~16~
あの後、リディは皆を待たせている宿までゆっくりと歩きながら考えていた。
(今までは実感が沸かなかった。未だ祖国はアーフェ帝国、皇帝近衛第三隊の副隊長の気分だった。しかしもうオールドベルトは死んだのだ。あの二人、そしてこの少女の為にも、これからの私はハイエルフの冒険者として頑張らねばいかん)
自分のなすべきこと。
それは帝国だけではなく、エルフ、そして他の亜人族も守るべき対象とすること。
未だ未熟な力の分際で、守るとはおこがましいかも知れないが、それでも自分で出来る限りやっていこう。
(私は拳闘士に拘っていた。あくまで召喚術、魔法はサポートであり自らの拳で戦う事が、私のやり方だと思っていた。あの時倒した山賊の頭のように、人相手ならばこの身体でも倒せるが、強力な魔物では非力すぎる)
以前白竜形態のレイダスを殴った事があったが、全くといって良いほど効かなかった。
レイダスは未だ子供の竜である。それにも関わらず、ダメージを与えることが出来なかったのだ。
(やはり拳闘士ではなく召喚術を伸ばす。いや召喚術だけでなく、他の魔法も覚えるべきだ。拳闘士を捨てるわけではない。魔法と組み合わせて、戦術の幅を広げるのだ。そういえば魔法を教えてくれる、とリヴァが言っていたな)
リディが思いついたのは、宮廷魔術師のローンブレスだ。
彼の戦い方は、圧倒的な速さで魔法を使うこと。それゆえ炎獄疾風という異名を取っている。
しかし彼は魔法だけでなく、剣も多少ながら使えるのだ。
剣の腕自体はギルド総長に比べれば圧倒的に劣る、それどころかEランクの冒険者たちにすら勝てるか怪しい程度だ。
しかしローンブレスは剣を振りつつ、更に魔法を唱える事ができるのだ。
本人曰く、魔術士は接近戦に弱い。いくら僕の魔法詠唱が速いとはいえ、数メートル先に敵がいれば、どうやっても詠唱される前に殺される。だから牽制程度のつもりで剣を覚えたのさ。
(私も彼を見習って、拳闘士で牽制しつつ威力不足を魔法で補う。いや魔力は有り余るほど持っているのだ。いざとなれば魔力の塊をぶつけるだけでも、相当な攻撃力になる)
事実コボルトを魔力弾で倒したことがある。
以前の身体ならば、わざわざ魔力で弾を作るよりも殴ったほうが威力は高かったため、滅多に使うことは無かった。それに魔力弾はかなり魔力を消費する。以前ならば数回魔力弾を放てば、魔力切れを起こしていた。
だから、その分を肉体強化のほうに回した方がより効率的だ。
しかし今の身体であれば、それこそ百くらいは放てるだろう。
何の調整もしていない純粋な魔力を出すだけの魔力弾で百発は撃てるのだ。より洗練した魔法であれば、もっと威力を高くでき、尚且つ燃費も良くなるだろう。
(……っといかん、通り過ぎた)
考えながら歩いていると、いつの間にか宿を通り過ぎていた。
慌てて戻り、重厚なドアを開けて中へ入る。
どこにでもある一階は酒場、二階以上が客室の間取りになっているようだ。
そしてリヴァがいつものメイド服のまま、レイダスと供にテーブルについていた。
エリエルとシーラは居ない。おそらく客室で休んでいるのだろう。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お話は無事お済になりましたか?」
「ああ、結果的には良い感じになったかと思う」
「さようですか、それではこの件は無事終了でございますね」
にっこりと微笑むリヴァ。
しかしこの顔は全て知っている顔つきだと、リディは推測する。
「それよりリヴァ。私に魔法を教えて欲しいのだ」
果実酒を飲んでいたレイダスの目が少し開く。
「リディよ、とうとうお前も魔法を覚える気になったか」
「今のままではお前に勝てないし、やるだけやってみるのも経験になると思うのだ。で、リディよ、お願いできるか?」
「もちろんです、お嬢様。今夜からみっちりお教えいたしましょう。ご希望であれば遺失魔法もいかがですか?」
遺失魔法とは、既に伝える人物がいなく誰も使えない魔法の事である。
古い文献などに、名前だけや効果だけ記載されているものが多い。
当然のことながら、そんな魔法を使った日には目立つこと請け合いだ。
「出来れば素早く覚えられる魔法がいいのだ。遺失魔法では覚えるのに時間がかかるであろう。あと接近戦で使えるような、効果的な魔法が良い」
「さすがお嬢様、向上心が高いというべきか、注文が多いというべきか判断に迷うお返事でございますね。いくら魔力操作の基本が出来ているとはいえ、魔法は一朝一夕には覚えられません」
「それは分かっているが、それでも早く力をつけたいのだ」
「であれば、お一つお嬢様にぴったりな魔法をお教えいたします。呪文の詠唱もいらず、威力も魔力を籠めれば籠めるほど高まる、更に覚えるのは感覚なのでお嬢様なら半日もあれば十分と、とても便利な魔法です」
