3話 サイキッカーとその不思議な仲間達
3話
翌日。よく知った顔が俺のクラスに転入してきた今日一日は、あっという間に時が流れた。美少女が転入してきた!新たなアイドル出現か!など、周りの生徒が好き勝手騒ぎ、俺はそれを水や男から守るといった一日を過ごしたのだった。
そしてあっという間に放課後に突入したというわけだ。
「いやぁー楽しかったねー学校生活」
何も苦労を知らないお気楽少女が隣で笑っている。楽しそうで何よりだよ全く。
「すごい人気だったなアクア。男からも女からも。まぁ転入生なんて珍しいしこんなものなのか」
「颯斗の方だって、男の人からすごい人気だったじゃない」
「あーまぁ、そりゃ突然現れた美少女の横にべったりついている俺なんかを、みんなは遊び道具にしてくれたよな」
ほんとに散々だった。
昨日の紅葉の事もあったし……ほんとに俺は全男子生徒を敵に回したな……
「ふーん。颯斗は人気者なのねー。私もすぐに友達いっぱいつくれるといいんだけど」
本人は全く気が付いていないが、皮肉たっぷり詰まったその台詞で俺は何時か死ぬぞ。
そんな話を続けながら、いつの間にか紫陽花公園にたどり着いていた。
この時間にもなると、流石に観光客があちこちに目立つ。
そういえば俺たちが初めて出会った場所がここで、それが昨日の事なんだよな。もうかなり前からお互い知り合っていたような感覚になる。
そして出会った場所と同じ、人気の少ない芝生に囲まれた池。思いで深いその場所が、俺達の集合場所なのだ。
因縁深い場所――
少し早くついてしまったらしく、まだシャドーさんとナイトさんはまだのようだった。
一体どんな人だろう……
いい人のはずだけど……
ネット上では……
マーメイドであるアクアを合わせることも不安がある。
「ねぇ颯斗。一体どういった人達だろうね」
「そうだな。お前みたいな奴だといいんだけど……」
そんなことを考えていると、俺たちの背後から聴き慣れた大声が――
「樋口颯斗ー!何故貴様がここにいるー!」
その声に気づき、振り向いた時には既に男が此方に向かって飛び掛かっていた。
「なっ!蓮崎藍河!?」
「今日こそこの蓮崎藍河が!貴様のその喉笛掻っ切ってくれる!」
突然の襲撃。俺は咄嗟に超能力を発動させ防御を取ろうとした。
だがそれらを邪魔するように、またも聞き覚えのある声が間に入る。
「藍河止めなさい!」
姉の紅葉だった。昨日と全く同じ光景。
弟の藍河は俺の目前でピタッと止まった。「くそっ。あと一息だったものを……!」などと俺の目前で呟く。冗談じゃねぇぞ。
「お前なんかに殺されてたまるかよ」
「安心しろ。痛みを味わう暇もなくぽっくりいってやる」
「藍河いい加減にしなさい!」
再び紅葉が仲裁に入る。この短い間で一体何回このやり取りすれば気が済むんだよ。
それよりなんでこの二人がここに……?いや、紅葉はいいとしてよりによって藍河がここに……?
だが先に、藍河が聞いてきた。
「なぜ貴様がここにいる!?ここは貴様のような虫が這いつくばっていいところではない!」
いきなりひどい謂れ用だが、それはこっちの台詞といいたい。
こいつに何を話しても会話になりそうにないので、隣にいる紅葉を問いただすことにする。
「紅葉さんどうしてここに?」
「おい!私の許可無しに姉上に話しかけるな!樋口菌が蔓延するだろうが!」
はいはい。無視だ無視。
紅葉がいる以上派手な行動は取れない事は知っているし、こんな面倒な奴は相手にしないことにしよう。
「紅葉さん何かこんなところに用事でも?」
「あの……私達はここで人と会う約束をしてまして……樋口颯斗さんもここで何かしてたんですか?」
「……まぁ俺達も人を待ってるんだよ。ちょっとネットの友達をな。ここで待ち合わせする事になってるんだよ」
「そうなんですか。奇遇ですね。私達もネットの友達と会う約束でここに来たんですよ。お互い相手が来るまでお話相手という事ですね」
紅葉が笑顔でそう言ったが、隣でそれを快く思っていない男が「真似するな!」と叫んでいるのだが……にしてもこんなところで、しかもお互いネット友達との待ち合わせだなんて……本当に奇遇だな。
「っていうかこの二人がAvnasのシャドーさんとナイトさんなんじゃないの?」
アクアが唐突にそう言った。
まさかそんなわけ……
「なぜその名前を!?」
「どうして私たちのユーザー名知ってるの!?」
姉弟が同時に叫ぶのだった。
……え?いやいや……え……?
こんな野蛮なシスコン野郎がナイトさんな訳……
どうやらこれが現実のようだ。
「まさか貴様がウィザードさんか!?最悪だ!急に吐き気が!」
目の前でそのナイトさんらしい男が露骨に嫌がっている。それはこっちの台詞だ。
「颯斗……この人たちと知り合いなんだよね?」
そう言えばアクアに紹介を遅れていた。
「知り合いっていっても昨日知り合ったんだけどな。紅葉さんの方だけな。弟の方は知らない」
「紅葉さんとか気安く呼ぶな!」
「な?変な弟だろ?」
いちいち疲れる弟だ。
それより困った事態だ……まさかこの二人が『特異点』に関係してたなんて……
姉の紅葉はともかく、弟の藍河は会話がまともにできないときた。そもそも悩みを話すつもりがあるのか……?
