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その季節  作者: あかあかや
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中米コスタリカ

 ゲートが開いて、先日のエルフが学生を16名連れてやってきた。やはり亜熱帯の住人なので軽装である。

 素材は全てが自然由来のものであるのは変わらないが、それらは精霊魔法を帯びていて素材の特色を強化している。

 今回はシベリアではなくて熱帯なので、半そでシャツに素朴なスラックスや巻きスカート、足元はサンダルの服装であった。しかし、全員見事に金髪である。瞳の色は様々であるが。その彼らをナンが出迎えた。


 シベリア調査の時のエルフが礼を述べた。

「お坊様。無理を聞いて下さり、ありがとうございます」

 ナンが微笑む。

「いや、ワシは構わぬよ、司書さん。それよりも、遠路はるばるよく来たのう。アンデッドなぞ見たくもないじゃろうに」

 確かに、エルフ司書の後ろにいる学生エルフたちは不機嫌そうな顔をしていた。

「アンデッドって初めて見たよ」

「わたしも」

 とか何とか、互いにささやき合っている。


 司書がキッと目で叱りつけて学生たちをたしなめ、ナンにまた謝った。しかしナンの方は、全く気にしていないようだ。微笑んだままで、森の中へ歩み出した。

「では、案内して進ぜよう。エルフの諸君」



 ここは中米コスタリカの熱帯林。しかし、空は立ち込めた煙で暗くなり、乾燥した強風が延々と吹いている。

 ナンとエルフたちは森の中を進んでいるのだが、本来ならジメジメしてキノコやコケだらけの熱帯湿潤森林は乾ききって、あちこちで泥炭層が燃えてくすぶっていた。地面も乾燥しきって亀裂が入りカチカチである。

 その様子に、学生は衝撃を受けている様子だ。


 司書が歩きながら学生たちに話し始めた。

「皆さん、この世界は環境の状態変化を予測できなかった人間による管理の失敗が原因で、氷河期に移行しつつあります。温暖な気候が寒冷化するとどうなるか、よく見てみましょう」


 そう言って、司書が大木を触る。

 かなり巨大で、胸高での直径は数メートルほどあるだろうか。周辺にも同じような大木が多くそびえ立っている。

 だが、どれも樹皮はカサカサに乾いており弾力を全く失っていた。樹皮が縮んで割れて、中の木材の部分が露出している場所も多い。さらには、樹液も染み出てきていない。

 ひらひらと舞い降りてくる木の葉は緑色のままのものが多い。黄色などに退色する間もなく木の枝から切り離されたようだ。

「ほら、木の中の水分がほとんどなくなっているでしょう。地面も同様ですね」


 学生たちも触って驚いている。

 司書が話を続けた。

「雨が降らなくなっただけでは、ここまで乾燥しません。空気が乾燥してしまって、水分が抜き取られたのです。その具体的な経緯は、予習用に渡した資料で説明していますから後で確認して下さいね」



 そう言った司書の上空の空がますます黒くなっていき、森の奥から強風が吹き始めた。枯葉や土ぼこりが大量に舞い上がる。熱く乾燥した風だ。

 その熱い風にさらりとした金髪を揺らして、司書が空中にディスプレーを出現させた。

 そこには中米の現地の地形図が表示されていた。気圧図も高度別レイヤーに表示されて、それがリアルタイムで動いている。


 司書が空中ディスプレーを指さした。

「ここまで木々が乾燥すると燃えやすくなります。私たちの世界と違い、ここは細い陸橋で南北に大陸があります。北大陸は嵐で氷雪に埋まりつつあり、南大陸は沙漠化というのは、前の授業でやりましたね。この陸橋は熱帯にあるので凍結はしませんが、乾燥と強風のせいで森を維持できなくなっています」


 黒煙と強風が強くなってくる。森の奥から、大量の甲虫や羽虫の群れが逃げ出して飛んできた。エルフには虫嫌いはいないようで、悲鳴をあげる者はいない。

 学生たちは昆虫の意識も理解できるようだ。そのパニック状態を読み取って、ようやく彼らの間に不安が広がった。

 司書が彼らの表情の変化を確認して、話を続ける。

「こういう状態で森林火災が起きるとどうなるか、実際に見てみましょう。防御障壁を展開します」

 司書が簡易杖を服のポケットから取り出して、術式を詠唱した。すぐにエルフたち全員を透明の防御障壁が包み込んでいく。ナンだけは一歩退き、彼専用の防御障壁を生成していた。アンデッドとエルフなので配慮したのだろう。



