12話 颯斗の思い切った奥の手
「紅葉!俺にいい考えがある!付いてきてくれ!」
俺が思いついた紅葉への作戦。
黒ローブに追い詰められたこの状況の中、もうこの手段しか、打開の方法が思いつかない。
成功するかどうか、紅葉は勿論どんな考えなのかさえも知らないのだがーー
和服姿の紅葉が、首を縦に振って即答する。
「分かりました!颯斗君の考えなら安心して付いていきます!私、信頼していますから!」
『信頼』
それは彼女にとって当たり前に出た言葉かもしれないが、俺にとっては、幼少期から夢見ていた言葉。
こんな俺を、『信頼』してくれる仲間に出会えたんだ。
俺はなんとしても、この人を守りたい。
『信頼』には、『信頼』で返さないと……!
だから俺も、信頼して紅葉に提案した。
「先週の話を憶えているか!?」
紅葉はキョトンとした表情を浮かべるが、すぐにその『先週の話』が何のことを指しているのかを直感し……瞬く間に表情を赤く染めていった。
激しく動揺し、首を何度も左右に振り回す。
「……っ!む!無理無理無理!無理です!」
けれど俺はそれでも、強い眼差しで手を差し伸ばす。
「頼む!紅葉!俺なら大丈夫だ!」
恥ずかしさが紅葉を襲う。
けれどこの場を生き延びるには、もうあの手段しかない。紅葉もそれは分かっていた。
だからーー
恥ずかしいけれどーー
顔面を赤く染めながらーー
俺を後ろから、俺のお腹に手を回すように抱きついた。
黒ローブは突然の雰囲気場違いな行動に、呆れ声で言った。
「……何のつもりだ?死を覚悟したから、彼氏の背中で死にたい……って事なのか?」
ーー違う!
俺達は、決して諦めた訳じゃない。
死ぬつもりは、毛頭ない!
「残念だけど、俺達は大人しく死んでやる気はないからな。紅葉を確実に守れるように、俺が盾になるって事なんだよ」
黒ローブからは、紅葉がただ抱きついただけだと……そう思っている。
俺はニヤリと笑みを浮かべ、背中に手を回しーー高速である物を黒ローブ目掛けて投げつけた。
黒ローブは慌てて対応。
ページをサッと捲り、先程と同様に、右手を蒼く光り輝かせる。
『ガブリエル』
右手を咄嗟に液体化させて防御。
俺が高速で投げつけたある物は、液体化する右手によって勢いを殺される。
止められたある物が、右手の中に溺れたように浮いていた。
黒ローブはその物を見て、『サイキッカー』とは掛け離れたある物だった事に驚いた。
「なっ……!苦無……!?」
そして驚いている間。俺達2人はその体制のまま、黒ローブへ弧を描くように接近した。
けれど、黒ローブの反応が一枚上手。
「一体何の真似だ!?ヤケになったかサイキッカー!」
液体化する右手を、接近する俺達めがけて振り払う。
だがこうなった俺達は止められない。
右手が俺達に命中したーーと思わせたが、その瞬間俺達の身体がスッと消え……
黒ローブの背後の暗闇から現れた俺の、いつもの構え。
それは、先程破られてしまった俺の必殺技。
『サイコショット』
完全に隙をついた俺の圧縮空気砲は、黒フードの背中に直撃し、向こうの電柱へと吹き飛ばした。
今度こそ敵の意表をついた攻撃。俺と紅葉が繋がれたまま綺麗に着地する。
俺のサイコキネシスと、紅葉の忍術の重ね技。
けれど忍術を使ったのは紅葉ではなく俺。黒ローブからはそう見えている。
それを更に印象づけるために、俺はとっておきのセリフを吐き捨てるのだ。
「残念だったな黒ローブ!俺は『サイキック忍者』だ!」
※
先週の出来事に遡る。
放課後。街のカフェで制服姿の俺と紅葉は、それぞれコーヒーと抹茶を飲みながら話し合っていた。
その日は、蓮崎紅葉というくの一の話。
「紅葉ってさ。どんな忍術でも使えるの?」
それは、俺の何気ない一言から始まった。
「え?まぁ、父上や親戚から1通りの忍術は教わりました。中には難しい忍術もありましたが、一応全ての忍術が使えます」
