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サイキッカー辛過ぎワロタ  作者: 鉄飛行機
エピソードⅠ
3/24

2話 トラブルメーカー (挿絵あり)

 2話


2時間後。

 学校も前半が終わり、1時間の昼休みに突入し、昼食を買いに購買へと向かう途中。

 今朝、俺の人生で最も思い出に残る朝だった事は言うまでもなく、丁度1時間前に学校に到着したというわけだ。

 早起きまでして弁当を作ったのだが、その弁当は公園の何処かで行方不明。俺は仕方なく購買に向かっている。広すぎなんだよあの公園。

 俺は空腹を忘れようと、携帯を開きAvnasのページを確認する。

 

 9:46 ソプラノ~ウィザード

 今日も返事ありがとうございます。今も独りで歌の練習中です。まだまだウィザードさんにお聞かせするには実力不足です。もう少し待っててくださいね。


 ソプラノさんから返事だ。この人はよくまめに返事をくれる。歌が好きみたいで、顔も知らない俺に聞かせたいという。本当だろうか。

 でもまぁ、嫌な気はしないな。

 

 12:35 ウィザード~ソプラノ

 こちらこそいつもありがとう。俺は何時でも楽しみにしているよ。もし何時か歌を聞かせてくれたなら、俺がソプラノさんにケーキでも焼いてご馳走するよ。


 また料理の腕をあげないと。ソプラノさんに食べてもらうため。

 莉奈にでも味見してもらおう。きっとあいつは喜んで協力してくれるだろう。

 あとで女の子受けしそうなお菓子のレシピでも考えておこう。女の子受けとかよく解らないのだけれど……

 そういえば歌といえばだ。

 今朝のマーメイドを思い出す。

 

 12:36 ウィザード

 今朝不思議な女性に会いました。そんな相手に名前しか聞くことができず、ちょっと後悔です。でもまぁ、初対面の女の子にいろいろ聞くのは変かもですけど。


 Avnasに朝の出来事を書けば、ひょっとしたらあの女の子が観ていて、俺の事を探してくれるかもしれない。そう考えた。けれどマーメイドの事だとか、名前の事だとかをネットに乗せる事は出来ない。そもそもマーメイドがSNSなんかやってるのか?

 俺は試行錯誤を繰り返していた。

 だがそんな試行錯誤も一瞬で無駄になる。

 購買に行く途中通りかかる校長室の前に、そいつはいたからだ。 

 「では宜しくお願いします。失礼します」

 部屋の中にいるであろう校長先生に一礼を済ませ、部屋を去ろうとしているところだった。

 「お、お前!アクア・リーフコーラル!?」

 まさに噂をすればだった。

 こんな早く再開するとはな。正直嬉しいを通り越して驚いていた。

 「樋口颯斗(ひぐちりくと)君!?って、その名前で呼ばないでよ!私はここでは水玉アクアって名前なの!ハーフって設定よ!」

 「どうしてここに?設定ってお前、にん――」

 「げん!人間よ私は!私は明日からこの学校に転入することになったの!だから私は人間として学園生活を過ごすの!」

 「と、とりあえずここじゃ話はあれだ。場所を変えよう」

 そう言って人気のない所へ場所を移す。人気が無く景色もいい、俺のお気に入りの場所へと案内する。

 学校の屋上だ。アクアをそこに案内すると、この景色に目を奪われていた。

 「すごーい。ほんとすごーい!」

 まるで小学生みたいな感想だな。でも本当に嬉しそうだ。

 「ここは金沢の中心に立ってるからな。紫陽花公園もよく見えるぞ」

 「私のいた海もよく見える。こんなところ教えてくれてありがとう」

 かなり気に入ってもらえた。一日でこんなにありがとうを言われた日はないな。

 それも今朝出会ったばかりの少女に。

 「にしても驚いた。朝助けたマーメイドとこんなに早く再開するなんて」

 「私だって驚いたわよ。まさかあなたがここの生徒だったなんて。道理でその制服に見覚えがあると思った」

 「それより大丈夫なのか?お前が学校に転入なんかして。水を浴びたら変身するんだろ?水なんてどこにでもあるぞ」

 「ぜーんぜん大丈夫。私はそんなドジ踏まないの。どんな水が降りかかってきても、華麗にかわしてみせるわよ」

 自信満々にそう言っている。大丈夫なのか?少しどこか不安だ。

 「にしても暑いわね」

 アクアは手をパタパタとうちわのように仰ぐ。マーメイドは日光に弱いのだろうか。確かに今は夏で、ここは日を遮るものは何もないが。

 「あれならどこか日に当たらない場所に行こうか?」

 「大丈夫大丈夫。ちょっと喉が渇いただけだから」

 そう言ってアクアは鞄からペットボトルを取り出した。

 確かに水分補給は大事だ。けれど……大丈夫だろうな……?嫌な予感が……

 「おいおい大丈夫か?それ水だろ?」

 「マーメイドは定期的に水に入るか飲むかしないと死んじゃうの。大丈夫だって。ペットボトルで水を飲むくらい……」

 次の瞬間、なんとなく予想した通り、アクアは最悪の不器用さを見せ、ただ水を飲むだけのはずが、全身に水を被ることになる。

 なんでだぁぁぁ!?

 俺は目を疑った。スーパースローカメラを使っても捉えられないほど。むしろなぜこうなるのか知りたいくらいだ。

 ピチピチ。

 下半身が魚に変身していて、起き上がれないでいる。

 「たーすーけーてー」

 「言ったそばからだよ!なんとなくやると思ったけど、こんな盛大なこぼし方するとは思わなかったわ!何歳だよ!幼稚園児顔負けレベルだわ!」

 「だって蓋が固かったから」

 「蓋がどんなに固くても、全身水浸しになるペットボトルなんて聞いたことねぇよ!あぁーもう!この足どうやったら戻るんだよ!」

 幸いここに人がいなくて良かった。もう人前で水に近づくの禁止だな。危なっかしすぎる。

 「しばらく時間待つか、お湯をかければ元に戻るけど……」

 「お湯!?お湯なんてそうな簡単に……」

 調理室かどこかお湯を沸かせそうな部屋に行かないと。けれどそんな特別室は先生の許可を取らないと入れない。それにこんな状態のアクアを一人にしておけないときた……

 「あの……」

 アクアが口を開く。

 「お湯なら持ってるけど……」

 そう言って保温性の水筒を取り出していた。

 「なんだよ。持ってんのか。案外用意周到だな」 

 これで一安心か。

 「お母さんが毎日持ってけって。毎日使うからってさ」

 「毎日こんなことになってんか……」

 俺は少し呆れたように、お湯の水筒を手に取った。

 ……あれ。中身が軽い。一口分のお湯しか入ってない。 

 「もうお湯無くなっちゃった!?そんな、今日はまだ四回しか水浴びてないのに!」

 「……」

 「朝犬に追いかけられて、そしたらおばあさんが水撒きやってたなんて。あれは避けきれないよ」

 「どんなベタな漫画だよ。そんなコンボむしろなかなか巡り合えないくらいだ」

 大きなため息を吐きこぼし、お湯をアクアの鰭にありったけ掛けた。そして数秒後、元の少女の足に戻るのだった。

 「ありがとう」

 「これじゃ先が思いやられるぞ。まだ学園生活一日も始まってないんだからな」

 これじゃ目を離せない。この学校で、というかこの街でアクアの正体がマーメイドだという事は、おそらく俺しかしらないだろうし。いや……あのマフィア二人も一応知っているが、あれは味方じゃない。

 「……私の事心配?」

 「は?そりゃ事情を知ってしまったし、心配だな」

 もしばれたりでもしたら……想像もしたくない。

 「……あのさ、颯斗に彼女とかいるの?」

 「なんだよ急に!いねぇよ!友達もろくにいないって!」

 「ならいいわね?」

 ?

 なにがいいのだろうか。彼女や友達がいなくて?いいわけないだろ。

 そう返そうと思っていた。が、それよりも先にアクアが一言言い放った。

 「私のボディーガードになってよ」

 ??

