11話 サイキッカーの相性
「ーー紅葉に辛い思いはもうさせねぇから!もう絶対に……!悲し涙は流させない!」
「颯斗君……!貴方と一緒に帰らないと、私はもっと辛いですからね……!」
マーメイドを狙う黒ローブ。紅葉をそのマーメイドと勘違いして襲いかかってくる。
本物のマーメイドが誰であるか知られてはならない。
マーメイドーーアクア・リーフコーラルという、青髪の美少女は俺達のかけがえの無い親友。
俺にとって、人生で最初に出来た親友。
自分と紅葉、そしてこの場にいないアクアを守るため、俺は全神経を右手に集中させた。
それはーー他の人間にはない、神経の使い方。
「2人で必ず帰るんだ!その為に俺は、最初から全力で行く!」
この力は、俺の人生を大きく狂わせた、生まれ持った呪いの能力。
人には無い特殊能力。これを原因に迫害を受け、友達を作るどころか、他人と親しくなんて出来なかった。
俺は変わっている……そう、思い込んでいた……!
そんな俺でも、親友と呼べる相手が出来たんだ。
アクアーーそういえば俺はお前に、まだ何も恩を返していないよな。
「久しぶりだ……!この力を使うのは!」
俺は右手を黒ローブに向けるように構え、親指人差し指中指の3本が、その三角形を創り出す。
三角形を中心に、空気が揺れ、振動でバチバチと音を掻き鳴らす。
そういえばーーこの技を初めて生み出した時も、アクアが関係してたっけ……
俺が、初めて自分の能力に自信を持てた、きっかけの過去。思い出すと勇気を感じ、ニヤリと笑みを浮かべる。
黒ローブはその光景を見て、俺が何かの攻撃体制を整えている事を察したが、武器を何も持たない俺に動じる様子は感じられなかった。
「何の真似だ?新しい宗教の神頼みかなにかか?残念だけど、神は何時も僕と共にある!」
黒ローブ接近。
液体化する右手を、接近と同時に振りかぶる。
けれどーー油断する黒ローブは後手に回る。
「集め終えた!『サイコショット』」
サイコショットーー念の力を使って創り出す、サイキッカー専用の空気砲。
指先に集めていた圧縮空気を、真近の黒ローブ目掛けて発射する。
激しい空気の振動音が唸りを上げた。
次の瞬間、目に見えない圧縮空気が黒ローブに激突する。爆発音のような空気が切れた音が鳴り響き、衝撃で黒ローブは吹き飛んで向かいの壁に激突した。
ガッ!
崩れるブロック壁。
次の一撃で、致命的攻撃を与えて俺の勝ちだ。そう確信して動き出す。
接近して、もう一度同じ構えの三本指。
「空気は集め終えてる!これで止めだ!『サイコショット』!」
先程と全く同じ空気の振動音で、圧縮空気を発射する。
けれどーー全く同じはこの発射までだった。
ペチャ。それは、まるで小さな魚が水面を跳ねただけのような微量な音。
「同じ技が僕に通用すると思っていたのか?」
黒ローブが、蒼く液体化する右手の平を俺に向ける。とてつもない圧力の筈の空気が、蒼い右手を軽く凹ませるだけだった。
接近して撃ったはずのサイコショットは、本来なら腕が吹き飛んでもおかしくない。それ程の威力の筈だ。
混乱する俺を目の前に、黒ローブは立ち上がって淡々と語り出す。
「『ガブリエル』又は『神の人』と呼ぶ者も多いこの天使は、全てのものを『無』に変える水のエレメント。お前の攻撃だって何だって、勢いを殺してやるさ」
勢いを殺す!?つまりどんな攻撃をした所で、蒼い右手がすべてを鎮静化させるということか!?けど!俺には考えがある!
サイコショットが、俺の能力じゃない!
「ナメんな!俺は必ず紅葉を守る!」
俺は目に見えない念の力で、間接的に遠隔的に、黒ローブを超能力で持ち上げた。
去年まではサッカーボールですら持ち上げられなかった微力な力だった。けど今は違う。
長時間でなければ、成人男性くらいなら持ち上げられる!
