侵入者にはご用心 13
見られている...。
気のせいじゃない...。
エドワルド以外にジャスティーンの部屋に訪れた男がいた。
それはジャスティーンとエドワルドが出会うことになってしまった原因を作った男のようだ。
男の件を口外しない約束をし、ジャスティーンの命は助かったかのように見えたが、男が忍び込んだ夜以降窓の外からジャスティーンは誰かに監視されるようになった。
何故ジャスティーンが監視に気付いたかというと...ジャスティーンのいつも座る窓辺から監視している男の頭髪が見えていた。
それはジャスティーンの部屋に侵入した男ではないことは明白で、たぶん彼の手下なのだろうということだけはわかる。
しかし派手な髪の色だ。
というか、黒頭巾みたいなもので隠せばいいのにと思うほど監視役の男の髪型と髪の色は自然に溶け込む気が一切なかった。
さて、隠し扉の前に置いてしまった衣装ケースを退かす作業などしていたら報告され再度あの男が現れかねない。
侵入してきた男と会話中、もしや覗き窓などがあるかもしれないとそれが衣装棚の近くにある化粧台の鏡が怪しいと睨んだジャスティーンは鏡の部分に布を当てた。
豪勢な化粧台なので出っ張りを利用して布を被せたといったほうが正しい。
さてこれは賭けだ。
ジャスティーンがエドワルド宛にメッセージを託した。
そうこの部屋は監視されているというメッセージを......。
部屋に侵入してきた男の事は一切触れていない。
どこまでエドワルドが気付くのだろうか?
今のジャスティーンにできることはいつも通りに日常を過ごすこと...ただそれだけだ。
***
「ライモン、女官長から何か連絡は入ったか?」
国王の執務室に入室したライモンは挨拶する前にエドワルドから問いかけられた。
「おはようございます。陛下...女官長からは何も伺っておりませんが、何かご要件でも?」
「いや、無いならいい」
ここ最近機嫌が悪いエドワルド。
その原因を知るライモンはさてどうしたものか...と思案した。
「陛下、ここ最近公務に掛かりきりでしたのでいくつかの案件が終わりましたら、午後の来客の訪問まで自由時間でもおとりになられてはいかがですか?」
休憩?と言われ顔を上げたエドワルドにライモンは微笑した。
「はい。王宮を抜け出す以外でしたらご自由にしていただいて結構ですよ」
「そうか...では、早く案件を終わらせよう。別件だが休憩中に甘いものが食べたい。持ち運びしやすいものを頼む」
「かしこまりました。それではこちらの案件からお願いします」
羽ペンを戻しライモンから渡された書類に目を通し始めてから1時間が経ち、全ての案件にサインをしたエドワルドはライモンから休憩の許可を貰いライモンに頼んでおいたお菓子の籠を持ち、いそいそと誰も知らない隠し扉から通路に入り目的の場所まで辿りつき異変を感じた。
それは隠し扉から目的の部屋に入室する前に必ず部屋の中を隠し窓から覗きこむのだが、今日はやけに暗く近づいてみるとそこには薄い布がかけられていて何か数字が書かれていた。
口紅か?エドワルドはその数字『201-8021』を見てから隠し扉の仕掛けを確認して、隠し扉が開かれた様子はなく、ではこの布に書かれている数字は何だと腕を組んでこの部屋の主であるジャスティーンのことを考えた。
ジャスティーンは意味のなことはしないと考えたエドワルドは執務室へ戻り、従者に頼みライモンを呼んだ。
「おや陛下、お早いお戻りで...」
宰相室で仕事を片付けていたライモンはとりあえずエドワルドに嫌味を言う。
自身がライモンに頼んだお菓子を抱えたままエドワルドはソファーに腰掛けていた。
ライモンはジャスティーンに許してもらえず、のこのこと執務室へ帰ってきたと考えエドワルドのその行動の意味を思案した。
「ライモン勘違いするな」
「何のことでしょうか?」
「お前、今ジャスティーンがまだ怒っていて部屋の中に入れてもらえなかったとか考えてないか?」
「おお、さすが我が君」
「嬉しくないし、違うからな」
ふん!と鼻を鳴らすエドワルドにライモンは苦笑した。
