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この大陸は、大きく三つの国といくつかの小国で構成されている。ラスタート公国、ハルギオス王国、アーフェ帝国、そして小国同士で構成されている北部同盟国と西部同盟国だ。
人種も多く、人族や亜人族、そして妖精や聖獣といった多種多様な種が存在する。各種族の仲は良くはないが、喧嘩するほどでもない。
その中で人口の一番多いのが、ラスタート公国、ハルギオス王国、アーフェ帝国を占めている人族だ。この三国で大陸の六割という面積を誇っている。
また、西部同盟国は主に亜人族で構成されており、北部同盟国は妖精、聖獣やその他小民族が住んでいる。
西部は森林資源や鉱山が沢山あり、それに加え気候も穏やかだ。逆に北部同盟国はほぼ年中雪に閉ざされている。環境が厳しい事から人口は少ないが、それに耐えうる強靭な種族が存在する。
また幸いな事に各国とも、食糧事情はほぼ問題なく、裕福とまではいかないが、飢えで死ぬこともほぼない。
これはおおよそ百年ほど前に、開拓開墾や栽培、果ては治水技術などがアーフェ帝国で開発されたおかげだ。これらは魔法技術として各国で成り立っており、日進月歩で改良されている。
これだけ飢えから遠い国ではあるが、残念ながら盗賊といったもの達も存在する。
悪魔の欲望にまみれ堕ちていったものであったり、ただ単に犯罪を犯して追放となったものたちだ。それら以外にも魔物や魔獣も存在する。
こういった外敵と戦うために軍が存在している。が、やはり国を越えて対応する必要も出てくる。
この為、北部同盟国を除いた各国が費用を出し合って冒険者ギルドを設立した。
冒険者ギルドは各国の主要都市に支部が存在し、外敵を排除するよう情報を共有し合っている。
また冒険者の中で、特に実力の高いものは国のお抱えとなったり、或いは軍に勧誘されたりしている。
オールドベルトもその中の一人だ。
彼の親もそれなりに有名な冒険者であり、幼少の頃から両親に鍛え上げられていた。恵まれた体格と、冒険者の親から教わった技術を持って、ここ百年来の天才と言われていた。
そんな彼は今……。
「はぁ、はぁ……何だこの……体力のなさ……は」
洞窟を出て森を彷徨うことわずか十分。息も荒く足元をふらつかせながら、木にもたれ掛かった。
起こった事は仕方がない、まずは行動しよう。そう考えて洞窟から出たはいいものの、以前と同じ感覚で走り始めたら、あっという間に体力が尽きたのだ。
以前だとこのペースならそれこそ半日以上走ることができたのだが、十二~一三歳の少女の身体にそれを求めるのは酷であろう。
「まさかここまで……ひ弱だった……とは」
息を整え、少しでも歩き出すように前へと進む。
「まずは……体力づくり……からだな」
しかしどう考えても、女の身体では以前のような体格にはならないだろう。いや、仮に男だったとしても不可能に近い。
「一撃で岩とは言わないまでも……せめて大木の一本二本は粉砕出来るくらいは欲しい」
常識的に考えて非常に無茶な要望だったが、それに気がつかない。今までが非常識で、それに慣れすぎているのだろう。
(体力作りには時間がかかる。ではその間どうするべきか? 三隊に戻るとしても……いやその前にこんな姿じゃ誰も私とはわからぬだろう。それ以前に召喚はできるのか?)
彼としては召喚はあくまでサポートであり、基本的に自分で攻撃するのが本当の戦いだと思っている。
(ああ、それにしても足がふらつく。さすがに限界だな、一旦休憩を入れよう)
そして水分を補給しようと、何気なく簡易召喚で水の精霊ウンディーネを呼ぶ。
(ん?)