 「はぁ!?ボディーガード!?」

 「そ。ボディーガード。水の危険は勿論、またあのしつこいマフィア達が私を狙ってくるかも分かんないし。それに、私はあなたの事が気に入ったの。颯斗じゃなきゃ私のボディーガードにしたくない」

 かなり強引な気がするが。

 「これは喜ぶところなのか?まぁ、別に――」

 特別断る理由が思いつかないし、あのマフィアが今朝のあれで諦めるとも思えないし……

 なによりこいつの傍にいると、俺が今まで抱えていた、サイコキネシスに対するトラウマも、少しは解消するのではないだろうか。

 だから俺は、すんなりと返事するのだった。

 「――別にいいよ。ボディーガードすればいいんだよな?」

 「ほ、本当に!?」

 「なに大げさに喜んでるんだよ。お前から言い出したことじゃねぇか」

 「そ、それはそうだけど……まさかあっさり引き受けてくれるなんて」

 「俺でできる事ならなんでも言いな。俺が力になってやる」

 それに――

 こいつは俺みたいに、自分にトラウマを作ったりで学園生活を台無しにしてほしくない。

 もう俺と同じ人を作りたくないのだ。

 「あ、ありがとう」

 頬を赤らめ、少し下を向いて嬉しそうにアクアはしていたが、太陽の光のせいか俺にはそれを気づくことはなかった。

 

 キーンコーンカーンコーン

 昼休み終了のチャイムが鳴り響く。

 次の授業が始まるまであまり時間がない。

 「やべっ!急いで戻らないと!」

 俺は慌ててアクアの方へ振り返る。

 手を振り、一旦別れを済ますのだった。

 「それじゃアクア!俺はそろそろ教室に戻らないといけないから、またな!」

 「待って颯斗!」

 「どうした?」

 「今日の放課後とか……時間ある?」

 急に誘われてしまった。確かに部活動などに所属していないし、暇っちゃ暇かな。

 「別に大丈夫だけど」

 「やった!じゃあ放課後校門の外で待ち合わせね!」

 「わざわざ来てくれるのか?水とかに気を付けろよ?」

 「平気よ。そんなドジ踏まないもの」

 一体その自信はどこからくるのだろうか。数分前を思い出してほしいものだ。

 「それじゃアクア。また……後でな」

 俺は再度手を振り、この場を駆け足で去るのだった。

 ……あ。そういえば俺、昼何も食べてなかった……

 

 アクアは振っていた手を、相手がいなくなってからすっと下ろす。

 胸に手を当て、海の見える側の景色を見渡した。

 「どうして――」

 少しして――

 地面に少し溜まっていた、先程水をこぼした時にできた水溜まり。そこをふっと覗き込んだ。

 反射して映る自分の顔を覗き込む。

「どうしてこんな私の正体を知っても、変わらず優しくしてくれるの……?」

 そしてアクアは――

 消えそうな声で。

 優しい声で。

 そっと、歌い始めえるのだった。

 今の気持ちを歌にのせて。

 その気持ちは、今までに一度だけ似たようなことがあった。けれど――


 しばらくして、そっと歌を止めると、制服のポケットからスマートフォンと取り出す。開くと、すでにあるページと繋がっていた。

 アクアはそれをみてくすっと笑い、指を画面の上で躍らせる。

 「あなたも私と似たような事があったのね。私も特別な男の子と出会ったわ」

 文字を打ち終わると、画面をシャットアウトする。そして再度ニコっと笑顔で微笑むのだった。

 「やっぱりあなたは私とどこか似ているわね。ウィザードさん」

 このネット友達にも似たような感覚を持っている。けれどそれよりどこか強い気持ち。

 「どうして……こんなに緊張してしまうの……?」

 


 3時間後。

 今日の授業が全て終わり、生徒は皆部活動だバイトだで慌ただしい。そんな俺は差し詰め予定がなく、普段は真っ直ぐ帰るのだが、そんな俺が今から女と待ち合わせだなんて、誰も想像もつかないだろう。

 俺自身今でも驚いている。

 あいつは……アクアはもう来ているだろうか。

 少し速足で、下駄箱にたどり着く。かなり早くクラスを飛び出してきたせいか、この下駄箱には数名の生徒しかいなかった。

 だが下駄箱の向こう側、そちらにもほかのクラスの下駄箱が並んでいるのだが、そちらの方からほかの男子生徒であろう会話の声が聞こえてきた。

 「なぁ、知っているか?学園1位のアイドルのこと」

 「あぁ知ってる。2年のBクラスだろ?すごい美少女だよなぁ」

 男子生徒二人の会話らしい。

学園のアイドルだかなんだか知らないが、この学校にそんなものがいたとはな。それに2年のBクラスって隣のクラスじゃないか。全然知らなかった。

大して興味が湧くわけでもなく、俺は校舎を後にする。

 

 校舎を出ると、そこには何故か沢山の人だかりができていて、校門への道を完全に塞いでいた。

 何事かと思ったが、それが何の騒ぎであるのか、すぐに見当がついていた。

 人だかりの全てが男子生徒ある事。その中心に一人だけ、女子生徒が囲まれているのだ。

 「……あれか……なんとも解りやすい」

 絵にかいたようなアイドルっぷりだな。

 「すいません!急いでいるんです!道を通してください!」

 中心の女がどうやら急いでいるようだった。

あれは……可哀想だろ。

 嫌がる女を、大勢の男が帰さないでいる。どうしても見てられない。

 俺は思わず人ごみに飛び込んだ。

 こいつら、中心にどれだけすごい美女がいるか知らないが、その美女へ向けての熱気が異常の域を超えていた。

 「なんだよこいつら!どけよ!」

 俺は懸命に人ごみを掻き分け、怒鳴り続けるが、俺の声が全く聴こえていないのか女のいる方を向き続けて、名前を大声で呼び続けていた。

 「蓮崎さーん!こっち向いてー!」

 「蓮崎紅葉(れんざきもみじ)さーん!さーん!」

 「こっちむいてくれー!」

 

 何言ってんだ!?変態ストーカー共!もうこれ警察沙汰なんじゃないのか……!?

 こんな人だかりの中、俺に気づいてないこいつらとはいえ、流石にサイコキネシスを人前で使うわけにはいかない。今朝とはまた状況が違う。学校ではまずい。

 やはり気合いか。

 俺は全力で人を掻き分け、中心に向かった。

 何度も何度も、男達の腕や足が当たりボロボロになりながらも、俺は諦めることなく中心に向かうのだった。

 「いい加減にしろよお前ら!こいつ嫌がってるだろうが!」 

 俺がそう怒鳴り散らした時には既に中心にたどり着き、少女を守るように立っていた。

 各自大声をあげて興奮していた男たちも、立ちはばかる俺に流石に気づき、なんだこいつはと言わんばかりの顔をして立ち止まった。

 皆の視線が一気に俺に向き、静まり返った状況の中で少女が先に口を開いた。

 「あ、あなたは……?」

 「えっと、蓮崎紅葉(れんざきもみじ)さんだっけ?こいつらがしつこく何度も名前叫んでたから覚えたよ。俺の事はいいから、早くここから逃げなよ」

 この蓮崎紅葉という少女。こいつをつれて逃げるのは難しいだろう。

 俺は運動神経は割と自信があるのだが、これだけの人数を相手にするのはかなり無茶と見た。

 「なんだお前!邪魔すんな!」

 先頭の男がそう言った。

 邪魔?

 この少女がどれだけ嫌がってたのか全く気にもしなかったのか……!? 

 俺の中で何かが切れたような感覚がおこる。

 「お前らこそ邪魔すんな!女の子一人の気持ちも知らないで自分勝手か!?ふざけんな!」

 俺はこの学園の男子生徒を全員敵に回したのかもしれない。だがこんな屑は味方に願い下げだ。

 そうだ。どうせ俺の高校生活もこの先真っ暗になるなら、ここでサイコキネシスを存分に使ってでも、この少女を守って見せる。

 もう腹がたって仕方がない。

 そんな怒りに追い打ちをかけるように、男の何人かが声をだした。

 「お前蓮崎さんを独り占めする気か!?」

 「蓮崎さんはお前みたいなやつの相手なんかしないんだよ!」

 「お前Cクラスの樋口じゃね?とっととうせろ!」

 ……ほんと

 これがこの学校の男共かよ。

 「ほんっと……俺はお前らの一員じゃなくてよかったよ。つくづくな」

 すると俺みたいなやつに格下のように見られた事が癇に障ったのか、男全員怒りが爆発していくのが分かった。

 けどまずいよなこの人数は……

 いくら俺がサイキッカーだとしても所詮素人並。この人数相手に出来ない。

 俺殺されるかもな……

 そんな事を考えていたが、そんな考える時間すらろくに与えてはくれない。

 男たちは一斉に殴りかかろうと駆け出した。

 悲鳴を上げる少女。

 絶対に傷一つつけさせてなるもんか。

 覚悟を決めて両手に念を送ろうとした。

 だが次の瞬間、先頭の男が急に地面に倒れこんだ。そして次々と何故か男たちが倒れていき、その場に立っているのは俺と蓮崎紅葉だけになってしまった。

 俺じゃない。俺じゃない。

 まだ俺は何もしていない。集団熱中症?いや、明らかに不自然極まりない倒れ方だ。

 倒れた男全て気を失っている。一体どうして……

 考えていたその時、蓮崎紅葉が俺を勢いよく突き飛ばした。

 「危ない!避けて!」

 彼女がそう言って突き飛ばした後、俺は体制を崩し、少し離れた場所に腰をついていた。

 状況が読み込めないまま次の出来事。

 右足、つま先に位置する場所に謎の激痛が走る。

 痛ってぇ!!