「姉上!帰りましょう!こんな気味悪い所に長いは無用です」
「ちょ、ちょっと待てよ!何も話さないで帰る気か!?」
こんなやつだけど、もし何か抱えているのなら……
「貴様に話すことなど何もない。私達姉弟の事は私達でどうにかする」
そう言って紅葉の腕を掴んで連れて行こうとした。姉の紅葉もそれになんの抵抗も無しに去っていこうとする。だが――
表情はどこか、寂しそうな表情に思えた。
「ちょっと待って!」
俺は咄嗟に紅葉の腕を掴んだ。
「樋口君!?」
「ちょっと待ってくれ!話だけでも聞かせてくれ!」
それをこの男が邪魔をする。はっきりと拒絶した。
「なっ!余計なお世話だ!姉上に触れるな!」
「余計なお世話なのは解ってる!何の役に立てないかもしれない!それでももしかしたら!」
「役に立つことなどない!貴様にいくら話したところで、私達の悩みが解決する可能性などゼロパーセントだ!私達姉弟の悩みなど、貴様には到底共感できない!」
確かにこいつの言う事は正しい。共感など出来ないかもしれない。
俺達の悩みだってそうだ。他人にいくら話した所で、痛みや気持ちを分かり合える訳じゃない。
何より一番辛いのは自分なのだ。それは当然の事。
俺もきっと以前まではその考えだった。
けれど俺は――アクアの悩みを知った。
――そして自分の悩みと向き合うことができた。
きっとこの二人も同じだと信じてる。
可能性は――
「ゼロじゃない!確かに俺はあんたたちの悩みを共感は出来ないかもしれない……!」
「……だったら――」
藍河が言い返そうとしたのだが、俺がそれを許さない。
「――けれど!理解はできる!」
俺は真っ直ぐな視線で訴える。そして同じ意思を持つアクアも、同じ視線で藍河を真っ直ぐ見つめていた。
「くそっ……!なんなんだ……!何度も言わせるな!貴様らは到底私達の悩みは――」
「本当ですか……?」
今まで黙って寂しそうな表情を浮かべていた紅葉が、今にも泣きそうな表情に変わっていた。
「本当に……私達の話を聞いて頂けるのですか……?」
「姉上!?」
当然藍河は驚き、この中で完全に浮いていた。
決まりだな。これでこの二人も、俺達みたいに一歩前進できる。
「いくらでも相談にのる。みんなで話し合うんだ。一人で何でも抱え込んでたら、それこそ気が狂ったり憂鬱になったりするだろ?だから」
後は藍河が納得してくれればいいんだけれど……
「私は認めない……!こんな奴に……!」
どうしてもまだ時間が掛かるらしい。仕方ない事なのかもしれない。
俺もそうだった。人に相談できずにずっと生活してきたのだ。
流石に急には話し合いは厳しいか……そう思っていた所で、アクアが突拍子のない発言をするのだった。
「――ならみんなで一緒に海に遊びに行けばいいじゃん」
俺達3人は同時に唖然とした。だってまっるっきり意味が解らないから。
何故この状況でこのタイミングで?
むしろ男二人はどう見ても不仲に見えるはずなのだが。
けれどアクアは至って真面目な様子で、ニコっと微笑んで見せている。
※
翌日。日本海。
ギンギンに照らされた太陽の下、透き通った美しい海の傍で、俺達4人は半ば強制に集められた。
確かに海はこの猛暑の中最適な場所だと思うし、もう何年も遊びに来てなかったから、近々訪れたいと思ってはいた。けれどまさかこのメンバーで来るなんて想像もしていなかった。
「……なんで私が、こんな虫けらなんかと海に来なければならないのだ……」
そうぶつぶつ呟いているが、服装はしっかりハワイアンビーチを連想させそうなシャツに短パン姿だ。こいつ何気に海来たかったんじゃ……口にするとまたうるさくなるので黙っておこう。
そして美少女二人はというと、一人は白のワンピースに麦わら帽子で日光を遮断。清楚なイメージを漂わせる紅葉お嬢様。もう一人は水色のノースリーブシャツとショートパンツを可愛く着こなすアクア。二人はかなり周りから視線を集めていた。
マーメイドとくノ一だって事をつい忘れてしまうよ。全く。
さて、俺たちは現地に到着したわけだが……一体ここで何をしに来たのか。
まさかこの四人で遊ぶつもりじゃ……?