五芒星が目の前の地面に描かれた時、少しの違和感を覚えた。疑問が二つ浮かび上がる。
一つは何気なく召喚術を使ったが、この身体でも問題なく使えたこと。そしてもう一つは今までより魔力の減少が少なかったこと。
いや、減少が少ないのではなく、魔力の総量自体が増えていたのだ。
(魔力量が前よりも増えてる?)
一瞬考え込んだが、すぐ思考を切り替える。
(まあ何が原因なのかは分らぬが、これだけでも助かるな)
オールドベルトは元々任務と戦闘以外、細かい事は深く考えないタイプだ。増えているならラッキー程度の認識でいた。
「ウンディーネよ、飲料用の水と……この血だらけの服をどうにかならぬか?」
水色の人型をした小さい水の精霊は、北西の方向へ指を指した。それに釣られてそちらを見ると、微かに何か光るのが見えた。おそらく水に反射された太陽の光であろう。
つまりは、自分で勝手に水場へいってこい、という事だ。
「ケチな奴だ」
渋々立ち上がるオールドベルト。
そんな彼(彼女?)の姿を見上げながら、ケチ呼ばわりされたウンディーネは少し不満そうな顔つきをした。
水の精霊とはいえ下級精霊なのだ。飲料水程度の量であればともかく、衣類を洗濯できるほどの水量は出せない。
用は済んだとばかりに、薄れ消えていくウンディーネ。それを見守った後、水のある方向へ歩き出した。
数分程も歩いただろうか、目の前にはそれなりに大きい湖が広がっていた。
季節は秋。まだそこまで冷え込んでない。更に時間はちょうどお昼頃である。
オールドベルトは気分よく服を脱いで、湖へと入る。
水の中に潜り長い髪を細い指で梳かす。
暫くそれを繰り返した後、水そばまで移動し、血だらけの服を水に漬けごしごし洗う。
何とか目立たなくなった頃、ふと水に反射した自分の姿を見た。
先ほどまでは気がつかなかったのだが、濡れた長い髪がまとまり、隠れていた耳があらわになっていた。
「こ、これは?」
耳を動かしてみると、ぴこぴこと可愛らしく小振りに動いた。
「まさか、この娘はエルフ?」
エルフは森の種族で、非常に長寿で精霊魔法と弓に長けた存在だ。容姿は端麗で、人間に比べ遥かに魔力に恵まれている。しかし逆に体力は最低の部類に入り、箸より重いものは持ったことがない、というエルフもよくいる。
「これはやっかいだな」
エルフは帝国内には殆どいない。西部同盟の中にある大きな森に住んでいる。
それほど人間と仲は良くないのだ。この少女の身元を追いかけるには、些か厳しいだろう。
「とにかく街に戻ってリヴァに相談するしかないか」
詮索は諦め火の精霊サラマンダーを召喚し、薪代わりにして服や濡れた身体を温めた。
「そういえば召喚は使えたが、契約召喚はできるのだろうか」
契約召喚とは、通常の召喚は魔法陣を作り強制的に一時的な契約を結ぶ。
この為、召喚される毎に同種族の中からランダムに選ばれ、また一回毎に契約は終了するのだ。
逆に契約召喚は、固体の魔物と契約を結んだものだ。こちらは契約した固体のみ召喚され、契約は基本永続である。
「ま、やってみるのが一番だな、召喚!」
オールドベルトが両腕を左右へと広げる。両手のひらの先にある二つの五芒星が妖しく紫色に光る。
「我呼ぶは白き威なる竜、契約を行使しその姿をここへ降臨せよ」
呪文を行使すると、不意に風が靡き蒼く長い髪が流れ、徐々にオールドベルトの身体が淡く光っていく。そして腕を上げ、二つの五芒星が一つへと重なり真紅へと染まる。
「サモン・ホワイトドラゴン=レイダス!」
呪文と同時に五芒星がぐんっと広がる。そして中から真っ白な竜がゆっくりと顕現した。