 高速で動くそれが俺の足に命中したのを見たとき、すぐにそれがなんなのか理解した。

 おそらく白色のBB弾。という事は俺は、モデルガンで撃たれたのか!?

 一体誰が何のために。痛みをこらえ唐突に考える。 

 おそらく蓮崎紅葉が突き飛ばしていなければ、頭に命中しそこらに倒れている男の一人になっていただろう。

 くそっ!いったいどこから!

 

 「き!さ!まぁぁ!!」

 突然聞いたことのない男の叫び声が、校舎の2階に位置する部屋から聴こえてきた。

 そちらを急いで確認すると、そこは2階だというのに、男がモデルガン片手に外へ飛び出し、華麗に着地する。

 そして銃をこちらに向けて再度叫ぶのだった。

 「おい貴様……今何をしているのか分かっているのか?その方に口を利いたのだぞ?その方に対する無礼……死んでお詫びしろ!」

 男はまたもBB弾を発射した。今度は2発だ。

 なんなんだよこいつ!他の男共より遥かにやばい!ストーカーのボスってところか!?

 かなり無茶苦茶なことを言っている。

 けれど……!

 BB弾を避けることなど容易な事だった。

 俺は2発避けると、すぐに男に接近した。

 「いい加減にしろよ!」

 取り押さえようと接近したのだ。それを男は軽く余裕そうな笑みを浮かべ、再度BB弾を一発発射した。

 「何度撃っても同じだ!」

 当たらない。銃を右手で掴み掛ろうとした。

 刹那。

 避けたはずのBB弾が、俺のうなじに命中したのだ。

 それは体制が崩れる程のかなりの威力で、バランスを崩し、膝をついた。

 な……んで……!?

 恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには人は誰も居ないのだが、そこにあったコンクリートの壁に小さな丸い焦げ跡のような物がついているのだ。

 そればBB弾と同じサイズの焦げ跡だった。

 「……ち、跳弾……!?」

 弾がコンクリートの壁を跳ね返って、俺のうなじに命中したのだ。

 「ようやく跪いたか。次は貴様の眼球を撃ちぬく」

 「やめて!」

 蓮崎紅葉は止めようとした。だがこの男は聞く耳持たなかった。

 「大丈夫です。私がこの害虫を駆除いたしますので」

 ……害虫って俺の事か?流石に怒りが頂点に達した。

 「いい加減にしろよお前!」

 俺は咄嗟に男の銃を叩き落とす。そしてすぐに立ち上がり、右足で蹴りを入れようとした。

 男は咄嗟に後ろへ飛び、体を逃がす。俺の急な攻撃に対応。そしてこの身のこなし。

 かなり戦い慣れしているようだな。

 その証に、男はまだまだ余裕といった涼しい顔をしていたからだ。

 なめやがって……

 こんなストーカー野郎に負けてたまるか。

 それにモデルガンといはいえど、銃を向けられる謂れはない。

 「必ずお前を負かせてやる!」

 男に宣戦布告。覚悟を決めて右手をすっと前に突き出した。

 「図に乗るな。貴様など、私の相手ではない。このお方は私がお守りする!」

 男はそう言って、銃を四発発射した。

 ――『お守り』ってなんだよ。まるで俺が悪役じゃねぇか。

 弾は真っ直ぐこちらへ飛んでくる。でも俺は動じない。

 なぜなら、弾は俺の手の前でピタッと静止したのだから。

 これがサイコキネシスの力だ。そしてものすごく小さいBB弾だ。男は何が起こったのか解らないでいるだろう。男からは、弾が当たったはずなのに効いていない。そういう誤解になっている。

 「なんだ?私は確かにあの男に命中させた。回避した様子もない……どういうことだ?まぁいい。今度は至近距離で撃ちこんでやる」

 男はすぐに予備のマガジンを装填し、目にも止まらない速さで急接近する。

 それを取り押さえようとするのだが、上回る速さで背後に回り込まれた。

 「早い!間に合わない!」

 「ゼロ距離射撃だ。流石のモデルガンでも当たり所次第では死ぬかもなぁ」

 まずい!撃たれる!

 後ろではサイコキネシスで吹き飛ばす事も、今朝成功したサイコショットも使えない。

 後ろの目標に念力を飛ばすトレーニングなんて今まで考えてもみなかったから。

 こうなったら――

 刹那。

 俺はすぐに目の前に落ちていた小石に念を送る。そしてすぐにそれをサイコキネシスで背後にいる男の右手に直撃させた。

 それは男が俺の背後に回り、瞬きをするかしないかの速さで繰り広げられた出来事だった。

 男が初めて痛みの声を上げ、銃を地面へ落下させてしまう。

 その光景に蓮崎紅葉は勿論、男も目を疑った光景になっていた。

 全く。ギリギリだった。間一髪だった。

 「お前がそこの女に異常な執着があるのは分かった。けどな、その人が迷惑がってるのに、守るとか言ってんじゃねぇ!」

 「貴様に何が解る!」

 男は怒り狂ったように反対の左手から別の銃を取り出して構えた。もう一丁隠し持っていたのだ。

 思わず左手をサイコキネシスで固定する。

 本当に危ない野郎だ。隙を見せたら本当に殺されそうだ。

 男は懸命に引き金を引こうとするのだが、あいにく左手は動かない。

 「なんなんだこれは!?何故私の左手が動かない!?」

 とは言っても、力は有限で微小なサイコキネシスだ。かなりしんどい。

 「落ち着けよお前!もう勝負はついた!お前の負けだよ!」

 「負けてない!この腕を引き千切ろうが貴様を葬ってやる!私の――」

 衝撃の単語を叫ぶのだった。

 「――私の『姉上』に近づくな!歩く公害が!」

挿絵(By みてみん)

 ……え?姉……?

 「やめなさい!」

 間に入って叫んだのは蓮崎紅葉だった。

 それまで怒り狂っていた男も、姉と呼ばれる紅葉の言葉で正気に戻り、動きが固まったのだ。

 「あ、姉上……」

 どうやら本当に姉弟らしい。てっきり俺はは――

 「まさか……てっきり俺はストーカーの一人かと」

 「何!?私をそこらの虫どもと一緒にするな!」

 また怒りと一緒に、銃を発砲する。紙一重で回避に成功するんだが。

 「あぶねぇな!お前はいちいち銃を撃たないと話を進められねぇのか!」


 「止めなさいって!藍河!」

 藍河と呼ばれたいかれた男――

 姉に説教をされた時だけ困ったような顔をする。

 「ですが姉上!こいつも姉上に近づく虫!私が駆除しなければ!」

 「そういうことをするのを止めてって言ってるじゃない!それに樋口君はただ私を庇ってくれたの!それだけなの!」

 あれ……?俺この人に自己紹介とかしたっけ?いつの間に俺の名前……

 「……樋口だぁ?」」

 弟の方にも俺の名前に聞き覚えがあるらしく、考え込む。

 「そ。樋口颯斗(ひぐちりくと)さん。悪い人じゃなくてむしろ逆。私は蓮崎紅葉って言います。この子は双子の弟のって言うの。宜しくね」

 姉の紅葉が簡単に自己紹介を済ませてくれた。にしてもやっぱり、どうして俺の名前を……?学園のアイドルが俺みたいな……

 するとそこで、俺のフルネームを聞いて何やら弟の藍河が何かを思い出したようだった。

 「樋口……颯斗だと……!?」

 藍河は二兆の銃を取り出してそう言った。

 どうやら俺の名前はまずかったらしい。

 「おい待てよ!だから俺はお前の姉に何もしてないって!」

 「落ち着いて藍河!樋口君は本当に何も――」

 「離れてください姉上。樋口颯斗……やはり貴様はここで消しておかなければ……!」

 殺気がひしひしと伝わり、もう間もなく襲いかかてきそうな予感。

 そんな時、俺たち三人の所にある物が空中を舞って接近してきた。

 ジジジジジジ……

 それは誰かが投げ込んだ、導火線に火が点いたダイナマイトが音をたたて接近中。

 形、音。すぐにダイナマイトだと解るそれに、何故そんな物が接近しているのかという疑問より、早くここから逃げなければという焦りが優先された。

 だが藍河だけは、それをめんどくさそうに向き合った。

 「はぁ……邪魔だ!」

 モデルガンが握られている右手をダイナマイトの方へ狙うように上げ、素早く照準を合わせる。ダイナマイトのギリギリ角に弾を命中させ、回転を逆に変え、飛んできた方向に撃ち返したのだ。