にっこり微笑むリヴァ。邪気が一切無い笑顔だ。
通常、一つの魔法を覚えるのに数ヶ月、使いこなすには年単位の時間がかかる。
どれだけ魔法に精通した人物であっても、一ヶ月はかかる。
普通であれば怪しさ満点だが、リディはリヴァのことを信用しているのか、疑いつつも乗り気だ。
「そんな夢みたいな魔法があるのか?」
「ええ、まさにお嬢様のためだけにある魔法でございます」
「では取り合えずその魔法を覚えるのだ。後はその魔法を使ってみてから考えよう。ところで部屋割りは?」
「エリエル様とシーラ様、そして私たちで二部屋借りております。お休みになられますか?」
「ああ、夜まで仮眠を取っているので、後で起こして欲しい」
「わかりました。ごゆっくりお休みください」
リディは一人で部屋に戻ると、そのままベッドに倒れこむようにして、眠りに入った。
酒場にはリヴァとレイダスが、残ったままである。
レイダスは、飲みかけの果実酒をちびちび飲んでいる。
リヴァの隣には、蒸留酒が樽で置かれている。それを片手で軽々と持ち上げて、カップに注いでは、一気に飲み干している。
あれだけ飲んでも顔色一つ変えないリヴァを見て、店主はかなり呆れ顔になっていた。
酒に強いドワーフですら、あれだけ飲めば多少は顔が赤くなるはずなのに。
話は変わるが、歴代の勇者が異世界からもたらした技術や文化は、人々の生活に根強く残っている。
特に食べ物と酒については、様々な発展をなしている。
蒸留酒や果実酒も、その技術で作られたものだ。
竜であるレイダスや、神獣のリヴァは酒に対して強い。
というか、毒の耐性が高いため、アルコールを摂取しても殆ど酔うことはない。
しかし彼らは、酒という人間の文化が気に入っているのか、好んで飲む。
そして果実酒を飲み干したレイダスは、底なしのように飲んでいるリヴァへ顔を向けた。
「ところでリヴァ殿」
そろそろカップへ注ぐのも面倒になってきたので、このまま樽ごと飲み干そうか、悩んでいるリヴァが、手を止めた。
「なんでしょうか」
「我が主に、いつ巫女の事を打ち明ける予定だ?」
レイダスは竜である。
竜族は先祖から脈々と受け継いでいる知識を、本能という形で継承している。
年齢を重ねるごとに、受け継いだ知識が開放されていく。
その知識の中から、バハムートとリヴァイアサン、二体の神獣の力を扱う巫女の事を最近思い出したのだ。
そしてその役割も。
バハムートの巫女は、攻撃魔術。
リヴァイアサンの巫女は、サポート魔術。
剣術に秀でて、更に幅広い魔法を使いこなす異世界より召喚されし勇者。
魔王は不滅の存在であり、倒すことは不可能とされる。
ただし勇者と二体の神獣のみが、魔王を封じる事ができる。
勇者の力が魔王の力を削ぎ、バハムートの巫女が魔王の力を押さえ、そしてリヴァイアサンの巫女が魔王を封じる。
過去数回、このように魔王は封じ込められた。
シーラはバハムートの巫女と自ら称している。
事実、過去一度見た彼女のあの攻撃魔法の威力は、火竜の炎の吐息よりも強力だ。
まず人間という器で実現できる威力ではない。
バハムートの巫女というのはおそらく正しい。
となれば、リヴァイアサンの巫女もいるはずである。
レイダスは、リディがその巫女の力を受け継ぐものと推測していた。
レイダスに問いかけられたリヴァは、一度目を閉じた後、再び開き若き白竜を見据えた。
それはいつもの黒い目ではなく、深い海の底のような蒼い瞳だった。
「まだその時ではない。いずれ魔王が復活し、勇者を召喚した時に全てが分かる」
リヴァから発せられた声は普段と違い、まるで神のような威厳のある声だった。
それに目を瞠るレイダス。
「若き白竜よ、汝の親も私の巫女と契約した事がある」
「なっ!」
普段からリディ以外に激しい感情を出さない、冷静なレイダスが動揺する。
「その子もまた、私の巫女と契約している。これもまた運命であろう。若き白竜よ、古の力を得て、我が巫女を助けよ」
「古の……力……。もしや古竜?」
レイダスがそう返したときには、もうリヴァの目はいつも通りの黒い目になっていた。
そして何事も無かったかのように、樽を持ち上げる。
「ではレイダスさん、私はこの樽に残ったお酒を頂いたあと、寝ているお嬢様の様子を見てきますね。夜まではご自由にしててください」
「あ、ああ。了解致した」
唖然とするレイダス。
リヴァは持ち上げた樽に口をつけ、一気に蒸留酒を飲み干した。
他の客が一斉にどよめきを上げた。
酒場の店主が、あいつ人間じゃねぇ的な目でリヴァを見る。
ある意味、それは正しい事だったが店主はそれに気がつかなかった。
今回も短めでした。
そろそろネタがばれてきましたね。