~11~
今回なんか難しかったです。
帝都近くに降り立ったリディ。
取り合えずゴーレムを召喚し、シーラを担がせてまずは家に戻ることにした。
さて、森林を一部消滅させてしまったので、冒険者ギルドへ報告しなければならない。
生態系が変わると、魔物の分布も変わってくるからだ。
しかしそのまま「シーラの魔法で消滅させた」とは言えない。
そんな事を言えば、下手すると冒険者剥奪だ。いや皇族であり且つギルド総長の娘だ、表向きは罰金程度で済むかもしれないが、謹慎処分は免れない。
それはそれでリディ的に問題は無い、いやむしろ大人しく箱入り娘してて下さいと言いたいが、ギルド総長から鍛えろと頼まれた事もある。
そしてバハムートという神獣の力を借りた魔法を目の前で見たのもある。
帝都内であの魔法が暴発したら、一体どれだけの被害がでるか。
いや下手すれば戦争の道具にされる可能性がある。
出来るだけあの魔法は内密にしておきたい。
そして考えた結果、ギルド総長に丸投げしよう、と決めたのだった。
そもそも一介の冒険者に出来ることなど、高が知れているのだ。
うん、そーしよう。
「なぜシーラ姫は縄で縛られゴーレムに担がれてるのです?」
帝都の門の裏口で衛兵から投げかけられた質問である。
裏口はそもそも国軍に属しているもの、或いは国の重要人物しかつかえない。関係者以外立ち入り禁止というやつだ。
前回はレイダスの顔もあって通してもらったが、本来ただの冒険者であるリディには、その権限はない。
しかしシーラは皇族だ。立派な国の重要人物である。
ギルド総長経由で、この裏口を利用できるよう手配してもらったのだ。
「ふごー! もごー!」
「ああ、気にしなくていいのだ。シーラ姉さまはオークロードの魔法にかかって少々錯乱状態で、ああして縛っておかないと暴れてしまうのだ」
「オークロード!? そ、それで姫様の状態は? すぐ医者の手配をしないとっ!」
「特に外傷はないし、心配しなくていいのだ」
「しかし万が一……それより君は確かシュタイナツ副隊長殿の養子だったよね。なぜ姫様を姉と……ってそうか」
衛兵の頭の中の流れ。
オールドベルト亡くなる→養子のエルフ娘が路頭に迷う→縁故でオールドベルトの冒険者時代の仲間だったギルド総長の庇護下へ→シーラ姫と仲良くなった。
もしくはギルド総長の養子になったのかも知れない。
そうなれば確かにシーラ姫を姉と呼んでも不思議ではない。
つまりこのエルフ娘はお偉いさん。養子だし更に他種族だから皇族には入れないが、それでも衛兵の身分からすれば雲の上の存在だ。
更に別の部署とはいえ、元副隊長の子供だったのだ。現代の会社でいえば副部長クラスである。
またあまり公にはなっていないが、容姿端麗であるエルフを妾としてる貴族は多い。
実際帝都内にも何人かいる。
そういったエルフは身分的には一般市民と同等だが、やはり貴族と同等の扱いをしてしまうのは仕方ないだろう。
「これからギルド総長に会いに行くので、心配はいらないのだ」
「はっ、了解いたしました!」
いきなり衛兵の態度が変わったのを不思議に思ったが、通してくれるのであればいいか、と思い直すリディだった。
ゴーレムに縄で縛られ口を塞がれた少女を担がせて歩くのは目立つ。
しかも時刻は夕方で、夕飯の買出しや仕事帰りの人がたくさんいるメインストリートである。
ちなみに今日のリディの服装は、若草色の膝下まで裾があるワンピース、そして白い大きめの帽子をかぶっている。革のベルトを腰に巻いて控えめな胸と細い腰が少しばかり強調され、白い素足を守るように革のブーツを履いていた。
さて歩いている通行人だが、まずゴーレムに担がれた少女に目が行き、そして次にゴーレムを連れている白髪の少年へと移動する。
ここで誘拐かと思うが、お嬢様のような少女がそれを率いているのである。
一瞬考え、そして出た結果は、ああ姉妹喧嘩か、と。
白髪の少年は二人の護衛であろう。ゴーレムを連れているし、なかなかの腕利きな召喚術士である。
担がれている少女は姉なのか妹なのかは分からないが、きっと我が儘を言ってしまって、先頭を歩いている少女を怒らせて、護衛の少年にお仕置きのつもりでゴーレムに担がせたのだろう。
そんな生暖かい視線にさらされながらギルド本部に到着した。
以前、レイダスと二人の時は何度も何度も声をかけられたが、今日は遠目で見られる程度であった。
建物の中に入ると受付の中にアリサを見つけたので声をかけた。
ちなみにゴーレムはシーラを担がせたまま建物の外で待機させている。
「嬢ちゃん、ちょっとギルド総長を呼んでほしいのだ」
受付の窓口の縁に腕を乗せるリディ。ただ身長が低いため、子供が頑張って格好つけようと、文字通り背伸びしているだけに見える。
「だからリディアルさんのほうが嬢ちゃんだってば。で、総長に何か用なの?」
「シーラ姉さまの件で用事があると伝えて欲しいのだ」
「言葉遣い変えた? 前よりは子供らしくて良いんだけど、なんか変よね」
「やはり変か? でもこう言わないとシーラ姉さまがうるさいのだ」
「シーラ姫を姉さまね。全くリディアルさんってどういう子かしら? 確かにあの人の子供という時点で只者じゃないのはわかるけど。ま、取り合えず伝えておくわ」
アリサはそう言うと、軽く手を振りながら受付の奥へと消えていった。
リディは「頼むのだ」と頭を下げ、休憩スペースに移動した。そのジャスト一分後、階段からダッシュで駆け寄ってくるギルド総長の姿があった。
リディへ食って掛からんばかりに「娘はどうしたっ!」と大慌てするギルド総長を宥め、先日話し合った応接室へと移動した二人。
その様子を回りにいた冒険者たちはあっけに取られながら見ていた。
ギルド総長といえば元Aランク中位で、しかも皇族だ。全ての冒険者にとって頭の上がらない人ランキング一位だ。
そんなお偉いさんに向かってあの言葉遣いするとは、あの少女は一体何者だ?