 ダイナマイトの進路が完全に向こうへと変わっている頃には導火線がわずかになり、投げたであろう相手の手元に返ると同時に爆発した。

 

 「……けほけほ……な、なんなのあいつ……」

 「あ……けほけほ……もう、エイトの超絶下手くそ……し、死ぬところだったぞ」

 見慣れた二人が爆風の中から、ボロボロの格好で現れたのだ。

 「お前ら!今朝の馬鹿マフィア!」

 「馬鹿って言わないでよ!」

 「馬鹿って言った方が超絶馬鹿なんだぞ!」

 子供みたいな事を言い始める。

 なんなんだこいつら……またアクアを狙って……?

 「やっと見つけたよ!ここの学生だったんだね!」 

 「超絶、金沢の学校全て虱潰しに探したぞ!」

 どんだけ手間かけるんだよ。本当に俺の思っていたマフィアのイメージとかけ離れた奴らだな。

 「……何だこいつら」

 じっと睨みつける藍河。まぁ、当然何だこいつらだな。俺も未だに何だこいつらだ。

 「俺に何の用だ?アクアならここにいないし、渡すつもりもねぇけど」

 「あのマーメイドは後に必ず頂く。その前に私たちは、まず邪魔なお前から消そうって考えたの。あなたにいくらサイコキネシスっていう能力があっても、流石にこれをマーメイドに撃とうとすれば……あなたはそれを庇おうとして盾になるでしょ?」

 エイトがそう言うとフィフスは笑みを浮かべながらそれを取り出した。

 今朝も使っていた、モデルガンとは全く違う本物のハンドガン。引き金一つで簡単に人の命を奪う。本物の銃。

 それをフィフスは見せびらかす。

 

 その時、何の前触れもなく藍河が、そこらの石を叩き付けるように、俺めがけて投げつけた。

 俺はすぐにそれに気づき、なんとか高速の石をサイコキネシスで空中に停止させる事に、間一髪で成功したのだ。

 「急に攻撃すんなよな!」

 「……へぇ。嘘ではないようだな。サイコキネシス。まさか実在するとは」

 「だからって……!いちいちこんな危険なことして試さなくてもいいだろ!俺じゃなかったら死んでたぞ!」

 「そりゃ残念だ。防御が間に合って」

 いちいちとんでもないやつだ。

 

 「無視すんな!」

 マフィアが二人揃って叫ぶ。そういえばこいつらがいたんだっけ。

 「もう俺達超絶イラッてしたからな!絶対に容赦はしな――」

 フィフスがそこまで言った所で、急接近していた藍河が飛び膝蹴りを直撃させ、台詞を中断させた。

 飛ばされたフィフスの姿が消えた事に気が付いた時には、エイトの隣には足に付いた埃を払う藍河と、取り残されたフィフスの銃が宙を舞っていた。

 「……フィ、フィフス!」

 叫ぶエイトを構うこと無く、藍河は空中の銃を手に取り、予想通り俺に向かって発砲する。

 すかさず俺は右腕を前に差し出し、銃弾を受け止める様に念の力全開で防御する。

 「あっぶね!あーっぶね!」

 洒落になんないぞ。俺じゃなかったら確実にあの世行きだった。

 「藍河ほんとに止めなさい!」

 姉の紅葉が俺の前に盾になるように飛び出した。

 死ぬ気か!?危ないぞ!

 と思ったが、藍河という男は姉の紅葉には絶対に撃たない。これが最善の方法だが、女の子に盾になって貰っているというのは……悔しくて、情けない事この上ない。

 藍河は、仕留めそこなったことへの悔しさと、姉の行動にため息を吐きこぼす。

 「……おい!」

 そして隣にいてびくついていたエイトの顔を覗き込むように睨み付ける。

 「は、はい!」

 今にもエイトは恐怖のあまり泣きそうだった。

 「やる気あるのか……!?もっと強い銃を持って来いよ……!」

 エイトは大泣きして、倒れてるフィフスを引きずって逃げるように去って行った。

 ほんとに何しに来たんだあいつら……

 

 「藍河!他の人に迷惑かけるのは止めてって言ってるでしょ!」

 ……迷惑どころの話じゃなくて、負傷者とかもでてるけどな……

 これを俺が言ったらまた撃たれそうだしな……

 「大丈夫です姉上。こいつらは『人』ではありません。『虫』です。それに、この虫があの樋口颯斗だと解りましたので、もう容赦はしません。殺虫します」

 酷い謂れようだな。

 「俺、お前に何かしたか?恨まれるような事してないつもりだけど。特に初対面のお前に」

 「なんだと?それは貴様が――」

 そこまで藍河が言った所で、なにか焦った様子の紅葉が、大声で慌てるのだった。

 「ワーワー!藍河ワー!そ、それより藍河、そろそろ帰らないとだよ!」

 話題を無理やり変えたようだった。

 「はっ。そうでした姉上。急がないと、またバラエティーの再放送を見逃してしまいます」

 「……?は?バラ……?」

 「なんだ?姉上は大のテレビ通だ。悪いか?貴様はテレビという物を観たことがないのか?」

 いちいち腹が立つ男だな。バラエティーってのがなんなのかなんて、そんな事をききたいんじゃない。

 「ちょ、やめてよ。恥ずかしいよ」

 確かにいい醜態だな。

 「俺は早急に弟さんにはお帰り頂きたいんだが」

 「誰が貴様の弟だ!?」

 「めんどくさっ!」

 そんなやり取りがしばらく続き、どうやら見逃すわけにはいかないらしいテレビの時間が近づいたというわけだ。

 「ふん。それでは姉上。参りましょう」

 「う、うん。あ……ちょっと待って」

 紅葉は俺のもとへ駆け寄った。

 「あの、助けていただいてありがとうございました。やっぱり樋口颯斗さんって、他の人とは違うんですね」

 そう言っていた紅葉は、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 今朝もそうだったが、俺はお礼なんか言われる人間ではない……そんな……

 俺は大したことやってない。大した事はしてないんだ……

 超能力がこれまで人の役に立った事なんて……でもやっぱり……

 でもやっぱり……

 ……ん?やっぱりって言わなかったか?

 やっぱり俺ってどういうことだ?俺の事知ってるみたいだったけど……

 「……まぁ、よく分かんないけど、また困ったことがあれば何時でも頼って来いよ。俺で良ければな」

 藍河が「何!?貴様ではなく私が!」と今にも暴れそうだったが、紅葉が傍にいるおかげかそれは起こらなかった。

 「もし俺が何かで役に立つのなら使ってくれ。何時でも俺が助けてやるよ」

 笑顔でそう言った。昔の俺なら考えられないことだ。

 他人にサイキッカーであることがばれる恐怖。それが今は、自分の能力に自信が持ち始めている。少しづつだけど。

 紅葉は頬を赤らめ、目を合わせないように俯いていた。一体どうしたのかアクアの時同様その時は解らなかったが、俺は面白そうで紅葉の顔をそっと覗きこんだ。

 「そんな……!もう!恥ずかしい!」

挿絵(By みてみん)

 恥ずかしさが頂点に達し、懐から突然取り出したそれを地面に叩き付けるのだった。

 ボフン!