紅葉は俺の後から、俺の行動に納得していた。
「そっか!直接触れていない颯斗君の能力なら、蒼い右手で鎮静化も出来ない……!」
「このまま地面に叩きつける!それで俺達の勝ちだ!」
勝ち筋を予想する。けれど黒ローブは冷静にセリフを続けた。
「『サイコキネシス』か……まさか実在するなんてな。サイキッカーの護衛が付いてるんじゃ、今までマーメイドまでたどり着ける奴がいなかったってのも、納得が行く」
「あ!?何冷静に喋ってんだよ!?お前は今からーー」
「僕は今から何だ?負けるとでも言いたいのか?残念だがそれは無い。僕はもう、サイキッカーについて学習した。僕は天才なんだよ」
黒ローブはそう言って、右手を通常の手袋へと状態を戻す。
刹那。それらの慣れた行動は、俺達の意表を付いた行動。
俺達が黒ローブの行動に対応する暇もない、刹那の行動。
油断したのは俺達だった。
戻った右手で、左手に持つ天使の本をバラバラバラと捲り、又もバンっと叩き止める。
光り輝くページと右手は、先程までとは違う色。紫色の光。
「な!?」
当然俺の反応は追いつかない。
「罪を裁きます!『ウリエル』!」
次は違う天使の名。
右手は先程とは違う、紫の手袋に変化していた。
バッ!
紫の手の平を俺に向ける。ハッキリとは見えなかったが、不気味を強く思わせる一つ目が描かれていた……事を確認した……
次の瞬間ーーガクッ!と、俺の身体はいつの間にか地面に向かって倒れている最中だった。
まるで、意識が一瞬引き剥がされたかのように。
「ーー颯斗君!」
後ろにいた紅葉が駆けつけ抱き留める。
「も、紅葉……ありがとう……!」
状況の理解が追いつかない。
俺のサイコキネシスの拘束が解かれた黒ローブは、スタッと地面に着地する。
「『サイコキネシス』確かに協力だが、お前はその能力で、人より強いと勘違いしていたな」
黒ローブの台詞に、俺は否定しようとする。
「何をーー」
言いかけたところで、突如大量の鼻血が俺を襲った。
遠退く意識の俺を、紅葉は再度抱き抱える。
「颯斗君!?大丈夫!?」
とても話せない俺。黒ローブが自信満々に語り出す。
「『サイコキネシス』には致命的な弱点がある。僕はそれを、優秀なIQで確信した。それはーー意識と集中力だよサイキッカー。無様だよねぇお前」
紅葉は俺の代わりに、腸を煮えくり返る思いで聴いていた。
「無様なんかじゃないです!颯斗君はすごいサイキッカーさんです!」
「今の彼氏の状況見てから言ってくれよ。血塗れじゃないか」
黒ローブで顔は見えないが、話口調からして笑ってバカにしてるのが伝わってくる。
そして更に自信満々に、自身の能力を語り続ける。
「四大エレメントの1つ『地』。『ウリエル』黙示録では『懺悔の天使』として語り継がれ、その名の通りこの手の平の目で見たものの、意識を引き剥がす。それだけの能力の筈が、神経を研ぎ澄ますサイコキネシスとは、相性が最悪らしいよね。どう?脳がイカれるんじゃない?」
サイコキネシスが通用しない。これまでのピンチを救ってきたサイコキネシスが……
俺達に、もう打つ手がない。
俺は震える両足でゆっくり立ち上がり、右手で鼻血を拭い払った。大の字に両手を広げて、紅葉に背を向けてーー
「紅葉……ごめん……!俺戦うよ……!」
どんなに危機的状況でも、アクアの名前を出す事はやはりあってはならないのだ。
紅葉はそれを聞いて、涙を我慢して叫ぶ。
泣き虫紅葉が、親友の為の強い決意。
「貴方を裏切るくらいなら、死んだ方がマシです!私は最期までお供します!」
「俺は紅葉が死ぬくらいなら俺が……って、そうじゃないよな!どっちが消えてもダメなんだ!」
歯を食いしばれ!足を踏ん張れ!
でないと俺が倒れたら!紅葉が殺されるんだ!
最期まで付いてきてくれる紅葉の為に、俺は抗う!
俺は最後の可能性を信じて、背中越しに1つの提案を出した。
「紅葉!俺にいい考えがある!付いてきてくれ!」