下位の竜や亜種ではない、正真正銘Aランクに相当する竜だ。
「ガアアアアァァァァァァ~~~~~~!!」
白竜が吼えた。周辺にいた小さな獣たちが慌てて逃げていく。竜はこの世界で最も強力な種の一つだ。その咆哮は自分より下位のあらゆる生き物を怯え怯ませる。
ただし、この白竜はまだ生後三十年と若い。体長も大人だと二十メートルに達するが、この固体は五メートル程度しかない。
「うるせぇよ!」
召喚と同時に魔力を身体に纏わせたオールドベルト。さすがの彼でも竜の咆哮を耐えるには、身体強化する必要がある。もし素で喰らえば怯えはしないものの、短時間身体が自由に動かなくなるだろう。
オールドベルトの叫んだ声が聞こえたのだろうか、白竜は自分の足元へと視点を動かす。
「アアァァ………あ?」
口を大きく開けたまま、暫し困ったような眼で召喚主を見る白竜。
「どうしたレイダス?」
「我はオールドベルトと言う、人にしてはふざけた力を持っている主に呼ばれたはずなのだが、我の目の前にいるのは年端もいかない少女のように見える。魂に刻まれてる契約は確かに主だと訴えておるのだが。我が主はいつの間に容姿を変えられるような技を身につけたのだ?」
「ちがうわ!」
「それにしても似合わぬぞ? 我は人間の美的感覚はあまり分からぬが、化けるにしてもそのような少女の姿を取るとは、あの肉だるまからは到底イメージがつかぬ」
「うるさい、好きでこのような姿になった訳じゃない」
白竜のレイダスとオールドベルトは喧嘩友達である。というか、オールドベルトが子供の頃、大人の白竜から卵を貰って孵ったのがレイダスだ。
レイダスの親は、とある上級悪魔の呪いにより亡くなる寸前、偶然鍛錬のために山篭りしていたオールドベルトと出会い、託したのだ。
三十年前といえばオールドベルトもまだ八歳の子供である。その年で山篭りしてたのも驚きだが、他種族である人間の、しかも子供に我が子である卵を託す白竜もこれまた驚きである。それだけ切羽詰っていたのかも知れない。
託されて一ヵ月もしないうちに、レイダスは卵から生まれた。最初の数年ほどはオールドベルトを親と思っていたレイダスも、オールドベルトが冒険者となった頃には判別がつくようになり、それから喧嘩友達として育ってきた。
ちなみにオールドベルトが召喚術を覚えるようになったのは、レイダスの影響が大きい。
竜種を人間の街に入れる事はあらゆる面で危険性が高いため、殆どの街で禁止されている。しかし召喚獣として契約を行えば、いわゆるペット扱いとして認められているのだ。
「しかしそれにしても主よ、どうしてそのような姿になったのだ?」
まだ未熟とはいえ、竜種の名に相応しく優雅にふんぞり返りながら問いかけるレイダス。
「実はな……上級悪魔の罠に引っかかってな、このような姿にされたのだ」
「また悪魔か! 我が親も殺され、主もそのようなか弱き姿にするとは、いくら憎んでも憎みきれぬわ!」
憤慨とばかりに、空へと飛び立ち湖へ向かって氷の息吹を吐くレイダス。みるみると湖が凍りつき、辺りの気温が一気に下がっていく。
「やめろこの馬鹿! 生態系を乱すな!」
思ったよりも常識のあるオールドベルトである。いや、決して彼は馬鹿ではないのだ。馬鹿であれば召喚術という魔法を覚えることなどできない。
「それでその上級悪魔は如何にした?」
一頻り暴れたレイダスは凍った湖の上に着地した。
「ちゃんとヴァルキリー呼んで倒したさ」
「なぜ我を呼ばぬ」
「竜と悪魔は相性が悪いからな」
