シーズンⅡ 1話 豊本聖羅という少年 (挿絵あり)
サイキッカーの少年ーー樋口颯斗には、超能力者ならではの悩みを抱えていた。マーメイドであるアクア・リーフコーラルや、忍びである蓮崎紅葉との出会いで、自身のコンプレックスに向き合うことが出来た。 2人の少女から想いを寄せられる颯斗は、紅葉の弟ーー蓮崎藍河に嫌々後押しされる。気持ちが固まっていた颯斗は、紅葉と交際が始まった。 ーーあれから1年後。 新学期が始まり、3年生に進級した颯斗達はアクアの提案で、お悩み相談部ーー通称、コンサルテーション部。略してコルサル部を設立。 楽しい学園生活第2弾が始まる……はずだった。 マーメイドであるアクアを狙う悪魔祓い(エクソシスト)の少年が、コンサル部に潜入。少年はさっさとマーメイドを退治して、任務を終わらせるつもりだったのだが……横取りしようと狩猟ハンターが現れてーー 後輩や、新たな敵で、颯斗の大波乱な学園生活がまた始まる。
「僕のコードネームは『ネロ(Nero)』。ヨーロッパで数ある修道院の中で、ここは1、2位を争うレベルの神父やシスターが集まる。その中でも僕はトップの実績を誇る悪魔祓い(エクソシスト)だ。おまけに容姿端麗……神様ありがとうございます!こんな僕を産んでくれて……!はっきり言おう!僕には悩みがない。強いて言うなら……そうだな。完璧すぎて悩みがない!それが悩みだ!」
突然ナルシスト全開の15歳の少年が、修道院廊下を歩きながらそう言った。全身を覆う黒いドレスローブ姿に、金色に光り輝く十字架のネックレスを、首からぶら下げて歩いている。オランダ人の父と、日本人の母から産まれたハーフだ。
それを隣で、同じ神父服姿で歩く同年代の少年が、ネロと呼んだ少年を呆れ顔で言い返す。
「うるせえよネロ。心の声が漏れてんぞ。ウザイからマジやめて」
「なんだとカイン(Cain)。僕は別に嘘をついてる訳じゃないんだぞ?何故ウザイ?」
「いや!それがウザイんだけど!」
カインはため息を吐きこぼし、諦めて話題を変えることにした。
「そういえばネロ。お前この間、またエクソシスムで大成果上げたんだってな?また手柄を上げたな」
「当たり前だろ。僕を誰だと思ってる?街を騒がせてた吸血鬼を退治してやった。血を求めてさまよう低級悪魔だあんなの。それなのに上の司祭共と来たら、何かと僕を頼るんだ。全く……僕が優秀すぎるのをいいことに」
「……」
殴ってやりたい。カインは心の中でそう思った。
けれど、実力は認めざるを得ないのだ。15歳という若さで、エクソシストとして現場を任されるというのは、過去に例がないのだ。いくらヴァンパイアが低級悪魔に分類されていても、悪魔である事に代わりはない。
肉体の強さも、通常の人間とは比べ物にならない。その拳は岩を砕き、建物を飛び越える跳躍力を持つ。並のエクソシストでも、最悪の場合死者を出す。悪魔祓いはそれだけ危険なのだ。
「それでネロは、また司祭に呼ばれたのか?」
「ああ、また別の悪魔討伐の任務らしい。今度はどんな悪魔が相手か……何かが相手でも、僕が負けるなんて有り得ないが、なるべく面倒な悪魔は勘弁してほしいね」
そう軽く愚痴をこぼしながら、ある部屋の前へとたどり着く。
大きく見上げる程の鉄扉。ネロはカインとそこで別れ、挨拶を済まし中に入る。
「失礼します!優等生のネロです。只今到着致しました。」
修道院の大会議室。そこには上級司祭達が、円を描くように並んで座っている。錚々たる面々が放つプレッシャーで、場の雰囲気が凍りついていた。
目の前の老父は、もうすぐ100歳を迎えるとか。それでもここを取締る、最高司祭だ。
「ネロよ。諸君に、新たな悪魔のエクソシスムの任を命ずる」
「はい。何なりと。この優等生である僕が、どのような悪魔であろうと滅してみせましょう」
もはや自分で『優等生』と言いたいだけである。
「では命ずる。次の悪魔は……マーメイドじゃーー」
「はい楽勝です。了解しました」
キッパリ。即答。一瞬の間もない了解だった。
「ちょ、折角ワシ今、シリアスな雰囲気醸し出して、強敵を前に緊張感を出しておったのに。たまにはワシの話聞いて!」
何時だってそうなのだ。ネロはその自信満々な態度ゆえ、司祭だろうと自分のペースで振り回す。
ネロは懐から1冊の古びた本を取り出した。パラパラとページを見つけ、その項目を声にして読み上げた。
