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その季節  作者: あかあかや
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旧アマゾン流域

 3月下旬の南米。アマゾン流域だった地域では、まだまだ暑い季節の最中である。


 沖合いの大西洋では、スーパーセルとも形容される複数の巨大な積乱雲が発生していた。それらが差し渡し1000キロメートルに達するような塊になって集まり、空を真っ黒にさせて無数の稲妻を走らせている。

 以前は北米だけに発生していたハリケーンも、このスーパーセルが居座るようになってからは、南米でも当たり前のように毎年発生するようになっていた。

 しかし、なぜが南米のハリケーンは海上だけを進んで、南米大陸には上陸してこない進路ばかりを取っているようである。それほどアマゾンだった地域からの高気圧の風が強くて近づけないのだろう。


 それも無理のない事で、アマゾンと呼ばれた広大な熱帯雨林は、そっくりそのまま沙漠へと変貌していた。

 気流が変わり、ほとんど全ての雨が大西洋上でしか降らなくなり、南米大陸には雨雲が寄り付かなくなったせいである。



 その大西洋上に延々と広がる巨大な積乱雲群の中から、岩を抱いた高さ6メートルほどの巨木が10本ほど姿を現した。言葉は話すことができないようだが、念話と一般に呼ばれるテレパシー感応術を使って、互いに情報を交換し合っている。


 その巨木の群れの中にナンがいて、共に空中を飛行していた。稲妻と暴風が激しい中ではあるが、巨木群と坊主の周辺だけは影響が及んでいないようだ。


(すまないね、御坊。無理を聞いてもらって)

 巨木群のリーダーと目される、一際巨大な木が、ナンに念話を使って話しかけてきた。

 ナンが微笑んで念話で答える。

(いや、珍しい客は大歓迎じゃよ。この世界の雨はどうかの?)



 巨木が抱いている大岩が緑色に薄く輝いて、根元に小さな妖精が出現した。恐らく、この木がつくり出したのだろう。編み笠タケのような姿で薄いベールをまとい、着生ランの茎のような突起物がキノコ体のほうぼうから突き出ている。動物のような目や口などは見当たらない。

 その妖精が1体姿を現すと、それを合図にしたように、他の巨木の根元や枝にも同じような小さな妖精が出現した。しかし、まるで人形そのもののような動きをしている。この辺りは植物と動物の感覚の差なのだろう。


 その妖精群が一斉に同じ動きをして、口が見当たらないのに返事を返した。声が重層的に響きあう。

「「驚いたよ。まるで毒水だな。防御障壁で弾いていなければ、ひどく不快な気分になっただろう」」

 それを聞いてナンも念話を止めて、通常の話し言葉に戻す。

「それは良かった。稲妻は当たっていないかの? 静電気が発生して、不快に感じてはいないかの? オーロラも次第に強くなってきたようじゃな」


 妖精群が一斉に首をふった。見事に寸分違わずに一致した動きになっている。

「「大丈夫だ。静電気も発生しておらぬよ。大した防御障壁だな。しかし、この世界では魔法は使えないのではなかったのかね?」」

 ナンが微笑んで展開している防御障壁に触った。かなり巨大で、10本もの巨木をすっぽりと包んでいるのが稲妻の輝きに映し出された。

「そうじゃな……普通であればこれだけ大きな障壁を作ると、この世界の因果律にぶつかるかもな。だが、世界に気づかれない工夫をしておるから大丈夫じゃよ。その分、精霊魔法場の濃度が少し高めになっておるのじゃが……気分が悪くなってはおらぬかの?」

「「それは、全く問題ないよ。至極快適だ。それに、空を飛ぶという感覚も面白いものだな」」

 また妖精群が一斉に重層的な声をあげた。このまま歌うとフーガ音楽にでもなりそうだ。

 ナンがそれを聞いて笑った。

「さて、そろそろ上陸するぞい」



 海岸は真っ黒な藻で一面覆いつくされていて、まるで石油流出事故の現場のような印象を受ける。そして、その藻は陸上で枯れて黒カビの餌になっていた。海岸から内陸1キロの距離までが黒カビでびっしりと覆われている。そこには生きて動くものや植物も何も見当たらない。

 その黒い景色の上空を数秒で通り抜けると、一面の沙漠が広がっていた。


 妖精群には顔がないので表情というものが最初からないのだが、それでも無言で、恐らくは盛んに念話でやりとりをしているのだろう。目がないのにじっと沙漠を眺めていると思える様子は、どことなく痛々しさを感じる。