何時の間にか広げてあったバーベキュー用のコンロの傍で、アクアと紅葉は仲良く野菜を切っていた。
食べやすい大きさに……って――
「なんでだよ!」
「なにがよ?」
「もうすっかりバーベキューモードじゃねぇか!気合いとやる気十分じゃねぇか!何時の間にこんな準備してたんだよ!」
「昨日紅葉と二人であの後買い出しとか行ってたのよ。颯斗とか一杯食べそうだから一杯肉買ってきたんだよ。ねー紅葉ー」
「ねーアクアー」
「仲好さそうに言ってんじゃねぇよ。そっちは良いかもしれないけれどな、俺とこいつは険悪な雰囲気なんだぞ?」
俺は険悪雰囲気全開な男――蓮崎藍河に人差し指を向ける。
「ん?なんだ貴様。この指は何だ?折ってほしい指か?」
「折ってほしい指なんかあるか!」
ほれみろ。こんな調子だ。
そんな状態でバーベキューなんて……
けれどアクアたちの楽しそうな笑顔を見ると、とても中止にはできない。
どうか俺はあまり藍河を刺激しないよう心がけよう。せっかくの海だというのに、大きなため息を吐きこぼした。
「颯斗……?大丈夫?」
アクアに見られてしまったようだ。せっかくの楽しいはずのバーベキューを邪魔したくはない。
「……あぁごめんごめん。ちょっと考え事をしてただけ」
「ごめん……海来るの本当は嫌だったかな……?」
まずい。アクアがネガティブモードに入ってしまう。何とか気分を変えなければ。
「そんなことないない。ちょー楽しみだったよ。なんたって海だぜ海。滅多に来られない所だからなー」
少し強引に気分を変えた。怪しまれていないだろうか。
「ホント?良かったー」
よーし。疑われていない。
「当然だろー」
「そうだよねー。なんたって海だもんねー。私が毎日住んでる海だもんねー」
「……え?」
事情を知らない姉弟二人が固まった。
だー!油断したー!
「ばっかだな!毎日住んでる訳ないだろ!大昔確かに俺達全生物は海で生活してたもんなー!海は良いよな全く!」
かなり無理やり誤魔化して、二人の表情を伺った。
「なーんだ。そういうことなのね。急に幻想的な話するんですから。アクアさんって面白い人ですね」
よかった。紅葉は完全に疑っていない。
藍河はまだ不審げな表情を浮かべていたが、もう笑って返すしかない。
そうだ。俺がここに来た時から思っていた、心のもやもや……それは今はっきりした。
ここは海だぞ。水の楽園だぞ。
そんなところにマーメイドであるアクアを近づけて、もし万が一人前で水を浴びたりでもしたら。
そんな事、アクアは考えていなさそうに見える。どうせ目先の遊びの事しか頭にないのだろう。
アクアを、少し離れた会話が聞こえない所へと引っ張った。
「おいアクア。どういうつもりだよ。ここは海だぞ?もしみんなの前でマーメイドの姿に変身したら……」
「大丈夫よ。私そんなにドジじゃないわよ」
昨日も同じ台詞を聞いた気がするぞ。デジャブだと信じたい。
アクアは俺の眼を見て、話を続けた。
「それに私が今日海を提案したのはね、みんなと仲良くなるためよ」
それを聞いて驚いた。アクアも皆の為に考えてくれていたなんて。
「それでも海じゃなくたっていいじゃないか。もっと水の少ない――」
「波の音を聞いてよ……心が静まるでしょ?私海が大好きよ。マーメイドに生まれた事、とても光栄に思ってる。悩みは勿論ついてくるけどね。それでも私、誇りを持って海を推薦していきたいと思ってるの」
もう一度、アクアはニコッと笑うのだった。
アクアにとって、ここ海という場所はそれだけ大切な場所なのだ。
「……解ったよ。せっかく来たんだしな。存分に楽しむとしようぜ。けれどやっぱり水には気を付けないと駄目だぞ?それだけは頼むから、常に考えてくれ」
「うん。解った。心配ありがとね颯斗」
少し離れた所で、アクアが抜けて一人で野菜を切っていた紅葉。少し手が止まって、アクアと俺が話しているのを遠目で眺めていた。
ボソッと誰にも聴こえない程度の声が、紅葉の口からこぼれ出る。
「……うら……ま……いな……」
一人になっていた紅葉が気になって、藍河が顔を伺うように近づいた。
「どうかなさりましたか姉上?」
その声ではっと我に返り、急いで誤魔化す。
「何でもない何でもない!野菜切るの大変だなって思っただけ!」
手をバタバタさせ、同時に顔が赤らめていたのだがそれを隠すように首を振った。
「いやでも今姉上ボーっとなさっていましたから……樋口颯斗の事、観てらしたんですか……?」
「そ。そんな訳ないよ!ただあの二人仲がいいなぁって思っただけ!」
「それで羨ましいと……?」
「そ、そんな訳ないよ!」
話を途切れさせようと、慌てて作業に戻ろうとするのだった。
そんな時、俺とアクアがそれぞれの場所へと戻る。
「紅葉お待たせ。早速肉と野菜焼いていこうよ」
「はい。どんどん焼きましょう。男の子2人もお腹空かせてるでしょうから」
整い終わった食材を見渡して、アクアは閃いたように手を叩く。
「そうだ。ちょっとみんなバーベキュー初めてて。すぐ戻るから」
そう言って駆け出すのだった。
「あ、アクアは?」
「すぐ戻るからー」
一度だけ振り返ってそう言い残し、また急いで駆け出して行った。
お手洗いかな?っとここにいる2人は考えたのだろうが、アクアが走って行った方向にお手洗いはない。そこは人気がまるでなく、テトラポットが密集していてそのまま海の中へと潜ることもできる。ここからは死角になっている場所。
……まさか……な……?
いや、だってたった今忠告したところなんだぞ……?そのまさか、な……?
