侵入者にはご用心 14
パラパラと本のページを捲るジャスティーン。
ここ数週間こんな調子だ。
それは現在進行形で窓の外から見張られているため。
そのお陰で侍女のお仕着せを来て図書館への出入りが叶わず、本の貸し借りが出来ないという状況にジャスティーンはストレスを溜めていた。
しかし本日は側室も出席を許可されている恒例の夜会が行われる。
近々、大規模な晩餐会が行われると聞いているが、その晩餐会に側室は出席できない。
それを聞いたジャスティーンは楽だな~と思っていたのに、月1度の夜会はさすがに出ないと後で他の側室に何を言われるかわかったもんじゃない。
他の令嬢と落ちぶれている男爵家のジャスティーン、身に着ける物に少しでも差が出ないようにと祖父から受け継がれた一流品を後宮へ上がるときにジャスティーンが受け継いだ。
気が乗らない上にストレスが溜まっているジャスティーンは真剣に夜会を欠席しようか悩んでいたのだが、後々の言い訳が面倒なのでやはりここは出席することにして侍女を呼ぶ為に鈴を鳴らした。
食事以外滅多なことがない限り鳴ることのない鈴の音を鳴らすと、いつも嫌々来てくれる顔なじみの侍女ではなく今日は初めて見る侍女が来た。
「ジャスティーン様、お初にお目にかかります。本日ジャスティーン様を担当しますマーラと申します。何卒よろしくお願いします」
深々と頭を下げるマーラにジャスティーンは久々に自分が側室だということを思い出した。
いつも来てくれるロベルタはいつも面倒そうな態度なので、ジャスティーン自身気を使わず楽でいられたのだが、違う子がくるとなれば側室として対応しなくてはと慌てて微笑んだ。
「こちらこそよろしくねマーラ。いつも来てくれているロベルタはどうしたのかしら?」
「ロベルタは只今別の仕事をしておりまして、かわりに私が参上いたしました」
「そう、では夜会へ出席するためのドレスと宝石はもう決めてあります。着付けからお願いしようかしら?」
「かしこまりました。それではコルセットをお持ちいたします」
マーラは深々と頭を下げてからベッドの上にジャスティーンが用意したコルセットを持ち、カーテンを閉めてからジャスティーンに近づいた。
その間ジャスティーンはマーラを見つめた。
彼女は白か黒か...もしかすると部屋に侵入してきた男の手下かもしれないし、もしくはメッセージの意味を理解したエドワルドが気を回して手配した侍女なのかも...どちらだろう?
いや、そのどちらでもなくただ単にマーラの言うとおりロベルタのかわりに来ただけなのかもしれないしな...どちらにせよジャスティーン自身知らないふりをし続けていれば、どうにかなるだろうと考え何を聞かれても当たり障りない答えを返し、マーラも特に王のことやジャスティーンの私生活のことについて何も聞いてくることはなかった。
スムーズに支度が終わりマーラは「お茶をお持ちいたします」と言って部屋を後にした。
「......久しぶりに真っ当な侍女が来たわね」
などと呟くジャスティーン。
茶などはジャスティーン自身で淹れられるのだが、普段からお茶より白湯を好んで飲んでいるため人に淹れてもらうのはお茶会を抜かせば数年ぶりだな...と椅子に座り支度が終了したのでカーテンを開けた窓の外を眺めた。
見張りはいまだに私の部屋を監視している。
部屋に侵入してきたあの男はどこまで用心深いのだろうか...と、ジャスティーンは呆れていた。
***
マーラに淹れてもらったお茶を飲み夜会開始の時間が近づいてきたので、マーラと共に会場へと向い入り口でマーラと別れジャスティーンは馴染みの側室たちが集う場所へと向かい驚愕とした。
いつもより夜会に出席している側室の数が少ない...1・2人なら欠席だろうと考えるのだが...。
丁度その時ジャスティーンの近くにいた側室たちが、また数名ほど側室が後宮を去ったという話をしていた。
仲がいいわけではないが6年以上後宮で他の側室たちと一緒にいたのだ。
誰がいないのかすぐにわかる。
3年目以降、新しい側室が来ることはなく、その為ほとんど顔馴染となっていた。
この状況に苛立ちを隠せないジャスティーンは引きつっているであろ口元を扇子で隠し他の側室と会話をしていると、宮廷楽師が奏でる音楽が会場に響き渡りそれは王の登場を意味する。
音楽以外会場は静まり返りその場で皆が一斉に首を垂れた。
ソレイユ国王であるエドワルドが優雅な足取りで玉座の前で立ち止り演奏が終了した。
進行役の号令で皆面を上げ王の挨拶が始まり、その間に侍女たちが乾杯用のグラスを配り、王の乾杯の合図と共に杯を掲げ夜会の始まりを告げた。
***
王への挨拶という名のご機嫌伺いのための長蛇の列が続く中、皆の関心はまだ決まらぬ正妃に数多くいる側室の中の誰1人としてまだ世継ぎを産んでいない、そんな状況の中どんどん側室の数だけが減っていく。
減った分新たに側室をいれるならいいのだが、ある年を境に新しい側室が入ることは無く権力者たちは王へ不満が募るばかりだあった。
しかし一縷の望みをかけて次々と貴族や大臣たちは自身の娘か親族の娘を連れて王へ挨拶に向かう。
それをやんわりと断りながらも縁談や側室の話題を徐々に変えつつ会話をするエドワルドは疲れがピークに達していた。
ここ何週間ジャスティーンのマッサージを受けていないエドワルド。
