侵入者にはご用心 3
夜遅く後宮の奥にて長い廊下の死角に佇む男の姿があった。
「はぁ、はぁ...しくじったな。まさか後宮で襲われるとは...」
左腕を右手で押さえ近くに襲った相手が潜んでいないか確認している男性はソレイユ国王であるエドワルドであった。
彼は後宮へ渡り、女官長と共に本日の相手の部屋へと向かい、事を済ませた後自室へ向かう途中で刺客に襲われた。
本来であれば護衛を連れているのだが、6年間後宮で襲われることがなく、側室とのやり取りを第3者に聞き耳をたてられていると思うだけで寒気がする。
その為、側室の部屋にエドワルドが入室した際、女官長と護衛はその場から引きあげさせていた。
エドワルド自身腕に覚えがあるので過信していた部分は否めない。
襲ってきた刺客は相当な手練れだ。
ここは体制と整えるためにも一旦引いた方が賢明と判断したエドワルドは王族だけが知る隠し通路の入り口のある部屋へ急いだ。
エドワルドが王位を継いだ時に大臣共が余計なことをして何故か後宮に側室を50人いれてしまった。
新王となったエドワルドは執務に追われ子作りなど2の次の状況だった。
世継ぎをつくるのも王の仕事のうちだとわかっているのだが...どうもそっち方面でエドワルドは淡泊であった。
男色家ではないが女性が大好きというわけでもない。
そんな彼が50人もの側室を相手にできるわけもなく、一応王のお手付きとう名称を得て、下賜するべく側室の数がようやく半数以下まできた。
下手に世継ぎをつくるわけにもいかず薬で避妊しているのだが...6年経つと周りがうるさくエドワルド自身どうにかしないといけないと考えているのだが、思うように事が進まない。
感情を捨て、正妃としての力量をもつ者を見つけ出し、子を設けないといけないと焦れば焦るほど慎重になってしまう。
最悪エドワルドの身に何か起きた場合、歳の離れた弟もいるので大丈夫だろうと安易に考えている部分もある。
現在、エドワルドが隠れているこの辺りはほとんど空室の部屋ばかりだ。
他の側室達は間取りも日当たりもいい部屋が空けばそちらに移動していると女官長から報告を受けている。
この辺は無人だ。
気配を消して、隠し通路の扉のある部屋の前まで辿りつき、一度辺りを見回し刺客がいないことを確認しドアノブをゆっくり回した。
カギがかかっていない...この部屋は無人だとエドワルドが判断し、ゆっくりと扉を開け意識は廊下に向け、背中から部屋へ入った。
細心の注意を払い扉を閉め息を吐いたその時、ガタッと部屋の奥から物音がして、出入り口の扉の前にいるエドワルドは音のした方を振り向くとそこから中をすぐ確認は出来なかった。
それは白い布に覆われていて、しかし部屋の奥に小さく弱弱しい明かりが灯っていた。
「どなたかいらっしゃいますの?」
布の奥から女性の声がした。
女...ということは側室か?
どうする?
この女が刺客という事だってありうる...考えている間に正体不明の女が布に手を掛け顔を覗かせた。
「「........................」」
女もエドワルドも無言のまま見つめ合う。
いや、女もエドワルドも互いを観察していて、女がエドワルドの身に着けているある物に目を留めた。
「........................げっ!?」
そのある物がなんなのか気づいた女は女性としてどうなのだろうか?という声を上げた。
この反応を見たエドワルドは女が刺客ではないことを悟る。
しかし、「げっ!?」とは失礼な女だ。
もう一度扉に耳を当て廊下に物音や気配がないことを確認し、エドワルドは立ち上がった。
「おい女、名はなんという?」
「.........えっと、あ、ケガ...を、まさか、刺客ですか?」
エドワルドの質問に答えることなく女はケガを負ったエドワルドを部屋の奥へと案内する。
部屋の奥は他の側室の部屋と違い質素だった。
というか、必要最低限の物しかないと言った方が正解だなとエドワルドは思い直した。
丸いテーブルの上に燭台の明かりと山の様に積み重なる多数の本。
どうやら女は読書をしていたようだ。
エドワルドは手近な椅子に座り、女は奥へ行くと救急箱を手に持ちエドワルドのすぐ傍まできて跪き傷の手当を始めた。
女を間近で観察したエドワルドは女の顔色が悪いのと、他の側室と違い貧相な体...今にも折れそうな、細い体つきをしていた。
「止血だけの処置しかできず、申し訳ございません」
手当というか応急処置が終わり、女が顔を上げた。
「いや、それだけで十分だ」
「しかし...後宮に刺客がいるなど...」
「このことは誰にも言うな。よいな?」
王の言葉に側室であろう女が悲しむと考えていたエドワルドだったが、何故だか女の反応は嬉しそうだった。