 一瞬でそれが爆発し、火薬ではなく大量の煙が三人の姿を覆い隠した。

 映画などで目にしたことのある、煙玉とかいうやつだ。

 けれど、このアイテムって確か……

 ものの数秒で煙は風に流され、風が完全に消え去る頃には、一人紅葉の姿がなくなっていた。

 「姉上!?いい加減その恥ずかしくなったら煙玉をを使って逃げるの止めて下さい!」

 どうみても普通の女性だはない。煙玉なんてまるで……忍者じゃないか……?

 「……お前の姉って一体……?」

 「あ?見れ分かるだろう!私の家系は代々くノ一の家系で、姉上も凄腕くノ一だ!」 

 くノ一……まさか現実に存在していたなんて……

 ――でも……そこまで驚かないな。俺も例外じゃない。俺の家系もサイキッカーの家系であるし、アクアの家系だって……

 「お前も忍びなのか……?」

 「……」

 質問をしたところで、初めて藍河が黙る。

 少し、まずかったか……?

 藍河は少し迷った様子だったが、しばらくして話し始める。

 「……忍びなんか……誰がなるか……!いいか!美人でパーフェクトな姉上には!この私、蓮崎藍河がついているということよく覚えておけ!」

 そう言い残すと、姉の後を追いかけるように去って行った。出来ればもう関わりたくない。嵐のような男だった。

 くノ一かぁ……イメージだけだったらカッコいい事ばっかりだと思うけど。


 俺はまだその頃、自分たちが一番不幸だと思い込んでいた。


 一人取り残された俺は、ふとアクアとの約束を思い出した。

 「やべっ!そういえば……もう帰ってしまっただろうか」

 俺はもう手遅れかと思ったが、速足で校門前へと急ぐ。

 そして校門前へとたどり着く。次の瞬間俺はその光景に、罪悪感で押しつぶされそうになる。

 水色髪の少女、水玉アクアが鞄を抱えてうとうと眠っていたのだ。

 「ごめん……遅くなった……」

 すると此方に気づいたようで、ゆっくり目を覚ました。

 「あ、颯斗……おはよう。私今来たところだから大丈夫だよ」

 「止めてくれ!そんな見え見えの嘘!心が痛くなるわ!ほんと遅くなって悪かった」 

 「何があったの?」

 「ちょ、ちょっとな……」

 「どうせ居残りとか補習とか受けてたんでしょ」

 くすくすと笑いながらそう言った。悪気はなさそうだが、俺ってそんなに駄目そうか……?

 「どうせって何だよ……?俺は成績は中々良い方だし、割と学校生活は真面目な方だ……と、思うけど」

 先程の騒動があるまでな。

 「へーじゃあどうしてそんなに出てくるの遅くなったの?え……?ってどうしたのよ!?」

 アクアは急に何か慌てた様子だったが、それが何か理解するのに少し時間が掛かる。

 ポタポタ……

 顔の下半分を何時の間にかそれが覆い、すぐにそれが大量の鼻血だと気づいた時には、頭がボーっと景色が遠のいていった。

 アクアが大声で俺の名前を連呼している時には、俺の意識がすーっと消え、地面に向かって崩れていった

 


 15分後。蓮崎家。

 昔ながらの武家屋敷で、かなりの面積を持つこの家で、沢山の人が生活していた。

 親戚ほとんどがここ同じ屋敷内で生活しているわけだが、勿論その全ては普通の人間ではない。

 わざわざ襖を使わず、壁を通りに抜ける者。

 クナイや刀の修業をする者。

 その光景はまさに江戸時代の時代劇などで見る光景だった。

 一足先に帰宅した紅葉は、そんな忍者屋敷に似合わない洋服姿で、沢山の動物の人形に囲まれながらテレビのバラエティー番組を鑑賞していた。

 スイーツと紅茶を嗜むその姿は、完全に景色から浮いている。

 だがそんなことはお構いなしだ。女子高生

はこういう時間に幸せを感じる。

 今日もバラエティー番組を楽しみながら、SNSサイトAvnasをみたりしていた。

 紅葉も暇があればAvnasを呟いている。  


 17:42 シャドー

 今日のスイーツはフルーツタルトとダージリン。やっぱりケーキは駅前の本店で決まりですね

 

 スイーツの様子を写真に撮り、添付してアップした。

 ネットで知り合った、ケーキ友達。よくその相手と意見交換や雑談を交わしたりする。それが紅葉の何気ない楽しみの一つ。

 どんな人か詳細は解らないけれど、スイーツの良さが分かる人に悪い人はいない。それが紅葉の持論だ。

 そしてその相手が、すぐに返事を返してくれたのだ。

 

 17:45 ウィザード~シャドー

 わぁー。すっごい美味しそう!今日一日の疲れが吹っ飛ぶね。今日はまだケーキ食べてないから、食べる頃また写真アップするね。

 

 「……ふふ」

 嬉しくなりつい笑みがこぼれる。まめな返事はやっぱり嬉しい。

 

 17:46 シャドー~ウィザード

 写真楽しみにしています。早く明日にならないかな。早く次のスイーツが食べたいですね。あ、これはちょっとデブ発言だったです。

 

 17:48 ウィザード~シャドー

 どうしたの?今日何か良いことでもあった?

 

 「……良い事……良い事かぁ」

 ニコッと微笑み、最高の気持ちを書き載せるのだった。


 17:52 シャドー~ウィザード

 とってもとっても幸せな事がありました。すごくカッコいい男の人に出会ったんです。


 送信完了。

 すごくカッコいいだなんて……こんな感情抱くなんて。

 送った後に猛烈に恥ずかしくなった。

 とんでもなく恥ずかしいことをネットで全国に送信してしまったのだから。

 畳があったら返したい……間違えた。穴があったら入りたい。

 どうしても樋口颯斗の事を考えてしまう。


 コンコン。ドアノック。

 紅葉が返事を返すと、50歳くらいの男性がドアを開けて入ってきた。

 この男は蓮崎紅葉と藍河の父親であり、この忍びの長でもある。

 「ちょっといいか?例の件の話だが……」

 例の件……その話に入った途端、紅葉から先程までの笑顔が消え、テレビの電源も切る。

 姿勢も正し、急いで手帳を取り出した。

 「は、はい。例の件……まだ調査中でして……あの、本当に存在するのでしょうか?」

 「存在する。信じないのは無理はないが、何人もの目撃証言もある。間違いなくここ金沢で捕まえる。今朝も市内で膨大な特殊音波を捉えた。発見する日は近い」

 「……は。私たち忍びは任務遂行が絶対。失敗は許されない」

 「解っているじゃないか。また情報が入り次第連絡をよこす」

 「あの……」

 「ん?なんだ?」

 「……藍河は作戦に参加させないのですか?」

 紅葉が問う。すると馬鹿にしたように大笑いするのだった。

 「何を馬鹿なことを言っているんだ?あいつはいらん。忘れたのか?蓮崎家は代々くノ一が取り仕切る家系だ。私のような優秀な忍びなら依頼がたくさん来るが、あいつのような出来の悪い息子は、この家に不必要な人間だ解りきった事を聴くな」

 「お父様……藍河は出来の悪い不必要な人間なんかじゃ――」

 否定しようとした。だがそれを遮るように威圧する。

 「くだらん感情を持つな。あいつはいらん。この家にとって邪魔なのだ。わかったら例の件、頼んだぞ。いい報告を期待する」

 恐怖を感じられる父を前に、紅葉は何も言い返すことができぬままただ茫然とするしかなかった。


 その隣の部屋で、黙って盗み聞きしていた男が一人。

 「……あぁ、そうかよ……私はやっぱり不必要かよ……」

 蓮崎藍河は歯ぎしりをしながら、スマートフォンを取り出した。

 「……私の居場所は、一体何処にあるのだろうな……」

 

 ※

 

 同時刻。駅前通り。

 俺――樋口颯斗は帰り道の途中。鼻にティッシュを詰めて、青色髪の美少女を横に連れて歩いていた。

 ……なんだこの光景は……

 「颯斗……大丈夫?」

 「あぁ、そろそろ血が止まってきたと思うけれど」

 血が止まったことを確認すると、通りすがりのコンビニに紙を捨てる。

 けれどやはり少しまだ頭がくらくらする。

 「それにしても無理しすぎだよ。朝私を助けるときもサイコキネシス使ってさ。そしてそのくノ一さんを助けるときも使ったんでしょ?」

 「さっきのは助けるために使ったっていうか……俺の命守るために使ったっていうか……」

 あの滅茶苦茶弟がいなきゃ、おそらく俺はこんなに疲弊していない。

 「とりあえずしばらく力使わず大人しくしていた方がいいんじゃない?」

 完全に病弱情けない野郎だな。

 俺だって普段は超能力使ったりしないで生活してるんだ。何の問題もない。

 今日が例外だっただけだ……

 「けど……」

 サイコキネシスを使って礼を言われるなんて、今までは考えられない。しかも、一日で二度も。

 「けど?」

 「……少しは自分の力の事、ほんの少しだけだけど好きになれた気がする。ほーんの少しだけど」

 「……そっか。颯斗は一歩前進かぁ」

 少し何故か寂しそうに言っている。それに俺はってどういう……?

