6話 NO!理不尽先輩(挿絵あり)
「そうだ……何をモタモタしていたのだ私は……!こうしちゃいられないよな……!」
蓮崎藍河が、重症の元マフィアーーフィフスを、いつの間にか引きずるようにして走る。
裏通りを抜け、引きずられているフィフスはとっくに気を失って、狭い裏通りの物や壁にドカドカと身体をぶつけているが、それを気にせず走る藍河。
最初は生死をさまようフィフスをいたわっていたはずなのだがーー
それよりも優先される者。藍河はパァっと笑顔になり、これまでの逃亡が嘘のように軽弾む足取りで目的地へと向かう。
何故、命を狙われている藍河が、こうも笑顔で楽しそうに走っているのか。
それは、ある人物を思い出したことがキッカケだった。
「あああああ!あーねうえー!今!貴女の優秀な弟であるこの蓮崎藍河が……!いや!この貴女様を護るナイトが!勝利の報告するとともに帰還致します!待っててください!」
何度も言うが、この蓮崎藍河は極度のシスコンである。姉を溺愛する余り、姉の彼氏を害虫呼ばわりして暗殺したのだった。
そして乱雑に扱う怪我人ーーフィフスに向かって笑顔で話しかける。
それは極悪非道。悪魔のような台詞は、気を失うフィフスに届くことは無かった。
「安心しろフィフス!例え貴様の傷口が開こうが!全身の骨が粉々に砕かれようが!生きてさえいれば姉上が治して下さる!姉上は優しい素晴らしい御方なのだ!」
裏通りを飛び出し、蓮崎家の門がそびえ立つ前にたどり着いた。
藍河は動きを止めることなく、着地と同時に身体を反転させ、その遠心力でそのままーー引きずっていたフィフスを門へ向かって投げつけた。
門が壊され、白眼を向くフィフスの身体を、空中で抱えるようにガシッと掴む。
「よくやったぞフィフス!流石は私の下僕だ!」
そして白々しい挨拶が、蓮崎家に響き渡った。
「ただいまですー!姉上ー!」
ドタドタドタと。
木造廊下を走る、慌ただしい足音。
藍河は真っ直ぐ姉ーー紅葉の部屋へと向かった。
そしてまたも慌ただしく、姉の部屋へと通じる襖を勢い置く開けるのだ。
「あーねうえー!ただいま帰りました!」
返ってきた返事ーーそれは聞き慣れた、男子高校生の声。
「おかえり……!この殺人爆弾狂が!」
男は姉の布団の上で座り、隣で姉がその男に包帯を巻こうとしていた最中だった。
姉が男に近くで包帯を巻いて看病していた事ーー
そしてその男が、自分が始末した筈の男だった事の2つに肩を落として泣き叫んだ。
「NOー!姉上ー!何故です姉上ー!?」
文句を言いたいのは、殺されかけた俺ーー樋口颯斗が言いたい。
「部室爆破はいくら何でもやり過ぎだろが!いい加減にしろよお前!」
「樋口颯斗貴様……!生きていただけならまだ知らず、姉上に包帯を巻いてもらおうなんて……!姉上から離れろ!」
「お前が俺に怪我させたんだろうが!」
藍河は戸惑って、隣の姉ーー紅葉に問いかけた。
「何故です姉上!?何故そんな男の怪我の手当なんてするんです!?」
すると紅葉は、キョトンとした表情で答えた。その一言は無意識に、藍河のメンタルを粉砕した。
「え?そりゃ、彼氏が怪我してたら手当も看病もするよ」
「あ、ああああああねあねあねあね姉上!?」
どうやら藍河の言語中枢が麻痺したらしい。
「人語で話せよ」
俺の台詞に、藍河は大声で言い返す。
「人じゃない貴様なんかに言われたくはない!」
俺はそれを聴いてフッと笑い、大きく息を吸い込んで藍河よりも大きく叫んで言い返した。
「俺は人だよ!」
そして俺の隣に座っていた紅葉が、すっと立ち上がって藍河の前へと進む。
蓮崎紅葉ーーこの蓮崎家のくの一跡取りで、学園のアイドル的存在。
