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脱出小説  作者: 舎模字
3/8

日々コレ好日(略して日々コレ)

 昨夜の食事のあと、シャナンが僕に、部屋をあてがうのを忘れなかったのは、運が良かったと言うべきだろう。


 睡眠を全うするのには十分なサイズのベッド、そこに張られた清潔なシーツ。

 その上で目覚めて、上半身を起こし、窓の外を眺め見る。

 惰眠の中、耳に届く音で想像がついていたとおり、外は曇天で、ただひたすらに雨が続いていた。


 この屋敷で暮らす上でのルールは、そう多くは無いらしい。


 そのうちのひとつは、食事は計2回。昼と夜に行なう、ということ。

(昨夜、シャナンが教えてくれたことだ)


 それ以外の時間については、各人が自由にしていていい、ということ。

 炊事、洗濯の類は、シャナンが一手に引き受けているようで……。流石に申しわけなく思い、手伝うことを申し出たが、その提言はシャナン理論によりあっさりと一蹴された。


「私は綿密な段取りと時間配分をもとに家事全般を廻しているのであって、そこに他者が入り込むことで効率が阻害されるのは、絶対イヤ!」


 論の過程については、事実と若干の差異が見受けられ、いささか正当性を欠いているように思われたが、最後の一文節の重みに関しては、僕もニーナも、言を持たない(てか、ぶっ殺されそう)。


「……でも、これから寒くなってきたりしたら、洗い物とか辛くなるし、その時は手伝ってもらいたいときもある……、かも?」


 と、そんなひと言も漏らしていたから、家事に関して言えば、当面は気遣いする必要もなさそうで、別にできることを探した方が良さそうだ。



 部屋から抜け出し、階下のリビングに向かう。

 リビングにはテラスが設けられていて、天気が良ければテラスに出るのも快適だろう。残念ながら今日は雨なので出られそうにないけど。


 リビングには既に先客がいた。採光用の窓近くに設けられたテーブルで、手に持った本に見入っている女の子。ニーナだった。


 僕も、なんとはなしに、リビング中央に備え付けられたテーブルに陣取って、そのニーナの横顔を垣間見る。

 ほっそりとした顔立ちや、小柄ながらもすっと通った鼻すじ。本に落としたままの目線と相まって、その端正さはカメオに施された象嵌を彷彿とさせられる。月並みな表現だけど。


 眺めている中、ニーナは、つと顔を起こし席を立ったため、僕は見とれていた目を適当に横に逸らす。

 ニーナは、といえば、そのままリビングを出て、階段の方に歩いて行った。本を携えていたから、たぶん、読み終わった本を取り換えに自室に向かったのだろう。

 その想像通り、しばらくするとニーナは、手に新しい本を持ってリビングに戻ってきて、窓際のテーブルでさきほどと同じように本のページを繰り始めるのだった。



 その数日の間、ずっと雨の日が続き、僕たちは屋敷内で、そんな感じで過ごしていた。

 そんな感じとは、シャナンは屋敷内のほうぼうで、「こう雨続きだと洗濯物溜まっちゃうよー」とか「くっそ! 薪に火がつかん、くっそ!」とか、洗い物を終えて裏口から入ってきて「外さっぶ、めっちゃさっむいわー!」とかの奇声をあげるなか、昼と夜には三人集まって食事をして、と、ささやかでのんびりした時間の過ごし方をしていた、という意味だ。