「『マーメイド』。又は『セイレーン』と呼ぶ場合もあり、ギリシャ神話などに登場する、海の魔女の事。その歌声と美貌で相手を誘い込み、海の中へと引きずり下ろす……だとか。マーメイドと呼べば聴こえはいいですが、こいつもれっきとした悪魔です。なるほど、僕の得意分野です。もう一度言います楽勝です。それで、このマーメイドは何処に?まさか海を潜れなんて言いませんよね?」
司祭の1人が、ため息を吐きこぼして渋々教える。
「そのマーメイドは今、人間に紛れて生活している」
「ほう。それは有難いです。正直泳ぐのとかあまり好きじゃないんです。疲れますので」
本を片付け、余裕の笑を浮かべて続けた。
「場所は何処です?オランダ?イギリス?それともヨーロッパ以外とかですか?」
「そのマーメイドは日本にいる。金沢とか言った都市だな」
日本と聞いて、ネロの顔色が変わった。
母が生まれ育った土地。ネロ自身も何度か寄ったことがある。
「……分かりました。了解です。早速向かいます。まずはマーメイドの居所を突き止め、必要があれば潜入して接近しますよ」
「ならば、くれぐれもエクソシストである事は悟られてはなるまい。正体がバレれば、今後日本から悪魔祓いの依頼が無くなってしまうからな」
「分かっていますよ。くれぐれも目立たないようにします。そうですね……母から貰った和名を使うとします。僕の名前はーー豊本聖羅です。では、行ってまいります」
※
場所。金沢の市内の高等学園。
桜舞い散る中、俺ーー樋口颯斗は、放課後後輩くんと2人で歩いていた。
俺が、蓮崎紅葉と交際が始まって早9ヵ月。今日は新入生の部活見学の日なのだ。
去年までの俺なら、部活動みたいなコミュニティなんて考えもしなかったのだが……
この部を設立した本人であり、部長である水玉アクアーーまたの名を、アクア・リーフコーラルの頼みで、後輩を部室へ案内してるという訳だ。設立したばかりだが、アクア達の活躍により、なかなかの知名度なのだ。
それでも、部活見学希望者が1人だけなんて……あいつらにきっと文句言われる。
まぁ俺のせいじゃないし。今日この後輩君に、楽しい印象づけて帰ってもらえればいいわけだし。
俺は歩きながら、隣の後輩に話題を振った。
「今日は見学ありがとうね。俺は3年Aクラスの樋口颯斗。君は、えっと……」
そういえば名前を聞きそびれていた。それを感ずいて、後輩が失礼しましたと自身を紹介した。
「僕は1年Cクラス、名前は豊本聖羅と申します。申し遅れました。本日はよろしくお願いします」
ペコリ。
丁寧かつ礼儀正しい少年は、笑顔ではきはきと自己紹介を済ます。好青年を思わせるその凛々しい態度には、見習うものがあり、何故か先輩として恥ずかしくなってくるほどだった。
思わず俺は、先輩でありながら頭が上がらなかった。
いえいえこちらこそよろしくお願いします。
ペコペコ。
どちらが歳上か、他人から見れば分からないだろう。
けれど俺は気がつかなかったのだ。この、豊本聖羅という少年の、笑顔の仮面の下をーー
(はっ!今回のマーメイド撃退任務、簡単すぎる!チョロすぎる!例のマーメイドが、この部活に関係してる事は確実なんだ。このぱっとしない男が、マーメイドとどう関わっているのかは知らないが、見たところ冴えないぱっとしない奴。僕の敵じゃない)
そんな心の声に俺は一切気付かず、これからの輝かしい学園生活に心踊らせながら、目的地へとたどり着く。
俺達に与えられた部室。そこは校舎から離れ、学校の裏山に位置する小さな小屋。
実は俺も、この部室に来るのがこれが初めてで、というのも決まった部室が今まで無かったので、実物を初めて見たのだ。
与えられた部室ーーとても立派とは言えないが、念願の部室なので俺は満足していた。
やっと俺達の活動が認められたんだ。
俺は後輩に、記念すべき部室への第一歩を譲ることにした。
「さぁ聖羅。先に入っていいよ」
「え?いいんですか?僕なんかが一番でも?」
「いいんだよ。今日この瞬間は、記念すべき部室第一歩だけど、記念すべき後輩1人目でもあるんだよ」
ちょっと大袈裟すぎただろうか。けれど嬉しくてあまり気にしなかった。
聖羅は怪しまれないよう、部室のドアノブに手をかけた。
(部活動ごっこか。付き合ってやるよ。そして近づいて、必ず息の根を止めてやる。マーメイド……!)
俺は期待を胸にーー
聖羅は勝ちの宣言を自身に言い聞かせーー
ドアノブを回して奥へと押した。
カチッ。
ドアが途中で何かに引っかかり、次の瞬間ーー2人は眩い光と炎に包まれた。
ドカーン。
部室は大爆発し、部室と呼ばれた小屋は激しく砕け散り吹き飛んだ。