「『201-8021』という数字を見たとしてライモンなら何だと思う?」
「『201-8021』...で、ございますか。どこでその数字を見たのか事情の説明をお願いします」
エドワルドは頷き先ほど見たことをライモンに話した。
「なるほど...それは、ジャスティーン様が陛下に何らかのメッセージを送っていると考えるのが妥当だと思います」
「ライモンもそう思うか...」
「はい、直接お会いしたことはございませんが、陛下の話を聞く限りジャスティーン様は陛下に関して嫌なことがあればはっきりと告げる方だと私は考えています。それがなくただの数字だけというのは...私たちの知らない間にジャスティーン様に何かあったと考えたほうがよろしいかと...」
この前のジャスティーンの怒り方をみて不満があればエドワルドに直接文句を言ってくるだろうというライモンの考えにエドワルドも同意した。
エドワルドに何も告げず、ただ数字だけというのはおかしいと考えて間違いなさそうだ。
「そうなるとこの数字は何だ?」
「......先ほどからどこかで見かけている数字だな...と、考えていますがどうも思い出せません」
「どこかで見かけている数字?」
「ええ、ところで陛下ジャスティーン様は普段何をなされておいでなのですか?」
「言ってなかっ........あ!ライモン、思い出した。この数字もしや図書館の本の整理番号ではないか!?」
籠を抱えたまま立ち上がったエドワルドに、ライモンはどうりでどこかで見ている数字に似ているな~と納得した。
王宮にある図書館は本の数が厖大で1冊1冊に棚の番号と何段の何番目というのが分かるように番号がふられている。
「最初の数字は201の棚の8段目021番の本というわけか。さっそくその本を持ちに...」
執務室を出ようとするエドワルドをライモンが止めに入り、従者にどのような本かを調べてもらうことにした。
王や宰相が行くのは目立つので本好きの従者に行ってもらうことにして、従者は本の棚の番号だけで推理小説の棚ですね...とつぶやきながら執務室を後にした。
ちなみに推理小説は従者の趣味ではなくどのような内容の本かまではわからなかった。
従者を待つ間、ライモンはエドワルドに仕事を再開させ、エドワルドは不貞腐れながらもジャスティーンに何があったのか知りたい為、黙ってライモンの指示に従った。
従者が戻り本のタイトルは『誰かが見ている』で、奉公先の子爵の秘密を侍女が知ってしまい、その後ずっと誰かに見られていると侍女は探偵に助けを求めたが、とある事情で断られた次の日侍女は子爵家の使用人の部屋で殺害されていた。
しかし殺されているにもかかわらず殺害現場の部屋のドアも窓も鍵がかけられていて、密室殺人だった。
助けを求められた探偵は彼女の依頼を断ったしまったことを後悔し密室殺人事件に足を踏み入れた。
ちなみに密室殺人のトリックは侍女の部屋に隠し扉があって犯人はそこから出入りしたと、大まかなストーリーを聞いたエドワルドは子爵の秘密の隠し通路、それと一番気になったのは『誰かが見ている』というタイトルが今回の件で重要なメッセージだと考え、もしやエドワルドを襲った刺客がジャスティーンに接触したのでは...そう考えたエドワルドはライモンを見ると彼も同じことを考えていたようで従者を下げさせ、近衛隊長を執務室へ呼んだ。
ノックと共に入室許可をする前に扉が開き「入るぞ~」と騎士の制服を着崩した無精髭の男が気怠そうに入ってきた。
「おう、なんの用だ坊主?」
「「............。」」
片手を上げて王であるエドワルドの許可なしにソファーにドカッと盛大な音をたてて座った男の名はガブリエーレ・ジャイロ、王の近衛隊隊長である。
それと同時にエドワルドの剣の師匠でもあるので公式の面前以外でジャイロはエドワルドに敬意を払う気など一切ない。
それをエドワルドは良しとしている。
ジャイロはソレイユ国1.2を争うほどの剣豪ゆえ、そして同時に尊敬している。
ライモンとはまた違った意味で仲良しの2人なのだ。
そんな彼だから現在の状況を全て話しジャイロの意見を聞いた。
