~8~
ギルド本部の二階にある応接室。
高価な調度品が飾ってあり、また椅子も最高級品である。
壷や絵画など平民の五年分の給与は最低でもするだろう。
王侯諸侯、各国のギルド重鎮などVIPとの会談に使われる部屋である。
もちろん盗聴、暗殺などを防ぐ結界も張られている。
そんな部屋にリディとレイダスは呼ばれた。
ギルド総長はどっしりと椅子に座ったまま、鷹揚に話しかけてきた。
「さてレイダス、久しぶりだな」
「久方ぶりである」
この辺りはさすが王族だ、話し慣れてる。違和感など一つもない。
しかし次に視線がリディの方へ移ると、僅かに肩を揺らした。
「……ぷっくくく」
ギルド総長は思わず口元を手で塞ぐも、堪え切れず吹き出した。
「ぶわっはっはっはっはっは!」
「何がおかしい!」
「だってさ、どう見てもオールドベルトの馬鹿に見えないぜ。わっはっはっはっは」
リディに指差して馬鹿笑いをするギルド総長。
さっきまでの態度とは百八十度異なる、まるで友に対する口調だ。
「てめぇ、私の事を知ってたのか!」
「そりゃそーだろ。こちとら帝国ギルドのトップだぜ? ローンブレスも知ってるさ」
「くっそ、お前らに知られるとは一生の不覚だ」
「あの破壊神とか、粉砕の王とか呼ばれてたお前が、こーんなちんまい小娘になるとはな。過去最大のネタだよ」
そう、ギルド総長とリディは過去知人であった。というより、何度もパーティを組んだことがある仲間だ。
元Aランク中位剣士のアグノス、元Aランク下位の召喚術士兼拳闘士オールドベルト、そして現宮廷魔術士筆頭であり元Aランク下位の魔術士ローンブレス。この三名はAランク相当の魔物退治に何度もパーティを組んだ事がある。
いずれも十五年前は帝国を代表する冒険者だった。
それぞれ冒険者を辞めた後は、まれに酒を飲む間柄でもある。
「言いたい放題いいやがって」
「ま、日ごろの行いだな」
「お前のように腹黒な事なぞやっておらぬわ」
「腹黒はギルド総長の立派な仕事の一つだ。毎日まいにちお偉いさんの相手やらトラブルやら、ストレス溜まりまくりなんだぜ。たまには発散しなきゃやってられん」
「お前もそのお偉いさんの一人だろうが」
「心はいつも冒険者さ」
二人は暫く一頻り話した後、本題に移った。
「で、冒険者に戻るってか? うらやましい限りだ。俺も自由なあの頃に戻りてぇ」
「仕事しろ、仕事。それにこうなったし、冒険者くらいしかやれる事が見つからん」
「お前なら、三隊のままでも活躍できるだろ? レイダスもいるし」
「いや、それがな。この身体はハイエルフらしい」
「なに? ハイエルフだと?」
「この長いうざったい髪のお陰で耳が見えないから、まだ誰も気づいてないがな」
帝国は人間が治める国だ。国民として居住している他種族はいるが、国に仕える者は基本人間だ。
人間と他種族のハーフならば、数は少ないが居ることは居る。
だが純血の他種族は一人もいない。
「そうか、確かに純粋なエルフじゃ三隊戻るのはちょい無理だな」
「だからこそ冒険者なのだ」
「ふーむ、冒険者ならエルフとばれても問題はないか。でもよ、うちのアリサからお前の子供と聞いたんだが」
「養子のつもりだったんだがな。嬢ちゃんが勘違いしてただけだ」
「いや、さすがに人間の養子にハイエルフはないわ。ちょっと無理があるだろ」
「拾ってきたという設定ではどうだ?」
「確かにお前は結婚してねーし、拾い子に情が移って養子にしたとしても不思議じゃないか。陰謀説も出そうだが、契約獣のレイダスやあのメイドがついていれば、問題ないか」
オールドベルトという名は、この大陸でもかなり知られている。
オールドベルトを亡き者にし、その財産を狙う輩がいたとしても不思議ではない。
養子を取らせたあと、財産を狙うなどは王道のやり方だ。
それをギルド総長は心配したのだが、オールドベルトと契約しているレイダスやリヴァが、その養子と一緒に暮らしているのであれば別だ。
