愛の話
あるところに、一匹の悪魔がいました。
悪魔は食べなくても飲まなくても寝なくても何百年も生きれるので暇で暇でしょうがありません。
悪魔の暇を紛らわすものは知恵ある猿こと人間でした。
人間を救ってみたり、騙してみたり、観察してみたり。
人間はいろんな表情をしたり、いろんな考えにいたったりしてとても面白いのです。
それでも時が経てば飽きてきました。
そこで悪魔は神様に言いました。
「何か貴方と勝負がしたい」
神様はしばらく考えて言いました。
「では愛を証明してみなさい」
証明できれば悪魔の勝ち、できなければ神様の勝ちでした。
悪魔は面白いと思ったのでその提案を受けました。
ルールも期間も特に決まっていません。
ただ愛を証明することだけが決まりごとでした。
「そんなの簡単さ」
悪魔は今まで観察してきた人間の知識を全部まとめて一体の人形を作りました。
居るだけで人間を惹きつけ魅了する生きた人形です。
「さぁ、愛を証明しておいで」
悪魔はそう言って人形を世界に放り出しました。
☆ ☆ ☆
人形は言われたとおり、愛を探しに旅に出ます。
しばらくして、人形はある国に着きました。
国の人々はみな優しく善良で、人形はすぐに国の人気者になりました。
何もしなくても愛される人形には、毎日のように贈り物が届けられます。
毎日毎日毎日、奴隷平民貴族王族、さまざまな人々が毎日財を届けます。
人形に贈り物をするために、人々は馬車馬のように働き始めます。
働いて働いて、その全てを人形に捧げます。
体を壊しても捧げます。
捧げるものが無ければ誰かから奪ってでも捧げます。
そうして、気づいたときにはその国は滅んでいました。
「さぁ、これが愛です」
人形が、山となった金銀財宝を見せながら神様に言いました。
滅び果てた国に唯一建つ、きらびやかな人形のための豪邸を見せながら言いました。
人形に捧げモノをするために死んでいった人々を見せながら言いました。
「それは愛ではありません」
神様は愛ではないと言いました。
☆ ☆ ☆
人形はまた旅をします。
愛を探して旅をします。
今度の国に着きました。
よく統治された素晴らしい国でした。
もちろん、その国でも人形は誰からも愛されました。
そのうちの一人が人形を独り占めしたいと思いました。
別の誰かも独り占めしたいと思いました。そのまた別の誰かさんも思いました。
そうこうしているうちに、人形を巡る争いが起こりました。
日に日に争いは大きくなっていきました。
あれだけ統治されていた国が4つにも5つにも分かれた大きな戦争です。
たくさんの人が人形を手にするために憎み合い殺し合います。
そうして、その国は滅んでしまいました。
「さぁ、これが愛です」
人形が、廃墟と化した国を見せながら言いました。
死山血河の戦闘跡地を見せながら言いました。
死屍累々に積み上がった死体の山を見せながら言いました。
「それは愛ではありません」
神様は愛ではないと言いました。
☆ ☆ ☆
人形の旅は続きます。
愛を見つけるまで続きます。
今度の国にやってきました。
そこでも人形はやっぱり愛されます。
国中全てが愛してくれます。
ある時、誰かが言いました。
「一番愛しているのは誰なんだろう」
その一言で、国は大きく揺れました。
我も我もと一番を主張していがみ合いが始まりました。
みんな口汚く他者を罵りながら、いかに自分が人形を愛しているかを声高に主張します。
仕事もせず、食事もとらず、ただただ毎日毎日罵りあいと愛の主張だけが繰り返されました。
そうして、その国は滅んでしまいました。
「さぁ、これが愛です」
人形が、何百何千もの愛を謡った詩を読み上げながら言いました。
何百何千もの人形を象った像や絵などを見せながら言いました。
愛に行き詰まり苦悩して自殺した人々の姿を見せながら言いました。
「それは愛ではありません」
神様は愛ではないと言いました。
☆ ☆ ☆
人形は諦めず旅をします。
愛を探す旅をします。
