侵入者にはご用心 11
深夜、城の警護する者達や仕事をしている者達以外、起きている者はそう多くはいないだろうという時間帯後宮の裏口から1人の侍女が闇に紛れ少し遠くの林の奥へと向かった。
そこは側室達が散歩をするような綺麗に整備された場所ではなく、一応掃除だけしてある程度でそこを通る者など誰もいないような場所に女は向かっていた。
気配を消して周りを窺い、「はっ!」と後ろから気配を感じて侍女は振り返り身構えた。
***
その頃後宮内にある一室ではーーーーー
この部屋の主であるジャスティーンが隠し通路から現れたたソレイユ国王エドワルドに怒りを剥き出し衣装棚の前で仁王立ちしていた。
「陛下!ひどすぎます。何故私でなく他の側室なのですか!?」
隠し扉からエドワルドが部屋の中へ入るや否やジャスティーンが涙ぐみながら彼に迫ってきた。
エドワルドは何の事だかわからず、ジャスティーン以外で他の側室の元へ向かったのはイザベラぐらい...と考えていた。
「他の側室とはイザベラの事か?」
「違います。何故イザベラ様が出てくるのですか!?」
イザベラでないのなら何故ジャスティーンの怒りの原因がエドワルドにはわからなかった。
そもそもジャスティーンから「何故私でなく他の側室なのですか!?」という言葉が出てきたのが一番の驚きだ。
今までにも何度か他の側室に言われたことはあった。
その時は不愉快としか思えなかったのだが、ジャスティーンの口からそんなセリフを聞けるとは思わなかったエドワルドはどういうわけか嬉しかった。
蔑ろにされているという自覚のあるエドワルド、実はジャスティーンに好意を寄せられているのでは?という事に驚きつつ嬉しさがこみ上げてきた。
嫌よ嫌よも好きのうちなのかもしれないとにやにや笑っているとジャスティーンの冷たい視線に咳払いした。
「あのお答えを教えてもらいたいのですが、どうして私でなく違う側室が後宮を去ったのですか?納得いきません!!」
「..............................そっちか」
自分の考えてきた事とは違う回答を聞いて愕然としたエドワルドを無視しジャスティーンは本日行われたお茶会での出来事を語り始めた。
出席をできれば避けたいお茶会だが側室の交流を深めるため仕方なく出席してみると、いつも嫌味を言ってくる側室がいない。
その他にも欠席でいないのかと思っていたらどうやら下賜されたため側室の数が20人を切っていて、そのリストの中に何故ジャスティーンが選ばれなかったのかと抗議をエドワルド本人にしてきたというわけだ。
「あんまりです。こんなにも陛下と接点のない私が何故一番に名が上がらないのですか?」
「...それはお前がいらん演技しているから誰も引き取り手がいない」
「それは...引き取り手がいないことに感謝しつつ、実家に帰していただければいいだけのこと!」
「............それは出来ない」
エドワルドの一言に息をのむジャスティーン。
「それは私をいい様に利用しようとしておりませんか?」
「利用?」
「そうです。今日も今日とてマッサージをしてもらう目的でいらしたのですよね?」
「まあ、そうだが...」
「それ以外ですと私の体が目当てですか!?」
「それはない!」
その件に関してきっぱりと否定するエドワルド。
「それではマッサージ師として、私の体が目的なんですね!?」
「その言い方はやめろ。それに俺の側室なのだからいいではないか」
「よくありません。あ...それ以外ですと隠し通路を知ってしまった...その為この後宮から出られないなんてことありませんよね?もしそうなら...」
ばれたな...と、エドワルドは視線を外しそれを見たジャスティーンの目が吊り上った。
「信じられません!陛下自らのミスなのにどうしてこんな仕打ちをするのですか!?」
「そう言うな。ハイド男爵家に帰るより後宮にいた方がいいだろう?」
「はあ?確かに実家より後宮にいたほうが贅沢も図書館の本も読み放題でしたけど、もう十分満喫しましたしもう...嫁ぎ先がみつからなくてもいいので実家に帰りたい」
言い終わるのと同時にジャスティーンの目からポロポロと涙が出た。
「お、おい、なぜ泣くのだ!?」
「ふっ...だって、こんな...こんな...敵だらけのさみしい場所にいつまでも1人でいられるほど私は強くありません」
ジャスティーンの涙が止まることなく嗚咽する声がもれる。
そんな姿にエドワルドの胸が締め付けられ、それを誤魔化すようにジャスティーンの体を引き寄せ抱きしめた。