 「……そういうアクア……水玉……?リーフ……」

 「アクアで良いわよ。アクアって呼んで。

私はとっくに下の名前で呼んでるんだもの」

 「ならアクアって呼ばせてもらうよ」

 「それでよーし」

 アクアはどこか楽しそうにそう言った。今朝のこいつは、マフィアに追われて大変な思いをしたというのに。いや、それで救われたから、今こうして笑顔になっているのか。

 これでアクアに悩みはなくなったのだろうか……

 そういえば、アクアは今さっきこんなことを言っていた――


 『……そっか。颯斗は一歩前進かぁ』


 この言葉が何故か引っ掛かる。

 俺は一歩前進って……ならこいつは?まるで自分は全く克服していないかのような言い草じゃないか。

 余計なお世話かもしれないが……

 「……アクアはさ。何か困ったことはないのか?」

 「え?急にどうしたの?」

 「いや……俺がこんな風に前へ進めたのはアクアのお蔭だからさ。なにか困ってることかあれば今度は俺が助けたいなって、そう思っただけ」

 「……いっぱいあるわよ。悩みなんてたくさん。まずマーメイドって、人前で水に触ることができないし」

 「そっか……」

 それは何かと不便ってことは大体想像ができる。

 雨の中を歩くことはおろか、人前で水分補給すら出来ないのだから。

 「でも……」

 アクアの一番の悩み。

 それは――

 「――やっぱり私は歌手を目指したい」

 予想と違った、マーメイドとは関係のなさそうな悩みだった。

 俺はすぐに応援の言葉をかけようとした。アクアの歌は才色兼備。アクア程綺麗な歌声を持つ人物は芸能界を含めても右に出る者はいないだろう。

 そう言っても過言ではないと思う。

 だからすぐにがんばれの一言を頭に思い浮かばせた。

 だがすぐに、今朝の出来事を思いだした。

 マフィアの二人組、フィフスとエイトを追い返した時の事。アクアの歌を聴いた二人は、突然我を失って去っていったのだ。

 

 そういえば聞いたことがある。

 人魚の歌には、人を惑わす力があるという事。

 もしかしたら……俺も脳が混乱して、アクアの歌がそう都合よく心地よく聞こえてしまったのかもしれない。

 そんな恐ろしい可能性を想像してしまった。

 けれど……やっぱり心地よく素晴らしい歌声に聴こえ、あの歌っていたときのアクアの表情はどこか幸せのようなものが感じられたのだ。

 あれは……偽物なんかじゃ……

 「アクア……」

 「でももういいのよ。それがマーメイドの定めってやつらしいのだから。私はもう吹っ切れてるわ」

 アクアはそんな事を言っているが、俺にはそれがとても強がっているように感じた。

 それでもこいつは歌が好きで……

 だから朝早くにあんな人気のない場所で……

 人を巻き込まないように、こっそり歌うしか、マーメイドであるアクアが大好きな歌への付き合い方なのだ。

 「諦めることないんじゃないか?」

 俺は無意識の内に感情が言葉になっていた。

 何言ってるんだ俺は……

 諦めたくない。そんな事は何度もアクアが殺してきた感情だろうに。

 解っているけど言わずにはいられなかった。

 「颯斗……?」

 「俺が今まで抱えていた悩み……まだ完全に解決とは言えないけれど、少し前に進めた。これはアクアのお蔭だ。そう、他人の力があったお蔭だ。だとしたら、ひょっとしたらだけど……アクアの悩みも、なにか解決策があるんじゃないか?ごめん……アクアの悩みはとても難しい問題で、それに比べて俺の悩みなんて実は大した悩みじゃないのかもしれないけれど……」

 「違う。颯斗の悩みのほうが――」

 アクアが気を使ってか知らないけれど、俺の悩みを気遣ってくれようとした。

 だがあえて俺は自分の話を続けた。

 「俺さぁ考えたんだけど。サイキッカーやマーメイドとか、くノ一やマフィアにだって……そんな普通とは違う存在にだってそれぞれ大変な悩みがあると思うんだ。現に俺たちはある。マーメイドにそんな悩みがあるんだって俺は知らなかった……」

 「……サイキッカーにだって……超能力とかあれば便利な事ばっかりだと思ってた……ごめん。怒った?」

 「怒らない。俺だってマーメイドとか泳ぎ早くていいだろって、絵本とか呼んでた時はそう思ってた」

 今日俺たちはそれぞれ出会って思い知らされたのだ。良い事ばかりでばないし、それをコンプレックスにして生きている俺らみたいなやつもいるって事。

もしかしたらこの世界にはまだ俺達みたいな、普通の人間とは呼べない者達がいて、それぞれ他人は理解されそうにない悩みがあるんじゃないのか……?

 俺は唐突にそう思った。

 「じゃあさぁ、私たちでいろいろな人達の悩みを聞いて周るってのはどうかな?」

 まるで俺の心の声を聴いたかのような発言をしたアクア。

 「え?」

 「いろいろな人達の悩みを聞いて周るのよ。私たちみたいなその辺の相談窓口じゃ聞いてくれなさそうな悩みよ。勿論悩みをすぐに解決させてあげられるような事は出来ないかもしれない。でも、ひょっとしたら何かヒントが見つかるかもしれないじゃない。どう颯斗?私と何か行動起こしてみようよ」

 何も言い返すことがなくただ黙って聞いていた。流石に驚いた。俺が考えていた事そのままだったからだ。 

 「まぁ毎日暇だしな。とりあえず何から始めようか」

 「それを今から話し合って決めるの。でもその前に何か甘い物が食べたい」

 かなりいきなり強請られた。

 けれど言われてみたら、少し小腹が空いたな。

 「でも俺今月あまりお金無いしな……ちなみに何食べたい?」

 「え?そうね……昨日ネットの友達が、美味しそうなエクレアの写真を載せてたの。エクレアとかどう?」

 こいつもネット友達か……つくづく俺と環境が似てるな。

 そういえば俺のネット友達も、エクレアの写真を載せていたことを思い出す。そいつと俺はよくスイーツの情報を交換し合っている仲。

 あー駄目だ。俺までエクレア食べたくなってきた。

 って言っても、美味しいエクレアが食べられる店は、もう数分前に閉まっている時間。

 ……仕方ない。

 「よし分かった。俺についてこいよ」

 そう言うとアクアはご機嫌になってついてきた。

 場所も丁度すぐそこで、お金もかからない最善策だった。

 

 「よしついたぞ」

 「ここって……どうみても普通のマンションじゃん」

 「当たり前だ。俺んちだからな」

 そう。俺はアクアを我が家に招待したのだ。

 ここなら俺が作ればお金は掛からないし、なによりマーメイドとサイキッカーの話は外じゃ出来ない。

 それに莉奈にも食べさせたいしな……

 アクアは激しく動揺した。

 「なんでぇぇ!?普通今日初対面の女の子を家に上げる!?私はどんな顔していればいいのよ!?」

 「初対面の俺にボディガードやらせようとしてる奴が言うなよ!それに何もしねぇよ!家には妹と俺しか住んでないし緊張とかもしなくていいから!嫌なら他行くぞ!?」

 確かに男の家に上がるのに抵抗があるのは分かる。何も考えてなかった自分が恥ずかしくなってきた。

 自分で言うのもなんだが、エクレアは前に作ったことあるし、その辺で売ってるやつより美味しい自信がある。

 それしか頭になかった。

 「全然!全然!全然!嫌じゃないよ!」

 ……

 思っていた反応と違った。

 むしろそんなに入りたいのか・・・?

