に戦意を失って逃走して行く。十体以上が生き残ったが、本隊の方に合流するつもりは無いようだ。逃げていく先は、敵の集落があるのとは別の方向だ。
どの道村人に追撃する余裕など無い。主戦場はここでは無いのだ。オークの別働隊を退けた今、そちらに合流するべきなのだろうか。
「アルフェちゃん、大丈夫!?」
だが今は彼女の方が気になる。ステラは足場から駆け下り、門内に戻ってきたアルフェに声を掛けた。
「はい、大丈夫です。御心配をお掛けしました」
そう言ってアルフェは微笑んだ。今しがた凶暴な魔物を素手で蹴散らして来たとは思えない、年相応の笑顔に見えた。
門の周辺にはオークの死体が散らばっているし、アルフェの銀のグリーブには、まだ赤い血が滴っている。凄惨な光景に見えたが、ステラは目をそらすべきでは無いと思った。この危機を退け、自分たちの命を救ったのは、間違いなく目の前の少女だ。
遠巻きに彼女を見る村人の目つきは、明らかに異様なものを見る目になっている。オークに対して圧倒的な暴力を振るった少女に感謝を伝えるべきなのか、それとも畏怖するべきなのか、判断に迷っているようだ。
「ありがとう。お陰で皆助かったわ」
ステラはアルフェの両手を取ってそう言った。
しばらくそうしていると、手を取り合う二人の傍に、村人たちが恐る恐る近づいてきた。
◇
「あ、あれは魔術だったのですか?」
村人が恐る恐るアルフェに尋ねる。その村人にとっては娘ほどの年齢の少女に対して、馬鹿に丁寧な言葉遣いになっているが、仕方あるまい。
「……はい、そのようなものです」
アルフェは曖昧な笑みを浮かべながら、当たり障り無く答えている。自分の技が異質なものであると、この少女は理解しているようだ。
「最後にオークを倒した技……あれは中位の風魔術のようでした。見たところ詠唱も必要としない様子。アルフェさんは優れた魔術師なのですね」
わざと厳しい口調で、ステラは言った。村人たちは良く分からないアルフェの技を、魔術と言うことで無理やり納得しようとしているようだ。ならば変に騒がれるよりは、それで収めておいたほうが、村にとってもこの子にとってもいい事だろう。そう考えたからだ。
今のステラは村の「治癒術師様」だ。言葉にもそれなりに影響力がある。
先の戦闘を目の当たりにして、この娘が重要な戦力であることは、村人たちも十分に理解したはずだ。下手に騒ぎ立てて、それを失う事になってはまずい。ここの村人も、過酷な辺境の住人だ。そのくらいの事を考える計算高さはあるだろう。
(嫌なことを考えてるな、私)
ステラは少し自嘲気味になった。だが、この場にいる全員にとって、これが最も良い道のはずだ。心の中でそう唱えて、自分を納得させた。
「冒険者様、感謝します。……皆!まだ終わってないぞ!急いで門を直すんだ!」
班長が言った。そうだ、まだ戦いは終わっていない。村人たちは改めて思い出した様子で、アルフェに感謝の言葉を告げるのもそこそこに、それぞれの作業を始めた。班長だけがその場に残って、アルフェに話しかける。
「またオークたちが回り込んでくるかもしれない。俺たちはここで警戒を続けます」
「わかりました」
アルフェが頷く。先程までとは違う班長のへり下った態度に、彼女は何を思っているのだろう。
「冒険者様には、向こうの加勢に行ってもらえますか?」
「はい」
班長の言葉に諾々と従うアルフェに、ステラが口を挟んだ。
「彼女だけで?いっそ皆で行った方がいいのではないですか?」
「私もそうしたいのですが、ここを空けるわけにもいかないので……」
「だからと言って!」
「待ってください。様子が変です」
言い争いになりかけた二人の会話を、アルフェが遮る。その顔は前線の方を向いている。ひどく真剣な表情だ。ステラには何も感じられない。それ程広くない村だが、前線までは建物に遮られて、視界が通らない。
耳を澄ます。そう言えば、さっきから聞こえてくる大声の質が、変わったように思う。これは、人間の悲鳴だ。
