7話 愛されるバカと裏の顔
身体の至るところに包帯を巻かれ、紅葉達の2つ年下の後輩少年ーー豊本聖羅が、寝ていたベットから起き上がる。
部屋に1人取り残されるような形となったが、聖羅にとっては都合が良かったのだ。
何故なら聖羅は、ある目的の為にこの部活へと侵入していたから。その目的とはーーマーメイドの始末。
超一流修道院の、超一流祓魔師として今回のマーメイド撃退の任を受けた……筈なのだけれど……
「この僕が……!敵のトラップにまんまと……!クソっ!僕の正体に気づいている様子は無かったけれど……けどいきなり小屋爆破は予想出来ない!」
先程の少年ーー樋口颯斗もその事に激怒していた。
つまり、今聖羅が任務中に負傷を負い、こうして足留めをくらっていることは全て、あの男のせいなのだ。
「蓮崎……藍河とか言ったなあいつは……!あいつを先に始末する必要があるか?この僕が任務失敗など有り得ないからな。こんな所で、呑気に寝ている暇はない!まずは1度、この場から逃げないと!」
聖羅は身体の痛みが気になるが、我慢出来ない程ではないので立ち上がろうとした。
ところで部屋の襖がバタンと開いた。
「お、なんだ気がついたのか?割と元気そうじゃないか」
怪我をさせた張本人ーー蓮崎藍河の突然の登場だった。
「なっ!」
(しまった!逃げようとしたところで見つかった!)
聖羅は思わず感情を殺して笑顔を作る。動揺を悟られないように、あくまで礼儀正しい後輩を演じる。
落ち着いて、怪しまれないようにセリフを続けた。
「す、すいません先輩!ここまで傷の手当をしてもらって。今僕の方からお礼を言いに行こうとしていたところです」
(くそっ!なんてタイミングの悪いやつだ!僕は一刻も早くマーメイドを始末しなくてはいけないというのに……!)
ニコニコ。
あくまで上部だけのニコニコ。
そんな笑顔の仮面の前で、藍河はセリフを吐き捨てる。
「礼などいらない。貴様は一応私のせいで怪我を負ったのだからな。いや、この場合、こいつの事を庇って死ななかった樋口颯斗のせいか……うん。そうしよう。あいつが悪い」
藍河はうんうんと頷き、理不尽を言いまとめる。
そんなセリフを、聖羅は笑顔で聞き続ける。
(滅してやりたい……!この男!)
「あ、あの先輩……僕、これ以上先輩たちにお世話になるわけにはいかないので、そろそろ失礼しようかと」
「ん?そうだな。貴様をお世話し続ける程、私も姉上も暇じゃないからな」
それを聴いていた少女が、間に割って入って来た。
「ちょっと!何言ってるの藍河!」
姉の紅葉だ。弟に向かって説教を始めるのだ。
「貴方が怪我させた後輩さんでしょ!?責任もって看病しなきゃダメでしょ!」
けれど姉の注意は弟の耳には届かず、弟は姉の登場にただただ歓喜していた。
「姉上ー姉上ー」と、目を輝かせていた。
聖羅は内心渋い表情で考える。
(人数が増えた……!早く何とかしないと!)
「あ、あの……本当に僕は大丈夫ですから。後は自宅で安静にしています。それと家族も心配するといけないので。本当にお世話になりました」
ペコリと律儀に頭を下げ、少し強引にこの場を収めようとしたのだ。
本当は聖羅に家族などいないのだけれど。
「そ、そう?本当にごめんなさい。ご迷惑をおかけして」
紅葉も謝罪と同時に頭を下げる。それを見て、藍河は慌てて紅葉の体を起こす。
「姉上が謝ることじゃないですよ!」
(ああ謝るのは本来姉じゃなくてお前だよ!)
なんて心の中で叫んだりして。
表情は一見笑顔を絶やさない。
寝ていたベットの、枕物に立てかけてあった聖羅自身の通学カバンを手に取る。
そして再度、頭をほぼ直角に曲げ下ろす。おそらく誰もが見習うべく、教本通りの礼儀作法。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません」
そして聖羅は先輩の蓮崎姉弟に玄関先まで見送られ、この家を後にした。
(……あの姉の方がマーメイドなのか?それとも他にも部員がいるのか……?やはり、まだしばらくここの人間の事を調べる必要があるな)
背を向けた途端、聖羅の笑顔はすっと消え、渋い表情で歩き出す。
そんな聖羅を見送っていた紅葉は、自身の後輩の姿が見えなくなったところで、はぁと溜息を吐きこぼす。
「どうしよう……絶対あの後輩さん、入部してくれないよきっと。もう、藍河のバカ」
「はい!私はいつまでも、姉上に愛されるバカであり続けます!」
全く反省の色を見せない藍河を見て、またも溜息を吐き出した。
※
同時刻。
自宅マンション前。
夕焼けに照らされたアスファルトを歩いてたどり着く。
身体中包帯を至る所に巻かれていた俺ーー樋口颯斗は、ボソッと独り言を吐き捨てる。
「莉奈のやつ……心配してるだろうな」
普段ならもう家に帰っているだろう時間になっていた。
そうでなくても、同じ部屋に暮らす妹ーー樋口莉奈へメールを送る。今日は先程まで気を失って倒れていたから、それどころでは無かったのだ。
マンションのエレベーターを使って上に上がり、部屋の前へと差し掛かる。
「……きっと文句言われるだろうな。お腹空いたとか……1人で退屈だったとか……」
何を言われるか、俺は覚悟を決め部屋のドアを開けた。
すると頭の中に、叫び声のような莉奈の声が流れ込んできた。
《お兄ちゃん!助けて!》