親族か? 皇帝の娘か? それとも他国ギルドのトップか?
後日ギルド内にこのような噂が流れたのは余談である。
ギルド総長に隠し子がいて、それが嫁さんにばれてしまった……と。
「いきなり大規模破壊魔法をぶっぱなすとは、お前はどんな教育をシーラ姉さまにしてきたのだ!」
「全く持ってすまん」
リディは貴重な木で造られているテーブルの上に立って、床で正座しているギルド総長に説教をしていた。
「どうせ仕事が忙しいからとほっておいて、久しぶりに会った時は思い切り甘やかしたに違いないのだ」
「いや仕事が忙しいのは事実で……」
「言い訳無用なのだ!」
「すまん」
世の中のお父さんには耳の痛い話である。
「もっとちゃんとした教育係りを当てておけば良かったのだ」
「ローンブレスに一任しておいたのだが」
「あの魔法バカに教育を任せてたのか! あやつは」とそこで一旦区切って「魔法とは、初撃が全てだ。己の全てを最初の一撃へ込めよ」と、メガネを指でくいっと上げる仕草をしながら言った。
「ぷっ、似てるな。しかし戦術としては正しいと思うぞ」
「敵だけでなく味方まで巻き込むような魔法は、戦術以前の問題なのだ!」
「ごもっとも」
一通り説教をして気が済んだのか、ぽんっとテーブルからジャンプして椅子に座るリディ。その際ふわっと一瞬スカートが翻り、白いすらっとした足が見えた。
「赤の他人が今のお前の動作を見たら、きっと心に安らぎを与えてたな」
「……は?」
一瞬怪訝そうな顔をするリディ。苦笑いしつつギルド総長は「いや何でもない」と正座から立ち上がって、椅子に座った。
「で、我が愛しの娘は?」
「外でレイダスに見張らせている」
「レイダスなら大丈夫か」
「で、さっきも言ったのだが、森の一部が消滅したのだ。ちょっと調査を頼むのだ」
「ああ、それは任せておけ。Bランクパーティ四つ五つ程度声かけて、魔物調査をやらせよう。どうせそろそろ調査しようと思ってたところだ」
こういった魔物の分布を調査する事は一年に一回は行われる。特に町に近いところでは、それこそ頻繁に見回りを行っている。
「あとな、お前とシーラに一つ依頼がある」
「私はともかくシーラ姉さまにも?」
その言葉に繭をしかめるギルド総長。
「シーラ姉さまって。お前何やった?」
「そう言わないとあのテロ姫が怒るのだ。妹が欲しかったからそう呼べと言われたのだ」
「お前のその変な話し方もその影響か。というか親の前でテロ姫はやめてくれ」
「言葉遣いは確かに変える必要があると思ってたのだ。テロ姫はレイダス命名なのだ」
「ふぅ、ま、いいか。いや良くはないが、そう言うのは俺の前だけにしておけよ」
そう言いながら立ち上がり、棚から酒の入った容器を取りだす。そしてガラス製のコップに並々と注ぎ、一口飲んだ。
ちなみにガラスは非常に珍しいものである。皇族や王族或いは大貴族といった国のトップ、もしくはガラスを扱う商人くらいしか保持していない。一般人はガラスという名前すら知らない人が多いだろう。
「さすがに身内以外には言わないのだ。で、依頼とは何なのだ?」
少し羨ましそうに酒を見るリディ。
ギルド総長は「後二年待ってろ。そうすりゃお前も成人だ」と、うまそうにコップを傾けながら言った。
「お前、サイザリオンへ行く用事あるんだろ? ついでにちょっと同行して欲しいやつがいるんだ」
「どこからその情報を知ったのだ? 確かにこのハイエルフの親御さんに会いに行く予定だったが、行き先はリヴァとレイダスくらいしか知らないはずなのだ」
「うちのギルドは情報戦に強い奴がいるからな」
ニヤリと笑うギルド総長。それを見て思いついたように「影走りか。油断も隙もプライバシーも無いのだ」と項垂れるリディ。
帝国内で活動する冒険者でAランクに達しているのは五名である。
そのうちの一人が、影走りの異名を持つAランク中位の精霊使いだ。
闇の精霊を扱う技に特化しており、強力な魔法で防御さえされていなければ、影のある場所から闇の精霊を通して見聞きすることができる。