 「……嫌だっら全然言えよ?場所帰るから。無神経でごめん」

 「全然嫌じゃないよ!ほんと……むしろ……なん……」

 最後の方がとても小さい声で聴こえなかった。

 「え?なんだって?」

 「なんでもない。それよりお邪魔します」 

 アクアは明るくそう言った。俺の無神経さに嫌気がさすよ全く。

 にしても……この家に人を呼ぶ日がくるなんて。

 「ふぇぇ!?この家に他人が入るのって私が初めて!?」

 あれ?俺今口に出してたか?それとこんなに驚くことか?

 「リアクション大げさ。別にいいだろ?」

 「だってそんな……まだ心の準備が」

 「なんのだよ」

 「そういえば私達今日あったばっかりで、私まだ颯斗の事なんにも知らないんだよ!?そんな私を家に入れてもいいの!?」

 「だから嫌なら他行くって」

 「入れてください」

 ……

 つくづく変な人魚だな。俺だって他人を……しかも女の子を家に入れるって事、少し緊張してるんだぞ?流石に毎日掃除はしてるけど、妹の莉奈が――

 「……あのさ……アクア……」

 家に莉奈がいる……あいつの事をどう説明しようか……

 莉奈はこいつが急に来て、驚いたり勿論するだろう。

 視線恐怖症の莉奈が……

 勿論アクアは、他の奴とは違う。でも……もし……

 莉奈のテレパシーを恐れたら……

 「ん?どうしたの颯斗?」

 「……俺の悩みのことなんだけどな……」

 「あ。颯斗の悩み……ねぇ、そろそろ聴かせてもらってもいい?颯斗の話……」 

 アクアの眼……青い透き通った綺麗な瞳。

 真剣な眼差しだった。

 ごめん。お前を俺は疑ってしまった。

 こいつは真剣に俺の話を聴こうと……

 全て、打ち明けようと……そう思った。

 「ああ、見てくれ。俺の過去を」

 そう言って、マンションのドアを開けた。

 「ただいま」

 俺は一言玄関で口にした。

 

 《お帰り。お兄ちゃん。今日は遅かったね》

 頭に声が響く。妹の莉奈だ。

 莉奈のテレパシーは俺だけではなく、俺の周辺にいる人物の脳内まで声が届く。

 「え?何?今の……頭の中に声が……」

 そういえば、莉奈のテレパシーの事はまだ説明してなかったな。

 驚くのも無理はない。

 「おーい莉奈帰ったぞ。今日は友達を連れてきたからな」

 奥の部屋で寛いでいるだろう莉奈に話し掛ける。するとすぐにドタドタと奥の部屋から物音が鳴り響き、今朝とは違ったパジャマで姿を現した。

 たった今着替えたことがバレバレだった。せめて着替えるならパジャマを止めろよ。

 「え!?何!?この可愛い激萌え女の子は!?」

 隣で妙にはしゃぐアクア。

 確かに莉奈は割と顔はいい方だと思うし、自分の妹にこんな事言うのはあれだが、多分普通に外に出てオシャレすれば割とモテる方だと思う。

 けれどこんなにはしゃぐのか?オッサンかお前は……

 「妹の莉奈だ。俺の4つ年下。ちょっと訳あって……今は口で会話できなくて……莉奈。ちゃんと挨拶しろ」

 《……こ、こんにちは》

 莉奈は傍にあったクッションに顔を押し付けて言った。もうしばらく人と話してないのだ。無理もないか……

 「……これ知ってる……『テレパシー』ってやつでしょ……?颯斗と同じサイキッカーなんでしょ?えっと……莉奈ちゃんだっけ……?」

 漫画か小説などでよく登場する力だ。アクアもきっとそれらで知ったのだろう。

 でも今は現実。実際に目の当たりにした人は、大体嫌悪の視線を向けたりする。今までがそうだった。

 俺はアクアの反応を伺っていた。

 

 「辛い経験をしてきたのね……」

 

 アクアは恐れるどころか、莉奈にゆっくり近づいていった。

 「お前……怖がらないのか……!?」

 「なんで?どうして怖がるのよ?莉奈ちゃんこんなに可愛いのに……」

 莉奈の超能力を知って、態度が変わらなかった人物に出会ったことは、今まで一度も居なかった。

 これが――水玉アクア(アクア・リーフコーラル)という少女なのだ。

 アクアになら何を話してもいい。そう思えていた。

 「……莉奈は昔ちょっといろいろあって……昔……いろいろな……」

 「……いろいろって……?」

 俺が話し始めようとしたところで、莉奈の声が脳内に響いた。

 《お兄ちゃん止めて。言わないで。思い出したくない》

 莉奈辛い過去の話。この話は莉奈の前では止めよう。

 「あぁ、悪かったよ。今から俺がエクレア作ろうと思うから、向こうで待ってな」

 無理やり話を変え、莉奈を話が聴こえないであろう向こうの部屋へと誘導する。

 《うん。待ってる》

 莉奈が奥の部屋に入り、ドアを閉めて閉じこもる。俺の隣で「あぁー私の莉奈ちゃんがぁー」と言っていた青色髪の人魚は悲しそうにした様子だが、気にしないでおこう。そもそもお前のじゃない。

 俺はキッチンに向かい、手を石鹸で洗う。

 二人きりなったところで、お菓子を作りながら語るのだ。俺たちの昔話。

 「莉奈はさぁ……昔虐められていたんだよ……あいつが小学4年の時だった……」

 俺は手を動かしながら順序よく話す。

 俺が『サイコキネシス』の事で虐められた

事。きっかけから内容も全て。

 そのせいで妹である莉奈も虐められた。

 それで――話すことを止めてしまったこと。

 それで――『テレパシー』に目覚めてしまったこと。

 アクアはただ黙って聴いて、時々相槌を返す程度で、最後まで聴いた。

 ただアクアはとても真剣な眼差しで、話を全て頭に叩き込ませていた。まるで、自分の話のように。

 チーン。

 オーブンの焼き上がりを知らせる音。 

 あとはこれにチョコを塗るだけ。

 そろそろ聴いてもらいたい話も終盤に差し掛かる。

 「だから莉奈は視線恐怖症になってしまって……今は俺とこうして暮らしてるって訳……家から出ないで……」

 「……」

 「……だからこそ俺は信じたい。俺たちが

抱えてる悩みが、何時か解決される日ってやつが来るのを――」

 俺は一度アクアと目を合わせようと振り返った。だが、そこには既にアクアの姿が無く、奥の部屋の方からドタドタと二人分の物音が鳴り響いていた。

 そしておそらく……いや、確実に泣いているだろうアクアの声。

 「莉奈ちゃーん!お姉ちゃんが絶対に!ぜーったいに莉奈ちゃんの悩みを解決してみせるからねー!うぇーん!可哀想な莉奈ちゃーん!」

 《お兄ちゃん!助けて!》

 向こうの部屋の様子がここからだと見えないが、どうなっているのかは大体予想がついていた。

 視線恐怖症の莉奈には、アクアはちょっときつすぎるリハビリみたいだ。

 「うん!うん!お姉ちゃんが何時でも遊びに来てあげるから!」

 《毎日。困る!》

 「照れなくていいのよ。私は莉奈ちゃんの『味方』だからね」

 莉奈は恥ずかしがっていたが、莉奈の中に閉じこもっていた不安と孤独が、少しずつ癒されていくのを感じていく。

 ずっと心の底から待ち続けていた言葉――『味方』

 俺は安堵の胸を撫で下ろすように、大きく息をつくのだった。

 アクアを家に招いて正解だった。


 その日、俺たち兄妹は初めて本当の友達ができた。


 エクレアに仕上げのチョコを塗り、それぞれの皿に綺麗に盛り付けた。

 匂いにつられてか、アクアと莉奈が何時の間にか席に座っている。

 エクレアが完成して、莉奈も恥ずかしさが薄れている。

 現金な奴……

 「ほら、出来たぞ」

 「わぁー美味しそう。意外ね。颯斗料理とかできるなんて」

 「親が単身赴任でいないからな。俺が毎日作ってるんだ」

 俺はそう言って、エクレアをスマートフォンでカメラ撮影する。当然SNSサイトーーAvnasのスイーツ仲間に自慢するため。

 「あんた自分で作った物写真に撮って……誰かに見せたりしてるの?友達とかいないのに」

 「ほっとけ。ネット友達にちょっとな。たまにそれでアドバイスとかコメントとか貰うんだよ」

 「……可哀想な高校生」

 「同情するなよ!悲しくなってきたわ!」

 「莉奈ちゃーん。こんな寂しいお兄ちゃんなんかより私の家にこない?海の中だけどー」

 「寂しいお兄ちゃんとか言うな!莉奈もなんか言ってやれ!」

 《……もう慣れた》

 「寂しいお兄ちゃんを否定しろよ!」

 どうやら俺は毎日妹に心配されているみたいだ。今心の中で大泣きしている。

 「でもまぁ、私もSNSやっているんだけど、スイーツの写真をほぼ毎日アップしている友達が二人いるわよ。確かに美味しそうだなぁって見ながら思うもの。私も真似しようっと」

