ベルリン
ドイツのベルリン市街もニューヨークと同様に雪に埋もれていたが、ここは、少々異様な風景になっていた。
積もった雪の重さで崩壊寸前の建物よりも高い人型の者が、数十名も暗闇の中で動いている。身長は50メートル以上あるだろうか。
それぞれの巨人は、これまた長大な剣や斧を振り回して、崩壊しつつある建物を無造作に破壊している。時折、巨大な炎や雷撃、光線が剣や斧からほとばしって、壊した建物をさらに粉砕していた。どうやら整地作業をしているようだ。
その巨人の足元には、背丈10メートルの一つ目巨人や三つ目巨人の大集団、さらに背丈5メートルのトロル、2メートル半のオーガの大群が蠢いていた。
総勢60万はいるだろうか。皆、重装備である。
ただ、人間の軍隊の兵装とは根本的に異なっている。普通なら極力肌を見せない兵装で、通信機器などの電子支援機器を装備し、作戦行動を支援する人工骨格や動力サポートシステムなどを装着するものだ。
しかし彼ら巨人たちの兵装は、見栄え最優先の印象であった。優美な装飾が施された鎧のような兵装を筋骨隆々とした体に直接装着している。見た目は何となくインドの叙事詩で登場する英雄たちのような姿である。
彼らに、軍団長らしき身長50メートルの巨人が命令を下していた。見た目は重装備で重そうに見えるが、軍隊はわずかに浮いて俊敏に動いており雪原に足跡を残していない。何らかの魔法を帯びていて、実際は重くないのかもしれない。
それを空中から見下ろすナンとクー博士。2人とも呆れたような顔をしている。
クー博士が、かなり馬鹿にしたような顔で巨人の軍団長に話しかけた。
「おいおい……仰々しいな。君たちは体が丈夫だから、そんな装備は不要だろう。流行の装束なのかい? で、何をしに来たのかね」
巨人の軍団長が上空のちっぽけな2つの人の姿を認めて、これまた馬鹿にしたような顔で答えた。
「ふん、他の異世界を支配するには、この元世界を手に入れる必要がある。全ての異世界は、この元世界にアンカーをかけておるからな」
呆れるナン。気抜けしたのか1メートルほど落下した。クー博士もやれやれ、と1メートルほど降下する。変なところで律儀である。
クー博士が降下し終わってから、やや面倒な面持ちで巨人に告げた。
「熱血だな。君たちの世界は広大だろうに」
それを聞いて軍団長が笑った。ものすごい音量だ。これだけでも十分に兵器になる。実際、彼の近くに建っていた雪が積もったアパートが、笑い声で粉砕されて消滅してしまった。
「がはは! 全ての世界の全ての種族と富は我らのものとなるのだ」
それを聞いてクー博士が毒づく。
と、いきなり直径1キロの巨大な魔方陣が彼の足元に出現した。そのまま無造作な口調で、クー博士が発動キーを告げて魔法術式のロックを解除する。
「太陽フレア開放」
プラズマを伴った太陽フレアが魔方陣から放出された。
大地が瞬時に溶けて溶岩大地と化し、分厚く垂れ込めた暴雪雲も吹き飛ばされて、いきなり太陽が上空に現れた。
しかし、太陽にまぶしく照らされた巨人軍団は空中に浮いて無傷のようだ。強力な防御障壁を展開しているのだろう。
クー博士が首をひねった。
「うむむ……6000度の太陽フレアなんだがな」
ナンが横で微笑んだ。因果律が崩壊して、空間から大量の火花が沸きあがっているのを瞬時に消し去る。
「300万年前の古典魔法じゃな。よく知ってたものだ。しかも術式は無詠唱かね、やるのう」
浮遊する巨人軍団の足元に魔方陣が出現して、溶岩大地を瞬間冷却した。そのままの勢いで巨人たちの軍勢が上空から着地した。
大軍団の一斉着地で轟音が響き渡る。おかげで半径1キロ以内の建物は全て倒壊してしまった。太陽もたちまち雲に隠されてしまい、暗くなってしまった。
軍団長が再び兵器級の笑い声を出した。さすがにもう粉砕されるべき建物は残っていないので、代わりに冷却されたばかりの溶岩大地が大きくえぐられて、そのまま粉砕され大量の粉塵になって巻き上がった。
「がはは! 我らに魔法は通用しない」
クー博士が感心したような声をあげた。
「魔法兵器も300万年も経つと賢くなるものだな。その割には、他の小さい連中は進化していないようだが。餌は足りているのかい?」