通常召喚術士が死んだ場合、契約していた魔物や精霊は契約解除され自由な身になる。
そしてそのまま去っていくのが普通だ。
しかし生前召喚術士と契約獣の仲が非常に良く、子供とも良好な関係を築いていれば話は変わる。
契約獣がその子供と契約を結ぶこともある。
ただ召喚術を習っていない、或いは力が足りない場合は当然命令はできないが。
あくまで見守るだけだ。
そしてオールドベルトとレイダスの仲が非常に良いのはかなり知られている。
オールドベルトの意向を無視し、不利益になるような事をレイダスはしないだろう。
「で、私のランクアップの件はどうなった?」
「俺の見る限り拳闘士のウデは格段に落ちてるが、召喚術は前よりあるな。さすがハイエルフと言ったところだ。個人的にはAやってもいいが、さすがにFからAは無理か」
「それは上げすぎだろ」
「C上位でいいか?」
「それも高すぎじゃないか?」
「お前、さっきドライアード呼んだろ? 結構な人数が見てたよな。Bランク呼べるだけのウデあるって証明してるからな。C上位あたりが落としどころだ」
「あまり目立ちたくはないのだがな」
「じゅーぶん目立ってるぞ、主にお前の容姿がな。ま、お人好しなのは変わらずか。わざわさ怪我治すとか、目立ちたいって言ってるようなもんだ」
「仕方あるまい、性分なものでな」
「じゃあC上位で決定な。あと一つ頼みごとがある」
ギルド総長は、今までとは打って変わって真剣な目でリディを見た。
「やっかいごとか?」
「そうでもない。実はな、俺の娘をしばらく預かってくれ」
「……は?」
「回復呪文使えるし、攻撃魔法もあの歳にすればかなり高い。ただし、実戦が足りねぇ。鍛えてやってくれ」
「まてまて、お前の娘ということは皇族だよな。皇位継承権もってるよな。十分やっかいごとだ!」
皇位継承権を持っている皇族を預かる、しかも平民が。
これほど無茶振りはないだろう。
ちなみに皇帝は男女の差別なく、平等になることができる。
「娘は確か十位くらいだから、そこまで高くない。というか俺のほうが高い」
「そりゃお前は陛下の従兄弟だし、四~五位くらいあるだろ」
現皇帝の兄弟は相続争いで破れ、皇族から外れている。
皇帝の子供(子供とはいえ、すでに二十は超えているが)は三人いるから、彼らの次に継承権が高いことになる。
「俺んところに回ってくる事はないさ。でなきゃ、こんな国政から外れているギルド総長なんていう地位に居られる訳がない」
「それはそうだが……。いやでもさすがに預かるのはな」
「だからこそCランク上位の肩書きだ」
Cランク上位といえば、かなり腕の立つランクである。国の隊長や団長クラスはないが、部隊長クラスとしてスカウトされる事もある。
「それと中身はともかく同性だし、年齢も似たようなもんだし、親同士が昔の冒険者仲間だし、となれば周囲も納得するさ」
「気楽な冒険者稼業が羨ましくて、嫌がらせしてきたようにしか見えぬわ」
「はっはっはっは」
「図星かよ!」
「いや冗談だ。それとこっから先は内密にな」
「内密だと? やはりやっかいごとかよ」
そんなリディを無視して、声のトーンを落とし続きを言い始めるギルド総長。
「娘は……シーラっていうんだがな。どうも天王バハムートっていうやつの巫女らしいんだよ」
「バハムート!?」
「馬鹿っ、でけぇ声出すんじゃねぇ。というかその言い方だとバハムートっての知ってるようだな」
天王バハムート。
海王リヴァイアサンと双璧をなす神獣である。
リディは以前リヴァからその名を聞いたことがあったから知ってたが、バハムートもリヴァイアサンも、存在は知られていない。
この世界に神は存在しない、それに伴い神の代理である神獣も居ない、というのが世間一般の常識である。
八百年前にリヴァイアサンが別世界から召喚した勇者が魔王を倒したが、一般的には偶然生まれた超人である勇者が魔王を倒した、と伝えられている。