……
「お、俺もトイレ済ませとこうかな……ちょっと行ってくるわ」
「あ、なら私も行こうかな」
紅葉が付いて来ようとした。でも……
「大丈夫!大丈夫だから!」
俺はそう言い残し、急いでアクアの後を追いかけた。
この2人にアクアの正体がマーメイドだと知られてはいけないから――
取り残された2人は、ただその走る俺を見送るしかない状況だった。
「……大丈夫って何がだ……?」
藍河は当然の疑問を呟いた。
俺はひょっとして、陸上選手になれるのではないだろうかと思えるほど、目まぐるしい速さで砂浜を駆け抜ける。
そしてテトラポットの奥、今にも上着を脱ごうとするアクアの姿を発見するのだった。
「お前何しようとしてんだ!」
後数秒遅れていたら、これがマーメイドの姿に変わっていただろう。
「あ、颯斗」
「あ、颯斗……じゃねぇよ!お前今絶対海に入ろうとしてただろ!」
「うん。あのね肉と野菜だけじゃ寂しいだろうから。私が魚を獲ってきてあげようかと思ったの。ここの海は美味しい魚が沢山獲れるのよ」
「気持ちは嬉しいけれど、もしこれを人に見られたらどうするんだよ」
「あ、そっか」
どうやら何も考えてなかったらしい。
この先真っ暗とはこのことだ。
「とりあえず帰るぞ。魚はまた今度にしよう。あの2人が待ってる」
そう言ってアクアを連れて行こうとした。
手を掴んで連れて行こうとした。
その時。
一瞬の出来事が起こる。
海の中から突如、機械の腕のような物がアクアを襲い、アクアの体を掴んだ瞬間海の中に引きづりこんだ。
それは刹那の出来事で、俺は状況が読み込めないままアクアは海の中へと消えたのだ。
「アクア!」
右腕を、アクアが連れていかれたであろう大体の方向へ右手の平を向ける。
斜め下の方向。もう海の中で何度も方向転換をしているかもしれないが、それでもその一点に念力を集中させる。
「くそっ!『サイコショット』」
圧縮させた空気の塊を海に発射する。だが所詮は空気。海の水が一瞬凹む程度の衝撃。すぐに水は平らに戻される。
けれど諦めない。
『サイコキネシス』で何度も水を掻き分ける。だがやはり無駄な事。一回の波でそこは元通りだ。
アクアが……連れ去られる……
俺が絶望していると、突然数メートル離れた先で、巨大な鉄の塊が海の底から姿を現した。
潜水艦の用だ。アクアを連れ去った犯人か。
上の出入り口である蓋が空いて、見覚えのある2人が顔を出したのだった。
「ようやくマーメイドを捕まえてやったぞ!俺達の超絶作戦勝ちだな!」
「……ちょっとフィフス狭いよ……!」
「しょうがないだろ?後で初勝利のお祝いに何か買ってやるから、超絶我慢しろエイト」
「……なら仕方ないし我慢する。私達の初勝利だもんね」
忘れもしない。マフィアの2人だ。
昨日の朝からというもの。俺はこの2人に呪われたように何度も襲われている。
もう黒スーツは見たくもない。
「アクアを返せ!」
「返せって言われて返すわけないでしょ」
それはご尤もな事だけれど。
潜水艦は卑怯だろ。泳いで勝てるわけがない。
『サイコキネシス』があっても、これじゃ……
余裕の笑みを浮かべていたフィフスが、大きく嫌味を込めて手を振った。
「それじゃ俺達は帰るから。もう二度と会うことはないね。無能なサイキッカーさん」
ハハハハハ
うざったい顔と笑いが、潜水艦の艦内に帰っていった。
そして海の中へと消えていった。
「おい!待てよ!逃げるなよ!俺と戦え!」
急いで上着を投げ捨て、海に潜ろうと勢い良く飛び込もうとした。
潜水艦と泳ぎで勝負しても、勝てないことくらい子供で分かる。
けれど。
俺は約束したんだよ。
あいつと。
ボディーガードになってやるって。
だから勝てなくても追いかける。絶対に。
「だからって貴様は泳いでいく気か?私の家ならクルーザが何台もあるが、この場合は必要ないか」
突然の声。俺はその声の方――テトラポットの上の方を振り返る。
そこにはずぶ濡れになっている藍河の姿と、それに抱えられているマーメイド姿のアクアがあった。
「藍河……!?それにアクア!?どうして!?だって今潜水艦で……!?」
潜水艦の沈んだ海の方へ指を指す。
当然だろう。アクアが連れ去られたはずだから。
するとその海の方から、激しい爆発が起こるのだった。
「言い忘れていたが」
と続く藍河。
「この人魚を助けると同時に、あの潜水艦の中をいくつか破壊しておいた。中に乗っていた黒スーツ2人に言ってなかったが、まぁ良いだろう」
「助けに行ってたのか!?あの潜水艦に!?お前一体……!?」
昨日こいつに出会った時から感じていた違和感。
並外れた身体能力と射撃能力。姉の紅葉がくノ一だと聞いて納得したのだが、こいつは忍びを否定した。だとしたら一体何者なんだ?
「藍河は『スパイ』なんです樋口さん」
俺の真後ろから突然声がした。
驚いて声と反対の方へ飛び退いた。
「も、紅葉さん……」
そういえばそうだった……これがくノ一だった。
にしても『スパイ』って……
敵の基地とかに潜入して情報を盗んだり始末したりするあれか?