はっとした瞬間。建物の影から十数人の村人たちが駆け出してきた。後を追って緑色の魔物が姿を現す。
「抜かれたのか!!」
班長が怒鳴り声を上げる。門の周辺にいた村人たちも、ようやく異変に気がついた。
前線から逃げてきた村人たちは、一目散に役場の建物を目指している。その内の一人が背後からオークに斬られ、もんどりうって転がった。別の方向からも村人が撤退してきた。少しでも進撃の速度を弱めるためか、何人かは切り結びながら後退している。しかし、今にも敵の数に押しつぶされそうだ。
「畜生!!後退だ!!俺達も役場に逃げるぞ!!」
班長の指示は素早かった。全員が役場に向かって走り出す。位置的に、門の周りにいるステラたちが役場に最も近かった。
「窓から矢を撃つんだ!エリック!お前らは屋上に上れ!」
役場に逃げ込んだ村人は、慌しく立て篭もるための配置についている。窓や屋上から矢が射られ始め、後退してくる村人を援護する。
「皆入れ!!階段を落とすぞ!!」
宿屋を兼ねた役場の建物は、村で唯一の石造りの建造物だが、入り口に入るためには側面の木の階段を上らなければならない。いざと言うときはこの階段を落として、篭城することも出来るようになっていた。
「トランジックさんは!?宿のご主人はどうなったんですか!?」
ステラの知っている二人の姿が見えない。
「わ、分からない!戦ってるときは、二人とも一緒にいたはずなんだ!いつからいなかったのか分からない!」
前線の方から逃げてきた村人は、半ば錯乱している。撤退の混乱の中で、他の人間の様子を把握することは難しかっただろう。
「術師様!!治療をお願いします!!こいつはまだ助かる!!」
怪我人も何人か運ばれてきている。ステラはすぐにその治療に掛かり切りになり、アルフェがこの場にいないことに気付かなかった。
「早く入れ!階段を落とす!!」
それに気付いたのは、入り口で斧を持った村人が、そんな大声を上げたからだ。
「もう少し待ってください!まだ外にいる人たちがいます!」
窓から外を覗いたステラは、驚きに目を見開く。
アルフェがまだ下にいる。それどころか、広場でオークと切り結ぶ村人の間に割って入り、拳で魔物を殴り倒している。少女に助けられた村人が、また何人か階段を上って、役場の中に駆け込んできた。
「もういい!早く入れ!」
もはやアルフェの他に、広場で戦っている人間はいない。ほとんどのオークの注目が少女に集まっている。その数は百を下らない。しかも、まだ増え続けている。
「ここは私一人で十分です!!階段を落としてください!!」
それでも彼女は、そんな信じられないことを言ってのけた。
村人の斧で、入り口の階段を支える部分が打ち壊され、役場の唯一の入り口が封鎖された。ステラは最後の怪我人の治療を終えると、中の階段を駆け上がって屋上に出た。屋上では何人かの若者が、役場の石壁に取りすがってくるオークに対して石を落としている。
「術師様!?」
若者の一人が、息を切らして階段を上ってきたステラの姿を認めて驚くが、取り合わず屋上の手すりに体を寄せた。
広場に目を落とすと、戦いはまだ続いている。戦っているのは二百体近くのオークと、一人の少女だ。彼女は広場の中央で、襲い来るオークを次から次へと殴り倒し、蹴り飛ばしている。役場の窓からも、村人の矢による支援が行われている。
「くっ!」
見入っている場合ではない。アルフェの支援に加わろうと、ステラは呪文を唱えはじめた。
「麻痺!」
しかし専門家ではない自分が使える攻撃魔術など、所詮たかが知れている。それでも何とか彼女の助けになろうと、魔物の行動を阻害する魔術を放った。
そうしている間にも、少女は相変わらず信じられない動きで魔物をなぎ倒している。今また一体のオークが、顎にアルフェの掌打を喰らい、仰け反って倒れた。さらに背後から別のオークが斬りかかるが、振り向きざまに斧の持ち手を片手で受け止めると、それを自らの方に引き寄せ、空いた拳でオークの胸を貫いた。