「全ての忍術!?凄いな紅葉は!」
俺は忍術なんて勿論使ったことが無いのだが、紅葉がやってのける忍術はどれも人間離れした凄さだ。
それに全て使えるとなると、度重なる努力と修練を積んだに違いない。ただただ感心した。
「そ、そんなことないですよ。私なんてまだまだです」
少し顔を赤くしたが、誤魔化すため抹茶の湯呑みを口に運ぶ。しかしすぐに、思い出したように台詞を続けた。
「あ、でも……忍術の中には、私の嫌いな術もあるんです」
「嫌いな……術……?」
「はい。『禁忌の術』と呼ばれる、恐ろしい術の事です。しかし、禁忌と呼ばれるのですが、1人前のくの一になる為なのだと、以前父上に無理やり憶えさせられた術なんです。実践は……した事がありませんが」
どこか話辛そうに、湯呑みを握って体を震わせていた。
俺はそれに気がついて、すぐに会話を中断させようとする。
「もういいよ紅葉!嫌なことは無理やり話さなくていいんだよ!ごめん!俺が変な話振ったりしたからーー」
けれど紅葉からすぐに否定が返ってくる。
「いいえ!颯斗君には私の全てを知ってもらいたいんです!辛い事も嫌な事も……全部です!」
紅葉の強い眼差しに、俺は黙って頷いた。全て聞いてあげようと。そして一緒に考えてあげようと。
「ありがとうございます。禁忌の術の中には、人を殺したり操ったりする術が存在します」
「殺したり!?操ったり!?」
予想より遥かに恐ろしい術だった。流石は禁忌の術なんて呼ばれるだけのことはある。
「はい。けれど、それらの発動条件としては、『相手が自分の事を虜にしている事』というのがあります……くの一っぽいですよね?」
紅葉は苦笑いでそう言った。確かにくの一ならでは……といった印象だ。
けれど、すぐに紅葉は苦笑いすらできなくなる。
「私は……そういう相手の心を利用するっていうのが嫌なんです」
暗く、紅葉の感情が沈んでいく。
俺は少しでも明るくしようと、冗談を言うことにした。
「じゃあさ。紅葉は俺のこと、殺したり操ったり出来るわけだ。なんちゃって」
紅葉はすぐに意味を理解して、表情を赤くする。
「バカバカバカバカ!殺したりする筈ないです!」
「冗談だって。けど、操ったりは出来るわけだよね?例えば……俺の体で忍術使ったりなんてものできちゃう訳だ」
俺の冗談に、紅葉は当然脳内にハテナを浮かべた。
「え?それは使えると思いますが……どうしてです?」
※
現在。俺は生まれて初めて、『影分身の術』を体験したのだ。
「あわわわわわ」
恥ずかしさでとうに限界を迎えていた紅葉が、俺が術で感動していたことに気づくことはない。
「サイキック忍者だと!?」
黒ローブが慌てて起き上がる。慌てる理由は、全て次にある。
「ああそうだ!俺はサイキッカーでもあり忍者でもある!」
という俺の嘘を信じていた黒ローブが、慌てて駆ける。何故ならーー
「ーーこいつらは!元々俺に勝つつもりなんか無く!最初から!?」
液体化の右手を、高速で振りかざす。
けれど全てはーー忍者の後手。
「バイバイ!忍者は逃げ隠れが本職だからな!」
黒ローブが右手を振り払う瞬間ーー俺達2人は、切り株となって姿を消した。
忍術の基本技ーー『変わり身の術』
まんまと敵を逃がし、1人取り残されるように立ち尽くす黒ローブは怒りと悔しさから叫び上げた。
「うわぁぁぁぁ!くっそぉぉぉぉ!」
フードをバッと退かし、さらけ出した表情で立ち尽くす。
「この僕が……!?失敗……!?有り得るのか!?そんな事が!?くっそぉぉぉぉ!」
人生最初の任務失敗。同時に人生最初の屈辱に苦しんでいた。
「僕はネロだぞ!?最強の優等生のネロだ!その僕が!?」
その時、黒ローブの内ポケットに入っていた携帯端末が、鬱陶しく鳴り響く。
そろそろ任務完了の報告をする……時間の筈だった。
「この僕に……失敗など有り得ない……!」




