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前編

 昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日のこと。おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 川でおばあさんが洗濯物をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れて来来たのでした。おばあさんはその桃を持ち帰りおじいさんと食べることにします。

 おじいさんが桃を切ると、なんと中から男の子が出てきたではありませんか。

 子のいなかった二人は、その男の子に桃太郎と名付け大事に育てることにしました。

 すくすくと育った桃太郎は、おばあさんの作ったきびだんごを持ち鬼ヶ島に鬼退治に出かけます。

 途中、犬・猿・雉にきびだんごを分け与え家来に加えながら鬼ヶ島にたどり着いた桃太郎は、家来たちと力を合わせて鬼に打ち勝ちました。鬼たちは自分達の悪行を反省し桃太郎に財宝を差し出します。

 財宝を持ち帰った桃太郎はおじいさんおばあさんと末永く幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし。




 皆が良く知る昔話『桃太郎』。それは本当に真実の姿なのだろうか?

 いつの時代も歴史は勝者の手により作られ、敗者から語られることは少ない。




†††††




 鬼。人ならざる者。人から畏れられる能力ちからを持つ異能の集団こそが邪悪とされるあやかしの正体であった。

 彼らはかつて陰陽師と呼ばれた者達の末裔や血族であった。時の権力者に利用され最終的には切り捨てられた歴史を持つ彼らは迫害や虐待を恐れ、遠く離島に隠れ里を作りひっそりと暮らしていたのだ。それが隠人(オニ)が棲む島・隠人(オニ)ヶ島の成り立ちである。何人なんぴとたりとも近づいてはならぬ不可侵の領域。そこは鬼と呼ばれる彼らの終の棲家にして安住の楽園であった。そう、あの男が来るまでは。




「姫様、姫様」


 聞こえてくるのは壮年の男の声。屋敷の庭を歩きながら一人の少女を捜していた。

 美しい庭園だった。何本もの桜が咲き誇り、空を埋め尽くす満天の星と一際大きく輝く月明りが降り注ぐ。石造りの灯籠が所々に置かれているが無粋さは感じられない。人工的に造られた小川が、きらきらと輝いていた。


「どうした? 爺や」


 その声は男の頭上から降ってきた。涼やかで柔らかな、幼さの残る声。


「玉藻姫様」


 男は声の在処を見上げながら、一番大きな桜木の枝に腰掛ける自らの主君の名を呼んだ。


「その呼び名は好かぬ。〈玉藻姫〉は古来よりこの島の頭首が引き継いできた名じゃが、妾自身の真名ではない。それに、〈玉藻姫(頭首)〉の重責など妾のような小娘に務まる筈も無かろう」

「姫様自身が望むと望まざるとに関わらず、一族の中で最も強い“能力ちから”をお持ちの貴女様こそが〈玉藻姫〉様であらせられます。はるか様」


 決して押しつけがましい言い方ではなかった。そこにある事実を、ただ事実として言葉にしているのが伝わってくる。

 少女は「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らし、遙と呼ばれた少女は桜木の大樹からふわりと降りてきた。


「わからぬか? 後鬼。我が一族に古より仕えし鬼神の末裔よ。妾程度が一族最強だということが、既に開祖たる頭首〈玉藻姫〉の名を継ぐに相応しくないと言っているのだ。妾の“能力ちから”など母上の足下にも遠く及ばぬ。妾だけではない。この隠れ里の民の幾人が己の“能力ちから”を自在に操れると言うのだ?!」


 ヒステリックに声を荒げるとそれまで凪いでいた風がザァッと吹き荒れ、薄紅色の吹雪を生んだ。


「ソナタと前鬼のように十二神将に名を連ねる者を除けばただの一人も居らぬのだぞ。年月を重ねるにつれ、我らの力は失われ続けている。この島を隠す結界も綻び始めた今、頭首を世襲し続けたところで一族の存亡は危ういであろう」

「それは姫様の“先見さきみ”ですか」

「“先見”の力など無くとも分かる。定められた未来だ。この里を維持し続けることができたとしても、そう遠くない未来に我が一族は“能力ちから”を失い人になるだろう。鬼から人へ。そうなれば、最早この隠れ里の存在意義も消えよう。守るべきものを失い、また我らも人に還るのだ。我ら鬼の一族はついえる」


 一族の滅び。幼い頭首の口から明確に語れられる未来に動じることもなく、ただ淡々と男は頷いた。


「そうなれば不幸な諍いは消え、安寧の世が訪れますな。しかし、そうはなりませぬ。たとえ里が滅びようとも、我らの血が人のそれに変わることはない。里を抜けた者の末裔達が、どのような仕打ちを受けているか、お忘れですか?」


 黒瞳が、遙をじっと見つめていた。


「“能力ちから”を失ったように見えてもその実、我らの力は血の中になりを潜めておるだけ。何代も後に血が目覚め、“能力ちから”を御しきれずに『あやかし』として朝廷に滅せられた者達がどれだけいたか、お忘れですか?