 そう、ある時、シャナンになにか手伝うことがないかを聞いたときに。


「んー。ちょっと思いつかないから、自分で考えてー。二階の個室のほかは、自由に使って構わないよ♪」


 と、屋敷の鍵束の置き場所を教えてもらってからは、僕の日課に屋敷の探索が追加された。

 戦果としては、地下室に工具一式が置かれているのを見つけることができた、ぐらいだろうか。

 外装の痛んだ部分を直すのもいいかな。雨が上がったら、の話になるけど。


 これで調度の手直しぐらいはできそうなので、さしあたり、リビングにある椅子、脚が不揃いで座るとガタガタとうるさい、のを手直しすることにした。

 シャナン班長にも了承済み。後片づけは綺麗にやること、との条件で、リビングでの作業許可が下りた。


 で、補修の作業に取り掛かった僕だったが、今度はその作業を、ニーナにもの珍しそうに眺められる始末で。


 --ニーナごめん。いつも君のこと見つめることあって悪いけど、逆に見つめられるの、きっついわー。


 と、冷や汗をかきながらも作業に集中集中……。椅子の脚を切りそろえ、無事改修できたあとは、ニーナも木くずの掃除を手伝ってくれた。



 あと、僕にもようやく、ひとつだけ思い出すことができたことがあった。

 自分の名前だ。


 僕の手荷物、それは数少ないものだったのだけど、うちひとつにナイフがあった。

 そのナイフの柄には『ユイ』という名前が刻まれていて、最初は心当たりがなかったのだけれど。眺めているうちに、それが自分の名前であることに確信を持つようになった。


 ある日の夕食で、僕はふたりに、自分の名は『ユイ』だ、と、ささやかな告白をした。

 でも、自分自身の出自は相変わらず思い出せないままで……。


 それを弱気と受け取ったのか、シャナンはいつもの調子で。


「記憶喪失って、時間で治ることも多いらしいし、気楽に構えてたらいいと思うよ。……ユイちゃん♪」


 ニーナも、いつものやさしげな笑顔で。


 ふたりとも、それに答えてくれたのだった。





 その日は、連日続いた雨があがり、空は真っ青に広がっていた。


 こうした日は、寝起きからして気持ちいい。

 伸びをしながら階下のリビングに降りていく。


 --今日は、テラスでのんびり日向ぼっこを楽しもうかな♪。


 と、そんな僕を待ち受けていたのは、まあ、当然ちゃあ当然な、現実(リアル)だった。


 リビング脇のテラス、そこに張り巡らされた(ワイヤー)の数々。

 (ワイヤー)に掛けられ(ひるがえ)るのは、大きいものはシーツから、小さいものは服や下着まで、の、数々の洗濯物だった。


「ふっふーん♪」


 と、一息つき、『いい仕事したっ!』アピールしている娘は、やっぱりながらシャナンさんである……。


 リビングには既にニーナ嬢も居て、いつものように窓際のテーブルで読書をしていたのだが、その顔にはいくぶん、うらめしそうな表情が浮かんでいる。

 その様は、日当たりの良い場所を独占され、暖かな日差しを奪われた猫たんを彷彿とさせた……。


「さて♪」


 (ひるがえ)る洗濯物の壮観さに悦に入っていたシャナンは、リビングにいるローテンションな約二名である僕たちをその目に収めると、眉をひそめ目を細めた。


(シャナンさん、老眼なのかなー? そんなわけないですよねー)


 そこで一転、シャナンは優しげな表情(目は笑っていない)になって、こう言ったのだった。


「んーー。まぁだ洗濯できてないモノがあったかぁ。そうよねー。ここ数日、ろくな働きもせずに屋敷にこもってしこしこやってたあんたたちが居たんじゃあ、こんな上天気でも陰気になるってぇもんだぁ♪」


(いやいやいや! 『家事はまかせてっ☆』て言ってたのはアンタだし。しこしこなんてしてませんしっ!)


 語注:しこしこ(副) (1)弾力があるさま (2)地道に継続するさま

 ※この場合の用法は(2)に該当します


「ちょおっとあんたたち。お外で虫干ししてらっしゃい!」



 と。


 そんな経緯で屋敷を追い出された、洗濯物1号『僕』、と、洗濯物2号『ニーナ』、は、洋館裏手にある丘へと来ていた。


「虫干しついでに、焚き付け用の小枝拾ってきてー。ほいバスケット♪」


 屋敷を追い出されて、まあ適当に散策するか、と思っていた僕だったが、そこでニーナが僕の袖口を引っ張りながら、顔を見上げて来る。


 --ついて来いって意味かな。小枝拾いは慣れてるのか。


 そうして来たのが、この裏手の丘だった。

 昨夜までの雨で、地面はぬかるみ草々は湿っており、木々は雨露をたたえていたが、陽光はさんさんと降り注いでおり、肌に暖かく、たしかに虫干し(もとい日向ぼっこ)にはいい塩梅だった。