よほど腕のいい剣士や魔術師ならば、一人であの数のオークと渡り合うことは出来るかも知れない。だが、それを素手で、しかもあの年齢の少女が行うとは。
しかし、さすがの彼女にも限界が近づいている。既にこの距離からでも肩が上下しているのが分かるほど、呼吸が激しくなっている。ステラの隣にいる若者たちにもそれが分かったようだ。
「まずいぞ……あの子、やられちまう!」
「下に下りて加勢したほうがいいんじゃないか!?皆で戦えばまだ……!」
そんな相談をし始めた。ステラもそれを考えている。自分の治癒魔術はこの距離からでは届かないが、近づけばあの子の体力を快復させることが出来るかもしれない。
だが、若者たちが剣を取って下に向かおうとしたその時、広場の状況に変化があった。
残っているオークたちがアルフェから距離を取り、広場の周囲を囲み始めた。斧で盾を鳴らし、奇妙なうなり声を上げ始める。アルフェは構えを取ったまま、それを不可解な表情で眺めている。
「……あ、あれを見ろ!!」
「ハイオークだ!!」
若者の一人が指をさして叫んだ。彼が指した方向で、オークの壁が割れ、他の個体よりも明らかに大きく、凶暴な気配をまとったオークが進み出てきた。オークの立てる音と声が大きくなる。
回りを取り囲むオークたちが上げているうなり声は、どうやら歓声だったようだ。群れのリーダーの登場に、オークたちは歓喜の声を上げている。
「一騎打ちでもしようってのか!?」
屋上から見える広場は、まるで闘技場のように見える。オークで作られた輪の中に残されているのは、ハイオークとアルフェ以外には、死体しか無い。
ハイオークの肉体には、まさに鋼のような筋肉が盛り上がっている上に、他のオークと比較しても、見上げるような体躯を誇っている。対するアルフェの身長は、せいぜいでハイオークの腰か腹の位置までしかない。腕や脚の太さなどは、大木と小枝を比べるようなものだ。
両手に持った片手斧を交差させて、ハイオークが腹の底から吼えた。空気の振動が、屋上にまで届いた気がした。
こんな馬鹿げた勝負を認められるわけが無い。両者が戦えばどうなるかなど、誰が見ても明らかだ。ステラは自分の頭に血が上るのを感じた。せめて魔術で支援しようと、呪文を唱え始める。だが……。
まるで邪魔をするなとでも言うように、ハイオークの斧の一つがステラに向かって投擲された。斧はステラのすぐ下の石壁に突き立ち、驚きで集まってきた魔力は霧散した。
この一騎打ちを止めることは出来ない。役場の中にいる人間の全てが、それを理解させられた。
◇
転がっている死体の一つから斧を拾うと、ハイオークは再び両手の斧を交差させた。群れの長らしく、その動きは魔物らしからぬほど悠然としている。
ここまでの流れの中で、アルフェは若干だが呼吸を整えていたようだ。両手をぶら下げ、天を仰いでひとつ息を吐き、再び構えを取った。
周りを囲むオークも、建物の中にいる人間も、誰一人、しわぶき一つ立てようとはしない。
微笑を見せるかのように、ハイオークの顔が歪んだ。それと同時に、猛烈な速度で踏み込んでくる。両者の距離は数十歩。それを瞬く間に詰め、少女に向かって右手の斧を振り下ろした。身をかがめて最初の攻撃をかわすと、オークの腹目掛けて掌底を繰り出す。アルフェとオークの身長差では、彼女の手ではそれより上には届かない。
巨体からは想像できない、驚くべき身軽さでその突きをかわしたオークは、今度は左斧で少女の首をなぎ払った。身を引いてかわしたが、皮一枚の間隔を残して、刃が首の前を掠めていった。
アルフェは後ろに跳んで、敵との距離を取ろうとする。しかしその引き足に、ハイオークは悠々とついてきた。斧の石突が少女の顔面に迫る。両手を交差して、腕甲で攻撃を受けたアルフェの身体が、地面に縫いとめられた。
動きを止めたアルフェの胴に、オークが前蹴りを放つ。丸太のような脚が、空気を引き裂いて襲ってくる。アルフェはその蹴りをかわしながら、左手で蹴り足を斬りつけた。
