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道化師の夜  作者: 陸奥
#2 「私が殺しをする理由」
8/16

@3 「路上のリピート音声」

 ストリートミュージシャンがギターを弾いて聴衆から拍手を貰い、お金を投げ入れてもらっていた。婦人風の女性が最初、それを投げ入れたのだが、彼がそれに気づくと、彼はその百円玉を拾い上げ、叫んだ。

「私の音楽は商業目的ではないのですが! これはお返ししたいのです!」と彼は言った。しかしその聴衆の中でそれが私のだから返してくれという本人の意思はなく、喧噪のなかでやがて拍手は止まっていった。そして彼は続ける。「ただ、これが本当の善の好で出たお金ならば、私はこれを寄付します。そこらにいるホームレスや孤児たちへと」

 彼がそう言った後、また別な拍手喝采が起きた。そして次々に小銭やらお札やらが投げ入れられた。彼のその目、この時代を生き抜くに相応しい人間の目だと私は一人ながら勝手に確信した。そうして彼を直視していた目線が彼自身のと重なり合った時に、脳裏に何かの電流が奔った。微粒ではあるがそれは電流だと感じさせる何かで、それが恐ろしいとか嬉しいとか普通の感性では読み取れないことに気づくと、いつの間にか彼の周りにいた聴衆は消え去り、後にはケースにギターをしまう彼の姿があった。そしてあろうことか彼はギターケースを持ち運びながらこちらに寄ってきたのだ。得体の知れない雰囲気をぶら下げながら、彼は段々と私に寄ってくる。

 近寄るなと声に出したがったが、出ているのはなぜか荒い息ばかりで、声という具現化したものは喉の奥に隠れて出てこない。

「僕のことをずっと見ていた。そしてお嬢さんのその目」

 そのストリートミュージシャンは私の空いた片方の手を紳士的に介抱すると、ひざまづいて、その目をかっと見開く。

「お願いだ! 今夜僕と同じホテルで泊まってほしい! 別段、それは女性に対してエッチな行為がしたいからとかではなく、僕は夜一人でいるのが嫌なんだ!」と彼は言った。周囲の人間に聞こえる声で言っているにもかかわらず、他の者は振り返りもこちらを見ようともしない。「寝なくともいいんだ。夜は寝るものと感じているの人間が僕は馬鹿らしくなってしまって、暗い中で行動するのが好きになってしまったんだ。先日まではパートナーの人間がいたんだが、僕が稼いでいたお金を盗んで逃げてしまって。今は独り身で、金もないただの浮浪者さ。でもね、そんな僕でもやはり夜が好きなんだ」

 私は困惑していた。こんな人間がいていいものだろうか。そしてその人間がなぜよりにもよって私にそんなことを言ってくるのだろうか。今日は厄日か、そしてもう逃げられないのだろう。その災厄からは。

「ああ、勿論君の意見も聞くよ! 君が嫌だと言えば僕はこの道でどうにか一日だけでも僕に付き合ってくれる人間を探すだけだから。無理を承知でね」と彼は言って笑った。なぜその状況で笑えるのか、私には分からなかった。

「なぜ、私を選んだのですか?」と私は訊く。確かに彼はちょっと変わってはいるが、ロボットではないし(目の色は両方とも黒)、私と同じような匂いがしたから、少し安心して声も出せていた。

「君が前のパートナーに似ているからさ。目がちょっと吊り上がっていて背丈も百五十前後。低身長なのに結構長めの長髪。そして、人の目を一際引くその金髪」と彼は言った。笑顔はどこからか、消えていた。「その金色、染めたんじゃない。生まれつきだろう?」

 私は何も答えられなかった。答えたくなかった。昔のことなど。増してや、血統の話などは。

「ああ、ああ、変な質問しちゃったかな? 謝るよ、もうしない。でも、訊いておきたいんだ。イエスかノーか。今すぐではないけれども、できれば今聞きたい」

 彼の目をまじかで見てやはり分かった、この男が言っていることは本気なのだと。多分彼は私を体目的で誘っているのではない、本気で夜を旅したいと思っているから私を誘っているのだと。ならば私も本気の回答をしなければならない。逃げたり保留したり、そういう部類の答えはかえって自分のプライドを傷つけていることに同じ。

「答えは」

 生唾を飲む。そしてその時だけが一瞬止まった気がした。

「イエス」

 自分でもその答えが出たことに驚いていた。私は多分仕事のことを半分忘れているのだろう、と思う。神奈川に一人で来たゆえ、遊びたい心が出てきてしまっているのか、欲に自分自身を飲み込まれてしまっているのか。非常に情けなかった。

 彼はイエスと叫びながら、身を反らせて笑った。本当に愉快そうだった。

「感謝するよお嬢さん! 今夜限りのパートナーかもしれないけれど、嬉しく思うよ! 僕の名前は斎藤守。君の名前は?」

「白木依緒」と私は言う。

「イオ? いお? 珍しいけど、いい名前だね! 非常にグッジョブだ!」

 愉快そうな彼は笑って笑って道端にいる人間の笑顔を誘った。彼には彼なりの能力がある。そしてそれは、奇しくも私の幼稚な現象と似ている。形は違えど、彼は私の理解者になってくれる人間かもしれない。

 そして、彼は夜が好きだと言っていた。私も夜が好きだ。太陽が出ているときは違う雰囲気。物静かで殆どの人間は寝てしまっているのに私たちだけが出歩いているという快感。そしてどこかで聞いたフレーズ。

 『道化師たちは夜を練り歩く』


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