エピローグ 感謝 (挿絵あり)
エピローグ
あれから3日の時が流れ、今ではすっかり平凡な毎日が戻っていた。
まるであの出来事が夢だったような、そんな錯覚。
そんな平和な時、暖かい日の下で、蓮崎紅葉はため息を吐きこぼしていた。
「どうかなさいましたか姉上?」
弟――蓮崎藍河が心配する。
あれ以来ずっとこの調子なのだ。大体は見当がついていたのだが、そろそろ本当に重症だ。このままでは無限にため息を吐き続けるだろう。
藍河が思い切って紅葉のNGワードを混ぜて言葉を続ける。
「……また樋口颯斗の事でも考えてなさいましたか?」
「そ、そそそそそそんなことないよ!」
激しく動揺。
今まで何を言っても上の空だったが、この名前を出せば必ずこの反応だ。
藍河も思わずため息を吐きこぼす。
そしてすごく悩んだ末、思い切った話題をぶつけるのだった。
「好きなら好きと、お伝えになってはいかがです?」
「ふぇ!?む、無理に決まってます!私みたいに何の取り柄も持たない人なんて……きっと颯斗さんは相手にしません。それに、私は酷いことしたし……」
……はぁ
面倒に感じ始めた藍河は、またも思わずため息を吐きこぼす。
※
30分後。樋口家。
「それで、貴様は水玉アクアと姉上と、どっちの事が好きなのだ?」
「唐突だなお前。いきなりなんだよ?」
訪ねてきたから何かと思えば、顔を見て5秒でこの質問だ。下手くそか?もっと俺に説明があってもいいと思うぞ?
「いいから言え!私の事など良い!貴様が今一番好きな相手は誰だ!?」
「だから何の質問なんだよ!?意味が解らねぇよ!」
「いいから答えろと言っている!もしかして貴様……二股掛けようってつもりじゃ……?」
「そんなわけねぇだろ!」
これは即答して正解だった。
まじこいつ何なんだ?何時もおかしいけど、今日は更にその変人さが際立っているぞ。
それに――藍河には、言えない。
「お前、聞いたらきっと俺の事許さないと思うけれど……」
「はぁ?何を訳の分からないこと言っている?いいから貴様の好きな人に今から告白しに行け!いいな!?」
だから一体今日のこいつはどうしたというんだ?何をそんなに焦っているんだ?
それにこの藍河という人間は、姉以外の他人に一切干渉しない……そういう奴のはずじゃ……
「今からって……お前マジで言ってんのか!?」
「当たり前だ!今すぐ行け!駆け足で行け!」
俺はそんな藍河に背中を押され、半ば強引に告白しに行く羽目に。
《お兄ちゃん。頑張って》
妹も応援してくれている。お前ら……これでもし振られたらどうするんだよ……
※
更に25分後。紫陽花公園。
俺はある少女を、ここ人気のない公園に呼んでおいた。今目の前にいる少女が、俺が今から告白する少女だ。
何時からだろう。この人に特別な感情を抱くようになったのは。俺はこの人の優しい所、可愛い所、全てが好きだ。そして何時の日からか、この人をずっと守っていきたいと思うようになったんだ。
「こんなところに呼び出してごめん……紅葉……」
「り、颯斗さん……?急にどうしたの?話があるなんて」
「……俺今から滅茶苦茶大事な話をするからな」
人生初の告白。何を言ったらいいか……
何を言うと好印象で、紅葉の気持ちを掴むことができるのか――ここに来る途中も、思考を休む暇もなく考えてきた。
けれどもし、逆に不安にさせるようなことを俺が言ってしまったら……そう考えてしまう。
やっぱり――考えるのを止めよう。
俺の思いを、そのまま彼女に伝えよう。
俺がどう思っていて、何を考えているのか、そのまま想いを伝えよう。
気が付くと俺は、気持ちを全て言葉を通して伝えた。何か良くない事を言ってしまったのかもしれない。けれど俺の想いは間違っていないから。
最後まで、紅葉の眼を見つめながら――
「紅葉……俺は紅葉の事が好きだ。俺はこんなどうしようもないやつだけれど、紅葉のお蔭で毎日がすごく楽しい。紅葉から生きがいを貰った。もっと紅葉と一緒にいたい。どうか俺と――付き合って下さい」
全て言い切った。言ってやった。
それを聞いた紅葉は、歓喜の涙を流すのだった。
「こ、こんな私でいいんですか……?」
俺は一点の曇りもない表情で、即答する。
「紅葉じゃないと駄目だ」
他の誰でもない。紅葉じゃないと駄目なんだ。