「そんな重大な秘密をバラすんじゃねーよ!てか傷を負っていたとしても何故刺客と戦わなかった!この軟弱者が!!!」
しかし、違う方で怒られるハメとなる。
「まだ世継ぎもいない陛下に戦えというのはどうかと思いますよジャイロ隊長」
「さっさと正妃を決めて世継ぎを産ませないエドが悪い!」
まあ確かにそうですけど...と、ライモンは心の中で思うだけにした。
「しかし後宮内は俺の部下使えないぜ?」
「後宮内はシュナイザーに任せてある。師匠には後宮の外を頼みたい」
「わかった。シュナイザーといえば、ここ最近俺との稽古サボっているようだが...まあいいか」
無精髭を撫でながらにやにやするジャイロ。
「ハイド家の娘か...まあ政治的に見て影響力もない男爵家でよかったな。エド」
「そうだが、俺の行動のせいで彼女に危害が及ぶのは避けたい」
「ほう...気に入ったのか?」
「そうだな...異性というか友として気に入っている」
「それは前向きな意見を聞くことが出来てよかった。それに免じてハイド家の娘の件はこちらで引き受けよう。俺の報告前に勝手な行動するようなら容赦しないぜ?」
久しぶりに感じた殺気を含むジャイロにエドワルドは身構えた。
「ジャイロ隊長、安心してください。どこにも行かないように、仕事漬けにさせますのでその辺は大丈夫かと...」
「宰相がそういうならエドのことはよろしく頼む」
「ちょ、ちょっと待て!!」
「はいはい、陛下今度盛大な晩餐会を開くにあたっての諸々をの処理と橋の建設の着工に向けての諸々の処理もあります。ジャスティーン様のことはジャイロ隊長にお任せしましょう」
エドワルドそっちのけで宰相と近衛隊長が話を決めてしまった。
ジャイロが執務室を出ると同時にエドワルドの悲痛な叫びを聞きつつ苦笑し、待機させていたジャイロの部下で彼と違いきっちり騎士使用の制服を着こなした男がジャイロに近づき上司である彼が通り過ぎそのあとに付いて歩いた。
「フランク、悪いが別件で動いてほしい」
「ええ、それは構いませんがどのような仕事ですか?」
「とある男爵令嬢を見張っている奴がいないか探ってくれ」
「承知しました。それでその男爵令嬢とは?」
「側室のジャスティーン・ハイドだ」
フランクはジャスティーンの名前を復唱し、眉を顰めた。
「どうした?」
「いえ側室ですと後宮ですよね」
「そうだ、後宮内は別の者が探る。フランクは後宮外を探ってくれ」
「了解しました。それにしてもハイド男爵家ですか...現在の当主になってから落ちぶれたと記憶しておりますが...」
その男爵家の娘を調べているもしくは見張っている不審な者がいるとはどういうことですか?とフランクはジャイロに問いたい気持ちを抑え、さっそく任務へと向かった。
ジャイロとフランクは別れジャイロは隊長室へ向かいながらあることを考えていた。
それは刺客が凄腕である可能性。
現在ジャスティーンを見張るものがどの程度でエドワルドを襲った刺客と同一人物なのかわからないが、エドワルドに剣を教えたのはジャイロだ。
だからこそエドワルドの実力を誰よりも知っている。
後宮内でエドワルドが油断していたとはいえ彼にケガを負わせ、瞬時に撤退を余儀なくさせた相手をジャイロは相当な手練れだと考えた。
そのエドワルドより腕の立つ者は近衛隊でも数える程度。
フランクがその中の一人でいずれジャイロの後を継がせようと目論んでいる。
エドワルドを襲って以来この3ヶ月間動きを見せなかった。
まあ、エドワルドを襲った刺客とジャスティーンに探りまたは見張りをしている奴が仲間とは限らないがその可能性は高い。
裏で手を引いているのはどこのどいつなのやら...と肩を竦めたジャイロ。
彼はその昔、今は亡きハイド男爵前当主に世話になったことがある。
その孫娘のジャスティーンとジャイロは面識はない。
エドワルドがジャスティーンの部屋に訪問したなどと一度も聞いていなかったジャイロは今日のエドワルドの態度をみて面白いことになったな爺さんとハイド男爵前当主を思い出し口角を上げ隊長室へと急いだ。
※6/21本文修正しました。
ご指摘ありがとうございました。