軍団長は笑ったままで、クー博士のツッコミを無視した。
「がはは、無力を噛みしめながら見ているがいい。ゲート開設。まずはお前ら魔法使いの世界を蹂躙してくれるわ」
空中に巨大な魔方陣がいくつも出現していく。その魔方陣のサイズそのままに、高さ幅ともに200メートルに達するかというような両開きの門が現れた。やはり過剰なまでに華美な装飾が施されている。これがゲートなのだろう。
同時に、数十万ものオーガやトロル兵の放つ魔法銃の集中砲火が始まり、ナンとクー博士を襲った。雷、光線、火炎と様々な攻撃魔法だ。
いずれもさすがに兵器だけあって強力で、自動追尾機能も備わっているのか、全弾が2人の張った障壁に直撃した。
たまらず、クー博士の防御障壁があっという間に崩壊してしまった。慌ててナンの防御障壁に逃げ込む。
一方のナンの防御障壁はびくともしていない。さすがはリッチーと言うべきか。
それでもナンが防御障壁の状態を確認しながら感心した様子で、逃げ込んできたクー博士に告げた。
「ほう、この魔法兵器は300万年前のバージョンではないな。進化版でなかなかの威力じゃよ。クー博士よりも彼らのほうが、しっかり研究をしているようじゃな」
クー博士が苦笑する。
「そうだね。我々の世界の軍隊にも忠告しておくよ」
そうこうしている間に、ゲート前に巨人軍団が整列した。よく訓練されているようで、60万もの軍隊が滞りなくキビキビと動いている。
その先頭で巨人の軍団長がかっこよくキメポーズをして、ゲートを指差した。
「さあ猛者ども、進撃開始だ!」
60万もの軍勢の雄叫びが一斉に上がった。これまた十分に兵器になっている。空気が激しく振動して、心なしか豪雪も吹き飛ばされたようだ。やがて、ゲートが開き始めた。
「クー博士、ここまでで宜しいかの?」
横で呆れた顔をしているクー博士にナンが訊ねた。クー博士もコホンと咳払いをする。
「そうだな、ナン。情報は得られた。術式を開放してくれ」
「うむ」
ナンがうなずくと空間が歪んで、ゲートの上空に穴が開き始めた。大量の火花が発生して、まるで花火大会のようだ。そんな美しい風景に驚愕の表情を浮かべる巨人の軍団長。
「な、なにをした。魔法使いども」
ナンが口元を大いに緩めた。
「ワシが説明しても、アンタらには理解できぬよ。さようなら」
軍団長が目を丸くして、ナンの姿を確認した。
「き、貴様、リッチーか。いや、しかし、ば、ばかな。魔法は我らの方が上。低級ローエンシャント程度の魔法しか使えぬリッチーごときが、なぜだ」
ナンの苦笑が哀れみを帯びてきた。
「まあな。じゃが、この世界は魔法禁止なのだよ。ワシたちやアンタたちが使った魔法が全てそのままカウンターで返ってくる世界なのじゃよ。300万年前とは違う」
巨人たちが何か叫ぼうとしたようだったが……次の瞬間、大地ごとごっそり消滅してしまった。ゲートも消滅する。ベルリンの街自体も巻き込まれて消滅してしまった。
ごっそりと半球状に削られた地面しか残されていない。冷却されていた溶岩も削られて消滅していた。
それらを見届けてから、クー博士がため息をついてナンの障壁から外に出た。
「巨人は、やはりどこかが抜けているな」
ナンもうなずいた。
「うむ。半分自滅じゃがな。凍っていた人間も、数十万人程度が巨人の大笑いで塵になってしもうたわい。巨人たちと一緒に飛ばされてしまったのう」
しかし、クー博士はナンのセリフには関心がないようで、さっさと転移魔法を発動させた。魔法場が今もかなりの濃度で残っているので、術式の完成も早い。
ちなみに、魔法場そのものは因果律には影響を及ぼさない。魔法や魔術妖術に変換された際に問題になるのである。例えれば、薪のままであれば良いが、火がついて燃え出すと煙や熱を発して問題になるのと似ている。
「ご苦労様、ナン。ではまた。早く終わったから論文の校正に専念できるよ」
そう言い残して、消えるクー博士であった。確かに、こう雑用が多いと、本業の研究の時間が足りないのだろう。
1人残されたナンが、再び雪に覆われていく地表を見下ろしている。氷の暴風は相変わらずである。
「これくらいのクレーターならば、氷床の侵食作用で200年くらいすれば削られて消えるじゃろうかの」