 丘を吹き抜ける風も気持ちいい。


 --地面が濡れてなければ、寝転んでみたい気分だなー。


 僕がのんきに陽光を楽しんでいるなか、ニーナはせっせと灌木から枯れ枝を摘んで、僕の手に引っ掛けられたバスケットに入れていく。その僕の手の袖は、今もニーナに掴まれたままだ。その様は、迷子にならないよう気遣う親子のようだと思った。


 --あ、この場合、どっちが親で、どっちが子供なのかなー。


 などと僕が呑気な考え事をしている、と、その袖が唐突に引っ張られた。


 今いるこの丘は崖に面しており、ところどころで岩が隆起している。引っ張られた先、そこには岩に隠れたくぼみがあり、ニーナは今まさにそこに落ち込もうとしていた。


 僕はとっさにニーナの手を掴み、支えようとしたが、雨露で濡れた足元が滑り、僕自身もそのくぼみに落ち込んでしまう。


 --どうなったのか……。


 思わずつむってしまった目を開くと、そこは、さきほどと一段低いだけの平地だった。みじめに前のめりになり、頭から地面に滑り込んだようだが、若草がクッションとなったのか、特に怪我もないようだ。


 ニーナは、というと、地面にへたり込んでいた。こちらも無事なようだ。

 ただ、呆然とした顔をしているのが気になる。


「ニーナ。大丈夫?」


 僕がそう声を掛けると、今度はニーナは、激しく笑い始めた。


 声にはならない笑い。そうか、ニーナは喉がつぶれているんだな、と、ちょっと悲しい気分になったけど、肩を震わせて、真っ赤になって笑うニーナを見て、そんな気分はすぐに消え、僕の頬も自然に緩んでくる。


 それより、何をそんなに笑ってるんだろう、と。

 特に体に外傷はないようなので、自分では確認できない場所、顔を手探りで撫でてみた。


 --鼻血でも出てるのかな。


 と。


 鼻の下あたりに、硬質な手触りを感じた。


 どのような感じかというと、鼻の穴から、なにか固いものが突き出ている感じだ。


 その先を指で追う。


 その、硬質なモノは、僕の下唇まで到達し、そこで止まっている。


 ……さらに詳細に確認する。


 鼻の穴から出ている硬質なモノ(おそらく小枝だ)は、2系統、あるようだ。1系統目は、右の鼻の穴から、2系統目は、左の鼻の穴から、それぞれ伸びている。


 そして、それぞれが僕の下唇に到達し、止まっている……。


 賢明な僕は、概ね、どういう状況であるかを理解した。


 僕は知っていた。古典芸能の世界に、こうした格好で舞う、舞踊があることを。


 確か、その名は、『宴会芸』。


 鼻の穴と下唇で、二本の小枝をはさみ込み、踊る、という、伝説の舞踊法である。


 --って、いろいろねえよ!!!


 僕は、神に叫んだ(多分僕は、敬虔な一神教の信者なので)。



 そんな、ちょっとした事件はあったものの、小枝拾いイベントはなんとかミッションコンプリート。

 僕たちは今、屋敷に戻る最中だ。


 帰り道の僕たちは、仲良く手をつないで歩いている。ニ、ニーナさんが握ってきたんだからね!


 ……これは。


 さっきの事件で、心を許してくれた、ということなんだろうか。


 それとももしや。


 『この子は、ちゃんと手綱握っておかないと、どこかいっちゃいそう』的な?

 ま、まてまて! 崖から転げ落ちそうになった、ドジっ娘さんは、ニーナさんなんだからねっ!



 と、ちょっといい話はここまで。


 そんな僕たち二人を、屋敷で待ち受けていたのは、シャナンさん(ラスボス)、だったわけで。


 僕とニーナは、おおむね泥だらけだった。そんなわけで。


 お洗濯終わってスッキリ☆、とか思ってた清潔魔のシャナンさん(ラスボス)が、僕たちにどんな(バチ)を下したのかは。


 お察しください。


 To be continued...

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