 その透明な防御障壁を通して外を見ると、森の奥が赤く光りだし、それが急速に強く大きくなってくる。学生たちの緊張も、それに比例するように膨らんでいく。

 司書も森の奥を眺めてから、杖の状態を確認した。特に問題はなさそうだ。

「来ましたね。強めの防御障壁なので、耳鳴りがするかもしれません。ですが、短時間ですので影響はありませんよ」


 そう司書が告げると間もなく、轟音と共に森の奥から無数の太い火炎流が噴き出た。

 まるで巨大な火炎放射のようで、瞬時にエルフたちを包む防御障壁が炎に飲み込まれた。周辺の森も瞬く間に炎に飲み込まれ、炎の暴風が吹き荒れる。

 さすがに悲鳴が学生から上がった。エルフは炎系の精霊魔法は苦手としているので、これは怖い。

 しかし、司書は落ち着いた表情のままで、一瞬ナンをチラリと見てから話を続けた。

「瞬間最高温度は1000度以上あります。安易な防御障壁では防ぐことはできませんよ。注意しなさいね」


 ナンが微笑んでうなずいた。彼は今はエルフたちとは別に防御障壁を展開している。2つの防御障壁の間では通常は音声による会話はできないのだが、今回は普通に会話できていた。ナンが術式を修正したのだろう。

「うむ、適切な強度の障壁じゃな」

 司書がいたずらっぽく笑って、礼を述べた。意外とやんちゃな性格なのかもしれない。

「ありがとうございます。ちょっとヤケドさせても良かったのですけどね」


 炭化した枝が防御障壁に大量にぶつかるそばで、炎の竜巻があちこちに走る。炎熱地獄とでも表現できそうだ。

 緊張していた学生たちも、防御障壁が完全に炎と熱風を防いでくれているのが分かると、すぐに好奇心丸出しの表情になって熱心に観察を始めた。確かに、エルフ世界ではこれほどの森林火災はなかなか見られない。

 その豹変ぶりを、少々苦笑しながら司書が見ている。

「皆さん、森を乾燥させないようにしましょうね」

「はーい先生」

 もう、元気な声になっている。


 なおも熱心に炎を観察する学生たちの横で、司書がナンに小声でささやいた。

「森を管理する魔法がたくさんあるんです。でも、私たちの世界は安定した気候ですので、使う機会はあまりなくて、人気のない魔法なんですよ」

 ナンがうなずいた。

「なるほど、啓発授業かね。司書さんも大変だのう」

 そう言って、ナンと司書が笑みを交わした。何も知らない人が見ると、これはこれで驚きの光景ではある。エルフとリッチーという、両極端の魔法特性を持った種族なのだから。



 1時間半もすると炎の暴風が収まり、視界が開けてきた。

 強風が相変わらず強いせいで森の燃焼も速やかに終わり、黒い煙も吹き飛ばされてしまった。そこに広がるのは、一面の焼け野原と燃え続ける高木である。

 熱帯雨林には地下に泥炭層がある場合が多いのだが、これまでの乾燥気候で消化されていたようだ。大地はそれほど燃えていない。


 このわずかな時間での景色の変化に、学生たちが驚いている。

 司書が障壁を解除した。熱はさすがにまだ残っているが、空中に浮遊している彼らにとっては大した障害にはなっていないようだ。

 それよりも、まだ立ちこめる煙と灰の方が厄介なようで盛んに咳き込んでいる。

「火は炭火となって、今後何週間もくすぶり続けます。この短い間に、多くの動物や植物が命を落としました。森を管理する意義が分かりましたか」

「はーい先生」

 元気な声で答える学生たち。しかし煙と灰ですぐに咳き込んでいるが。



 司書がナンににっこり微笑んで礼を述べた。

「お坊様ありがとうございました。いい授業になりました」

 ナンも微笑んでうなずいた。

「よい先生振りじゃったよ、司書さん」

 そして、そのまま顔を学生たちに向けた。

「こういった現象は、あまり起きない。いい経験になったかね?」

 学生たちが咳き込みながらもうなずいた。


 ナンが微笑んでから、司書の方に振り返る。

「で、この後はどうするかの? 風下の街を見てみるかね?」

 司書はしばらく考えていたが、首を振った。

「いえ、あれは悪夢のような光景ですから、学生には見せられません」

 ナンもうなずいて同意した。

「うむ、そうじゃな。授業には向かぬな。アンデッドは大喜びするだろうがの」

「もう、お坊様ったら」


 学生が首をかしげて司書とナンに訊ねると、ナンが説明した。

「南北の大陸から逃げてきた2億の人間が今、この狭い陸橋に集まっていたのじゃよ。しかし、彼らを待っていたのは飢餓と疫病とこの火災だったのじゃ」

 絶句する学生たちにナンが話を淡々と続ける。

「例えば、この風下の街では……生存率は100人当たり2、3人じゃな」

「ね、授業向けではないでしょう?」

 司書が学生たちにそう諭すと、彼らも息を飲み込んでうなずいた。

 ナンもその初々しい反応を微笑んで眺めていたが、時間がきたようだ。

「さて、今回の課外授業の案内はここまでにしようかの。良いレポートを期待しておるぞい」


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