「はい、誰にも言いません!貴方様がいらしたことは他言無用で今夜は誰も部屋には来なかったということでよろしいのですね?」
「ああ、そうだ。できるか」
なんだか嬉しそうな女の反応にエドワルドの方が動揺していた。
「もちろんです。ところでここからどのようにして王宮へお帰りになられるのですか?」
力強い言葉にウソはないだろうとエドワルドは判断し、これはもうエドワルドの勘なのだがこの女は信頼できるとも思った。
本来なら誰にも知られてはいけない秘密をどこの誰だかわからない女に言うなどあり得ないことなのだが、エドワルドは教えてしまった。
「実はこの部屋には隠し通路の入り口の一つがある」
エドワルドの言葉に女は思考停止したように動かなくなった。
それは正しい判断だ。
重要な秘密。
「..................な、な、な......ああ.........私の人生もここまでか...」
悟ったのか女はガクンと床に両手両膝を付き呟いた。
この女の反応が面白い。
勝手に秘密を暴露しようとしているエドワルドを非難するでもなく、潔く覚悟を決める女にエドワルドは興味を抱いた
恋心ではなくただ面白い生き物として興味を持っただけ。
「まあそう落ち込むな。他言無用と約束するならお前を悪いようにはしない」
「えっ、殺さないんですか?」
そこまで考えていたのか...と、エドワルドの方が驚いた。
いや、女の考えが正しい。
王家の秘密を知れば口封じされるのは常識だろう。
まあ、あとは死ぬまで牢屋で過ごすというのが妥当か。
女は体を起こし目をうるうるさせながら、エドワルドに凄い勢いでお礼を言った。
元凶が自分にあるとわかっているエドワルドは非常に居心地が悪かった。
「ごほん、すまない。俺も悪ふざけが過ぎたようだ。しかし、隠し通路の件は他言無用で、もしお前が他人にバラしたとわかり次第、俺はお前を処刑する」
女は息をのみ真っ直ぐな眼差しでエドワルドを見た。
「どうぞご自由に。私から他へ漏れることはございません」
「ほう...凄い自信だな」
「ええ、隠し通路の入り口はどこにあるのかわかりませんが、明かりを消し私は天蓋付きのベッドに身を潜め......いえ、もう寝ますゆえ、その間にお帰りくださいませ」
「寝るのは構わないが、音でわかるのではないか?」
「それは諦めてくださると助かります。ベッドに横になれば朝まで目覚めない自信はあります!」
胸を張っていいきる女にエドワルドは微笑した。
「その代わりと言ってはなんですが...」
女の言葉にエドワルドは自分の心が急に冷めていくのが手に取るようにわかった。
何か願い事を言うのだろう。
この面白いと思った女も所詮側室ということか.........。
ドレスか、宝石か...まさか正妃を望みたいと言い出すのか?
もし正妃の座を欲しいと言い出すのなら、この女は一生牢屋行きにしてしまえばいいかと、頭の隅で考えてた。
「何だ、言ってみろ」
「はい、あの...貴方様は、この部屋に2度といらっしゃらないんですよね?」
「...............なに?」
自分の考えていた事と違う言葉が聞こえてきたが気のせいかと女に聞き直した。
「ですから、今日の事は何もなかったことで、これからも何もないまま過ごせる=貴方様のご訪問は一切ないということでいいんですよね?」
「ちょ、ちょっと待て、お前俺の側室だろう!?」
「ええ、まあ表向きは」
「なんだ、裏に何かあるのか?」
「何もないですが...今まで通り何ごともなく過ごしたいので、私の事は捨てておいて頂けると助かります」
エドワルドは今の一言でこの女がどうして空き家ばかりの部屋の一室にいるのか少し理解し、それと同時にこの女の全てを知りたいと思った。
いつから女が後宮に来て今までどうしていたのかを知りたい。
「成程、表向きでこの部屋には2度と近づかないと誓おう。では、約束通りベッドへ行ってくれ」
「わかりました。では火を消します」
燭台の火を消し、女は天蓋ベッドのレースの紐をときその中へ入るのを見届けたエドワルドは、しばし息を潜め女の様子を窺っていると、すぐさま女の寝息が聞こえてきた。
寝るの早っ!!
いや、本当に寝ているのかわからない。
ふっと口角を上げ隠し扉の入口へと物音をたてない様に向かい、わかりにくいスイッチを押して隠し通路のドアを開け部屋を後にした。
侵入・・・他の領域におかし入ること。強圧的にはいること、と辞書でありますが、今回の侵入者は強圧的に押し入ったという感じのニュアンスでとっていただけたら助かります。
侵入者の正体はソレイユ国王エドワルドでした。
※6/11本文訂正しました。