14話 ショートヘアーのサイボーグ
「……この僕が、任務失敗などするはずが無い……!それなのに……!」
学生服姿の高校生ーー豊本聖羅が、鞄を片手に通学路を歩く。
この春から入学した、高校一年の少年。とは言え、母国オランダの修道院から、マーメイド撃滅の任務の為の潜入留学。本来なら昨夜の襲撃で、事が片付いて国に帰る手筈だったのだが……
思わぬ邪魔で、マーメイド撃滅は先送りとなった。
「くそ……くそ……あのシスコン爆弾狂とサイキック忍者のせいだ……!くそ……くそ……!」
昨日1日を振り返って、グチグチと独り言を吐きこぼしながら学校へと向かっていた。
「邪魔者を先に消すか……?いや、それでは修道院の名に泥を塗るか……」
学校が近づくにつれ、他の生徒の数が多くなってきたことに気がついて、冷静を取り戻す。
そして制服の内ポケットから、スマートフォンを取り出してーー聖羅にとって日課となる、あるSNSサイトを立ちあげる。
そのサイト名はーー
「Avnas。確か何とかって書物に記されている悪魔の名前。軍団を率いる、地獄の大総裁……って意味だったか。それと偶然同じ名前のSNSサイトだけど、これを作った奴は一体どんな意味を込めて名前を付けたんだろうな」
それは6年前。突如インターネット上で生まれ、瞬く間に広がっていったSNS。どんな事でも気軽に投稿でき、自身のブログを作成して他人と共有する。聖羅もそのユーザーの一人となっていた。
どんな相手にも自分を晒す事を嫌う聖羅は、自身の投稿は一切なく、他人の書き込みに対し感想意見をして楽しんでいた。
今日、聖羅の目に止まった書き込み。それは少し暗い内容の投稿文。
7:43 ディア
また昔の夢を見た。後輩がいじめられてる夢だ。俺はその頃の事をずっと後悔してる。やらない後悔より、やって後悔したかった。
聖羅はその何気ない書き込みを見て、どこか焦りのような物を感じていた。
以前ならこんな書き込みは、鼻で笑って流していたはずなのに。自分には関係ないのだと。
けれどこの書き込みが気になった。だから焦っていたのだ。
(……いじめ……?後悔……?僕には無縁の言葉だ!僕は他の奴らとは違う!違うんだ!神に選ばれた存在の筈だろ……!?なのに、どうして僕は怯えている……?)
これ以上失態を晒すと、修道院の連中が僕を見る目を変える……!
聖羅はすぐにハッと冷静を取り戻し、首を左右に振って平然を取り戻す。
まだ……失敗したという訳では無い。
いつものハンドルネームで、客観的にコメントを返した。
7:50 クレリック~ディア
頑張ってください。応援しています。
そうだ……昨夜はたまたま調子が悪かっただけだ……!
次こそ必ず!
聖羅はいつの間にか校門付近へと差し掛かる。
その時だった。聖羅の目的である敵の後ろを、遠くから発見する。
(なっ!サイキック忍者!)
樋口颯斗ーーマーメイド撃滅の任を邪魔をした1人。
思わず即座に、近くの建物の裏に身を隠す。
幸い、見知らぬ少女と会話していたため聖羅の姿はバレてない。
(確か樋口と言ったな……?あんな所で立ち止まって何話してる?)
※
「いえ。ボクが何処の誰でもいいんですーー」
俺ーー樋口颯斗の前に突然現れたショートカットヘアーの少女が淡々と話す。
他の女子生徒の制服とは違う、特徴的なアームカバーが気になっていた。何か見られたくない物を隠しているのだと、そう思った。
それは隠したいものに違いないのだがーー
「ーー地球を救うためなんです。死んでください」
少女は袖から、光る金属製の注射針を出現させ、俺目掛けて振りかぶった。
「ーーんなっ!」
身体の反応が追い付かない。だから俺は、自身の能力『サイコキネシス』でその腕の動きを静止させる。
身体を逃がすよりも、早くて確実な方法。
突然の騒動で、周りの生徒が走って逃げていく。
「また樋口が暴れてるぞー!逃げろー!」
藍河の襲撃が日常になっている為、俺は学校中で危険な生徒扱いを受けているのだ。
それはもう慣れた。今はそんな事よりも……!
「何なんだよいきなり!?地球を救うためってどういう事だよ!?まるで俺が地球を滅ぼす魔王みたいな言い草だな!」
けれど少女は、突然の超能力の筈が驚く様子を見せず、すました表情で台詞を続けた。
「はい。サイキッカーさんですよね。話に聞いています。異世界からやってきたサイキッカーさんが、この世界を侵略しにやってくるんです。そのサイキッカーさんが貴方です」
俺はそれを聞いて、サイコキネシスで少女を向こうへと放り投げるように突き飛ばした。
「なにウチの莉奈みたいな厨ニ病っぽい事言ってんだ!」
少女は着地するも、ヘタっと体制を崩し膝をつく。
何なんだよ一体!こいつは何者だ!?
とても喧嘩慣れしているとは思えないひ弱さとーー
感じられない殺気ーー
そして何より、俺が気になっていたのはーー少女の右手。
アームカバーに隠れてはいるが、銀色に光り輝く注射針が袖の中から、同じく銀色に見えるメタルの腕から生えている。
見間違いじゃない!鉄の義手だ!
※
俺達のやり取りを遠目で隠れて見ていた聖羅は、事の急激さにも冷静に分析して考えていた。
「……あの女は何者だ?だが誰にせよ、あの樋口颯斗を潰してくれるなら有難いか。ここは僕も加勢してあの男を滅するか」
鞄から、天使の本を取り出してページを開く。しかしすぐに、考えを改め本をバタンと閉じる。
「いや、あの女がこちらを攻撃してこないとも限らないな……しばらく様子を見るか」
※
自身の右手に俺の視線を感じた少女は、立ち上がりながら話し始めた。
「……これ、ですか?」
周りの生徒が走っていなくなった事を確認して、アームカバーをガバッと上げる。
機械の義手が、太陽の光をキラリと反射させながら、金属特有の輝きを放っていた。
「機械の義手……そして腕だけじゃありませんよ」
そう言って少女は、制服のシャツを下から捲り上げる。
俺は、返す言葉を失った。
「なっ……!」
するとそこにはーー複雑そうな電子機械が腹部に埋まって剥き出しになっていた。
「ボクは体の中あちこちが機械……サイボーグです」