領主ルイン
シャナンが僕に語った真実はこうだ。
この地は、血肉を無くした化け物『ルイン』に支配されている。
『ルイン』は、かつて、この地を治める領主だった。
だが、呪いを受けることによって、肉体を無くしながらも、永遠を生きること、と、この地を治めること、の、二つの業を背負うことになった。
また、その呪いには、忌まわしい儀式が付則されていた。
領民は、贄の神託を受けた際に、その領民の中から贄を選び、領主に供しなければならない
この洋館は、『贄の神託』の『贄』として選ばれた者たちを仮住まいさせるためにあるのだ、という。
この洋館に預けられた者たちは、その後、改めて発行される神託によって儀式の日取りを告げられ、領主への供物となる、とのことだ。
おそらくは、僕も、その『贄』として選ばれた者なのだろう、というのが、シャナンの見解だった。
そして先日ついに、ニーナの捧げられる日取りが決まった。
一昨日の夕食のあと、シャナンはニーナを連れて、この屋敷から更に山を登った所にある、『虚階の祠』に行き、そこにニーナを置いて来た、という。
捧げられた者は、領主ルインと同じく、その肉体を失い、その魂は、領主ルインに取り込まれる。
つまり、ニーナはもう、この世にはいない。
死んだのだ、と。
僕はその話を聞き、愕然としていた。
ニーナは、既に死んでいる。
僕もじき、殺される。
シャナンを責めることはできない。そのシャナンもやはり、贄として殺される。
なら、なんで逃げないのか。
シャナンはその考えにも否定的だった。
「もちろん、儀式を前に逃げ出す人はいるけど……、そうした人はみんな、今度は領民みんなに追い回されて、最後は領民たちの手で殺されてきたの」
だからといって、僕は、この儀式が執行されるまでのあいだ、黙って殺されるのを待つ、など、考える気はなかった。
ニーナは、ニーナのことは辛いが、今はそんなことを言っている場合ではない。
シャナンとともにここから逃げる。シャナンが逃げるのを良しとしなくとも、引っ張ってでもここを出よう。
僕はそう結論を出す。だが、時を待たずして、それは起こった。
屋敷の玄関で、扉に何かがぶつかったような、激しい音が響いた。
続いて、金属の蝶番が情けない悲鳴をあげる音、壁になにかが叩きつけられる音、が響く。
玄関の扉が蹴破られたのだろう。
そして、ごう、と風が吹き込む音がした。
その、玄関で聞こえていたはずの風の音は、次の瞬間には、ここ、食事部屋全体に轟く嵐に変わっていた。
部屋を、強烈なつむじ風が襲う。
その嵐の中央に、何か、漆黒の、見通せないなにかがいた。
僕はそれが何であるかを確信した。
領主ルイン。
その忌まわしい語韻は、今この目の前にあるものを形容するのに何よりふさわしい。
だが、これが今、ここを訪れる道理はない。
何が起こっているのか。
「領民は、贄の神託を受けた際に、その領民の中から贄を選び、領主に供しなければならない」
誰かが、さきほどシャナンから聞いた、その文句を唱えた。
シャナンではない。
その声は、かん高くひどく癪に障るような、しゃがれ声である。
声の出所を探ると、そこに、一羽のカラスがいた。
カラスは、その、どこを見つめているのかわからぬ黒い瞳でもって、周囲を見渡し、こう言った。
「その娘は約束を違えた。昨日の早朝、捧げられるはずだった者は、祠に居なかった」
僕は、まだ状況が飲み込めていなかったが、カラスの言うことが確かであれば、ニーナはまだ、生きているのかもしれない、と思った。
ニーナはおそらく、祠から逃げ出したのだろう。
誰にも見咎められていなければ、生きている可能性は大いにある。
が、カラスが次に語った言葉で、僕はまた、わけがわからなくなった。
「今日、そこの”領主”は、先日捧げられるはずだった者、”シャナン”を引き取りにきた」