悪魔は呪術と呼ばれる呪いを使い、搦め手で来ることが多い。翻って竜種は基本スペックが非常に高い為、自分の力を過信し真正面からぶつかる。いわゆる脳筋だ。
知性という面では他の竜よりも賢い白竜といえど、同じだ。
真正面から力のぶつかり合いであれば、上級悪魔といえど竜種には勝てない。力で竜種に勝つのであれば、それこそ魔王やそれに準じる最上級クラスの悪魔でないと不可能だろう。
真正面からぶつかっても勝てないから、悪魔は搦め手を使う。実際面白いように悪魔の罠に引っかかるのだ。
しかし人間相手なら悪魔は油断する。普通の人間であれば下級悪魔ですら勝てないからだ。そこに付け入る隙があるからこそ、オールドベルトもレイダスを召喚しなかった。
実際はオールドベルトも見事なまでに罠に引っかかり、このような少女の姿にされたのだが。
「とにかく命があって良かったよな、主よ」
「ああ、呪いとかかけられていたら、本気でやばかった」
「いや、我が思うにそれも立派な呪いだと思うぞ?」
「やっぱそうか」
「その呪いは解くことが出来ぬのか? リヴァ殿ならば可能ではないか?」
「そうしたいのは山々なのだが、元の私の身体は砂になって消えたよ」
「なんと! それではもう一生その姿のままか。しかしその少女はエルフ、いやハイエルフと見るが?」
「ハイエルフ……だと?」
竜の上位種として古竜がいるように、エルフはハイエルフという上位種がいる。通常のエルフよりも遥かに魔力を持ち、そして寿命は五千年を生きる。
竜であるレイダスとほぼ同じくらいの寿命だ。
「なるほど、先ほど召喚術を使った時違和感があったのはそれだったか。今までより遥かに魔力量も多い気がするのは気のせいではなかったか」
「先ほど呼ばれた時、異様に力が漲っておったぞ。思わず咆哮してしまったわ」
「確かにこの身体は魔力が多い。自分でもどれくらいあるのか見えぬ。だが、私は最前線で戦いたいのだ! しかしこの身体ではそれも出来ぬ」
項垂れるオールドベルト。
彼は拳闘士でもある。いやどちらかといえば、そちらがメインだ。
魔力を纏い闘う拳闘士だが、魔力さえあれば後は格闘センスで、ある程度は戦える。しかしやはりいくら高魔力を纏おうが、基本の身体が弱ければある程度までしか戦えない。
一を十倍しても十にしかならないが、十を十倍すれば百になるのだ。この差は大きい。
高い魔力と今までの経験を考慮しても、頑張ってDランクに毛が生えた程度だろう。
眼で追えても身体が動かない、ついてこない。それに下手に無理をすれば身体に負担がかかり、最悪壊してしまう。
かといって、この身体ではいくら鍛えようが鋼のような筋肉をつけることは無理がある。
「どうしたものか」
「まあ良いではないか。召喚術があるし戦えないことはない。それに何より我とリヴァ殿がついているではないか。正直以前は主が殆ど倒して、我の出番が無くつまらぬ思いをしておったからの。これからは思う存分我を頼るがよい」
「何だその上から目線は!」
思わず魔力を思い切り纏い、右ストレートをレイダスへお見舞いする。が、鉄を叩いたような音がしてはじき返される。
竜の鱗は生半可、どころかかなり高レベルの剣ですら、傷一つ付かない。以前のオールドベルトならば、レイダスは数十メートルくらい吹っ飛ばされただろう。
「くっそーーーー、やはりレイダスの鱗は貫けぬか!」
「主よ、今何かしたのか?」
「うっわ、何だそのドヤ顔は! てめぇ覚えてやがれ!」
「はっはっは、最高にいい気分よの」
人間という存在を遥かに上回り、数千年の寿命を持つ竜とはとても思えない、人間味あふれる白龍レイダス。
やはり小さい頃の教育は重要なのだろう。




