17話 作戦会議は秘密のBARにて
「ここが隠れ家だ。高校生の私たちがこんな店に来るはずがないからな。姉上やアクアに隠れて話すには絶好の場所だ。」
連れられて金沢の繁華街にやって来た俺たち2人。
日が落ち始めて街の人口が増え始める。
それぞれ私服に着替えた俺達は、人混みを掻い潜り裏路地へと向かっていた。顔をよく見なければ、俺達を高校生だと誰も思わないだろう。
そしてたどり着いた喫茶BAR。お洒落な洋風のイメージを漂わせる外観。
準備中の看板が立て掛けてあるが、藍河は容赦なくドアを潜った。
「ごめんなさい。まだ営業時間前なの」
店内から若い女性の声。けれど藍河は気にせず俺に手招きした。
「構うな樋口颯斗。入ってこい」
普通なら失礼極まりない客のする態度だったが、俺は店員の女性の顔を見て、つい笑いがこぼれ出た。
「そういう事かよ。いやぁ驚いた」
店に入り、藍河と並んでカウンターに腰掛ける。
対面する女性店員に、藍河は笑って注文をお願いした。
「私はジントニックで頼む。いや、モスコミュールでもいいか」
すると女性店員は急な注文に焦り、「かしこまりました」と伝票に品の名前を書き出した。
当然俺は、藍河のスルーされたボケにすぐに反応する。
「いやお前未成年だろうが!なにお酒分かってるような雰囲気で注文してんだ!ジンなんとかもモスコなんとかもお前飲んだことねぇだろ!」
「ああ勿論冗談だ。こいつをちょっとからかっただけだ」
女性はようやくボケに気付き、顔を赤くして言い返す。
「ちょっと!まだ仕事に慣れてないんだから!からかうの止めなさい蓮崎!」
楽しんだ藍河はニヤッとして、女性店員の表情を下から覗き込む。
「相変わらずだな……エイト。フィフスの次に気に入っている、私の遊びおもちゃだ」
藍河の酷い言い草は置いておいて。
「本当に驚いたよエイト。マフィア辞めて、何処かでバーテンダーやってるって言うのは聞いていたけど。まさかこの店だったなんて。他のスタッフは?」
「今はまだ私1人よ。アルバイトを絶賛募集中……樋口も元気そうね」
エイトと呼ばれたバーテン服の女性ーー20代前半の、紅葉たちとはまた違った大人の美人女性だ。
去年の夏、マーメイドであるアクアを狙うマフィア組織『Godjack』の1味で、フィフスとチームを組んで俺達に襲いかかってきていたのだが、組織に不信感を抱きフィフスと脱走した。
それ以降、俺達とこうして笑い話が出来る間柄となっていた。
藍河は立ち上がって、思いついたようにマジキチっぷりを発揮する。
「よし景気づけに花火でもやるか!ダイナマイトで店をドカーンとな!」
それは藍河の、今日1番の笑顔だった瞬間であった。
「お願い止めて!あんたなら本気でやりかねないから!」
エイトが当然全力で止める。マジで鬼だな蓮崎藍河……
「それより大丈夫なのか藍河?俺達2人が抜けて、紅葉たち危なくないか?」
「大丈夫だ心配するな。姉上に、居場所の分かる発信機とーー」
藍河はシャツのポケットから携帯端末を取り出して、話しを続ける。
「ーー姉上に危険が迫った時、自動的にわたしの端末が鳴り響くようになっている。防犯ブザーのような物も持たせてある。そしてーーフィフスを護衛につけてある」
最後のは無茶苦茶だ。
「フィフス!?昨日傷だらけで寝込んでたのにか!?」
「大丈夫だ……盾くらいにはなる」
エイトがそれを聞いて青ざめる。
「フィフスが死んじゃう!」
けれど俺達はそうならないために、ここに作戦会議にやって来たのだ。
「エイト落ち着けよ。やばくなったら俺達がすぐに駆けつけるからさ。本題に入ろう藍河」
藍河は頷いて、懐から手帳を取り出した。今後のことについてメモするのだ。
エイトはそれを見て、気を使ったように奥のキッチンへと向かう。
「あんた達オレンジジュースでいいわね?」
俺がお礼を言おうとしたところで、藍河が不満そうにセリフを吐く。
「何?人を子供扱いするな!私はリンゴジュースだ!」
変わんないからなそれ……
本題に入ろう。
「とりあえず、俺達が今置かれている状況についてだ」
「あんた達。また何かに追われてるの?」
オレンジジュースを運んできたエイトが尋ねるが……
「そうだ敵にだ!元敵の貴様は黙って聴いていろ!」
イラつく藍河が強く当たる。
けれど不満なジュースを1口飲んで、表情が変化する。
少し表情が和らいだ。美味かったんだな……わかりやすいやつ。
「まずは昨夜の俺の話から。謎の黒ローブを纏った奴に襲われた件についてだが」
「ああ。姉上から少し話を聴いた」
「『マーメイド』を狙っていた……!多分、殺すつもりだったんだと思う。殺気が伝わって来たから」
「それで、姉上をその『マーメイド』だと思って襲って来たのか」
「……あの黒ローブは、紅葉には水の攻撃しかして来なかったんだ。わざわざ水の攻撃なんかしなくても、最初から殺傷能力のある攻撃してくればいいはずなのに……!」
「水の攻撃……?それしか攻撃手段が無かったのか……それとも」
俺は自信を持って言い切った。
「水の攻撃を、どうしても当てる必要があった……か!」
聴いていたエイトが首を傾げる。
「それって何?」
「お前らが去年アクアにやった事だろうが!」
「あー!なるほど!」
エイトが思い出す、紫陽花公園での出来事。
「そう!『マーメイド』であるかの確認!」
藍河がなるほどと呟いた。
「その黒ローブは、『マーメイド』が誰なのか知らないで襲って来た。という訳か」
「だと思うよ。相手は、紅葉を『マーメイド』だと勘違いして襲って来たんじゃない!『マーメイド』が誰か解らずに襲って来てたんだ!」
「わざわざ黒ローブは確認をする。逆を言えば、『マーメイド』が誰なのかバレない限り、いきなり殺しには来ないという事か。だから貴様は、先程部室でアクアに口止めしたのか……?自分が『マーメイド』だという事を隠すために。なら気をつけろーーあの豊本聖羅とかいう後輩に」
俺は疑問に思って問いただす。
「聖羅君?何でだよ?」
「普通有り得るか?爆発事件に巻き込まれて怪我をした奴が、入部したいなんて言ってくるか?どう考えても怪しい」
確かに言われてみれば怪しい。けれど、聖羅の印象がいいせいか、信用したくなってくる。
「まぁ聖羅君だけじゃなく、いろんな人に注意しないといけないな」
注意しないといけないのだ。紅葉達を俺達で護らないと……!
後悔はしたくないから……!
「樋口颯斗。貴様に確認しておく事がある。次は私の話をするぞーー」
藍河は手帳をパタンと閉じて台詞を続けた。