日本にいたんだな。そういうの。
そしてなにより、アクアを助けてもらった。非力な俺の代わりに。
「ありがとうな。藍河……」
「ふん。貴様に礼を言われても嬉しくない」
本当に嬉しくなさそうな言い草だ。相変わらずなやつ。
藍河はそっとアクアを下ろし、俺はそれに駆け寄った。案外テトラポットに上るのも難しくない。
こんな事になることを想定して、ポケットにお湯の入ったミニボトルを入れてきて正解だった。
鰭に掛けるとすぐに元の人の足に戻る。
「……みんなごめんね……」
アクアは下を向いたまま続けた。
「せっかくのバーベキューなのに、私のせいでみんなに迷惑かけて……」
今にも泣きそうな表情。
俺はポンっとアクアの頭を軽く叩くのだった。
「ほら、仕切り直しだ。バーベキュー再開するぞ。流石にお腹空いたからな」
今度は俺が笑って見せる番だからな。
「アクア立てますか?」
優しく手を差し伸べる紅葉。
「ほら行くぞ。アホ人魚」
追い打ちを掛けるように戻る藍河。
「だ、誰がアホ人魚よ!」
紅葉の力を借りて立ち上がった割に、走って藍河を追いかけるアクア。
つくづく実感するよ。
変わったメンバーだな。
「『サイキッカー』に『マーメイド』に『くノ一忍者』、それに『スパイ』か……ゲームの世界ならかなり頼もしいパーティーになってるよな」
「十分頼もしくて楽しいパーティーだと私は思いますよ。魔王なんて楽勝です」
紅葉は笑って言い返した。
確かにいいメンバーだよ。
こんな楽しいメンバーでバーベキューなんだ。アクアに感謝だな。
「さ。俺達も行こうぜ紅葉さん。せっかく海に来たんだ。思いっきり遊ぼうぜ」
「はい!」
俺と紅葉はそう言って2人の後を追うのだった。
20分後。
肉や野菜が直火で焼かれ、食欲をそそるいい香りが俺達を包んでいる。
そんなバーベキューを満喫している中、紅葉が砂浜に線を引いていた。しばらくするとネットも用意してそれが大きなコートへと完成された。
「これってもしかして?」
「そう。海と言えばビーチバレーかと思いまして。藍河と樋口さんはどっちが強いのでしょう」
紅葉はニコッと笑ったが、そんな事を聴かされて黙ってない男がいるだろ。
「んな!そんな!私が負けるはずなどありえません!姉上は私がこんな奴に負けると思いますか!?」
ほーらみろ。やる気全開じゃないか。
そして更に藍河のやる気を上げるため、紅葉はわざと奮い立たせるような一言を言うのだった。
「うーん。どっちが勝つかな」
てへっ。
首を傾げながらニコニコして言うのだった。
どうやら自分が何を言えば藍河がどうなるのか大体解っているようだ。
相手するのは俺だぞ。
「解りました!この蓮崎藍河が、あなたの気持ちに応えて差し上げましょう!」
そう言うと、今アクアが膨らませ終えたビーチボールを受け取り、今にも破裂させそうなギリギリの力で掴む。
目が怖いぞ。
すっかり断れない状況だ。仕方ない。
「お手柔らかに……ってそんな訳にもいかなそうだな」
「当然だ。本気で叩き潰す」
今から始めるのはたかがビーチバレーだぞ?まるで戦争でも始めるつもりか?なんだよその解りやすい殺気は。
「ビーチバレーなんてやったことないけど、基本どのスポーツでも負けた事ないからな俺」
「私もこのスポーツは初めてだ。ビーチボールではなく鉄球でプレイしたい気分だ」
「どんな気分だよ」
「良い事を考えたぞ。もしこれで貴様が負けたら死ぬというのはどうだ?その方が観客も皆喜ぶ」
「なんでビーチバレーで死ななきゃならんのだ?お前の悪趣味に付き合ってる暇はねぇ!」
「ゲームスタートー」
紅葉のその掛け声と同時に、藍河が今までには見たことも感じたこともないほどの強烈サーブを繰り出す。
そんな激しい乱戦の中、アクアは肉がある程度盛られた皿を持って、隅の草陰へ行っていた。
「おーい。そんなところにいないで出ておいでよ。どうせ何も食べてないんでしょ?」
そっと草の傍に皿を置く。
するとすぐにボロボロの黒スーツ姿の2人が、草陰から飛びだして置かれた肉を食らいつく。
「……猫か犬じゃないんだから……」
「お、俺達は敵なんだぞ?お前を誘拐しようとしてるんだぞ?そんな俺達にどうして……?」
「敵の出した食事なんて素直に食べる訳ないじゃない!」
「……すっかり完食した後に言わないでよ……」
一瞬で皿の上がなくなって驚いたが、それよりも驚いたこと――
「エイト!肉俺の分まで食べたな!?超絶怒ったぞ!」
「フィフスが私の分まで食べたんでしょ!?私は全然食べてないよ!」
「なんだと!」」
「なによ!」