リヴァ(神獣)の居るリディの家ならば、いくらAランク中位の精霊使いと言えど力は通じないだろうが、外出していれば筒抜け状態だろう。
「そりゃ可愛い我が娘の安全を守るためだ」
「しかもこの親バカ総長、公私混同してるのだ」
「何を言う。娘は皇族の一人だぞ?」
「はぁ……で、連れて行くのは誰なのだ?」
ギルド総長はコップに残った酒を一気に飲み干した。
「皇帝陛下の次女、エリエル=フォン=アーフェだ」
その名を聞いて一瞬固まるリディ。
「なぜ、陛下のご息女を?」
「これ秘密な。フォレスティの一部を遥か昔エルフ族から買い取ってな。そこが今のサイザリオンって訳だ」
「それはリヴァから聞いたのだ」
それを聞いたギルド総長は苦虫を十匹くらいまとめて噛み潰したような表情になった。
「はっ、全くあのメイド何者なんだよ、影走りですらあのメイドの情報は何も得られないって言ってるし。言っておくが買い取った話は皇族しか知らない秘密だぜ?」
「想像に任せるのだ」
「ふん、まあいい。で、五年に一回皇帝陛下の直系がエルフ族へ挨拶にいく行事があってな。今回が次女のエリエルって訳だ」
「単なる挨拶に? 怪しいのだ」
「それ以上お前は知る必要ない」
きっぱりと言うギルド総長。しかし続けて「といっても、あのメイドから聞いてるかも知れんがな」と呟いた。
「しかし皇族の護衛なら、普通は第一隊がそれに当たるのだ。なぜ冒険者の私になのだ?」
「今回の件は皇族以外は知らない行事なんだよ」
「では五年前は誰が護衛したのだ?」
「ここ数回は俺が行っていた」
確かに元Aランクであれば護衛として十分だし、且つ皇族だから行事内容も全て知っている。彼ほど適任者は居ないだろう。
「それならば、今回もお前が行けばいいのだ」
「そろそろ俺の後釜も考えなきゃいけないんだよ。シーラの練習も兼ねて付き合ってくれ」
「まだシーラ姉さまには早すぎるのだ。少なくとも広範囲殲滅呪文以外、ろくな魔法知らないのは問題があると思うのだ」
「正論だ。しかし俺がこの護衛をやったのも十四歳の時だ。その時先代についてきてもらったんだよ。場数を踏ませたいんだ」
先代ギルド総長リヒテンハイム=アイルフォン。伯爵家の三男であり、元Aランク中位の剣士だ。そして現ギルド総長アグノス=フォン=アーフェの剣の師匠でもある。
「つまり娘っ子二人をお守りしてこい、という訳なのか」
「お前も娘っ子だよ。エリエル皇女は十八歳だからもう成人してる」
「レイダスに乗って、さっくり行ってきていいのか?」
「却下だ。場数を踏ませたいとさっき言ったろ。まじめに歩いて行って来い」
「皇女に徒歩はきついと思うのだ」
「馬車を出すから御者はお前がやれ。出来るだろ?」
「ならばスレイプニルでも召喚するのだ」
スレイプニルは足が八本ある馬のようなAランク中位の魔物である。ランクだけで言えば竜と同程度だ。
「そんな危険なもん召喚するなよ! 普通の馬でいけ!」
「仕方ないのだ。で、いくら出すのだ?」
サイザリオンまで徒歩で片道十日程度の距離だ。今回は馬車を使うし半分程度になるだろう。向こうで三~四日滞在するとして、半月程度の旅になる。
少し迷ったあと「前金で金貨五枚。後からもう五枚」と答える。
リディのランクであるCランクに対する報酬としては、かなり高めである。皇族の護衛と、秘密の厳守、更にシーラの経験値稼ぎに対する部分が大半を占めているのだろう。
「旅するのに色々と買い物があるし、後二枚追加するのだ」
「……一枚だ。というか金貨二枚分の買い物ってどんだけ買う気だよ」
ちなみに金貨二枚あれば平民の四人家族が一ヵ月暮らせる程度になる。
「乙女には色々と必要なのだ」
「……元三十八歳のおやじがそんな事言うようになったか。成長したな」
「やっぱり引き受けるのやめるのだ」
「うそだよ! いよっ、リディアルちゃんかわいいー」
「気持ち悪いのだ」
こうしてギルドからの指名依頼を受けることになったのだった。
「そういえばシーラ姉さま、外に置きっぱなしだったのだ」
大体、銅貨=百円、銀貨=一万円、金貨=十万円です