彼女に会う前、自身はどうやって疲れを癒していたのか...それともジャスティーンに会って初めてマッサージをしてもらい疲れがとれるという体の癒しを知ったのかもしれない。
人に体を触られるのを嫌うエドワルドだが、ジャスティーンに体を触られるのに抵抗はない。
むしろもっと触ってもらいたいと思うようになっていた。
そんなことを思うようになったのはジャスティーンに会えない日々のせいなのか...エドワルドにはわからなかった。
しかし今日の夜会で久しぶりに見るジャスティーンはいつものスッピンに夜着ではなく、他の側室よりは控えめだが、綺麗な装いにエドワルドは目を奪われた。
隙あらば側室の方を見てジャスティーンの姿を探してしまうぐらいエドワルドはジャスティーンは気にしていた。
彼女は他の側室たちの輪に入るようで一番端にひっそりといる程度。
それをみてエドワルドはジャスティーンらしくてその行動が愛しいと感じた。
なんだ?この胸の高鳴りは...。
その感情に戸惑うエドワルドの事など周りは知るよしもなく貴族や大臣たちが次から次へと挨拶へ来て、その対応をしていると宮廷楽師による演奏が始まり、ペアーを組んだ男女が一礼をしてから踊り始めた。
「陛下も一曲踊られてはいかがですか?」
ある大臣がエドワルドに踊りを勧めた。
「それでしたらパートナーは私の娘はいかがでしょうか?」
「いえ、私の姪御など...」
「それなら私の妹もおります」
貴族・大臣がこぞって提案してくるがエドワルドはそれを断わり「私と踊るのはイザベラだけと決めている。さあ、イザベラおいで」そう玉座を離れ側室たちの中にいるイザベラを呼んだ。
「今宵もきれいだよ。イザベラ」
「ありがたきお言葉に存じます。陛下」
毎回このやり取りをしているエドワルドは予め踊りが始まるのと同時にシュナイザーをイザベラとして女装させ待機させて何曲か踊る。
シュナイザー扮するイザベラとエドワルドは周りがため息を吐くぐらい息の合った踊りを見せつけた。
「今宵の陛下は側室の誰かさんが気になるのかしら?」
「ふん、お前以外誰を気にしているというのだ」
踊りながら冗談を言う2人と周りは思うだろうが、実際エドワルドはイザベラを見ながらジャスティーンが視界の入るとそちらをちら見する。
そのわかり易い反応に笑いを必死に堪えるシュナイザー。
「早く自分の気持ちに気づけバカ従兄弟殿」
「何の話だ。イザベラ?」
「いえ、こちらの話にございます。もう曲が終わりますわ。この後お部屋でお待ちしております。陛下」
2人は何曲か踊り、今演奏している音楽で踊りを終了し最後に顔を合わせ礼をとりエドワルドはイザベラを彼女の侍女のところまで送った後、もう1度夜会の会場へと戻った。
会場へと戻りチラリと側室の方を見たが、お目当ての側室はすでにお役目御免とばかりにその愛らしい姿はどこにもなかった。
***
エドワルドとシュナイザー扮するイザベラが共に踊っている頃、休憩室として部屋を解放している一室で扇子をギリギリギリィ...と両手で圧し折りそうなほど力みながら、先ほどのエドワルドとイザベラのやり取りを思い出し苛立っている男がいた。
その部屋の窓が開き、燭台のろうそくの明かりが全て消え明かりは窓から差す月明かりのみで、窓から全身黒ずくめの服を着た男が現れた。
「ディー遅いぞ!」
苛立ちを隠せない肥満気味でいい身なりをした男が黒ずくめの男ディーに言う。
「王からいい返事がなかったようだな?」
「うるさい。お前のような下々の者にはわしの気持ちなどわからん!」
「ああ、わかりたいとも思わないが、一応アンタが俺の雇い主だ。俺を呼んだってことは仕事の話だろう?今度は脅しではなく本気で王の息の根を止めるか?」
ディーの提案に雇い主の男は近くのソファーに座り、キセルを取り出し火をつけた。
「ふー...それも悪くないが...エドワルド以外の王位継承権を持っている王子は他にいる。問題は第1王位継承権をもつ王子がエドワルドの弟でまだ幼いという点だ。わしの末娘とも歳が離れ過ぎていて...この前のような失態だけは避けたい。それならまだエドワルドが王の方がわしの娘が正妃になれる確率が高い。エドワルドより娘の方が年下でまだ若い。何としてもわしの娘を後宮にいれたい」
「王は今日の夜会でもイザベラとかいう側室とだけと踊っていたようだが...」
その時の光景を思い出した雇い主の男は忌々しそうに足を小刻みに揺らした。
「あの生意気な小娘...イザベラが居なくなれば、王が目を覚ましわしの娘を側室に入れることを考え直しすやもしれぬな」
「ああ、アンタ似の膨よかな娘な」
「そうあの何とも触り心地の良い肌は王であるエドワルドが好みそうな肌ではないか!!」
ディーは雇い主の末娘を思い出し、あれは膨よか過ぎて王の寵姫であるイザベラの足元にも及ばないと肩をすくめた。
そんな余計なことは自身の心の中に留めて、雇い主を観察した。
この雇い主は確かに金払いがとてもよく、この業界で生きている者なら喜んで彼の仕事をするだろう。
しかし...ディーは金以外にもこの雇い主に興味を抱いている。
さて、この男は白か黒か...。
「ディーよ、イザベラの殺害を依頼しよう」
「側室のイザベラだな。殺し方はどうする?」
「手段はお前に任せるよう。ただし主犯格がわしやお前だとわからぬようにするのだぞ!」
「了解した」
ディーはそれだけ告げ部屋を去り、雇い主の男は肥満気味の腹を撫で「ふふふ、イザベラがいなくなればわしの娘が正妃だ」と不敵な笑いが部屋に響いた。