――一番驚いたこと。目前で小学生みたいに平気で喧嘩が始まるところ。
本当にマフィアなのか……そして自分を誘拐しようとしている一味なのか…女の子
アクアは大きなため息をつき、空の皿を持ち上げる。
「……またおかわりが欲しくなったら何時でもいらっしゃい。今度は、誘拐じゃなくて、ね……」
※
一時間後。『GodJack』アジト内。
マフィアの下っ端である、フィフスとエイトが2人で通路を歩いていた。
マーメイド捕獲のため、水玉アクアを追跡していたのだが、一度帰還するようボスから命令を受け2人はアジト内を歩いている。
なぜ一度召集されたのか、2人には大体の見当がついていた。
「なぁエイト。俺達何で呼び出されたんだと思う?」
「……そりゃ決まってるでしょ……私たちが未だにマーメイドを捕獲してないんだから、ボスそれできっと怒ってるんだよ……」
『Godjack』では失敗は許されない。
失敗は死を意味する。
これがここでの絶対の掟だ。
するとこの2人は一体何回死ななければならないのだろうか。
「……考えただけでも、超絶ぞっとする……!」
「ボス、怒ると怖いもんね……」
そう言って今にも泣きだしそうなエイト。
「な、泣くなよ。俺だって超絶怖いんだからな」
そんな話をしながら、重い足を前へと運ばせる。
あれこれ話をしているうちに、何時の間にか召集場所である会議室へとたどり着く。
かなり気持ちゆっくり歩いていたはずの2人だが。
この扉の向こうには、きっとボスたちが待っている。
怒られる覚悟を決めないと――これで何度目の覚悟か。
おそるおそる扉を開けようと手をゆっくり近づけた。
「おら邪魔だよ」
後ろから突然黒スーツ姿の男の声が割って入る。
フィフスを退かすように扉を開けた。
「ちょっと何するのよ!?」
エイトがフィフスの代わりに怒鳴る。
すると男はめんどくさそうに答えるのだった。
「あぁ?なんだ役立たずコンビ。お前らまだいたのか?」
『役立たず』それを言われて2人は返す言葉がなくなった。
「は。まぁお前らの事は、今からボスにゆっくり聞くとしようや」
男がそう言って扉を全開にする。
するとその先には椅子に深く腰掛け、長い足を組み、笑顔で微笑むボスの姿があった。
『Godjack』のボス――黒スーツを完璧に着こなす好青年。
その笑顔は何時もそうなのだ。常にニコニコしてるが、時には顔と言動が一致しない。
今だってそうなのだ。その笑顔に一切の歓迎はない。
「やあフィフスにエイト。ご苦労だったね。そして未だに任務成功の報告がまだのようだけれどどうしてかな?」
来るだろうとと思っていた当然の質問。まだマーメイドが捕まえられないでいる事はよく解っているだろうに。
フィフスとエイトはただ謝る事しか、その場でできる事はなかった。
けれど、任務失敗は決して許されないのがここの掟。それでも……もう一度チャンスを貰わなくては。
「申し訳ありません!ですが思わぬ邪魔が入り、あと少しの所まで来ています。今一度どうか私たちにチャンスを!」
「お願いいたします!」
2人は揃って頭を下げる。
だが――
「お前たちの頭なんて見たくないよ。忘れたわけじゃないだろ?ここの掟は絶対なんだ。マーメイド捕獲の任は――」
「――この俺、サード様がお前たちの代わりをすることになった。よろしくな」
ようするにフィフスとエイトはクビだという事だ。
いままでこの組織に全力を尽くしてきた2人にとって、それはとても辛い現実。
そしてこの男が後任する。2人にとって屈辱だった。
「ボス!俺はまだまだやれます!このまま俺達に超絶任せてください!」
フィフスは再度頼み込む。どうしてもサードに負けたくないから。
けれど――
ボスはニコッと笑って、拒絶するのだった。
「また、僕に同じ事を言わせるつもりかい?」
「わかっただろ?お前らはクビなんだよ。解ったらとっととここから出てけ」
完全な敗北感を味あわされ、返す言葉を失った。
ただ立ち尽くす事しか……
「……行こうフィフス……失礼しましたボス」
エイトはそう言って一礼を済まし、フィフスを連れて部屋を後にした。
静まり返った廊下で、フィフスはエイトに頭を叩かれる。
「いてっ。なんだよエイトいきなり」
「なんだよじゃないよ。そんな元気のないフィフスなんてフィフスらしくないよ。いつもどんな嫌な事があってもポジティブに頑張ってきたでしょ?ネガティブなフィフスなんてつまんないよ?」
「……悪かった。けど、どうしたら……」
「そんなの決まってるじゃない。また名誉挽回したらいいんだよ。なにかきっといい事はあるよ」