無理な体勢から放ったアルフェの手刀は、敵の皮膚を浅く傷つけるに留まった。しかしオークの身体からは、確かに一筋の血が流れ落ちている。
魔物が再び顔を歪める。その表情に浮かんでいるのは、怒りではなく喜びのように見えた。
少女とオークの攻防が続く。剛腕が振り下ろす斧にほんの少しでもかすれば、少女の肉体は原型を留めず引き裂かれるだろう。驟雨の様に繰り出される攻撃を、それでも彼女は紙一重で避け続けていた。
しかし生存者たちが息を飲んだのは、攻撃を避けて打ち込まれる少女の拳にも、魔物の命を十分に奪うだけの威力が込められていることを悟ったからだ。ハイオークもまた、彼女の拳を必死にかわしている。
しばしの応酬の後、両者は一つ後ろに飛んで、お互いに距離をとった。
再びオークが前に走る。だが今度は同時にアルフェも前に出ていた。振り下ろされる斧は、相変わらず恐ろしい速度を持っていたが、それすらも掻い潜り、少女は敵の懐に入り込んだ。初めて気合の声を上げながら、オークの脇腹に双掌打を放つ。ステラの目からも、おびただしい魔力がアルフェの両手から発散されたのが分かった。
初めてオークの顔が苦痛に歪んだ。一歩後ずさるが、踏みとどまり、肩からアルフェにぶつかっていった。
大量の魔力を放出した隙を突かれ、アルフェはその突撃をまともに受けてしまった。小柄な身体が跳ね飛ばされる。弾みながら地面を転がる少女目掛け、すかさずオークが片手の斧を投擲した。
飛び起きてそれをかわす。アルフェも腰のナイフを引き抜き、ハイオーク狙って投げつける。首を振って避けられたナイフは、周囲を囲む一体のオークの脳天に突き刺さった。
短い時間の攻防だったが、両者ともに手傷を負った。ハイオークの口の端からは血が流れ出している。魔物は腹を手で押さえ、喉からせり上がる血を飲み込んだ。凄絶な笑みを漏らす。
しかし先ほどから戦い続けているアルフェの疲労も色濃い。肩で息をし、総身が汗に濡れている。胸を押さえているのは、肋骨を痛めてしまったのだろうか。
ハイオークは決着を決意したようだ。大きく吼え、またしても前に踏み込んできた。オークの渾身の斬撃を、アルフェは三たび掻い潜る。そして振り下ろされた右腕に、全身を使って巻きついた。
「ぬぁぁああああ!!」
腕と脚を絡めて、敵の右腕を固めたアルフェは、満身の力でその腕を締め上げた。オークはそれを振りほどこうとしてもがく。左手でアルフェの頭を掴み、握りつぶそうと力を込めるが、その刹那、広場にひどく耳障りな音が響いた。
オークの右腕が、間接とは逆の方向に折れ曲がり、握っていた斧が取り落とされた。口からは憎悪に満ちた唸りが漏れ、額に脂汗が浮かぶ。
左腕で右腕をかばいながら、オークの身体が膝をつきそうなほどに前傾する。ハイオークの前に立ったアルフェは、右脚を高く上げると、その踵を魔物の後頭部に叩き込んだ。
◇
空にはまだ、太陽が高いところにある。村の広場の上には、凄惨な殺し合いが行われていたとは思えないほど、どこまでも青い空が広がっている。
地面に頭をめり込ませたまま、ハイオークの身体は動かなくなった。アルフェはその後頭部を踏みつけたまま、激しく喘ぐ。ぜぇぜぇという少女の呼吸音以外は、相変わらず広場には物音一つしていない。
荒い息が収まると、少女は天を仰ぎ、吼えた。
一体のオークが後ずさり、その肩を後ろのオークにぶつける。それに釣られたように、他のオークも後ろに下がり始めた。長を討ち取られたオークたちは、明らかに少女に恐怖している。
アルフェはハイオークの頭に乗せていた足を下ろし、前に向かって踏み出した。
それを合図にして、残った全てのオークが撤退を始めた。後ろも見ようとせずに、我先にと壁の外に向かって逃げていく。数分後には、村の中には一体のオークの陰も無かった。
そして全てのオークの撤退を見届けた後、糸が切れた様に少女は地面に崩れ落ちた。