侵入者にはご用心 10
「陛下...お目覚めください」
「う.........ん?」
小刻みに揺らされる自身の体。
人が気持ちよく寝ているのに起こすの誰だと少しイラッとした。
エドワルドが身じろぎ瞼を開け自室のベッドと違うことに気づき「あれ?」と言って目覚めたばかりで思考が働かないにもかかわらず起こしてきた相手はエドワルドを急かし着替えを手伝いそれが終わると手を引いて無理やり薄暗い通路に押し込まれ、その間にエドワルドは昨晩の事を思い出して動揺してい た。
エドワルドは一晩彼女のベッドを占領してしまったことを謝罪した。
「お前のベッドを占領してすまない。ソファーにでも寝たのか?」
「いえ、一睡もしておりません。しかし安心してください。今から寝ます。それとこの部屋に2度とお出でにならないでください!」
簡潔に2度と来るなと告げたジャスティーンは隠し通路の扉を勢いよく閉め、多分ドアの前に荷物を置いたような音が聞こえた。
自身の側室に強制的に追い出されたエドワルドはその場を動くことが出来ず、しばしこめかみに手をあてジャスティーンの行動を考えた。
これは照れ隠しなのかも知れいないと...どうしてそういう結果になったのか疑問を感じるが、エドワルドは覗き窓からジャスティーンの部屋の中の様子を窺うと彼女はすでにベッドに横になっていて寝息が聞えてきた。
多分眠りについたのだろう。
......信じられない光景にエドワルドは苛立っていた。
今まで側室と朝まで過ごしたことがあるのはイザベラこと女装してもらっている従兄弟のシュナイザ―だけで、他の側室の部屋へ訪問した場合、王としての仕事を終えれば早々に自室へと戻っていた。
それなのに寵姫(計画的にそうさせた)といわれているイザベラ以外で朝まで側室の部屋にいたのはジャスティーンが初めてだ。
それなのに...それなのに...ジャスティーンから受けた仕打ちが余りにも酷い気がしてならなかった。
怒りながらも秘密の通路を使い自室へ戻り身支度をしてから執務室へと向かい朝議までの間仕事を片付け自分が忙しいのに側室であるジャスティーンが現在寝ていると思うとさらにイライラが増した。
「陛下、おはようございます。本日もお早いようで...どうかなさいましたか?」
ノックと共にライモンが入室してきた。
「何がだ?」
「ご機嫌斜めのようですね...昨晩はジャスティーン様の元へ行かれたのでは?」
「.........行ったが...ちょっと」
ちょっとなんだというのだ?とライモンが今朝の出来事をエドワルドから聞くとライモンは肩を震わせながら笑う彼をエドワルドは睨んだ。
「くすくす、ジャスティーン様はなかなか面白い方のようですね」
「面白すぎだろう!側室としてどうなのだあの態度は!?」
「しかし陛下も陛下で非公式の訪問ですし、それもどうかと存じあげます」
ライモンの言う事ももっともだが、しかし敬う気配が一切ないのは気のせいでも何でもない。
「かといって今まで日陰で生きることを良しとしているジャスティーン様の元へ陛下が訪問なられたとしたとしても態度を改めるような方ではなさそうですね」
「ふっ、ジャスティーンの部屋には表からの訪問をしないと約束していた手前そんなことは出来ない」
その言葉もライモンのツボにはまったようでお腹を抱えて笑っていた。
そんな行為が出来るのも2人が気心知れた仲だからだ。
「あ、陛下そろそろお時間になられます」
「わかった。今日の朝議も長引きそうだな」
エドワルドは呟きながら立ち上がり、いつもより体が軽いな...とエドワルドは微笑しライモンと共に執務室を出た。
エドワルドの予想通り会議が長引き、午後から外交の一環で訪問客をもてなし夕食まで彼は執務室へ戻り仕事をして小規模だがささやかな晩餐会に出席した。
そんな忙しい日々を1週間過ごし体の疲れが溜まっているのがわかる。
ジャスティーンに頼まなくても他の側室や侍女に頼めばマッサージなどいくらでもしてくれるだろう。
それと伴いそれ以上の事もしてくる可能性も視野に入れなければならない。
そこはエドワルドも男なので一度その気になれば間違いが起こる可能性もある。
側室ならまだいいが、侍女に手をだすのは彼自身ご法度としている。
4度も通いマッサージ以外の事をする気配がないジャスティーンの存在はエドワルドにとって有難かった。
ジャスティーンから来ないでくれと言われたが、エドワルドはその件に関して了承していないと言い聞かせ隠し通路を使いジャスティーンの部屋の隠し窓から部屋の様子を窺った。
