~15~
サイザリオンの町にある、比較的大きな古い宿屋。
四百年前に森が切り開かれ町ができた時、一番最初に建てられた宿屋だ。
この宿はエルフがサイザリオンへ訪れる際、よく使われるところでもある。
その宿の一室に、エルフ三名が集まっていた。
リディと、町の入り口で出会ったエルフの男女二名である。
歴史を感じさせる大木の切り株で作られたテーブル。それに合わせる形で、小さめの木の切り株の椅子。
二人と一人は互いに向き合うように座っている。
テーブルの上には、同じく木で作られたカップが三つ置かれ、冷たい水が入っていた。
あの後、何事かと尋ねてくるシーラたちを説得して、馬車を止められる宿へ移動させてから、自分だけここへ来たのだ。
「ふむ、ではもう我が娘は死んだ、しかし娘の身体にはオールドベルト殿の魂が入っている、そういう事ですね」
そう、彼らこそリディの元の身体の親で、シュルワード、リンとそれぞれ名乗った。
シュルワードは二十歳くらい、リンは十代後半に見える。
ただし外見がそう見えるだけで、纏っている雰囲気はまるで精霊のように自然である。
実年齢は千歳、二千歳と言われても不思議ではない、とそうリディは感じた。
そして彼らに、今までの経緯を話したのだ。
「申し訳ない、私の力不足で娘さんを助けることはできなかった。あまつさえ、悪魔の呪いによって、娘さんの身体に入る結果となってしまった」
リディは頭を下げるものの、二人の表情は硬い。
当然であろう。娘が帰ってきたと思ったら、実は中身は全くの別人、それどころか種族や性別すら異なると言われたのだ。
二人はそれ以降何も語らず、静かに時は流れる。
数分か、数十分か。
リディにとっては永遠とも言える時間が過ぎたとき、ようやくシュルワードが口を開いた。
「あの悪魔に攫われた後、もう娘は死んだものと思いました。しかしこうして戻って来てくれた。正直なところ、娘の身体は我々の森へ返したいと思っています」
つまり故郷の森に埋葬したい、という事だ。
エルフにとって森は生まれ故郷であり、神聖な場所である。
そこへ埋葬させたいというのは、エルフ族にとって当たり前であろう。
「ただ、それにはオールドベルト殿の魂が邪魔になります。出来るなら」
そこで一呼吸置いたシュルワード。
そして沈痛な表情で続けた。
「娘の身体を返していただきたい」
そう言うと同時に、凄まじい魔力がシュルワードからあふれ出す。
人間には到底真似できない、エルフ族の更に上位種族であるハイエルフの圧倒的な高魔力が宿の一室に充満する。
「私を殺す、という事か」
リディには痛いほどこの二人の気持ちは分かった。
しかし死ぬわけにはいかない。
更に言えば戦うにしても、この二人を殺す訳にもいかない。
だが、この魔力量である。手加減して勝てる相手ではない。
となれば、逃げの一手しか思いつかない。
そこまで一瞬で考えたリディだが、シュルワードが「しかし」と口に出した途端、魔力が収まった。
「我々エルフ族は、むやみに生ける者を殺める事は禁じられています」
「今回の件は、オールドベルトさんの責任ではありません。どちらかと言えば、オールドベルトさんも被害者です」
それまでずっと黙っていたリンが口を挟んできた。
「オールドベルトさんは、これからどうしていきたいのですか? 私たちは出来るなら、オールドベルトさんを連れて森へ帰ってきて欲しいと思っています」
しかしリディはその問いに関しては、即答した。
「このまま、私の家がある帝都で冒険者稼業を続けていく予定だ」
「それは、森へ帰ることは出来ない、という事ですか?」
「あなた方の生活があるように、私にも私の生活がある」
再び沈黙が場を支配する。
エルフの夫婦は互いに目を合わせ、そしてリディのほうへと向き直った。
シュルワードが口を開く。
「分かりました。もう娘は死んだ、そう思いましょう」
「それで良いのか?」
「当然良くはありません。が、生あるもの、いつかは亡くなるのが自然の摂理」
次にリンが真剣な眼差しでリディを見つめた。
「ただ三つの約束と、一つの願いを聞いてください」
その真剣な目にリディも姿勢を正し、どんなことでも受け入れる覚悟を決める。
「私に出来る事であれば」
「一つは、ハイエルフとしての誇りを無くさないで下さい。森を大切にし、むやみに殺めないで下さい」
しばし目を塞いだあと、リディは答えた。
「了承した。人、エルフ、亜人たちに仇をなす者以外の殺生はやらぬ」
その答えを聞いたシュルワードが、質問をしてきた。
「人間のみならず、我々エルフや他の亜人についてもですか。もし人とエルフが争った場合、どうされます?」
「出来るかどうかは分からぬが、力でなく対話を持って争いを解決しよう」
「ははは、確かにそれが出来れば最高ですね。期待しましょう」
目を細めるシュルワード。
リンは一口、カップの水を飲み、そして続けて問いかけた。
「二つ目は、オールドベルトさん、必ずあなたは幸せに生きてください」
「私は今でも恵まれた仲間たちがいる。知人友人もいる。十分幸せだと思っている」
「人間の生は、ハイエルフから見れば一瞬ですよ?」
「ああ、それは十分理解している。それに、私には親友と呼べる白竜がいる」
「そうでしたね。竜族であれば、我らと同じくらい生きるでしょうね」
リンがシュルワードへと目配せする。頷いたシュルワードが問いかけた。
「三つ目、三千年後でも四千年後でもいいので、我々の森へ帰ってきてください。娘は死にましたが、その身体はハイエルフです。最後は我々の森で静かに終えるのが、娘の願いだと思います」
「了解した。この娘さんの身体は大切に預かり、いつかあなた達の森へ返す事を約束しよう。白竜を伴ってだが」
それを聞いたリンは僅かに微笑む。
「そうですね。しかし我々の森へ竜が訪れてきたら大騒ぎになります。なるべく事前に連絡入れて下さいね」
「了解した」
二人はカップの水を飲んだ。
リディも同じように水を飲む。
魔法で冷やした水が喉を通って胃に流れていく。
そしてシュルワードの口が開いた。
「そして最後です」
リンがシュルワードの言葉を続ける。
「私たちに」
二人が同時にリディアルへと最後の言葉を伝えた。
「「抱きしめさせてください」」
彼ら二人の目から一筋、涙が流れ落ちた。
重いっ! 書いててそう思いました。
この設定にした時から、このシーンはいずれ書かなきゃと思ってましたが。
こういったシーンって、書くの難しいですね。