 ナンが穏やかな声で抑揚を抑えながら説明を始めた。

「沖合いではあの通り雨続きじゃが……陸上には降らなくなったのじゃよ。今じゃ沙漠になった。つい200年前までは、ここは……」

「「分かるよ、御坊。素晴らしい森だったようだ」」

 ナンの説明をさえぎって、妖精群が一斉にささやいた。ナンも口を閉じる。



 やや間を置いてから、妖精群が話を続けた。

「「恐らくは、地面まで光が届かないくらいの深い森だったはずだ」」

 ナンがそれを聞いて妖精群の視線を追う。

「分かるかね」

 妖精群が一斉に口を機械的に開いて答えた。

「「ああ。木の遺骸だらけだ。砂のように見えるが、砂は実際には半分くらいしかない。残り全ては植物の体の破片だ。これほど恐ろしい景色は見たことがないよ」」


 広大な沙漠のあちこちが煙っている。砂嵐が起きているのだろう。内陸部へ進むにつれて、砂はさらに細かくなり空気に混ざって視界が悪くなってくる。

 時々、砂にうずもれた町や村の廃墟が見えるが……もはや誰も住んでいないようだ。



 やがて、アンデス山脈と呼ばれる巨大な岩の壁が聳え立っているのが、砂の霞の向こうに見えてきた。

 空気中の湿度が若干上がり始め、視界が回復して地面には砂以外に潅木が見られるようになってきた。

 それを確認して、ナンが巨木たちに合図を出す。

「降りてみるかの。ここであれば、多少は砂まみれになる具合が減るじゃろう」


 ナンが防御障壁を解除すると、大岩を抱いた10本の巨木群がそろそろと砂まみれの大地に降り立った。しかし、よく見ると地面からわずかに浮いている。立ち尽くしている……といった表現が適当だろうか。

 それでも妖精群が機械的な動きで盛んに何事かを話し込んでいるようだ。声というものではなく、音と言ったほうが良いだろう。耳障りではなく、どことなく心地よさをもたらす音で妖精群が互いに話している。恐らくは樹木の精霊語だろう。


 ナンはその話を理解できているようだが、あえて静かにして邪魔にならないように少し離れた場所に立っている。しかし、あまりに気配を抑えるので影のようになってしまっているが。

 遠くの山脈方面のかなたに、山羊の群れが動いているのが見えた。この先の山中では、まだ人間が住んでいるのだろう。


 やがて、妖精群の作り出す音が止んで静かになった。静寂が訪れて、風が潅木の乾いた枝をすり抜ける音と、その風で細かい砂が地面をこすって流れていく音しか聞こえなくなる。



 そのまま、10分ほどが経過しただろうか。ナンが静かに静かに自身の気配を生き物のそれに戻して、ゆっくりと口を開いた。

「希望に沿うように場所を選んでみたのじゃが、どうだったかね? 気分を害したならば謝るが」

 妖精群が一斉にナンの方に振り返った。

「「いや、いや、良い場所を選んでくれたよ。ありがとう。いい経験ができたよ。我らの世界を保つ努力をしなくてはな。元世界がこうなると判ってはいたが、実際に訪問しないといけないものだな。知り合いにも話してみるよ」」


 ナンがそれを聞いて、複雑な表情で微笑んだ。坊主頭が日差しを反射してテカテカ光っている。

「そうかね」


 そして、それぞれの巨木から妖精の姿が消えた。同時に抱いている大岩がほのかに輝きだして、念話モードに戻った。

(さて、帰ろう。ソツクナングさん、案内してくれて礼を言うよ)

 ナンも念話モードに移行して返事を返した。

(いやいや。客だからな、君たちは。生命の樹を案内して、ワシも有意義な時を過ごす事ができたよ)



 そう、念話で挨拶を交わすと、巨木群がかき消されるようにその大きな姿を消した。

 1人残されたナンが、しばらく砂にまみれた潅木が茂る大地に立っていたが……やがてうなずいた。

「うむ、無事に帰り着いたようじゃな。さて、ワシも帰るか。ここも砂に埋もれそうだ」

 そう言って地平線を眺めた。赤いモヤのような砂嵐が、地響きを立てながら地平線一杯に広がってこちらへ向かってきていた。


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