「すまない...ジャスティーンの気持ちも考えずひどいことを言った。お願いだ何でも願いを叶えてやるから、泣き止んでくれ!!」
「えっ、本当ですか!?可及的速やかに家に帰れるようにしてくださいっ!!」
先ほどまで泣いていたジャスティーンだったが、泣きやみ顔を上げエドワルドに願いを告げた。
その姿を見てエドワルドは口角が上がった。
「それはダメだ!」
「嘘つき!なんでも願いを叶えてくれるっておっしゃたではありませんか!?」
「ダメなものはダメだ」
「それなら...この部屋に2度といらっしゃらないでください」
「......それもダメだ」
「はあ?陛下の嘘つき!全然私の願いを叶えてくれる気ないじゃありませんか!?」
「そういう願いは聞けぬが、宝石とかドレスとかそういうものを願うのなら叶えてやれる」
「それこそいりません!!そんなことを他の側室が知れば大変なことになるじゃありませんか!?それよりいつまで抱きしめておいでですか?いい加減離してください!」
「それもダメだ」
「なんでーーーーーーーー!?」
エドワルドの耳元で叫ぶジャスティーンの声はうるさいはずなのにエドワルドは不快に思うどころかジャスティーンの反応を楽しんだ。
ジャスティーンの体を開放すると「セクハラ」「変態」「2度とこの部屋に来るな!!」などと国王だということも忘れ暴言を言いまくるそんなジャスティーンの姿も好ましいと、以前なら思わなかった感情があることに気づきエドワルドは驚いた。
しかしそんなことなど知らないジャスティーンはエドワルドを追い出し隠し扉の前に衣装ケースを山のように積み扉が簡単に開けられないようにしてしまい、エドワルドもジャスティーンをからかい過ぎたと反省しこの日は大人しく扉に仕掛けをしてから自室へ戻った。
この時エドワルドは、数日後においしいお菓子でも持って謝ろうと考えていた。
***
背後に気配を感じた後宮から抜け出した侍女は息をのんだ。
それもそのはず。
背後に気配を感じた直後ひんやりとした鋭い刃物を首筋に付きつけられた。
「久しぶりだな。アナ」
「......ああ...ディー」
侍女の名はアナといい鋭い刃物を付きつけられている男の部下だった。
「背後が隙だらけだ。気をつけろ」
「ああ、わかった」
それだけ言うとディーと呼ばれた男はアナの首筋から刃物を離した。
安堵するアナ。
変な汗をかいてしまったな...と思いながら首筋が切られていないか手を這わせて確認した。
「さて報告を聞こうか」
「国王が逃げ込んだと考えられる場所を虱潰しにこの約3ヶ月間探したが、隠し通路らしき仕掛けは見当たらなかった。まあ王家のみぞ知る隠し通路の扉をそう簡単には見つけられないと思うが...掃除を装い以前使用していた側室たちの空き部屋も探してみたがなさそうだ。後は...」
そこで言葉を切るアナに変わり闇がよく似合う長身の男ディーが続けた。
「ハイド家の娘の部屋か...」
「そのハイド家の娘は病弱のため夜会や側室の茶会のみ出席するけど...あとは部屋にこもったままだ。今の後宮から男爵家の娘が1人消えたところでたがか知れているが...尋問するかい?」
「さて...雇い主からは王を後宮で襲えとしか言われていないし...どうやって王が逃げたのか知りたいのは俺個人の問題だからな...」
アナの問いに目を細めるディー。
そもそも前回この後宮で王を襲ったのはこのディーだ。
雇い主の依頼で暗殺ではなくただの脅しとして襲っただけのこと。
ディーと雇い主との間でどんなやりとりがあったのか知らない。
アナは王がどのようにして後宮から抜け出したのかをディー個人的が知りたいだけで、雇い主からの依頼は遂行しているので隠し通路を探す必要はない。
アナとディーは長い付き合いだ。
ディーが依頼以外の事で動くのは今回が初めて...ディーに何か考えがあるのだろうとアナは考えていた。
「そうだな、後宮から男爵家の娘が1人消えて騒いだところでたかが知れている。一度も王の訪問がない忘れられた娘なら尚更...殺すに足らん相手だ。少しでも王が後宮から逃げ出せたルートを知ることが出来れば...ただ単にそれだけが知りたい」
「ディーがそういうなら尋問は私が...」
ディーが手を上げたのでアナは口を閉じた。
「いや、俺が行こう」
ディーは不敵な笑みを浮かべた。
ジャスティーン危うし。
※6/21本文修正しました。
ご指摘ありがとうございました。