「巫女って言うのは初めて聞くが、バハムートは以前リヴァから聞いた」
「巫女って、神に仕える立場の役職らしい。それにしてもあのメイド、前から思ってたけどめちゃ強いよな。雰囲気だけで分かる。Sランクくらいは軽くありそうなんだが、一体どこで捕まえたんだよ」
リヴァが海王リヴァイアサン、という事はリディとレイダスしか知らない。
他人には単に水竜と契約を結んだ、とだけ言っているのだ。
白竜であるレイダスと契約している前例があるから、水竜と契約してても不思議には思われない。
「それは秘密だ。というか召喚術士と契約獣の契約内容は他人には明かせられん」
「いやま、そうだけどさ。それにしても言っちゃ悪いがAランク程度の召喚術士が、Sランク相当の水竜と契約できるなんて、それこそ不思議だぞ。ぶっちゃけあのメイド、古竜だろ? ならば確かにバハムートなんていう存在知っててもおかしくないわな」
実際は古竜をも超える存在ではあるが。
「そういうお前もバハムートのことは知っているのか」
「シーラから聞いただけだ。いまだに信じられんが、見たことも聞いたこともない魔法を自在に操ってるのは確かだ。正直俺らが十四だった頃とほぼ同等の力を持ってる。しかも実戦経験なしに、だ」
「なるほど、言いたいことが分かった」
つまりギルド総長はシーラという自分の娘、いやバハムートという未知なる存在に対する抑えとして、古竜と思っているリヴァを当てにしている。
ギルド総長もリディも十四歳の頃にはすでにBランク下位まであがっているが、彼らは十二歳の頃から、いやリディに至っては八歳から山篭りしていたが、実戦で経験を得てきたのだ。
天性の才能と、努力と経験を得て、やっと到達できたのがBランク下位だ。
皇族という箱入り娘が、今まで何もやってないのにも関わらず、いきなりBランク相当の力を持つのは絶対裏がある。
もしかするとバハムートという得体の知れない存在は、遥か昔に倒された悪魔族の長である魔王ではないか。
そうギルド総長は推測した。
そうであれば、Sランク上位にも匹敵する魔物だ。伝説と言われている勇者や英雄と言った存在でなければ、倒せないだろう。
一番手っ取り早いのは我が娘を殺す事だ。今の娘であれば、自ら手を下せば簡単に殺せるだろう。
しかし親心としてそれは最後の手段にしておきたいし、仮に娘を殺したとしても、バハムートという存在が消えるわけではない。。
そして思いついたのが、リヴァという昔の仲間が契約していた竜の存在である。
過去一度も戦った姿を見たことは無いが、それでもSランク中位、いや上位にも匹敵するような気配を感じた。到底自分では太刀打ちできないレベルだ。
あのメイドであれば、仮にバハムートという存在が魔王だったとしても、抑えられるのではないか。
そう結論を下したときに、オールドベルトの件を聞いたのだ。
まさに天の采配だ。
そしてギルド総長は、ここ数日今か今かとリディを待ち構えていたのだった。
「だがバハムートは、魔王とかいう存在ではないぞ」
「それは本当か?」
「ああ、保証しよう」
「しかし万が一、という可能性は否定できん。やはりお前が面倒みてくれないか?」
「まあ私もバハムートというものは気になるしな」
「……助かる。あといざというときは「そこから先は言うな」」
ギルド総長は自分の娘を殺せ、と言いかけたが、リディが遮った。
「私は全力でお前の娘を守る。何しろ怪我してた初心者を回復するほどお人好しなものでな」
「すまん。この借りはいずれ返す」
にやりと笑うリディに対し、ギルド総長は頭を下げた。
「またうまい酒でも奢ってくれればいいさ」
「お前まだ未成年だろ。それとな」
「なんだ?」
「娘はやらんぞ?」
「ぶっ、私は今は女だ!」
「ならその言葉遣いもう少しなんとかしろよ。幸いうちの娘はお姫様だ、言葉遣い習っておけ」
「精進しよう」
こうしてリディはギルド総長の娘を預かることになった。
男の友情を感じました←




