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11月29日 大幅な文章編集と、章管理を行いました。
黒髪の男が笑った。だから黒髪の女も笑った。白々しくも、周囲の人間も笑った。
「馬鹿どもがいなくなるのも寂しいものよなぁ」と男は言う。「なんでこうも不幸が続いてしまうんだか」
「気にしてたらいつまでたっても終わらない。彼らは安寧の中の犠牲になったんだ」と女は言う。「それにしても幸福は訪れない」
「その安寧の中にってのが紛らわしいんだ。お前は死を安らかだと表現できるのか?」
女は答えなかった。金髪の長髪を持った女が答える。
「手榴弾のピンを抜いた時は安らかな気持になれるのに。何故?」
言葉足らずは黙ってろ、と男は強気で答えた。金髪の女は黙った。代わりに黒髪の女が口を開く。
「まだ若いのにいい考え方をしている」
黒髪の女は静かに席を立つと、金髪の女に寄り添って頬に接吻をした。背丈は金髪の女の倍近くある。ロングの金髪に比べ、黒髪はショートだった。
電話が鳴る。しかし誰も取らない。取ろうとする挙動すら見せなかった。
茶髪の男が煩わしいという言葉をぼかして口にし、受話器を取った。皆それをただ眺めている。彼は電話口ではなにも喋らなかった。不穏な空気がその場を支配すると、事務所のドアが開く。冷たい空気を引きつれ、風が部屋を蹂躙する。現れたのは帽子とマスクを被った小さな少女だった。
「ああ、ああ、多分いまきた」と茶髪の男は穏やかな口調で言う。と思えば今度は唐突にいきりたった様子で受話器を元の場所へ置いた。電話機を置いてある事務机が揺れる。
「オッドアイとヘテロクロミアをまた間違えやがった、あの野郎」と茶髪の男が言った。
「どちらも同じだ」と黒髪の男が言った。そしてため息を吐く。
女二人はドア前にいる少女の頭を撫でている。
「やっぱり何にも無かった」と少女は言う。頬には涙腺が描かれている。「ごめんなさい」
感情の起伏が激しいんだ、なにしろまだ幼すぎると黒髪の男は茶髪の男に耳打ちする。仕方がない、と彼は答えた。
「事務所には私たち三人が残るけど、男二人は何処に?」と黒髪の女が言う。すらっとした体躯が彼女を華奢だと思わせない。両隣には手を繋いだ金髪の女と少女がじっと男たちを見て突っ立っている。少女は指を咥えていた。まるで家族のようだ、と黒髪の男は思った。
「そこらへんを歩いてくる」と黒髪の男は言った。「結局今日も公園のベンチに寝泊まりだ」
「多分港の近くにおでんの屋台でも出てますよ」と茶髪の男は黒髪の男に言った。「飲み明かしましょうよ、久しぶりに」
彼らはビルの二階の事務所を後にする。一階には質素なバーが開店していて、彼らもそこの常連だった。マスターとは親しい間柄にある。階段を降りてきた彼らにマスターは窓越しで会釈する。彼らも小さく一礼してその場を去って行った。