9話 テレパシーに強がり
アクアと莉奈に自慢のお手製パンケーキを食べさせるべく、キッチンを支配する男子高校生の俺。
フライパン等の調理器具を巧みに扱い、高校生離れした手際の良さを見せつけながら、パンケーキ作りを進めていく。
途中で俺が、料理のコツや食材を扱う極意を、目を輝かせながら語っていたがーーアクアと莉奈が話を聞いていない事に、夢中な俺は気が付かなかったようだ。
「やっぱりこじらせてるね、莉奈ちゃんのお兄ちゃんは」
《友達いない。可哀想》
「あんなに楽しそうな颯斗はそうそう見れないよ。よっぽど料理好きなんだね。けど主夫力高すぎる男の人も、ちょっと近寄り難いって言うか」
《そうなの?》
「いやー料理できる人は勿論カッコイイけど、程々がいいよやっぱり……颯斗ってさ、なんでも完璧にしたい!ってタイプでしょ?それだと彼女は色々とプレッシャーを感じるんだと思うよ。まぁ、紅葉は料理上手そうだし大丈夫だと思うけど」
近々親友の紅葉に、料理を教わるという約束をしていた事を思い出した。
アクアが同性で1番信頼を置ける、大切な親友ーー蓮崎紅葉
しばらく沈黙していた事に、莉奈の指摘によって気がついた。
《アクア?どうかした?》
「ん!?いやいや何でもないよ!ちょっと考え事してただけ……」
それは、アクアの言えない考え事。
「ほらパンケーキ出来たぞ。会心の出来だ」
俺は焼き立てのパンケーキが乗った皿を、座るアクアと莉奈の前に並べる。
こんがりきつね色のパンケーキの上に、香ばしいチョコレートソースを掛けてある。
もちろん全てに手間暇掛ける俺。チョコレートソースもお手製だ。
これが絶妙なバランスの甘さを引き立てる。我ながら料理に神がかってるよなぁ俺。
「……うまー!お店で食べるパンケーキよりも美味しいよ!ナニコレ!」
食べたアクアは思わず立ち上がって叫び出した。
《お兄ちゃんのパンケーキ大好き。優しいお兄ちゃんも大好き》
「ありがとな莉奈。作った甲斐があるよ」
満面の笑みを浮かべる莉奈の頭を、俺は優しくポンポンと叩く。
それを聴いていたアクアが、莉奈の視線の前へひょいと顔を出した。
「わ、私は……?莉奈ちゃんごめんね美味しくないパンケーキで」
少し寂しそうな表情なアクア。莉奈は困ったような顔をして、赤くなった頬を隠すように俯いた。
《うぅ、このパンケーキの次に好き、かも……》
それを聴いたアクアは目をキラキラと輝かせたが、俺は兄として厳しく注意した。
「莉奈。ちゃんとアクアにお礼言ったか?お前のためにいろいろしてくれたんだ。そういう時は『ありがとう』って言えよ」
《う……》
莉奈はしばらく恥じらって、下を俯きながらだがペコリと頭を下げた。
《ありがとう……ございました》
「莉奈ちゃーん!可愛いよー!」
アクアは興奮のあまり、莉奈に飛びかかる。
本当に、アクアには感謝しきれない。
そんな時、部屋のインターホンが鳴り響く。
ピンポーン。
ん?誰からだ?そう思ったところで、アクアが笑って言った。
「あ、きっと紅葉だ。颯斗がパンケーキ作るからって呼んでおいたの」
「いや、そういうのは作る前に言えよ。まぁ、作るの好きだからもう一度作るけど」
俺はドア窓を覗き込む。するとアクアの言う通り、相手は紅葉だったので家に上げる。
「おじゃまします。アクアもありがとう」
華麗な和服姿で現れた紅葉は、何度も言うが俺の恋人だ。俺なんかに付き合ってくれている、不釣り合いな美少女彼女だ。
紅葉は絶大な人気を集めていて、そのおかげで俺は学園中の男子生徒を敵に回しているのだが、決して紅葉は悪くない。
アクアは自分のカバンを手に取って立ち上がる。
「さてとっ。私はそろそろ帰らないと。用事があるのを忘れてた」
「え?もう行っちゃうのか?せっかく紅葉も来たのに」
俺は気遣ってそう言った。けれど……
「ううん大丈夫。それに彼女が来てるのに、他の女の子にそんな事言うもんじゃないよ」
アクアは笑って手を振って、台詞を続けた
「紅葉もまた明日学校でね。明日は新入生入部の日だから、気合い入れないとだよ。それじゃあね」
アクアは帰ろうと振り返る。ところで莉奈のテレパシーがアクアを呼び止める。
それはーー俺達の知らないところでのやり取り。
《アクア。返事しないで聴いて》
「!?」
《このテレパシー。アクアにしか聴こえないから……あの、アクアはお兄ちゃんの事……好きなのに》
けれどアクアは最後まで笑って、怪しまれないように言葉を選んで返事する。
それは紅葉と俺に向けてーーけれど紅葉と俺は知らない、莉奈に向けた台詞だった。
「こーんなひ弱な残念君の何処がいいんだか紅葉は。颯斗も護ってもらってばかりじゃなくて、ちゃんと紅葉の事を護らないとだよ。お似合いなお二人さん」
「なんだよ急に?」
「別にーなんとなく言いたくなったの」
アクアはそう言って、靴を履いて再度手を振った。
アクアの様子に何処か違和感を感じていた莉奈は、心配そうに個別テレパシーを送る。
《アクア……ありがとう。何時でも遊びに来てね》
「莉奈ちゃんまた来るね。おじゃましました」
バタン。
樋口家のマンションを後にして、数メートル進んだところで走り出す。
けれどしばらくして、ゆっくりと立ち止まる。
唇が震え、走ってはいられなかった。
「また……嘘、ついちゃった……!」
寂しい。悲しい。けど、紅葉は大好きな親友だからーーこんな感情を持つ自分が許せなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
自分に何度も言い聞かせる。そんなアクアに、聞き覚えのある少年の声がアクアを振り向かせた。
「アクア?こんなところで何してる?」
部活仲間であり、友達でもあるーー蓮崎藍河だった。
「藍……河」
「どうした?誰に泣かされた?」
言われて初めて気がついたのだ。自分でも涙を流して泣いている事に。
「藍河……うぅ……!藍河……!」
1度流した涙は止まらない。
藍河はアクアに駆け寄って、落ち着かせようと……慰めようと声をかける。
「私に話してみろ!気が済むまで話し相手になってやる!」
※
1時間後。
遅れてマンションを出た俺は、紅葉を家まで送るべく2人で歩いていた。
日がすっかり暮れ落ち、人気も少ない薄暗い街灯の下を歩く。自宅から蓮崎家までは、どうしてもこの道を通らなければならない。
けれど俺がいるし、何より紅葉はくの一だ。どんな不審者が現れようとも、おそらく敵はいない。
相手がーー普通の不審者ならの話だ。
「おい。可哀想な残念カップルよ」
その声は突如、闇の中から現れた。
残念呼ばわりしたそいつは、俺達の行く手を阻むように立ち塞がっている。
踝まで伸びた漆黒のローブを身にまとい、一体化の黒いフードを深く被って顔を隠していた。
そして黒ローブは、変声機のような物で声を濁している。
俺はそんな人物に対して警戒して、紅葉を背後に隠す。
「……偏見で人を判断するのは好きじゃないんだけどな……どう見たって敵って感じだよな!」
黒ローブは懐から1冊の本を取り出した。
「今夜滅されるのお前達だ。悪く思うなよ。神の導きのままに」