今日はいつもと違い裁縫をしていた。
なんだ女らしいことも出来るのかと感心し、いつも帰るときに隠し扉に細工をしていく。
想定外の出来事とはいえ、外部の人間に隠し通路の存在を知られてしまった(故意にバラした)以上ジャスティーンが悪用しないとも限らない、そこでちょっとした細工を施した。
それはジャスティーンの部屋から隠し扉を開けた場合、エドワルドが細工した物が床に落ちていればジャスティーンは監獄行き決定だ。
エドワルドが細工した物はこの薄暗い通路のお陰で気づかれにくい為、ジャスティーンもそれ以外の者にも気づかれない。
しかし王自らの失態といわれれば言い返せないエドワルドは、時期を見てライモンと話し合いジャスティーンの今後を決めるのもいいだろうと考えていた。
ただ、現在ハイド男爵家に帰るよりこの後宮にいた方がジャスティーンにとって幸せだろうと本人の意思を確認せずエドワルドが勝手に決めつけていた。
エドワルドは膝を付き仕掛けを確認し隠した扉を開けた形跡はないと...自分が何に安堵しているのかわからないがほっとしている。
扉を開けようとしてもビクとも動かず、仕方なく渾身の力を振り絞りようやく少し扉が動いた。
音に気付いたジャスティーンが「やれやれ」と呟きながら荷物をどけてくれた。
「なんだこの荷物は!?」
エドワルドは衣装ケースを指差し激怒した。
「衣装ケースですが何か?」
「何かじゃない、何かじゃ!隠し扉の前に何故置く、俺が出入りできないだろう」
「前回こちらにはもうお越しいただかないようお願いしたはずですが...何故この部屋へいらっしゃるのですか?」
「お前は俺の側室だろう?王が来たら歓迎するのがお前の役目じゃないのか?」
「まあ...そういわれてしまうと返す言葉がありませんが非公式の訪問ですし...そう何度もいらせられましてもこちらにも都合というものがあります」
「病弱のふりして毎日部屋にいるお前に何の都合があるのだ?」
「これはこれは病弱なふりなど心外ですわ」
ジャスティーンは大げさにエドワルドから距離を置いた。
「違うというのか?」
「ええ...............100%健康体です!あ、間違えた病弱です」
「おい!なんで病弱と健康体を間違えられる?この似非病弱人が!」
「なんですか。病弱と言って陛下に何か迷惑かけましたか!?後宮という孤独の世界で生き抜く私の些細な嘘ぐらい目を瞑ってくれる大きな度量が陛下には備わっておりませんの!?」
「あるかバカ者!!病弱という嘘などついてお前に何の得があるんだ」
エドワルドの言葉にジャスティーンは驚きのあまり何度も瞼を瞬きした。
「得でございますか?それはもちろんあります。私にとって病弱を装うことで他の側室から標的扱いされないということはこの後宮で平和に生きていけるということです」
胸を張って言い切るジャスティーンにエドワルドは何も言えなかった。
ジャスティーンに強い後ろ盾があるのなら後宮での過ごしかたが変わってくるのだろうが、彼女の家は父親が家督を継いでから落ちていく一方で、権力がものをいう後宮で生き抜くには王の寵愛だけでは難しいだろう。
そこまで考えたエドワルドはその件について2度と言わないと自身に固く誓った。
「まあ、それはいいとして本日も香油のマッサージを頼む」
「............はい。ではガウンをお持ちしますのでお待ちください」
「うむ」
国王陛下に言いすぎてしまったかもしれないと少し後悔しているジャスティーンの表情を見てしまったエドワルドも同時に反省した。
自身はソレイユ国の王だが、まだ地盤固めが出来ていない。
古狸達(大臣)や大貴族達にまだ軽く見られている不甲斐無い自分に苛立ちを覚えた。
「陛下お着替えが終わりましたらベッドへどうぞ」
「ああ、よろしく頼む」
今日の香油はラベンダーではなくバラの香油でマッサージしてもらったエドワルドは1度目より痛みが適度にあるが気持ちいいとも思え始めて全身のマッサージが終わるころにはまたジャスティーンのベッドで意識が途切れた。
そしてジャスティーンに朝起こしてもらいエドワルドを追い出した後ジャスティーンが眠りにつく。
それ以降エドワルドは週に2度ほどジャスティーンの部屋に訪れてはマッサージをしてもらいそのまま寝てしまうというサイクルを2ヶ月ほど繰り返していた。
そのお陰なのか最近のエドワルドは見目麗しさに磨きがかかったとういう噂が絶えなかった。