すると泣きじゃくった表情で、紅葉は返事を返す。今まで溜まっていた言い出せなかった想い。それが全部伝わったような気がした返事。
「こちらこそよろしくお願いします!私も!颯斗さんの事が大好きです!」
紅葉はうわーんと大泣きしたが、それを聞いた俺はいよっしゃーと大喜びした。
そして紅葉が泣き続け、俺は思わぬ礼を言われるのだった。
「私が小学校の時、バイクに撥ねられそうになった所を助けて下さった……あのサイキッカーさんは颯斗さんですよね?本当にありがとうございます」
俺の超能力の噂が飛び交った原因となった事故。俺はてっきり取り返しのつかない事をしてしまったと……
それに、あの時の少女が――今目の前にいる紅葉だったなんて……
「ありえないだろ……こんな偶然」
「だから私は、あの時のサイキッカーさんを探していたんです。何時かちゃんと礼を言いたくて……」
俺はその言葉で救われた気がした。
ずっと……あの時の事が怖かった。恨まれているんじゃないかって……
俺の人生で最初の告白が、かなりいい形で迎えられた。
これら始終覗き見ていた少女――水玉アクアも、俺達の気付かないところで涙を流していた。
親友の恋が実った喜び。けれど――それをやはりはるかに上回る悲しみがアクアを襲っていた。
そんなアクアを後ろから、この男が近づいた。
「……貴様……もしかして樋口颯斗の事……」
「藍、河……!?振られちゃったよ!」
膝を抱えてすすり泣く。
「……なぁ、水玉アクア……アイスでも食べに行こうか……?今日は特別に私が奢ってやろう」
「……アイスクレープがいい……」
「……なんでもこい」
藍河はそんなアクアに手を差し伸べた。
エピローグその2
更に更に1週間後。
とあるラーメン屋。そこでアクアと藍河が隣り合って座っている。話題は勿論、最近のあのカップルだ。
「……最近、姉上が今までにないくらい上機嫌でな。私からしてみれば、姉上が幸せならそれでいいのだが、もし樋口颯斗が私の兄になる日が来るのかと思うと……死にたい気分だ」
「そんなの誰が紅葉の彼氏になっても同じこと言うんでしょ?颯斗なら大丈夫よ。あんたもそのつもりであの2人をくっ付けたんでしょ?」
「勿論どんな奴が姉上の彼氏だろうが、全力でそいつを潰す」
「ほら……」
「けれどな、樋口颯斗……あいつは他の男共より、ミジンコ1匹分ほどマシなのだ。私はだから……」
「今の発言……颯斗が聞いたらきっと怒るでしょうね」
「アクアこそ、どうなんだ?マーメイドの歌には人を惑わす力があるんだろ?それを使えばいくらでも樋口颯斗を自分に振り向かせることができると思うのだが」
それを聞いたアクアは笑い返す。
「勿論それは何度も考えたわ。けれど、私は紅葉の彼氏にそんなことしたくないの。それに……」
「それに……?」
「自分が本当に好きになった人だもの。自分の力で振り向かせて見せるわ」
笑顔でアクアはそう言った。
それは強がりにも見えたが、今のアクアなりに、前へと進もうとしているのだ。
藍河はただ笑って一言。
「頑張れよ。本当に」
「藍河はどっちの味方よ」
「私は最後まで頑張る奴の味方だ」
「なにそれ……似合わないこと言うな」
そこまで話した所で、店員が2人のラーメンを持ってくる。
味噌の香ばしい香りが、こちらを幸せな気分にさせてくれる。
今日もアクアはラーメンをすすりながら、最近お決まりの強がりを言うのだ。
「私は寂しくなんかないのよ」
「一体姉上も貴様も、あいつのどこがいいのか」
「何をやっても物事がうまくいかなくて、けれど必死で……私なんかのためでも一生懸命で、こんな彼氏なら私の事、ずっと大事にしてくれそうだなって考えたら……こんなに私、颯斗の事好きになれた事……今でもすごく驚いてる」
アクアがこれを考えている時、ふっと寂しそうな表情をみせるのだ。辛いくせに……無理して強がったりして……
「アクア……」
「……なんてね。ささ、ラーメン食べちゃお」
※
俺は最近夢を見る。
俺達4人が笑って、海で遊んでいるのだ。
お互い悩みなんかなかったような。そう思わせる笑顔。
俺は思い知らされた。
どんなに暗い悩みがあろうとも、人は環境次第でどうにでもなる。
そう。
大変って騒いでる奴に限って、実は大した悩みじゃない。