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脱出小説  作者: 舎模字
7/8

嵐のあと

 部屋を聾していた恐ろしい風音は、その訪れと同様に、唐突に消えた。


 テーブルの上に有ったものは床に散乱し、周囲はひどい有様になっていた。

 そして、つむじ風が去ったあと、そこにシャナンの姿は無かった。


「先日捧げられるはずだった者、”シャナン”を引き取りにきた」


 先のカラスの発したその言葉どおり、シャナンは、領主に連れ去られたのだろう。


 そして、その言葉が意味すること、これを冷静に考えることはとても苦痛が伴うことだ。


 先日、生贄の召喚を受けたのは、シャナンだった。

 そしておそらく。

 シャナンはそれを、ニーナと偽り、ニーナを生贄の代理に立てようとした。

 己の生死に関わる問題だ、それ以上は、とても考えたくない。

 そんなことを考えていては、とてもじゃないがやりきれない。


 食事部屋を出て、とぼとぼと廊下を歩く。その足は、なんとはなしに玄関へと向かっていた。

 そのとき、ぼうと考えていたのは、玄関を修繕しなきゃ、とか、そんな思いだったのだろう。

 そうした気持ちの淵に落ち込んだ中で、それを見つけたときは、何もいえなかった。


 玄関前の床の上に、倒れこんでいる娘。

 それはニーナの姿だった。



 倒れこんでいたニーナは、意識を失っているだけで、命に別状はないようだった。

 すぐさま僕は、小鉢に水を汲んできて、ニーナの口にそれをあてがった。

 水を一口二口含ませてやると、ニーナはそれを喉を鳴らして飲み込む。慎重に水を含ませていたが、ニーナの飲み込む勢いが強すぎて、むせ返らせてしまう。

 ニーナは自力で上半身を起こすと数回咳き込んだ。

 落ち着いたところで、ニーナは体を抱え込んでいた僕に気づいた。気づくや否や、僕の首に手を回して抱きついてくる。

 抱きついて、僕の肩に寄せられたニーナの顔を見ることはできなかったが、ニーナが声も無く泣いているのは伝わってきた。



 ニーナも、そして僕も、気持ちを落ち着けて考えられるようになるまで、いくらかの時間が掛かった。

 どれだけの時間が経ったのか、ようやくニーナは、抱きついた手を解き、僕と向かい合った。

 泣きはらした瞳は痛々しかったが、気持ちは落ち着いているようだ。

 そこで、なにかを伝えたそうに、少し考えて。

 意を決すると、僕の手を取り、胸元近くに引き寄せた。

 そして、僕の手のひらを上向きにする。

 ニーナは、左手で僕の手を支えたまま、その手のひらの上に、自分の右手の人差し指をなぞらせた。

 僕の手のひらで、いくつかの文様を描いていく。

 僕は最初、それが何なのかわからなかった。


「…ハナし………」


 幾度もいくども、それを繰り返す。


「…ハナしす……」

「…ハナしする…」

「おハナしするね」


 ニーナは、筆談で僕に語りかけていたのだった。



 ニーナと『カイワ』したこと。


 ニーナは、シャナンが生贄を偽って、自分を(ほこら)に連れてきたことに気づいていたようだ。

 けども、それを自身の運命と受け入れたようだった。

 また、ニーナも、シャナンと同じように、(にえ)の儀式についての知識も持っていたが、それを僕に言い出せずにいて、ゴメン、と僕に謝りたかったのだそうだ。


 僕とニーナは、玄関前で座り込みながら、そうやって、たどたどしい『カイワ』を繰り返した。

 この屋敷で過ごしてきて、お互い話せずに、ずっと積もり積もってきたことを、今ここで話しているわけで、それはとりとめもなく、そして際限もなく続くような『カイワ』だった。


 その『カイワ』の途中、明けさらしのままとなっていた玄関に、一人の男が現れた。

 先日、シャナンと話しているところを見かけた、行商人風の男である。

 僕にはもう、その男の用件は、概ね想像がついている。


「次の(にえ)の日取りが決まりました。ユイさん、明後日の早朝、虚階(きょかい)(ほこら)にお越しください」

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