「名誉挽回か……それってやっぱり……あの、マーメイドをサードより先に捕まえるのか……?けど……」
「……うん。けど、ね……」
フィフスとエイトは、先程の海での出来事。標的にしていたはずのマーメイドに、優しくされた。
それを忘れられないでいた。
「……ボスの言ってたこと……本当だよな……?」
「……うん。ボスが嘘をつくわけが……ない……はず……」
少し考えて、エイトは携帯端末を取り出した。そこには資料や組織内の連絡掲示板など、任務成功のためのあらゆるツールが入っている。
その中のボスからの命令文を開く。
一週間前の日付だ。
命令。
ここ金沢に凶悪なマーメイドが現れたとの目撃情報が入った。市民を危険から守るため、直ちに生け捕りを命ずる。少女の姿をしているが中身は化け物。フィフスとチームを組み、必ず任務を成功させなさい。失敗は許されない。
――とのことだった。
けれど一週間尾行を続けたが、それらしい凶悪な様子は感じられなかったのだ。
そして――
敵であるはずのマフィアに優しくした。
エイトとフィフスは、心の中で罪悪感のようなものと、組織に対して不信感のようなもを感じ始めていた。
そしてエイトが、初めてボスの意見に背く発言をフィフスに聴かせるのだった。
「あのマーメイドはさ……本当に悪いマーメイドなのかな……?」
※
同時刻。すぐそこの会議室。
フィフスとエイトを追い出した後、サードは気分がいいのか高笑いしていた。
「最高だな。こんなに気分がいいのは久しぶりだ」
「それはよかったね」
ニコッ。
「けれどあの仲良し間抜けコンビも、一応はマフィアだ。その2人が何度も失敗するなんて、そんなにそのマーメイドってやつは強いのか?」
「いやそれはないと思うよ。どうやら僕たちの邪魔をするやつらがいるみたいだ。まずそれを始末するところから始めたほうがいいんじゃないかなサード」
「けっ。いいじゃねぇか。ライバルってやつがいた方が、ゲームはより面白いってもんだ」
「ゲームじゃないよ。遊ぶのは構わないが、失敗は許さないからね」
「そんな事言われなくても解ってるっての。たった今目の前で無様に首切られた奴を見たばかりだからな。大丈夫だ。俺ぁ失敗はしない。じわじわと弄んで潰す」
「相変わらずの悪趣味だねサードは。まぁ君のやり方にあれこれ口出しするつもりじゃないし、君を信用してる。けれど僕はやっぱり、確実に叩き潰す方が好きだな。確実主義ってやつ。安全安心第一だろ?」
そう言って指をパチンと鳴らす。
すると一瞬で黒いフードで顔を隠した男が、どこからともなく現れる。
まるで今まで消えていて、最初からこの部屋に居たかのような。
「……こいつは?」
「彼は僕が用意した殺し屋だよ。『忍び』って聞いたことがあるよね?新しい新入りだよ。コードネームは『セカンド』宜しくね」
※
バーベキューが終わり、辺りがすっかり暗らくなっている中、俺は紅葉と2人で金沢の街中を歩いていた。
何やら俺に話があるとかで、海で解散した後金沢のカフェで待合わせしたと言う訳だ。
そして合流し、今ビル街の中歩いている。
幸いあのうるさい藍河はというと、アクアとどこか用事があるとかで出かけている。何をしているかは知らないが、藍河は数少ないアクアの正体を知っている仲で、いざとなったらアクアを守ってくれるだろう。
2つの意味で安心して紅葉と話が出来る。
「樋口さん。私とここに行きませんか?」
紅葉は隣のビルを指さした。
ここはカラオケや様々なゲーム機が揃うゲームセンターだ。邪魔する藍河もいないことだし、遊ぶのもいいだろう。
「いいよ。何する?」
入ってすぐ目の前に広がってる、様々なゲーム機。店内には楽しそうな音楽と多くの人で賑やかな雰囲気。
俺は正直こういった所へはあまり来たことがなく、少し楽しんでいた。
「樋口さんにお任せします。楽しい事沢山教えてください」
紅葉がそう言った。
俺は紅葉をいろいろ連れまわした。
UFOキャッチャーで可愛いぬいぐるみを沢山取って見せたり、太鼓のリズムゲームを2人で楽しんだり、あっという間に楽しい時間が流れた。
「私樋口さんといるととっても楽しいです。こんなに楽しい思いをしたのは生まれて初めてで」
学園一のアイドルが俺に向かって笑いかける。他の人から見たらすごい光景なんだろうな。
それにしてもやはり俺は周りの光景も気になる。先程から周りに男女のカップルしかいない。
俺達も周りから見たら、そう見えているのだろうか。
でもそれはやはりこの人に失礼なんだろうな。俺なんかが釣り合える人じゃないのは分かる。だって学園一のアイドルだぞ?
