@5 「塞いだ心」
「鬱病だったのに、拾ってくれた」と依緒は言った。公園のベンチで座りながらコンビニで買ったプリンを食べている。
「拾ったんじゃないさ。おまえが紛れ込んできたんだ。それにお前の鬱病は殆ど治っていたし、抗うつ薬の副作用でちょっとした幼児化が発症しているだけだった」
「だから、殺しには関係ないから、事務所に私を置いてくれている」
筒井は黙った。
「“手足がない奴は殺人を犯せない”。精神病を患っているけれども “手足がある私は殺人を犯せる”。そういう考え方じゃないの」
筒井は笑った。笑って依緒を見た。
「やっぱり言葉足らずだ」と筒井は言った。「人を殺すことに道具はいらない。野暮な話をするようだが、許してくれ。誰かがな、ああ、誰かがな、この世に神がいると誰かが暗示させた。少なくとも人間は、神に近い存在になりたいかと問われれば、誰もがイエスという回答をする。それが人情だ。だから俺たちは“死こそが神に近づける唯一の方法”という暗示を示せばいい。それだけで俺たち以外の存在が、限りなく〇に近い状態になる」
依緒は唖然とした様相で、彼のその一貫とした無表情を見つめている。少なくとも彼女のその頭の中で、その物事に関する整理はついていなかった。ついで、暗示という言葉の意味も分からなかった。
「潰し合うの?」と依緒が言った。少々まごついている。
「違う、あくまで俺たちは傍観者だ。馬鹿な奴らはそれだけ残せば死んでいってくれる」
「分からない」
「知的に考えなくていい。なんでも、明快にそして単純に考えていけば、誰もがたどり着ける。最も利己的で知性的な結果に。俺たちがどんなに力が弱くとも、彼らはそれを知らずに死んでいってくれる。一番理想的な終わり方なんだ」
依緒は退屈そうに足をぶらつかせる。表情は無であったが、彼女の心は完全に暗闇に吸い込まれているようだった。
「なんにせよ、お前はお前でいい。死ぬまではお前のままでいい。あまり余計なことは考えるな。考えると頭が痛くなるだろう。それは頭が思い出したくないことを思い出させるぞと言っている警告なんだ。なんでも無理やりやろうとすると、壊れっていうものが生じてしまうからな」
筒井は思い出したように、ジーンズのポケットからチョコレートのが入ったケースを取ると、依緒に黙ってそれの中身を差し出した。彼女は夜の暗さに隠れたチョコをその手から受けとる。それから平然と口に投げ入れそれを食べた。
「甘い」と彼女は頬を押さえて言った。笑顔だった。
「甘いだろ。チョコは甘い。そんなの考えるに至らないんだ。チョコはチョコ。甘いは甘い。お前はお前。そういった事柄に理由なんているか?」
依緒は答えない。チョコの甘さに身を浸らせているためか、その目は穏やかな曲線を描いて閉じられている。
「ありがとう」と依緒は言った。
「どういたしまして」と筒井は言った。