そんな人形に生みの親の悪魔が言いました。
「いい考えがあるよ」
次に着いた国で人形は宣言しました。
「ワタシを愛していいのはこの国で一番強い者だけです」
その一言で、国中で殺し合いが始まりました。
まずは赤子が、次に子供と年寄りが、あとは弱いものからどんどんと殺されていきました。
石で、剣で、斧で、毒で、ありとあらゆる暴力と謀略で、多くの人間が殺し合いました。
みんな愛しか見えていませんでした。
愛に狂ってしまいました。
そうして、その国は滅びました。
「さぁ、これが愛です」
人形が、最後まで生き残り、人形を手に入れた瞬間力尽きた人間の屍を掲げて言いました。
愛のために、愛していた子供をその手に掛けた親の姿を見せながら言いました。
愛し合っていたもの同士が、愛のために殺しあう姿を見せながら言いました。
「それは愛ではありません」
神様は愛ではないと言いました。
☆ ☆ ☆
人形はまた愛を探します。
悪魔はまた愛を証明させようとします。
神様はまた愛を否定します。
人形が旅をすると国がたくさん滅びます。
愛を探すと人がたくさん死んでいきました。
100年は続いたでしょうか……
いろんな愛を探したけれど、神様は決して愛を認めません。
いろんな愛を否定されたけど、悪魔は愛はあると信じています。
だから人形は今日も愛を探します。
☆ ☆ ☆
ある時、小さな小屋を人形は見つけます。
中に入ると、腐敗しかけた死体とガリガリにやせ細った子供がいました。
子供は目も耳も鼻も口も手も足も不自由で寝たきりです。
きっとこの死体が今まで世話をしていたのでしょう。
人形は愛を探さなければいけません。
ただ急ぐ旅でもないのです。
なんとなく、人形は子供の面倒を見ることにしました。
子供は目が見えません。鼻も利きません。耳も聞こえません。口も聞こえません。両腕がありません。両足がありません。
だから誰からも愛される人形を愛することができません。
子供は人間らしいことが何もできません。時々身じろぎをするだけです。
人形はそんな子供の体を拭き、食事を与え、排泄物を処理しながら毎日を過ごします。
一年ほどが過ぎました。
ガリガリだった体は丸くなり、血色の良い肌になり、硬かっただけの表情は少し温かみを持ち始めていました。
子供は変わらず身じろぎしかできませんが、人形が頭を撫でるといつもとは違う身じろぎをするようになりました。
愛も何もない、ただ黙々と淡々と世話をするだけでしたが、このまま子供が大人になり死ぬまでは人形はここに留まるつもりでした。
それからすぐに子供は流行り病にかかってあっという間に死んでしまいました。
人形は特に何も思いません。
子供を最初に見つけた死体のそばに埋めてやると、また旅を始めようと思いました。
「すばらしい。それが愛です」
唐突に神様が言いました。
「私の負けですね」
晴れやかに神様が続けました。
人形にはちっとも意味がわかりません。
「ふざけるな!」
悪魔は激怒していました。
「これが愛であるわけがない」
吐き捨てるように叫びます。
人形にはちっとも理解ができません。
☆ ☆ ☆
天が叫び地が割れ、神様と悪魔の争いが始まります。
「愛はあった貴方の勝ちではないか」
神様が言います。
「あれが愛であるわけがない。私は勝ってなどいない!」
悪魔は叫びます。
そして、
世界を幾つも引き裂くような神様と悪魔の戦いの後、
神様と悪魔は居なくなってしまいました。
☆ ☆ ☆
残された人形はやることがなくなってしまいました。
結局、愛はあったのか、人形にはわかりません。
神も悪魔もいなくなったけど、
生物は今日も出会い触れ合い、そして愛を育むことをやめません。
神が肯定したものも否定したものも、
悪魔が肯定したものも否定したものも、
そのすべてを、生物は愛として認識しています。
愛なんてものは、たったそれだけのことなのでしょう。
やることのなくなった人形は、ただそう思い、今日も愛を見続けているのです。