俺なんかと――釣り合うはずがない。
「……どうしました樋口さん?」
紅葉が俺の顔を覗き込んでいた。
どうやら俺は考え込んでいたらしい。
「あ、ごめんごめん。何でもないよ」
せっかく遊びに来てるんだ。考え込むのはもう止めよう。
「樋口さん?」
「大丈夫だって。それよりこれからどうしようか?もう大体遊んだし、ご飯でも行こうか?紅葉さんの話も聞きたいし」
俺はそう言って、紅葉が持っていた沢山のぬいぐるみを代わりの持った。
「あ、大丈夫ですよ?せっかく貰った大事なぬいぐるみなので。私が持ちます」
「いいっていいって。家まで俺が持ってあげるから。気にしないでいいよ」
「そ、それじゃ1つだけ持たせください」
紅葉がそう言って、1つ俺から取り上げたぬいぐるみは、俺が最初に取って上げた、両手で抱える程の大きな熊のぬいぐるみだった。
「それ、1番大きなやつ。いいよ俺が持つよ?」
「ありがとうございます。けれどこれは私が持ちたいです。樋口さんに最初に貰った記念の品なんですから」
ぬいぐるみに顔を埋めながら、恥ずかしそうに言うのだった。
なんだよそれ。反則な可愛さだろ。
ついドキッてしてしまった。
俺はそれを取り上げる事はどうしてもできず、じゃあお願いしますなどと、妙な敬語を使ってしまう。
そんなぬいぐるみを大事そうに抱え、ゲームセンターを後にする。
「紅葉さんは何が食べたい?俺いい店紹介するから」
「うーんと……昼はお肉とか食べましたから、夜はパスタなんてどうでしょう?」
「良いねパスタ。そういえばしばらくイタリアンは食べてなかったから食べたくなってきた。俺近くに美味しいパスタの店知ってるんだ。そこでいいか?」
「はい。いいですよ。楽しみです」
全て俺を信用して任せてくれているみたいだ。
大丈夫。期待を裏切らせない。次行く店は格別美味い。
紅葉が笑顔で言葉を続けるのだった。
「樋口さんと一緒ならどこに行っても楽しいです」
まさに反則的な可愛さだ。
これで幾度ない男共が勘違いしてることだろう。本人は全く自覚がないみたいだが。
プルルルル……
俺の電話が鳴り響く。家にいる妹の莉奈からだ。
「ちょっとごめん。妹から電話だ」
俺はそう言い残し、少し離れた路地に一人移動した。
そして人のいなくて静かな場所を選ぶ。
「……もしもし……どうした……?」
【……】
無音。
「……おーい……莉奈……?」
【……】
またも無音。
どうかしたのかと不安になるが、少しして俺はあることに気が付いた。
そして思わず、大きなため息を吐きこぼす。
「…『テレパシー』は電話越しの相手には伝えられないからな……?」
【……】
ガチャリ。
向こうもそれに気づいたらしく、電話を切られる。なんだったんだ今の。
おそらく世界一無駄な電話だったと確信するよ。
何だか虚しさが残り、俺は紅葉の所へと戻る。
けれど待たせていたはずの大通りに紅葉の姿は無く、少し離れた人気のない裏通りで発見した。
すると紅葉は何やらいかつい格好をした男3人、いわゆるヤンキーという男達に囲まれていた。
今にも連れていかれそうな雰囲気だった。
紅葉は必死に抵抗しているが、所詮は女の力。男3人に勝てる訳もなく、涙目を浮かべている。
全てこれは俺のせいだ。
俺が女の子を一人にしたから――
俺は大声を上げる。「紅葉さんを離せ!」と。そう言った。
だが俺が今立っている賑やかで音が絶えない大通りから、人気も明かりも音も少ない裏通りまで、俺の声が届かない。全て大通りの音で掻き消されてしまう。
俺は走るよりも先に右腕をチンピラの方に向ける。
『サイコキネシス』なら、どんな方法よりも早急に俺の存在を知らせれる。
咄嗟に念を飛ばそうとした。
だが――
俺はあの頃の出来事を思い出す。
そう。この光景は――
昔少女を助けようとバイクを吹き飛ばした時と同じだ。
俺は今あの時の自分と同じ立ち位置にいた。
全てはあの出来事が発端となった。
あれ以来、俺達兄妹は町に居られなくなった。また、気味悪がられる。
そしたら当然、また住む町を変えなければならなくなる。
折角仲良くなれたアクアや……紅葉や……
「……紅葉……さん……!」
けれど俺は思考を止めた。
町を変えてもいい。今紅葉がこうして傷つくことが、何よりも嫌だからだ。
「……短い金沢暮らしだったな……けど、楽しかった……!」
『サイコショット』
圧縮した空気を、チンピラの一人に命中させる。すると男は宙を舞い、向こうのコンクリートに体を激突させるほど吹き飛んだ。
当然他の男たちは俺の存在に気づき、此方を振り返る。
これで、男達の注意を、紅葉から俺へと移すことが出来た。
俺が登場したことにより、紅葉は安心したような表情を見せてくれたのだ。
「樋口さん!」
俺はニコッと笑い返し、一気に現場に駆け寄った。そして声が聞こえるだろう範囲で返事を返す。
「ごめん!一人にして!怖い思いをさせて!」
1人を『サイコキネシス』で近くの壁に叩き付け、もう1人を思いっきり蹴り飛ばす。
着地と同時に、俺は紅葉に背を向けるように立ち、次に立ち上がってくるだろう男3人に注意を向けた。
紅葉はそんな光景を見て、ボソッっと一言呟くのだった。
「あ……やっぱりあのときの……」
それの意味は解らなかったが、どうやら聞き返す時間は今はないらしい。
3人同時の復活だった。
やっぱり一撃づつ喰らわせただけじゃあKOしないか。
チンピラ3人の怒りはかなりヒートアップしている様子だった。
そして一斉に襲い掛かってきた。
そんな喧嘩が30分も続き、警察が駆けつけてきたと同時にチンピラは逃げるように去って行った。
俺の体はあちこちズタボロで、様々な個所が殴られ蹴られで大怪我していた。
けれど満足だ。目的を果たすことができたのだから。
すーっと意識がなくなり、俺は地面に向かって倒れていく間、確認したのだ。
傷1つなく、無事守ることができた紅葉の姿を。
「樋口君!樋口君!」
ただ1つ残念だった事は、紅葉を泣かせてしまったことかな。