まさに大和撫子な美少女。綺麗な茶髪で今は学校の制服だが、普段着としている和服がとても似合う、俺の自慢の彼女だ。まぁ、制服でもなんでも着こなして似合っているのだけれど。
「藍河!颯斗君に迷惑かけちゃダメって言ってるじゃない!」
紅葉が藍河に注意する。けれどーー
「颯斗『君』!?姉上ー!以前までは颯斗『さん』だったではありませんかー!?」
……そこかよ。
「そ、それは彼氏さんなので思い切って先日から『君』で呼ばせてもらってるんです!は、恥ずかしい……!もう!そんな事は今は重要じゃなくて、藍河!話しをそらさないの!」
俺からは後ろ向きの紅葉だが、恥ずかしさで震えているのが伝わった。
そんな紅葉も可愛いのだが、頼むからちゃんと藍河を注意してほしい。
藍河に言って聞かせられる人物は、この地球上姉の紅葉だけなのだから。
けれど流石は紅葉だった。藍河は紅葉の言葉に、深々と頭を下げたのだ。
「申し訳ありませんでした姉上!」
俺はそんな素直な藍河の態度に驚いた。だって、いくら紅葉の言うことであっても、俺を暗殺した事に対して詫びを入れた事など、今まで一度もない。
紅葉もそれに驚いて、よかったと言わんばかりの笑顔で振り返る。
「颯斗君すいません。ご迷惑をおかけして……けれど藍河もこの通り反省していますから」
「本当に申し訳ありません……!火薬の量が少なかったばかりに、樋口颯斗を仕留め損ねました……!くそっ!」
「いや!だからそこじゃねぇよ!」
少しでもこの殺人未遂犯を信用した俺が馬鹿だった……!
はぁと溜息を吐きこぼし、とりあえず今はこの男と話している場合じゃない。
藍河が引きずっていた、瀕死の男をとりあえず手当しないと。
「とりあえずフィフスを手当しないと。まぁ、この殺人未遂犯の無茶に付き合わされるフィフスはほんと哀れというか……なんと言うか……」
俺はこの傷だらけの体で、あの力を使うわけにはいかない。今の俺には辛過ぎる。
この場で唯一頼りになる存在ーー紅葉に場を収めるよう頼んだ。
「紅葉。フィフスを何処か運んで手当を頼んでもいいか?ここは……後輩の豊本聖羅が寝てるから。安静に寝かせてあげよう」
今日、部活動見学にやって来てくれた後輩ーー豊本聖羅。不運にも、藍河が仕掛けた爆弾に巻き込まれて今に至る。
俺が咄嗟に聖羅の襟を掴み、後ろへ飛んだのだけれど……怪我や火傷は仕方なかった。
はぁ……絶対入部してくれないだろうな。
「はい。わかりました颯斗君。フィフスさんも藍河も連れて、後輩さん一人にしておきます」
「あぁ頼むよ。俺も家に帰らないと。妹が1人で留守番してるから」
紅葉は俺の身体を心配してくれているけれど
、それと同じように俺も妹の事が心配なのだ。
あいつは、1人じゃ何も出来ない引きこもり。
料理も勿論出来ないから、1日もあいつを1人にしておけない。
紅葉はそれでも、俺のことを気にかけてくれているが大丈夫だ。
災難の元凶を見張っていてさえくれていれば……
「颯斗君が妹さんを大切に思う気持ち。本当に優しいですね颯斗君は。ですがくれぐれも最善の注意を払って帰宅してくださいね。お気をつけて」
俺はありがとうと言い残し、蓮崎家を後にした。紅葉の後ろで藍河が嫌悪の表情で睨み続けていたが、日常茶飯事なのであまり気にしなかった。
「さて、それでは私達も向こうのお部屋に行きましょう。フィフスさんの傷に合う薬草を作らなくてはいけませんからね」
「はい姉上!この藍河、何処までもお供致します!」
そう言って、瀕死のフィフスを連れて、双子の姉弟は部屋を移動した。
後輩のーー豊本聖羅を残して。
パタン。
襖を閉め、人が退出したと同時にーー豊本聖羅はヌクっと起き上がる。
「……悪魔の屋敷かここは!あいつら……!僕が必ず滅っしてみせるからな!」