 そう言いながらアクアも、自分のスマートフォンで目前のエクレアを撮影した。

 海の中でSNSとかできるのか?防水携帯って言っても海の中はどうだろう。

 それにしてもアクアまでSNSやっていたとは……まぁ、SNSにも種類があるし、今時高校生なら誰でもやってるか……

 そんな時、俺の携帯が鳴った。通知にも種類があり、今回はSNSの友達が何か書き込みをした事を知らせる通知。

 すぐにAvnasのページを開いた。通知通り、友達が書き込みをアップしていたのだが……

 見覚えのある……というか、俺の目の前にあるエクレアと瓜二つの姿をした食べ物の写真が添付されていた。

 

19:10 ソプラノ

 今エクレア作ってもらったの。そいつね。何をやらせても駄目そうな男なんだけど、なんと料理がすごく上手だったの。意外。どんな人にも取り柄ってあるのね。


 「他に取り柄がなくて悪かったな!」

 部屋中に響き渡るような大声で叫んだ。

 まさかマーメイドと今までネット友達だったなんて……

 しかもあの、歌が大好きなソプラノさんが……目の前にいるアクアだったなんて。

 確かに考えてみればソプラノさんとアクアとでは共通点が多数存在した。歌が好きな事もその一つだ。

 「えー!ウィザードさんって颯斗だったの!?」

 同じくアクアも当然のように驚く。

 「それはこっちの台詞だよ……まさか……ねぇ……」

 ソプラノさんに会ったら、まず最初にケーキをご馳走する……偶然その約束は、エクレアだが果せられたということか。

 案外世間っていうのは狭くできてるんだな。

 「……そんな……!そんな……!ウィザードさんが……!颯斗!?」

 アクアは激しく動揺していた。

 俺も流石に驚いたが、そこまで動揺するものなのか?

 「おいアクア?」

 「ご、ごごごごめん……!うぃ、うぃうぃウィザードさんにはそそそその……!」

 「おいどうしたんだよ!?そりゃネットのウィザードの正体が、俺なんかでガッカリしたのは解るけれど――」

 俺がそこまで言った所で、今まで言葉がしどろもどろで震えていたアクアが、一言はっきりと叫んだ。

 「――ガッカリしてない!」

 アクアがはっと気づいた時には、俺達兄妹は突然の叫びで沈黙していた。

 驚いた。

 「……」

 「……あ、ご、ごめん……」

 「……いや、こっちこそ……」

 「……ほんとに……ガッカリなんかして、ないよ……」

 俺を気遣ってくれているようだ。空気を変えよう。

 「ところでさ。さっき言ってた『悩みを解決して回る』って話。具体的にどうしようか」

 無理に場の雰囲気を変えるのに最適な話題。

 この話をするために元々俺の家に招いたのだから。

 「そ、そうね……そう簡単に私たちみたいな人が見つかる訳でもないし……」

 何かいいアイデアはないか。思考を働かせる。

 そんな時、俺とアクアの携帯が同時に鳴った。先程と同じ、誰かが何かの書き込みをした事を知らせる通知。

 一斉にAvnasのページを開く。


 19:21 ナイト

 今日はストーカーに酷い目にあった。なにかこう、一撃で仕留める方法はないものか。


 ナイトさんも苦労しているのだ。こんな風に悩みを教えてくれれば、相談や解決が簡単な物なのだが。

 

 「これよ!」

 アクア何か閃いたようだ。

 「何がだよ?」

 「これよ。Avnasよ。SNSで呼びかけるのはどう?」

 その発想は思いつかなかった。

 「確かにSNSなら、一度に全国の人に呼びかけられるけど……そんな都合よく見つかるのか?全国から押し寄せてきたら、それこそ相手に仕切れない程の数になるぞ?」

 「……それもそうね……それじゃ閲覧制限で金沢市内だけにしよう」

 「かなりだいぶ絞ったな。逆に俺達みたいなのが見つかるかどうか……」

 「大丈夫。きっと私達みたいな悩みを持った人が、絶対に近くにいるよ」

 Avnasの書き込み作成ページを開く。

 「……一体なんて書けばサイキッカーやマーメイドなどから返信が送ってくるのか……素直にサイキッカーさん返事下さいなんて言える訳ないし……」

 「……そういえば私達みたいな普通とは違った人達の事を、『特異点』って呼ぶんだって聞いたことがある」

 『特異点』――それなら俺も聞いたことがある。

 俺達家族しか変わり者がいないと思っていたから、その呼び名を使う事がないと思って忘れていたが。

 「なら『特異点』の皆さんって書くか?まぁ他に呼び方がないんじゃしょうがないか」

 Avnasのページで書き込み公開先を金沢市内限定に変更した。


 19:52 ウィザード

 特異点。この言葉に心当たりがある人に言います。俺たちもその特異点です。他人に言えない悩みなどがあれば、どうか俺達に話してください。力になります。


 送信完了っと。 

 これで、あとは返事を待つだけだ。

 これが俺たちの第一歩になるのだ。それも全てこのマーメイドのお蔭だ。

 「すげぇな。アクアは……俺一人じゃこんな事出来なかった」

 「私だって……一人じゃこんな事きっと出来なかった……」

 ふと時計をみると20時を回っており、今まで気が付かなかったが、外は完全に日が暮れていた。

 こんな時間女の子を一人で帰らせるわけにもいかない。俺は一瞬で今晩のレシピを考えた。

 「アクア夕飯食べていけよ。帰りそのあと俺が家まで送っていくから。莉奈ー。今日は

すき焼きにでもしようか?」

 《すき焼きにするー》

 莉奈のニヤニヤが止まらなくなる。

 「でもいいの?夕飯までご馳走になっちゃって……?」

 「昨日肉が特売で安かったから買いすぎちゃって。気にしないで食べていけよ」

 俺はそう言うとアクアは一言お礼を言った。

 「ありがとう」と。その一言は夕飯の事を言ったのか、それともこれまでの事全てに対して言ったのか、俺はどっちでもよかった。

 その時待ちに待った携帯の通知がなる。意外と、いやかなり早い返事に驚いた。

 「……颯斗……」

 「あぁ……どんな返事がくるか……それともただの冷やかしっていう可能性もある……開けるぞ?」

 俺が代表して、アクアも見えるようにページを開くのだった。

 新着メッセージ2件。


 20:04 シャドー~ウィザード

 私もおそらく『特異点』というものだと思います。詳しく話を聞いていただけませんか?


 20:04 ナイト~ウィザード

 驚きました。ウィザードさんも同じ環境だったのですね。私は『特異点』ではないのですが、家族がそれでして。そちらの話も聞きたいです。


 どちらも今まで仲良くしたネット友達だ。まさかこの人たちもそれで悩んでいたなんて……

 俺は迷わず2人に返事を返すのだった。

 

 20:11 ウィザード~ナイト・シャドー

 お返事ありがとうございます。お2人の話をゆっくり聞きたいです。ぜひどうか直接お会いできませんでしょうか。明日17時に紫陽花公園の一番南に位置する池、そこにお集まりいただけますようお願いいたします。


 俺は自分の精一杯の敬語で書き留める。敬語はやっぱり難しい。

 フフフと隣で携帯を観て笑っている少女。ソプラノさんこと水玉アクア。楽しそうに笑ったりして……

 こっちまで笑顔になったりするじゃないか。

 アクアと莉奈を座らせ、得意の包丁さばきを披露するのだった。


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