 どこまでいこうと、我らは人とは相容れませぬ。朝廷は我ら一族の力をもって繁栄し、我らの力を畏れ切り捨てました。【隠人《オニ》】となった我等を【(オニ)】と呼び、この世の闇の全てを我らに押し付けて。貴奴らの治める国に我らの安息は在りはしないのです。私の娘も、貴奴らに奪われました。

 私は誰が何を望もうともこの里を最後まで守ります。里が潰えようとも、異能の一族を守ります。そのためには、〈玉藻姫〉様のお力が必要なのです」

「誰も継がぬとは言っておらぬ。ソナタの言いたいことも、重々解っておるさ。ただ、妾が生涯を賭して守らねばならぬ一族は滅びの宿命さだめにある。その事実が虚しい。遠からず滅ぶ一族の為に捧げねばならぬ妾の人生は何なのか、とな。滅びの足音を遠ざけることは妾には叶わぬ。だからこそ、本来なら妾如きの“能力ちから”では〈玉藻姫〉の名に相応しくないのだ。〈玉藻姫〉とは里を守る者なのだから」


 遙がそこまで言ったところで、別の影が二人に近づいてきた。


「後鬼様、玉藻姫様」


 遙は見知った顔に強張った表情を緩め応える。


「どうした? おゆき」

「玉藻姫様をお捜しに出たきり後鬼様が戻らぬと前鬼様がご立腹ですのでお呼びに参りました」


 遙付きの女中は自らの主君に深々と頭を下げた。


「前鬼の奴も煩いじいよな」

「十二神将から『抜け人』が出れば神経も逆立ちましょう」

「あの二人か。妾と同じ想いを抱く者が十二神将から出るのも止むを得まい」

「しかし【申】【酉】の二将は、若いながらいづれも強き“能力(ちから)”をもった鬼神故、朝廷に目を付けられれば人としての命はありますまい。悪くすればそれこそ里が滅びます。捨て置くわけには参りますまい」

「難儀なことよ。やがて滅ぶものの為に同朋を討たねばならぬなど」


 深いため息とともに、遙の美しい顔に陰が落ちた。




「あの者達を欠いて十二神将が務まるものなど他には居りません! 何としても連れ戻すべきです!」

「否! 貴奴らは里を見限った裏切り者よ! どの道力付くで連れ戻したところで姫様を御守りする重責を任せるわけにはいかぬではないか!」

「しかし里の為に力を振るうことは出来ましょう!」

「その力が里に向けられては事だと言っておる!」


 紛糾しながら言葉を交わす十人の男女。

 それぞれに身に着けた衣服は異なるが、一様に同じ立場を表す紋様をその装束に施している。

 年齢も性別も一貫性がなく、その出自も問われずに唯目的のみを同じくして集められた強い能力(ちから)を持つ者。彼等が十二神将と呼ばれるこの島の守護者である。


「ふむ」


 深い溜め息を吐きながら、一人の男が腕組みをした。

 堅く閉ざされた瞼を含む肌は赤銅色。短く切りそろえられていてもそうとわかる癖のある巻き髪は黄金色。座敷に円を描くように並べられた座布団の上に鎮座する身体は集められた一同の中でも群を抜く巨体だ。捲り上げられた袖から覗く腕だけで、並みの女性の腰ほどの太さはある。そして何よりも目を引くのは額から突き出した二本の角。まさに異形と呼ぶに相応しい姿のその男がゆっくりと目を開く。


「静まれ。姫様のおいでだ」


 低い声が部屋に響くと、水を打ったように守護者達は静まり返った。

 カタッと音を立て、障子がすっと開かれる。

 そこに立っていた少女に、その場の全員が座したまま平伏していた。


「お待ち申し上げておりました。姫様」

「挨拶など不要。面を上げよ」

「は」


 遥の言葉に異形の男だけがその顔を上げた。


「姫様」


 大の男でも腰を抜かすのではないかと言うほど鋭い深紅の眼光に射抜かれても平然とそれを受け入れながら、その瞳を真っ直ぐと見つめ返す。


「【()】よ、件の者達の所在は掴めたのか?」


 遥が異形の男を見ながら放った言葉に、その傍らの女が平伏したまま応えた。


「いえ。我が手のモノ達からも依然連絡はなく」

「ソナタの使いでも見つからぬか」

「申し訳ありません」

「よい。ソナタを責めておる訳ではない。しかし、ソナタの【目】を持っても見つからぬとなると厄介だの」

「は。我が子飼いの【目】では足りませぬ故、その網を広げてはおりますが一向に足取りは掴めず……」

「無理をするな。ソナタの能力(ちから)とて無限ではない。如何に広範囲の獣とその【目】を共有する術を持っておるとて叶わぬこともあろう。ましてや此度は十二神将が相手。ソナタの能力(ちから)を知る以上、貴奴らも手立ては打っておろう」


