@2 「サブ」
「まさか最初はこんなことになるとは思っても見ませんでしたよ」と茶髪の男は言った。手には缶ビールが握られていて、顔は微かに赤い。
「お前の場合は尚更か、まさか家族が入れ替わっていたとは思いもよらなかっただろうし。それを処分する羽目になるとはな」と黒髪の男は言った。手には日本酒の紙パックが握られている。
二人は公園のベンチに座って街灯に集まる蛾の集団を見ていた。それは二人とも同じくである。深夜の二時。閑静な住宅街の公園は何とも言えず、不気味な雰囲気に包まれ、飲み込まれている。時折赤子の鳴く声がしたが、彼らは別段何とも思わなかった。
「妹を殺した時の声、あれに似てました」と茶髪の男は言う。
「泉に妹なんていたのか。殺害したのは家族だけって聞いていたからそれは知らなかった」
泉と呼ばれた男は缶ビールを口にする。「対象を殺せだなんて、非力な人間に頼むことじゃないのに。なぜ僕らが」
「非力じゃないとダメなんだよ。奴らは俺たち手駒からの直撃を恐れている。だから非力な人間を選んだ。非力且つ特徴的な力を持つ人間を。俺たちに“役立っている”という慢心を抱かせるためにな」
「筒井さんはなぜそれを知って長年この場に身を置いているのですか?」
筒井と呼ばれる男は日本酒のパックから伸びたストローを口にする。「元は復讐すべき女が対象にいたからだ。殺害しても法律に触れず、且つ大金を貰えるだなんて当時の俺にすればこれ以上ない最高な話だったんだ。だから俺は一思いにその女をやったよ。中身が“ロボット“であるとも知らずにな。脳天をぶっ叩いて目を抉って両手両足を取ってやったよ。本体はダルマ状態さ。あれを見た時にはこの上ない快感を覚えたね。でもその後でそいつがロボットだと言われて驚いたんだ。まるでに見えなかった。機械には。進化してんだな。化学も人間も。昔は人工知能搭載の人間を模した機械作りの物体がロボットだったっていうのに、今じゃ人間の細胞を使って知能を搭載させただけのからくりになってやがる。機械が使われているのは知能の中枢機関のチップだけ。まったく、腐ってやがる」
筒井は酒を飲みほすと、それをゴミ箱の中に投げ入れた。
「それがまた、宗教団体の特許だというのがまた面倒な話ですね」と泉が言う。
「宗教団体というのは名ばかりの国家権力機関だというのも面倒な話だ」
泉もそれを飲み終えると、筒井がパックを投げ入れたと同じゴミ箱の中にそれを捨てた。
月が出ていた。雲間に見える月光が辺りを照らしている。深い夜であるのに辺りの草木が平然と目視できるほど明るい。
彼らがロボットといっていたものは、人の姿を借りた知能的物体のことだった。彼らはそれを対象と呼び、世間に害悪を及ぼす個体だけを抹消しなくてはならなかった。機械は機械であるから命令通りにしか動かない、という考えは過去の贓物となった。今現在の状態では彼らは命令に逆らうこともできるし、最善とも言えない中間策さえも自己の考えで行うことができている。天賦の才能や天才の知性といったものは生憎持ち合わせていないが、普通と合わせられるということ自体が厄介な事であった。ずば抜けた人間を探し当てるのは差ほど労を労わせない所為であるが、普通の人間を探し出せというのは殆ど無理な話。関東支部、関西支部と彼らの組織は別れてはいるが、その範囲内に対象がいるとは限らないのだ。追われていると感づかれれば対象は逃げる。または中間策を取ってその場に居留まったり、近くに越したりと様々な行動をとる。彼らはそんな中から特定の一人を探索、殺害しなければならないのだ。しかし、実際のところは殺害をする目的などはまったく告げられていない。それ以前に、組織というものがどこまで成り立っているのかが不明で、内部は誰もが知らないのだ。ある日突然電話がかかって来ると、“職”と呼ばれる人間が電話口で対象の人間を殺害すれば大金と未来を約束することを告げる。職が言う未来とは法律に触れないことは勿論、事故死や他人からの殺害は限りなく〇に近い数字で行われないということ。一言で言えば寿命をまっとうするまで、“死の機会“、”死の危険“は避けて通れるという事だ。ただその一通の電話は本当に特定の人間にしか送られない。組織の条件にあった人間しか巡り会えないチャンス。それを蹴るも蹴らないもその人間次第なのだ。一般人は彼らと同じ一般人の中にロボットが紛れているなど知らずに過ごしている。だから大抵の人間は信用をせずに、その話を笑い話にして一蹴する。ただ、一蹴した人間に送られる一言は、他言をすればそちらを対象にする、という旨のものだった。
ロボットは周囲に自分の存在を知られてはならないという掟を持っている。知られれば中のマイクロチップが盗用される可能性がある為だ。いくら表立っての特許とはいえ、世間に流れるのは最先端を行くIT技術の開発などと言ってごまかされる。裏の顔はそういった体である。もしロボットが周囲にばれる事態になれば、当然それは処分され、知った人間の存在は消される。ただ、未だかつてその事例は例外の一つを除いては〇。ありはしない。その事例というのが特殊なのだ。ロボットの存在を知ったのがロボットであったというもの。ただその事件に関しては、筒井、泉共に噂程度にしか認知していない。全容は全くの闇。それすらあったのかと疑うほど、その認知度は低いのだ。
「戻るか」と筒井が口にする。
「鍋の材料でもコンビニで揃えていきましょうよ。折角、あんなに小さな女の子が決起してこちら側に入って来てくれたのだから」と泉が言った。
そうするか、と短い黒髪をいじりながら彼は答えた。