 遥は平伏したままの女に視線を移して柔らかに言った。言葉の通り、そこには怒りではなく慈しみの色。


「畏れながら」

「【】か。どうした? ソナタの耳で何か捉えられたのか」

「いいえ。某が捉えたのは【亥】の胸の音に御座います」

「【亥】の?」

「はい。【亥】は先見にて貴奴らの裏切りを知って居ながら隠しておったのではないか、と」

「かもしれぬな」

「ならば……」

「【亥】も裏切り者、か?」

「知っておりながら我らへの報告の責を果たさなかったのならば、これは姫様に対しての離反に他なりませぬ!」


 嗄れきった老人の声に片隅に平伏した少女がビクッと肩を震わせた。


「ふむ。【卯】の申すことにも一理ある」

「なればここは厳重な処罰を!」

「と言うことであれば、【亥】に劣るとは言え僅かながらも先見の力を持つ妾も貴奴らの裏切りを知りながら見逃したと言うことになる。【亥】と共にその処罰とやらを受けねばならぬな」

「な、何を仰っているのですか?!」

「【亥】の能力(ちから)である先見が万能の予見であると思うておるなど、よもや十二神将で最も古株のソナタが思うてはおるまいの?」


 遥の眼光が鋭くなった。少女の体から放たれる威圧感に、しわだらけの老体が怯む。


「【亥】はこれまでの先見の中で最も能力(ちから)の弱い先見。その能力(ちから)を自在に操るのではなく、ただ時折奔流のように雪崩れ込んでくる“未来”を知るのだ。だからこそ少しでもその力が上がるよう、光も奪われ、その身を里の為だけに捧げておる。その上、逃げる事も出来ぬよう脚の腱まで切ってこの里に“繋いで”おるのだ。

 貴様らの都合でこの娘の全てを奪っておきながら、尚、【亥】を裏切り者の烙印を捺すのであれば、妾にも考えがあるぞ」


 声が鋭さを増していく。凍てつく吹雪のようなその怒りは抜き身の刃となって【卯】と呼ばれた老人に突きつけられていた。


「……申し訳御座いませんでした。失言で御座いました」

「非礼は妾ではなく【亥】に詫びよ」

「は」

「ふん。【亥】よ。この(じい)の非礼は妾からも詫びよう」


 伏したまま震えている少女に、遥が声を掛けた。最初の優しい声音に戻っている。そのまま【亥】の少女の前にまで歩を進めその場に座すと、深々と頭を下げた。


「すまぬ。【亥】の名を継ぐ者よ」


 その行動に周囲がざわめく。頭首が軽々しく部下に頭を下げることなど許される行動ではない。


「姫様!」


 後鬼が諫めたが、再び怒気が発露する。


「黙れ、後鬼。ソナタとて口を挟むことは赦さん」

「しかしながら……っ!」

「黙れと申したぞ。聞けぬ、と言うのであれば妾が相手じゃ。他の者にも言うておく。妾の謝意が気に食わぬ者は庭に出よ。力で我が儘を押し通す積もりは無いが、コレは譲れぬ。妾の全力を持って相手をしてしんぜよう」


 重々しい沈黙が空気を支配した。

 誰も動けない。

 それを気配だけで感じると改めて遥は頭を下げた。


「【亥】の者よ。ソナタが気にしてるのは【申】の事であろう」


 その言葉に声を荒げたのは平伏したまま震える少女。


「姫様……っ! そのようなことば決してっ……」

「隠さずともよい。ソナタが【申】の事を憎からず想うておることは先刻承知。想い人の離反に心が揺れぬ者などおらぬ」

「姫……様……」


 少女の頬を涙が伝った。


「ソナタから光と自由を奪った【申】の者に何故心惹かれるのか、妾には分からぬ。しかし、里の為にその身の全てを捧げるソナタの心の支え、決して悪いようにはせぬと誓おう」

「何故……何故私などを……」

「ソナタは妾だからじゃ。妾にも先見の“能力ちから”がある。ほんの少しでも妾の方が“能力ちから”が強ければ、ソナタはそこに縛られることはなかったやもしれぬ。里に縛られたのは妾だったかもしれぬ。そう思えばこそ、ソナタのコレまでの献身に妾は応えねばならぬのだ」


 遥にとって【亥】の少女は自分であった。僅かな差で訪れなかった己の未来そのものであった。

 だからこそ、この娘には幸せになって欲しい。せめて、己が頭首の間は幸せであって欲しいと切に願っていた。

 島を守る姫の人知れぬ孤独に、誰も何も言えなかった。


「【戌】よ」

「……は」

「ソナタは【申】【酉】と親しく、妾への忠義心も一番厚い。妾の“影”と共に本土へ渡り二人を探し出せ」

「……っ! 御意」


 【戌】と呼ばれた少年が驚きに目を見開き、深々と頭を下げた。

 隠人(オニ)の魁首・遥と【申】【酉】【戌】。四人の異能者が動くとき、鬼ヶ島を巡る運命の歯車が廻り始める。

 これは、【桃太郎】と異能者・鬼の【秘宝】を巡る物語。

 

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